オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。「課金ガチャ」という言葉を聞くと怯えだす体質。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・古鷹:ものすごく良い人だが青葉にだけ厳しい。最近、何件か隠し撮りが発覚し、本気で怒っていた。
・夕張:オタ提督からいくつかの女性向けブラウザゲーやソシャゲーの勧誘メールを受けて激怒。その後、流れるように登録していた。尚、今回は登場しない。


オタ提督と重要な会議

 オタ提督(以下、提督)は真剣に仕事をしていた。仕事をしているのは提督だけではない。秘書艦の球磨に、手伝いで呼ばれた駆逐艦の吹雪までもが、執務室内でそれぞれ机に向かっている。

 彼らのいつにない仕事ぶりは近いうちにある大事な会議のためだ。

 その会議は規模はそれほど大きなものではないが、参加者がちょっと面倒臭いではすまないくらいのメンバーという厄介なものなのである。

 会議の結果次第で鎮守府の予算や今後の方針、艦娘の配置などに影響が出てしまうため、報告を行う側である提督達には入念な準備が必要とされる。

 おかげで提督達はこの一週間、通常の業務に加えて資料作成に必死だった。

 

「俺って、割と仕事してるよな……」

「言われてみれば、あまりお仕事を投げ出すことはありませんね。でも、その印象が無いのは何故でしょう?」

「そんなの簡単クマ。日頃の奇行の印象が強すぎて、普段の仕事ぶりを誰も気にしなくなっただけクマ」

「そうか……そうだったのか」

「あ、じゃあ、普通にしていれば鎮守府の皆に好かれて人気が出たりするんじゃないですか?」

 

 吹雪の発言に提督はまんざらでもない様子で返答する。

 

「む、そうか。そういう方向性も。……いや、みんなが金剛みたいになったら、それはそれで大変そうだから今のままでいい」

「進んでモテる可能性を捨て去り、雑な扱いを望むクマか」

「それが俺だ」

「自慢気に言うことではないかと」

「球磨としてはちゃんと仕事してくれるなら何でもいいクマ」

 

 話しながらも資料の準備は進む。なんだかんだで定期的に発生するイベントなので、三人共、作業に慣れているのだ。

 

「よし、出来た。後は青葉の方なんだが」

「写真の準備は出来てるって言ってたクマ」

「青葉さん、こういう会議用の資料写真も撮影してるんですよね。皆にはあんまり言いませんけど」

 

 感心した様子で吹雪が言う。重巡洋艦の青葉はこの鎮守府における記録係だ。出撃や訓練など日頃の活動を写真で記録するなどで積極的に活動している。……積極的すぎてたまに問題も発生しているが。 

 

「もっと堂々と取材をしてもいいと言ったんだが、今くらいの扱いでいいと言っていたな。よくわからん」

「提督と同じで変わり者なんだクマ。大義名分を得るとやる気が出なくなるクマよ」

 

 球磨の言葉に提督は納得したようだった。 

 

「なるほど。変態か」

「変態クマ」

「自分でいいますか」

「褒め言葉だからな」

「変態……」

 

 そんな感じにちゃっかり青葉を変態扱いしつつも(吹雪は疲れていて突っ込む気力も無かった)、何とか資料は完成した。

 

「後で青葉の資料写真を確認しておこう」

「了解クマ。会議の出席メンバーはいつも通りクマ?」

「その予定だ」

「あの、長門さんが一緒に行きたがってましたが」

「護衛としてはいいかもしれないが、あの堅物だとちょっと難しいところがあってな」

 

 会議の出席者は本部の重鎮だ。全員に取り扱い注意な要素があり、生真面目な長門がどこかで地雷を踏む可能性はかなり高い。柔軟な対応が出来る上に、何度か出席している球磨と青葉が同行するのが一番無難だろう、というのが提督の判断だった。

 

「吹雪達にはいつも通り留守番を頼むよ」

「了解しました!」

 

 ☆

 

