My Revenge Against God!   作:まきものさん

10 / 12
一部刺激の強い描写が含まれますので、ご覧の際は十分にご留意ください。


9 襲撃

 

◆◆◆

 

 

 

 兄さんの第三次試験の様子を家の中で見ていた

 僕とリア、母さんの間には諦めムードが漂っていた。

 

 なんせ一騎打ちであのヴィルへイドさんと当たってしまったのだ。

 運が悪すぎるとかいうレベルじゃない。

 

 スクリーンに映る姿からもとてつもない威圧感が伝わってくる。

 正直、兄さんがヴィルへイドさんに勝てる姿はまったく想像できない。 

 

「日頃の行いが悪かったのね」

 

「来年こそ頑張ってね、お義兄さん」

 

 ひどい言われようだ、まだ戦ってすらいないのに。

 まあ、二人がそういうのもわかる。彼は公国最強と名高いし。

 

 案の定、一騎打ちが始まった瞬間……

 

「「ああ、アイファー(兄さん、お義兄さん)!!」」

 

 早すぎてヴィルへイドさんがどういう攻撃をしたのかはよくわからなかった。

 かろうじてわかったのは、兄さんの果敢な踏み込みを、

 間合いに入った瞬間に、ヴィルへイドさんが完全に叩き潰してしまったことだけだ。

 兄さんは剣ごと腕をへし折られ、そのまま思いっきり地面にめり込んでしまった。

 腕は、見た感じ骨折してるだろう。少なくとも剣は持てないはずだ

 出血もひどい。おまけに殴られたのだろうか。腹部も落ちくぼんでいるように見える。

 けがの具合からいって、もう立てないだろう。

 

「大丈夫かしら?」

 

「大丈夫だとは思いますよ? 一流の治癒専門の魔法使いさんが常に待機してるみたいですし」

 

 誰もがヴィルへイドさんの勝利を、兄さんの敗北を確信して、

 闘技場全体を揺らすような大歓声が響き渡っていた。

 

 さすがに運が無かった。ああ、これで終わりか、そう思っていた。

 

 次の瞬間……

 

 ゆらり、と。

 

 兄さんはゆっくり立ち上がった。

 両腕は折れていて剣ももう持てないし、まともに歩くこともかなわない。

 それでも、ヴィルへイドさんのもとに一歩ずつ向かっていく。

 

 ……ああ、やっぱり兄さんには勝てっこない。

 決して折れない。これが兄さんの本当の強さなんだ。

 どこまでも愚直でまっすぐで技に捻りはないけど、心の強さならだれにも負けない。

 今だってそうだ。誰も観客が兄さんを応援していなくても、怪我がひどくても、

 確かに立ち上がってみせた。

 

 が、奇跡はここまでだった。

 次の瞬間ヴィルへイドさんの七色の魔法をまとった剣から斬撃が繰り出され

 兄さんの体が紙きれのように吹き飛んでいった。

 

 闘技場の壁に思いっきり体が叩き付けられ、

 今度こそ兄さんの身体はピクリとも動かなくなった。

 すぐに闘技場に治癒魔法使いが駆けつけて行くのが見えた。

 

 気絶して運ばれていく兄さんの姿をスクリーン越しに見ながら思う。

 お疲れ様、やっぱりすごかったよ。兄さんは永遠に僕の誇りで憧れだよ、と。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 入学の吉報が届いたのはその翌日のことだった。

 なんでも、ヴィルへイドさんは兄さんのことをえらく気に入ったらしく、

 自分が使うはずだった推薦入学枠に兄さんを推してくれたそうだ。

 

 そして試験の行われた首都から、七日かけて兄さんと父さんが村に帰ってきた。

 村総出で二人を出迎える。

 

「「「「「アイファー、騎士団学校入学おめでとう!」」」」」

 

「皆さん、ありがとうございます」

 

 左手甲の騎士団学校のエンブレムを高く掲げる兄さんはどこか誇らしげだ。

 

「兄さん、本当におめでとう」

 

