My Revenge Against God!   作:まきものさん

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一部刺激の強い描写が含まれますので、ご覧の際は十分にご留意ください。


10 絶望

 あれからどれくらい時間が経ったんだろう。

 暗い。寒い。

 ……死んだのか?

 

 しばらくすると、目が徐々に慣れてきて周囲の様子が見えるようになった。

 どうやら死んだわけじゃなく、真っ暗な場所にいただけのようだ。

 

「目が覚めたか、リヒト」

 

 暗闇の中から声をかけられた瞬間、意識が急激にクリアになった。

 

「誰ですか、助けてください!?」

 

「私の名前か?私はヴィルへイドだ」

 

 そう、低い声の主が名乗りをあげた瞬間、

 村の人たちを奴が殺す姿が脳裏をよぎり、真っ黒い感情が広がっていく。

 

 お前が父さんを、兄さんを、母さんを、テオを、村の人たちを殺したのか。

 

 

 

 

「この人殺しがぁぁ!」

 

 手を振り上げようとして何かに阻まれる。

 

「ああ、暴れると面倒だからな。手かせで拘束させてもらった。

 一応言っておくが、手かせで魔力ももちろん封じているからな。

 詠唱も発動も、不可能だ。無駄な足掻きはやめておけ」

 

 それでも、肉親を、兄弟を、友人を殺されて、

 はいそうですかと黙っていられる人間なんていないはずだ。

 しばらく鎖を引きちぎろうとして、何度も腕を振り回した。

 でも、いくら頑張っても鎖がきしむ音だけがむなしく暗闇に響き

 それを聞いているうちにすっかり抵抗する気力も尽きてしまった。

 

「ようやく静かになったか。安心しろ、お前の父母、兄、友人、ああ、恋人も一緒だったか。

 全員生きているぞ」

 

「なんで……」

 

「ギベリノ様からの指示でな、私はそれに従ったまでだ。ついてこい」

 

 鎖を引っ張られ、引きずられるように連れていかれる。

 ヴィルへイドの言葉が本当かどうかはわからない。

 けど、今はその言葉に縋っていたかった。 

 リアも、父さんも、母さんも、兄さんも、テオもみんな生きている。

 今はそれでいい。

 

 ドアが開けられると外から凍てついた空気が吹き込んできて容赦なく僕に叩きつけた。 

 まぶしい。ずっと暗闇の中にいたから目が慣れず何も見えない。

 しばらくして目が慣れてきて、徐々に当たりの様子がわかってきた。

 

 ぼやけている視界には見慣れた噴水が映っている。

 ああ、村に戻ってきたんだ。

 振り返ると、長椅子とステンドグラスが目に入る。

 今まで閉じ込められていたのは教会の中だったんだ。

 

 厚く張った灰色の雲から雪が降ってきていて、

 教会前広場にはもうすでにうっすら積もっていた。

 なるべく遺体を見ないよう、視線を伏せて歩く。

 それでも、体の一部が転がっているのが視界に入ってしまうと、

 気持ち悪くて何度も吐きそうになった。

 

「ついたぞ」

 

 畑の一角に村の人たちが大勢集まっていた。

 良かった、まだ村の人たちは生きていたんだ。

 でも、みんなおびえきったような表情をしている。

 

「叫んだ奴は殺す。次は、赤い服を着たそこのお前だな」

 

 顔見知りの男の人がつながれた縄を引っ張られ

 前に連れていかれる。

 

「やめてくれ、まだ三歳の娘がいるんだ、お願いd」

 

 前にいた人が剣を振るうと、首がボトッと落ち、

 膝を折り曲げた胴体はそのまま座り込むように倒れた。

 魔族の集団からどっと耳障りな歓声が上がった。

 

 

 

「ごほっ、ゲホッ」

 

 思いっきり吐いてしまった。

 誰がこんなひどいことを……。

 

 

 

「初めて見るだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうだ、お前の父親の剣筋は?」

 

 

 とう、さん?とうさんがこれを?

 うそだよね?だって父さんは村のみんなを守るって?