 会議当日、朝。提督と球磨、青葉の三人は鎮守府の正門に居た。

 提督達を見送るのは吹雪と長門だ。二人は提督と秘書艦不在の鎮守府を任される立場である。

 

「では、行ってくる。吹雪、長門、すまんが後は頼む」

「留守は私達に任せて、安心して会議に行ってくるがいい」

「頑張ります!」

 

 長門は力強く自信たっぷりに、吹雪は元気よく言った。それぞれ二人らしい態度だ。

 

「わからないことがあったら大淀を頼るクマ」

「青葉がいなくて古鷹さんが寂しがってたら慰めてあげてくださいねー」

「それはないな」

 

 長門のきっちりした否定の言葉を聞き、青葉がちょっと凹んだのを確認してから提督達は出発した。

 正門に残ったのは、吹雪と長門の二人となった。

 

「行ったな……」

「行っちゃいましたね」

 

 提督達が視界から消えたのを確認し、二人は職務を果たすべく執務室へと向かい、歩き始める。

 

「しかし、私はともかく吹雪まで今回も留守番とはな」

「いつもあの人選ですよね」

「私は融通が効かないから同行させて貰えないというのはわかる。しかし、陸奥ならば平気ではないかと思うのだが……」

「今度聞いてみましょう」

「うむ。噂に聞く限りでは相当厳しいようだからな」

 

 二人が聞いている会議の噂は恐ろしいものだった。

 何気ない発言が出席者の地雷を踏んでしまい最前線送り。

 やむを得ない事情で遅刻したにも関わらず、翌年の予算を削られた。

 出席者同士の縄張り争いのとばっちりを受けて、鎮守府が一つ潰された。

 他にも多数、「もうその会議を開くこと自体が害悪なんじゃないのか?」と言いたくなるような噂ばかりだ。

 提督は二人の艦娘を引き連れて、毎回そんな会議に出席してはちゃんと帰って来る。本人は「みんなの活躍のおかげだ」などと言っているが、かなり頑張っているはずだ。

 吹雪と長門の二人も、それぞれが自分なりにそう解釈していた。

 

「長門さん、私、頑張ります!」

「うむ。微力ながら私も力を貸そう」

 

 そんな決意表明をした上で、二人は業務を開始した。

 

 ☆

 

 二人が鎮守府の臨時提督として働く一方、難しい会議に出席した提督達は……。

 

「いつも遠くからいらっしゃって頂いてすみませんねぇ」

「あ、どもー。何か待遇よくして貰って恐縮です」

「何故か来る度に部屋が良くなってるクマね……」

 

 球磨と青葉は、司令部の一室に通されていた。

 案内されたのはお金はかかっているが趣味の悪さを感じさせない部屋だった。

 室内では座り心地の良いソファーとテーブルいっぱいのお菓子や飲み物が二人を歓迎するべく用意されていた。

 

「提督さんの会議が終わるまで不便なく過ごされるように、とのことです。申し訳ありませんが、外出は許可できませんが」

 

 世話係ということで紹介された女性がそう説明してくれた。

 物凄い好待遇である。間違いなく鎮守府よりも快適な空間がそこにあった。

 

「それは構わないクマ。そもそも提督の護衛兼秘書として同行してきたのに、会議に出なくて大丈夫クマか?」

「事前に頂いた資料は十分精査いたしましたし、特別問題もありませんでしたので。提督さんだけで良いとのことです」

「神経すり減らさずにすむのはありがたいですけど、毎回これでいいんですかねー」

 

 実はこの光景、毎回のことである。会場にある司令部にやってくると提督だけが会議室に通され、球磨達は至れり尽くせりの歓待を受けるのだ。

 大変な会議に出てくるという部分に嘘はない。色々と大切なことが今日この場で決まっているのは間違いない。それにしても、噂とのギャップが物凄いのは事実だ。

 

「普段命がけで戦っている艦娘さんを、最大限もてなすようにと言われていますから……」

「ありがたい話だクマ」

「ほんとですねー」

 