「おう、応援ありがとな。まあホントのギリギリで合格だけどな」

 

「アイファー、もう体の具合は大丈夫なの?」

 

「母さんも、それとリアちゃんも応援ありがとう。体はこの通り、もう大丈夫だ」

 

 そういってぐるぐる腕を回して見せる。確かにもう体の調子は問題なさそうだ。

 

 農作業が落ち着いた村には、のんびりとした空気が流れていた。

 しばらくの間、兄さんと父さんは村の人たちに囲まれて

 挨拶やらお祝いの言葉やらを受けていた。

 ずっと修行を頑張っていた兄さんが褒められているんだ。

 近くで見ていた僕もまるで自分のことのように誇らしかった。

 最初のうちは確かにそうだった……。

 

 終わらない、いつまで経っても村の人たちのお祝いが終わらない。

 父さんと兄さんが村に帰ってきてから、もうかれこれ一時間くらいは経った。

 村の人たちは、最初のうちは、父さんに兄さんへのお祝いを言うんだけど、

 途中からうちの息子にも修行をつけてだの、水車小屋を補修して欲しいだの

 まったく関係ないことに脱線していた。

 

 すぐに家の中に入れるだろうと踏んで薄着で外に出てきてしまっていた。

 おかげですっかり体の芯まで冷えてしまったし、ちょっと勘弁してほしい。

 最近は毛布を何枚も重ねないと風邪を引きそうになるくらい明け方は冷え込む。

 今だって、どんよりとした雲に遮られて陽の光が全く届いてないから

 鳥肌が立つくらい寒い。

 

 そんな僕の様子を察してか、

 父さんが、風邪を引いてしまうのでそろそろ解散しましょう、と声をあげると

 村の人たちはようやく、それぞれの家に帰っていった。

 

 それを見届けてから家に戻る。

 暖炉の前を陣取って体を温める。本当に寒かった。

 しばらくぬくぬくしていると、父さんと母さんから、準備ができたよと声がかかった。

 これから入学祝いのパーティーをするんだ。

 食卓の上にはソーセージに小麦パン、それと普段よりちょっと良いバターが並んでいる。

 しかもデザートには父さんがお土産に買ってきてくれた

 首都で流行っているロールケーキとかいうおいしそうなお菓子もあるみたいだ。

 まだ冷凍魔法でガチガチに凍ったままだから無理だけど、早く食べてみたい。

 

 父さんが乾杯の音頭を取る。

 

「えー、改めて、アイファー合格おめでとう」

 

「「「おめでとう!」」」

 

「父さん、母さん、リヒト、それにリアちゃんもありがとう。おかげでギリギリ入学できたぜ」

 

 五人でカップをそれぞれ掲げる。

 

「では、アイファーの入学を祝しまして、乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 そのあとも兄さんはライヒリッヒリアでの出来事や、

 ヴィルへイドが非の打ちどころがない完璧超人だったこと、

 父さんの応援が一番の励みになったことなんかを話してくれた。

 

「まぁ、ありゃ大した事ねえよ。単純にお前が負けるのが気に食わなかっただけだ……」

 

 最後の方は消え入りそうな声で父さんは頭をポリポリかきながら言う。

 もっと素直になればいいのに。

 

 入学は来年の春だそうで、そこから卒業までの三年間は家には帰ってこれないそうだ。

 残り半年ちょっとの兄さんとの時間を大切にしないとね。

 

 ところで……

 

「父さん、今日はどうしてお酒飲まないの?お祝い会なのに……」

 

「……ああ、それはな。……」

 

 言葉が出てこないみたいだ。何か言いづらいことでもあるのかな。

 

「ああ、別にいいよ。言いたくないなら」

 

 無理に聞き出すのも、なんか違う気がするしね。

 

「……まぁ、長旅で疲れて体調があまりよくなくて、な。

 俺ももう四十手前で最近は体が持たん。だから今日はお酒は無しだ」

 