 

 

 

「父さん、父さん!?」

 

 

 

「頼む、誰か俺を殺してくれ、早く殺してくれ……」

 

 これまで一度も聞いたこともないほど憔悴した父さんの声。

 涙と鼻水と返り血で顔も鎧もぐちゃぐちゃにしても、

 魔法で剣を振らされ続けていた。

 

「面白いだろう?これはギベリノ様の魔法、洗脳だ。

 今回は特別に意識を保ったまま体だけ操る、高度な魔法を使っていてな。

 もちろん絶対に抵抗も自害もできない仕組みになっている。

 守ると誓ったものを自分の手で殺めるのはさぞかし辛かろうに」

 

「うそだ、うそだ……。そうだ幻影魔法だ、だって父さんがこんなことするはずない……」

 

 目の前の光景が信じられなかった。いや信じたくなかった。ぎゅっと目をつぶる。

 

「目を逸らすな、これが現実だ」

 

「そうだ、夢だ。夢だよ、だって父さんがこんなことす、ごはッ」

 

 鳩尾に衝撃が走る。

 

「痛いだろ?これは夢でも何でもない。お前の父親はただの"人殺し"と成り果てた」

 

「人殺しなんかじゃない、これは洗脳魔法だ!」

 

 そうだよ、これは父さんの意志なんかじゃない。父さんが人を殺しているわけじゃない。

 

「例えそうであっても、お前の父親は、その手で人を今、殺しているんだ。

 これが何を意味するか賢いお前ならわかるだろう?」

 

 と、その時だった。

 村の人たちの視線が、一斉に僕へと向けられた。

 途端に総毛だった。

 あの目は、今までの人生で一度も向けられたことのない種類のもの。

 恐怖とも、怒りとも違う。

 

 もっとどす黒く濁っていて、ドロドロとした……。

 瞳の奥に黒い激情を宿したまま、ただただ射貫いてくる。

 

 目。

 

 目。

 

 目。

 

 目。

 

 それが僕だけのこのこ逃げたことに対してなのか、父さんに親しい人を殺されたからなのかは

 よくわからない。

 でも村の人たちが縄で縛られていなかったら、僕はなぶり殺しにされていただろう。

 

 

「さて、選択の時だ」

 

 ヴィルへイドがそう言うと、突然鎖が断たれて手が自由になった。

 

「貴様ぁぁぁぁ」

 

 許さない。父さんを苦しませて、村の人たちを痛めつけて殺して。絶対に許さない。

 

 ヴィルへイドにとびかかった瞬間、地面に激しく叩きつけられた。

 肺から空気と一緒に大量の血を吐き出してしまう。

 

「回復魔法」

 

 即座にヴィルへイドが回復魔法をかけてきた。

 

 父さんを指さしながらヴィルへイドが言う。

 

「魔法の封印は今ので解けたはずだ。

 洗脳は術者であるギベリノ様以外、絶対に解くことはできない」

 

 だったら気絶魔法、あるいは拘束魔法で強引にでも!

 

「意味はない、あれは意識が無くても発動し続ける魔法だ。

 それに洗脳魔法の発動中は拘束魔法も無効化されて意味を成さん。

 お前ごときの拘束魔法は洗脳魔法によって力づくで破られる。

 お前の父親を止めるには、その命をお前自身で奪うしかない。やれ」

 

 できない。たとえ人殺しでも父さんは、父さんだ。

 強く首を振る。

 

 ため息をつきながらヴィルへイドが魔族に顎で指示を飛ばす。

 

「次は、そこのお前」

 

 一人の女性が縄を引っ張られ前に連れ出される。

 うそ、でしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼ばれたのは母さんだった。

 

 

「あ!?あアあアあ!?あアあぁァぁァぁァぁァぁ!?」

 

 叫びとも、悲鳴ともつかない、喉を壊しながら出したような音。

 完全に正気を失ってしまっていた。

 

「いいのよ。あなたは悪くないわ、愛してる」

 

「おまえの母親が殺されるぞ、いいのか?」

 

 迷っている暇なんてなかった。

 

 

 

「あああああああああああぁああああああ、貫通魔法!!!」

 

 迷っている暇なんてなかった。気が付いたら走り出していた。

 一瞬、母さんの目が見開かれたのが見えた。そして父さんの胸目掛けて魔法を打ち込む。

 

「おぉ、リヒトかぁ、逃げろって言ったのに。でも、ありがとうなぁ。

 この地獄を終わらせてくれてぇ、愛してる」

 

 完全に心臓を破壊した。

 空気が漏れるような声で、かすかに笑いながら

 父さんは僕の肩にもたれかかるようにして息絶えた。

 服には生暖かい血がべったりとついていた。

 