 もぐもぐと菓子などを食べながらそう漏らす二人。

 扉の向こうでは提督が長い会議をしているはずだ。「寝ないように気をつけないと」と言っていたから、会議の雰囲気も大体想像がつく。

 こうなると正直、球磨と青葉以外の誰がついてきても同じだと思われそうだが、毎回メンバーが固定なのはちゃんと理由がある。

 真実を知る者は少ない方が良いのだ。

 

「クマー。幸せだクマー」

「青葉、毎回会議の後は体重が増えているので複雑な気持ちです……」

 

 数時間後、会議を終えた提督が球磨達のところにやってきた。

 

「無事に会議も終わったぞ。実にタフな内容だった」

 

 物凄く眠そうだった。

 お菓子と飲み物の攻勢で気持ち体形が膨らんだ球磨達は、あえてそこに突っ込まずに話を進めた。

 

「それで、この後はいつも通りクマか?」

「うむ。懇親会だ。明日には護衛付きで戻るから二人は先に鎮守府に帰っていい」

「了解です。では、これを」

 

 青葉が懐から分厚い封筒を取り出して提督に渡した。球磨はそれを出来るだけ見ないように視線を外す。

 

「いつも助かる……。鎮守府に戻ったらこれを吹雪達に渡してくれ」

 

 提督が封筒を取り出し、球磨は視線を戻してから受け取った。

 

「了解クマ。一応聞いておくけど、球磨達の助けは必要クマか?」

「必要ない。これからは大人の男だけの時間だ」

 

 提督は厳かに言い切った。彼は都合の良い時だけ、大人とか男とか言うタイプの人間だ。 

 

「そうクマか。それじゃあ、帰るクマね」

「あ、お土産頂いちゃいましたんで、提督の分もとっておきますね」

「ああ、頼む」

 

 男の顔で見送る提督を置いて、お土産を持たされた球磨達は鎮守府へと戻ったのだった。

 

 ☆

 

 鎮守府に戻った球磨達を吹雪と長門が出迎えてくれた。

 さっそく執務室に向かい、吹雪がお茶を入れてから雑談が始まった。

 

「二人とも、お疲れ様でした」

「難儀な任務だったようだな」

「長門さんと吹雪の方こそお疲れ様クマ」

「いやー、やっぱり鎮守府に戻ると落ち着きますねー」

「何だか満足気ですね、二人共」

「提督が帰る前に奢ってくれたんですよ。美味しかったですー」

「なるほど。そういうことですか」

「二人の分も預かっているクマ。これで間宮さんか鳳翔さんのお店に行ってくれとのことクマ」

 

 帰ってくる前に受け取った封筒を球磨が取り出した。中身は現金である。

 

「あいつは躊躇なく金を使うな。いや、上手い使い方をしているとは思うが」

「ふふ、他に使い道が無いっていつも言ってますけどね」

「提督は案外その辺しっかりしてるから大丈夫クマ。遠慮無く使うといいクマ」

「そうさせてもらおう。ありがたい」

「提督のお帰りは明日でしょうねー」

 

 さっそく土産を開封し始めた青葉が言った。彼女はまだ食べる気らしい。

 

「そういえば、いつもの懇親会に参加しているんですよね?」

「ええ、偉い人達と食事したりお酒を飲んだり、大変らしいですよ」

「そうか。大変そうだな。せめて参加できれば酌の一つくらいするのだが」

「け、結構難しい席みたいですよ。私達も帰されますし」

「でもでも。ちょっとくらいお手伝いしたいですよ」

「うむ。せめて提督を激励するくらいしたいものだな」

 

 なるほど激励か、そう思った球磨は携帯電話を取り出した。

 

「ちょっと待つクマ。提督に電話してみるクマ」

「へ、平気なのか? そんなことをして」

「秘書艦からの電話なら十分理由になると思うクマ」

 

 それでも懇親会中は繋がらない可能性が高いクマが、と前置きしてから提督に電話をかけてみた。

 驚いたことに着信した、更に通話状態に移行した。

 