 そう言ってわざとらしく笑った。

 何だか妙に引っかかるけど、これ以上深堀りするのもやめておこう。

 父さんにも何か事情の一つや二つ、あるんだろう。

 

 と、突然、居間の棚の上に置いてあった水晶玉が青く輝きだす。

 

「悪い、ちょっと団長から連絡みたいだ」

 

 そう言って席を外し、水晶玉を持って風呂場の方に行ってしまった。

 何やら長々と話し込んでいるけど、一体休日のこの時間に何事だろう……。

 

 

 数分後、真っ青な顔をして居間に父さんが飛び込んできた。

 

「大勢の魔族が大艦隊で沖合からやってきて、港町オズマンが攻め込まれているらしい……」

 

 魔族、僕が好きな本でも出てくる、恐ろしい人間の敵。

 それが大勢やってきて、ここから程近い港町オズマンを攻撃している。

 

「でも、オズマンは要塞都市だし、騎士団の人だっていっぱい防御に当たってるし

 大丈夫じゃない?今までだってこういうことがある度に守り抜いてきたでしょ?」

 

 そうだ。この国を建国した英雄、ヨハンをはじめ、こういうことがある度に

 騎士団はオズマンを守り続けてきたんだ。今回だってきっと大丈夫なはずだ。

 

 僕の言葉に父さんが首を振る。

 

「ダメだ。数が多すぎるんだ。団長からの通信だと騎士団も壊滅状態で、

 要塞はもう、ほぼ機能してないそうだ。

 寄せ集めの冒険者と傭兵で今は何とか魔族の大軍勢を食い止めているらしい。

 けど、このままだとオズマンが落ちるのも時間の問題だろう……」

 

 甘く見過ぎていたみたいだ。事態は思ったよりも深刻だった。

 

「オズマンが落ちれば、この村に魔族が来るのも時間の問題……。

 俺はどうすれば、どうすれば……」

 

 力なく父さんが壁にもたれかかる。こんなに弱くなっている姿は初めて見た。

 

「親父、しっかりしろ!」

 

 兄さんに身体をゆすられ、はっと我に返ったように僕たちを見つめる。

 

「悪い、村を守る俺がしっかりしなきゃいけないのにな。アイファーありがとう。

 今すぐ村の人たちにここから逃げるように大声で伝えてきてくれ!

 逃げられないお年寄りは教会に集まるようにも言ってくれ。

 今から教会を避難場所と村の拠点として、鍵を開けて開放する。

 母さん、アイファー、リヒト、それにリアちゃん、頼めるね?」

 

「「「「わかった!」」」」

 

 家々の間を全力で走り、村の人たちに避難するように伝えて回る。

 数分前までの、のどかな空気はあっという間に消え去り、村中が一気に騒がしくなった。

 

「あのオズマンが落とされたらしいぞ」 「お母さん怖いよー」 

「どういうことだ、騎士団は何をやってるんだ!?」 「もうこの村は終わりだ……」

「ここにもすぐに魔族が来るぞ……」

 

 寒い中、身一つで教会前に集まった村の人たちの

 怒号、悲鳴、憶測がそこかしこから飛び交う。

 

「みんな、話を聞いてくれ!」

 

 父さんが大声を出してお願いしても耳を貸す人はいなかった。

 みんながみんな、冷静さを欠いている。

 魔族がここに来るかもしれないんだ、落ち着いてなんていられないのも当然だ。

 かくいう僕もここに魔族が来る、という事実だけで全身の震えが止まらなくなっていた。

 何度か父さんが大声を出して、お願いし続けている内にようやく少し静かになってきた。

 

「みんな、お願いだ。一瞬でいい。静かに俺の言うことを聞いてほしい。

 さっき知らせた通り、ここから程近い港町オズマンが今魔族の大軍の攻撃を受けている。

 この村も危ない。

 だから一旦皆には峠を越えて首都のライヒリッヒリアに避難してほしいんだ!」

 