 紛れもない。僕が父さんを殺した。

 

 母さんの方を振り返る。

 

「ねぇ、母さん、ダイジョウブだた?ぼく、かぁさんを、ま、ま、まもったよ」

   

 ほめてほしかった。うまく口から言葉が出せない。

 

「こっちにおいで」

 

 腕を広げている。何も考えずに胸の中に飛び込む。ただ母さんの胸の中で甘えていたかった。

 

「母さん!」

 

 背中に腕を回され、強く抱きしめられる。

 頭の上に温かい手が置かれ、優しく撫でられる。

 

「リヒト、愛してるわ」

 

 母さんはそう言って僕の上に覆いかぶさるようにもたれかかってきた。

 

 

「ほう、夫に業を背負わせないために毒魔法を自分にかけ自ら死を選んだか。

 見上げるべき家族愛だな」

 

 ヴィルへイドが乾いた拍手をする。

 母さんは、縄による拘束を超えるくらい、自分のすべての魔力を込めて、

 強引に毒魔法を発動していたみたいだ。

 すでに息絶えていた。急速に身体が冷たくなっていく。

 

 

 

「ギベリノ様、お戻りになられましたか」

 

「ええ、それで小童はどうしましたか?」

 

「いえ、あちらにおります……」

 

 

 涙は出なかった。

 ただ、その場から動けなかった。

 

――人はね、自分が受け止めきれない出来事にぶつかると、

  自分を守るために感情を閉じちゃうのよ。――

 

 昔、母さんがそんなことを言っていたのを思い出す。

 

 ああ、そうか。

 今の僕は、そういう状態なんだろう。

 

 母さんを優しく地面に寝かせながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「リヒト」

 

 なんだテオ、いるならもっと早く声をかけてくれよ。

 手に持っていたナイフを投げ捨て、

 背中で赤く点滅する魔法陣を見せつけながら言う。

 

「俺にはやっぱできねぇよ。お前は絶対生きろよ」

 

 テオは次の瞬間全力で走りだした。数秒後遠くから

 

―― ドーーーーーン

 

 腹の底まで揺らすような、すさまじい爆発音が響き渡り、地面が揺れる。

 

 

「あの小童を殺せば生き延びられた話を、愚かしい」

 

 断片的な言葉から察するに、魔族同士の賭けだったらしい。

 もし僕を殺せばテオは生きられる、

 ただしもし僕を殺せなかったら背中に刻まれた自爆魔法の魔法陣が発動する、

 たったそれだけのつまらない賭けで簡単に命が奪われた。

 

 テオまでいなくなっちゃった、寂しい。

 

 

 そうだ、リアはどこにいるんだろう?

 

 

「リアー、どこー? 僕だよー? リヒトだよー?」

 

 

 なんだよ、大声で話しかけても反応してくれないなぁ。

 いつもなら、ここだよリヒト、って可愛く返事してくれるのに……。

 

「ここだよリヒト」

 

 あーやっと見つけたー、でもなんでそんなにつらそうにしてるの?どこか悪いの?

 あー、そっかぁ、左腕が千切れて血が足りないんだ。

 

「!?ッいたっ、何すんだよ?」

 

 リアの腕が振り抜かれ、顎から衝撃が突き抜けた。

 

「正気に戻ってよ!」

 

 あれ、僕は今まで何を……。 

 気付けば、腕にはいつの間にかリアを抱きかかえていた。

 リアは瞳から大粒の涙を零している。

 

 それに……

 

 左腕が、なかった。

 

 大量に血が流れている。

 

「リア!? 今、治癒魔法を……」

 

 傷口に手を当て治そうとすると、右手で静止してきた。

 

「自分でやってみたけどダメだった。呪いなのよ。ギベリノ、とかいう奴にさっきやられて

 治癒魔法をかけようとするたびに逆にどんどん体がむしばまれていったの。ほら……」

 

 リアがボタンを外すと滑らかな素肌があらわになった。

 でもそこには蜘蛛の巣のような形をした漆黒の高密度の禍々しい魔力が根を張っていた。

 

「血を止めればなんとかなるかもしれない」

 

 急いで着ていた服を裂き、必死で傷口を抑え、きつく縛る。

 でも……

 

「ッ!?」

 

 呪い自体が、血そのものを外へ押し出しているみたいに、

 いくらきつく締めても血が止まらなかった。

 布があっという間に赤く染まり血が滴り落ちてきている。

 