「つ、繋がったクマ。あ、提督、電話して大丈夫クマか?」

 

 球磨の問いかけに対する返答はなかったが、携帯のスピーカーからこんな音声が聞こえてきた。

 

『さあ、次はお待ちかね、我が鎮守府の大天使、古鷹さんのお宝画像ですよー』

『おお……古鷹たん、改二になって更に魅力的に……。このぴっちりインナーが健康的なエロスを醸しだしておるわい』

『写真はあくまで健全なレベルなのでバレても大丈夫な仕様になっています、ご安心を。ただ、拡散されるとまずいので現品限りです』

『ありがたい、ありがたい。これでしばらく生きていける。拡散などせんよ。しかし、健全写真なのが侘び寂びをわかっておるのう』

『褒められても何も出せませんよ。……それはそれとして、最近は大規模な戦争をしたがってる連中がいるみたいですが』

『わかっておる。あれだけ若者が死んだのにちょっと勝ったくらいで調子に乗りおって。……近いうちに動きがあるよ』

『お手数おかけします』

『て、提督君。私の頼んでいた飛鷹たんのお宝画像は?』

『こちらにございます。年末年始のどさくさで着てくれたドレス姿ですよ』

『おお、何という自然な笑顔……これは貴重だ。私達が直接行くとガチガチの軍人みたいな表情しかしてくれないからな……』

『彼女達はなんだかんだで軍属という意識が強いですからね』

『君のような人材は貴重だ。うむ……補給に関しては任せたまえ』

『ありがとうございます』

『……提督君。頼みがあるのだが』

『はっ、なんなりと』

『朝潮たんのスクール……いや、競泳水着の写真を用意することは可能かね?』

『……それは、かなりの高難度ですね。最悪、強権を発動する必要が……』

『それはいかん!』

『っ!?』

『わしが求めているのは朝潮たんが自発的に競泳水着を着用し過ごしている、ありのままの姿の写真だ。権力によって無理矢理など無粋の極みだ』

『し、失礼しましたっ』

『いや、君を責めているわけではない。責任感が強いのは結構なことだ』

『可能な限り、入手するように努めます。自然な感じで』

『それで良い。成功の暁には、わしに可能な限りの便宜を図ろう』

『了解です! それはそうと、私がこの日のために作成した生写真利用の改二記念、駆逐艦吹雪の抱き枕が……』

 

 限界だったのでそこで通話を切った。

 

「ど、どうだった?」

 

 ただならぬ気配を感じたらしく、心配気味に聞いてきた長門に、球磨はシリアス顔で答える。

 

「電話越しに現場の空気が伝わってくるくらいの緊張感だったクマ。吹雪だったら失神しかねないと思うクマ」

 

 嘘は言っていない。

 

「ひえぇ……良かったです、ついていかなくて」

「凄い修羅場だな。あんな男だが、伊達に提督ではないということか……」

 

 吹雪は怯え、長門は感心し誇らしげに今は無人の提督の机に目をやる。

 あの場の参加者がかなりの権力者であり、会議と懇親会の内容次第で鎮守府に対する待遇が変わるのは事実だ。

 そんな中で提督は実に上手く立ち回った。まさか時間をかけて上層部を片っ端からオタクにするとは思わなかった。着々とオタク化していく上層部を見て、球磨は初めて提督を恐ろしいと思ったものだ。

 ともあれ、なんだかんだで提督は上手くやっている。

 が、球磨まで一緒に人に言えない秘密を抱えてしまっているのは釈然としない。釈然としないが、納得するしかない。

 これが大人になるということなのだろうか。

 

「青葉さん」

「なんでしょう?」

 

 同じく秘密を抱えているはずなのに、どこ吹く風の青葉。

 彼女にだけ聞こえるように呟く。

 

「大人って、めんどくさいクマね」

「人生楽しめてるなら、いいんじゃないでしょうか?」

 

 物凄く割り切った返答を聞いて、彼女を少し見習ってみようかと思う球磨だった。


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