「でも峠は雪がすでに積もってるって聞いたぞ!?」 

「おいおい首都に行ってどうしろって言うんだよ」

「俺たちゃ金がねえんだよ」 「大体、騎士団は何をやってやがるんだ?」

 

 また怒号、悲鳴が飛び交い始める。父さんは何かを言おうとして口をもごもごさせていた。

 

「俺はこの村を棄てる気はない!」 「怖いよー!」 「無茶いうんじゃねえよ」

「ふざけんな!」

 

 父さんの話を聞いてほしいという僕の願いと裏腹に辺りは一層騒がしくなってしまった。

 

 その時、父さんが地面に手と膝をついた。まさか……

 

「頼む、この通りだ!このままここにいたらみんな死んじまう……。だから逃げてほしい!

 責めるならいくらでも俺のことを責めてくれ。俺はみんなを守りたいんだ!」

 

 初めて見る、父さんの土下座姿。

 その場が水を打ったようにしんと静まり返った。

 

 静寂を破ったのはさっきまで村を離れることを頑なに拒んでいた

 白髪のおじいさんだった。

 

「わかったよ。お前さんがそこまでするなら、わしも避難することにするよ」

 

 その言葉を聞いて、みんなも次々と家に戻り避難の準備を始めようとした。

 だけど、その時

 

「その必要はない」

 

 馬に乗った人たちが教会の広場の前に現れた。その数は十騎。

 騎士団の人だろう。援軍にしては軍勢が少ないような気もするけど……。

 それより先頭に立っている人には見覚えがある。もしかして……

 

「ヴィルへイド様じゃないですかー!?」

「いつも応援してます!」

「ヴィルへイド様がどうしてこんな辺境の村なんかに?」

  

 この間リアとテオと喧嘩していた最中に僕のことをからかってきた

 三人組の男の人たちが駆け寄り、話しかける。

 やっぱりヴィルへイドさんだったようだ。

 

 ヴィルへイドさんがオズマンに救援に行けば、百人力だろう。

 でも、やっぱりおかしい。

 首都からオズマンの救援に来たにしてはあまりにも早過ぎる。

 それにヴィルへイドさん以外の騎士団の目がどこか虚ろだ……。

 

 ヴィルへイドさんが村の人たちに声をかける。

 

「この私が来たからにはもう安心だ。この村の人たちは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手で全員殺してやるからな」

 

 次の瞬間、ガラの悪い男の人たちが突然、力なく地面に倒れた。

 やがて石畳の上にはぬらぬらとした血が湯気をあげながら広がり始めた。

 

 これを、ヴィルへイドさんが……。いや、きっと何かの見間違いだ。

 そんなことするはずがない……

 

 確かめるようにヴィルへイドさんの剣を見る。

 振り抜かれた大剣からはポタリポタリと血が滴り落ちていた。

 

 殺したんだ。ヴィルへイドさんが……。

 そう、はっきりわかった瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

 どうして、どうして?あなたは公国最強で、味方のはずじゃ……

 

 次の瞬間、広場は地獄と化した。

 逃げ回る村の人たちを、アリを踏み潰すかのように、

 いとも簡単に、一方的にヴィルへイドさんが殺していく。

 

「リヒト、母さんとリアちゃんを連れて今すぐここから逃げろ」

 

 情けなく突っ立っていた僕に、父さんがそっと耳打ちしてきた。

 

「でも、父さんと兄さんが!!」

 

 父さんの目は揺らがなかった。

 

「俺は後から行く。いいから早くいけ、頭のキレるリヒトならわかるだろ、今の状況が!?」

 

 珍しく父さんが怒鳴り散らかす。

 次々と断末魔が聞こえてきていた。今、この瞬間にも村の人たちが殺されているんだ。

 

「リヒト、今はお父さんの言うことを聞いていきましょう」

 

 母さんが諭すように言ってくる。そんなことはわかってる。

 でも、体が動かない。父さんと兄さんを見捨てることなんてできない。

 

 そうか、これがあの時、テオとリアに僕がしたことなんだ。

 因果応報、相手の気持ちを全く考えなかった僕に対する神様の仕打ちなのかもしれない。

 

「リヒト、どうしよぅ」

 

 リアが上着の袖をつかんできた。

 指から震えが伝わってきて、はっと我に返る。今僕が一番すべきことは……

 

「リアちゃんを守り抜くんだろ?」

 

 不意に兄さんが肩に手を乗せてきた。

 

「生きろよ、俺の分まで」

 

 そう優しく語り掛けてきた。

 

 そうだ、今僕がすべきことは父さんと兄さんと一緒に戦うことなんかじゃない。

 目の前で震える女の子を守ることだ。

 

「馬はもうお父さんが準備してくれたから、それに乗って先に逃げてて。

 母さんは後で行くから」

 

 父さんは、母さんと逃げろ、と言っていた。

 でも、それが方便だと、なんとなくわかっていた。

 あの短時間では、馬は頑張っても一頭しか準備できない。

 子供二人ならまだしも、そこに母さんも一緒に乗ることはできない。

 きっと、母さんも最初からここに残るつもりだったんだ。

 

「……うん、先に行ってる」

 

「いい?何があってもリアちゃんを守り抜くのよ。約束よ」

 

「……ぜったいに、まもりぬくよ」

 

 母さんが小指を差し出してきた。

 

――絶対に、守り抜く。

 

 そう強く誓いながら小指を絡ませる。

 

「じゃあ、先に行ってるよ」

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

 そう言って精一杯の笑顔を向けてきた。

 きっと母さんは僕が不安でいっぱいなことも全部お見通しなんだろう。

 僕を元気づけるための母さんのいつもの笑顔に視界がにじんだ。

 

「行け、リヒト!走れ!」

 

 兄さんに背中をドンッと押される。

 

「……走るよ、リア」

 

 後ろから剣と剣が激しくぶつかり合う音が響く。

 涙をこらえながら、振り返らずに前を向いてリアの手を引きながら馬小屋に走る。

 馬小屋の中に滑り込むと、母さんの言う通り、馬にはすでに背中に鞍が置かれていた。

 先に飛び乗り、リアを抱きかかえて後ろに乗せる。

 

「背中、しっかり掴んで放さないでね」

 

「……うん」

 

 背中に震えが伝わってくる。僕がしっかりしなきゃ、守らなきゃ、いけない。

 

「だいじょうぶ、絶対何があっても守るから」

 

 手綱を打ち馬を走らせはじめる。

 

 しばらくして村はずれの門が見えてきた。

 さっきヴィルへイド達(殺人鬼)が通ったときのままなのか、門は開けっぱなしだった。

 

 門を通り抜けて、村を振り返ると教会の方から黒い煙が激しく立ち上っているのが見えた。

 

 

 父さん、母さん、兄さん、テオ………

 

 

「リヒト……」

 

「……行こう。今はここから少しでも遠くに離れよう」

 

 そうしてもう一度手綱を打ち馬を走らせ始めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 地図を頼りに首都のライヒリッヒリアに向かってひたすら東に進む。

 時々街道沿いに出現する魔物を、魔法で蹴散らしながら馬を走らせる。

 後ろから何かが迫ってくるような気配がして、

 何度も振り返っては何もいないことを確認しほっと息をつく。

 峠を二つ越え、谷を渡り、何分、何時間走り続けたかもうとっくにわからなくなった。 

 太陽は厚い雲に隠されていて、今が何時くらいかもわからない。

 

 なだらかな丘を登り終えると苦しそうな鳴き声をあげ馬は急に止まってしまった。

 一旦休憩が必要みたいだ。

 

「休憩しよう」

 

 先に馬の背中から飛び降り、リアを大切に抱きかかえながら慎重におろす。

 僕らが降りると馬はひざを折って横に寝転がるようにして倒れこんでしまった。

 

 魔法で水を出し馬に水分補給をしながら、水を全身にかけて火照った体も冷ましてあげる。

 

「偉い偉い、よく頑張ったよ」

 

 とほめながら、首筋を撫でてやる。

 リアも慣れない乗馬に相当疲れたようで、普通なら座りたくないような

 水を含んで湿っている草むらに、足を投げ出すようにして座り込んでしまった。

 

 今、どこだろう。魔力で印をつけてきたけど、地図通りなら

 ここから十キロくらい先に小さい村があるはずだ。

 

 そこに住んでいる人達に今の時間を聞いてみよう。

 そうすれば今日中にどこまで進めるかも、判断できる。

 もしかしたらその村に一晩泊めてもらう、ということになるかもしれない。

 

「そろそろ出発しよう」

 

 と声をかけるとゆっくりとリアは立ち上がった。でも馬の方はまだ苦しそうだ。

 

「ごめん、もう少しだけ頑張ってね」

 

 手を当てて馬に語り掛けるように言うと、なんとか体を起こしてくれた。

 でもしばらくは乗れないだろう。

 手綱を引いて、馬に歩調を合わせつつ、村へと進む。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 馬が大分回復してから、背中に乗ってみたけど、歩みは明らかに遅くなっていた。

 当然だ。さっき無理をさせ過ぎたのだから。もう今日はどのみち走れないだろう。

 

 小さな村にたどり着くころにはあたりはもう暗くなっていた。

 

 村の門はなぜか開けっぱなしだった。

 おかしい。本来、どの村の門も、魔物の侵入を防ぐために、夕方なら絶対しまっているはずだ。

 胸の奥がざわついた。なんとなく、嫌な予感がする。

 

 村に入っても人の気配は全くない。

 刈り取られた麦畑に風が吹き、土埃を巻き上げた。

 畑の合間の道を通り抜け村の中心にだんだん近づいていくと

 鼻を衝く焦げ臭さと鉄臭い匂いが強くなっていく。

 

「あー、やっといらっしゃいましたか、待ち詫びておりましたよ、ええ。

 ヴィルへイドは役に立ちませぬな、このような小童一人すら見過ごすとは。

 全く嘆かわしい限りです」

 

 耳障りな声が聞こえてきて、ドクン、と心臓が跳ねる。

 

 炎で燃え盛る教会の前にソレはいた。

 限りなく人間に近い声と、見た目。

 でも背中から生えている尾、威圧感、そして全身がしびれそうなくらい強い魔力は

 ソレが人間ではないことを十分に物語っている。

 

 直感的にわかる。おそらくこいつは魔族だ。

 それも相当な手練れ。おそらくヴィルへイドよりもずっと強い。

 

 村中に、人が倒れていた。ある人は壁にもたれかかるように、ある人は折り重なるように、

 ある人は血を流しながら。

 

「お前が……全部、やったのか?」

 

 震える声で聞く。

 

「驚愕いたしましたか?……この私が皆殺しにいたしました」

 

 奴が続ける。

 

「ああ、ご挨拶が遅れましたね。私、魔王軍が四天王の一翼、『魔道の理』を司る

 ギベリノと申します。誠に恐縮ですが、これより貴方様には果てていただくとしましょうか」

 

 奴の手に超高密度の魔力が集まっていく。

 

――まずい! 

 

 リアを抱きかかえて慌てて馬から飛び降りた。

 その瞬間、馬の胴体が左右に真っ二つに裂けたかと思うと、肉片を飛び散らせながら爆ぜた。

 

「今の魔法を躱されるとは、計算外でした。

 もっとも、偶然の域を出ない稚拙な動きではありましたが……。

 これ以上の余興は不要でしょう。次で決着といたします」

 

 奴の手に強大な魔力が練り上げられ始める。もう次は躱しきれないだろう。

 

「では、さようなら」

 

 その瞬間、視界全体を巨大な漆黒の魔力弾が埋め尽くした。

 咄嗟に展開した結界は、シャボン玉が割れるかのようにあっさりと砕け散ってしまった。

 逃げ場はない。

 リアの体を庇うように強く抱きしめる。ここまでか……。

 

 そこで僕の意識は完全に途切れた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。