「もういいよ、ごめんね最後まで頼りっきりで……」

 

 諦めたようにリアが笑う。

 

「ごめん、僕の、全部僕のせいだ。僕が守れなくて……」

 

 あの時のギベリノの攻撃にやられたんだ。完全に守り切れなかった僕のせいだった。

 

「よしよし、リヒトはぁ、がんばったよぉ」

 

 頭にそっと手が置かれる。

 母さんと同じ撫で方だった。

 

「リヒトはぁ、何も悪くない」

 

 違う、全部僕のせいだ。

 

「そんな、そんな言葉が聞きたい訳じゃない、!?ッ」

 

 あっという間に僕のズボンも赤く染まっていく。

 

「ねぇ、リヒト、私たちはぁ、このまま普通にこの村で育って、

 リヒトは立派な騎士になって、結婚して、その、エッチなこととかもしてたのかなぁ?」

 

 かすれた声で、リアがうっすら笑う。

 

「ああ、そうだよ。 結婚して、子供ができて」

 

「幸せだっただろうなぁ」

 

「もう喋らないで、傷に障るよ」

 

 涙が後から後から溢れて止まらない。

 

「ねぇ、リヒト、いっぱい愛してる」

 

「……僕も、リアのこと愛してる。誰よりも」

 

 強い風が吹いてきて、乾いた砂が舞い上がる。

 

「でも、私のことは忘れていいよ。 

 リヒトはかっこいいから将来可愛いお嫁さんを探して、いっぱい幸せになってね?」

 

 精一杯優しく笑うリアの顔にはもう生気が無かった。

 

「そんな、そんなこと、言わないでよ」

 

「ねぇ、リヒト、ごめんねぇ。今までありがとう。さようなら、愛してるよ」

 

「リア、愛してる」

 

 頭を撫でていた手をゆっくりと頬をなぞり、唇の端をかすめ、そのままだらりと力なく垂れ下がった。

 次の瞬間、リアの体が崩れ始める。

 足から、指先から、体がゆっくりと灰になっていって風に吹かれて消えてしまった。

 

 ころん、と音がして、何かが地面に落ちた。

 

「あっ……」

 

 ヒナギクの髪飾りだった。

 両手で握り締めるように掴み、胸の前で抱え込む。

 喉の奥からこみあげてくるものを必死で押し殺そうとして、うまくいかない。

 

 声が漏れた。

 

 そのうち堪えきれなくなって、叫ぶように泣いた。

 止まらなかった。喉が割れるように痛くても、息が苦しくなっても。

 泣き足りなくて、泣いて、泣いて、泣いて

 泣き疲れて、それでも足りなくて、また泣いた。

 袖が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっても。

 

 

 二日、三日、いや、もう何日そうしていたかわからない。

 ようやく泣き止んで、畑から立ち上がると、雪がドサドサっと肩から音を立てて落ちた。

 体が芯から冷えていた。いつの間にか魔族も村の人たちもいなくなっていた。

 畑から出ると、死体や何かの一部はそのままだった。村はがらんとしていて人の気配はない。

 そこかしこに転がっている、肉片やよくわからないものを避けながら自分の家に向かった。

 

 二階にあがり、父さんの仕事部屋の壁にかけられている剣を取る。

 首筋に剣を当てると、皮膚がきれて血が出てきた。

 

 このまま剣を滑らせれば、すべて終わらせて楽になれる。

 少しだけ手に入れる力を強めるとツプツプと音を立てながら刃先が食い込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 今、そっちに行くよ。

 

 

 

 

 

 と、その時リアの笑顔と、父さんの姿が脳裏に浮かんだ。

 剣を握る手から力が抜けて、ガシャンと床に落ちる。

 

『洋服どうかな』 『あーん』 『だいっきらい!』 『へっへーん、勝ったよ?』

『うん、いいよ』 『私のこと、守ってね?』 『愛してる』

 

『たまたまだな』 『まだまだだな』 『リヒト、修行しよう』『愛してる』

 

「……何しているんだ、僕は」

 

 もうかれたはずの涙が、また溢れ出てきた。

 

 家族を殺した。

 理由はどうあれ、僕は父親を殺した殺人鬼だ。

 目を逸らしてはいけない。

 

「僕が……殺した、殺した、殺した、殺した」

 

 僕が殺した。

 あまりにも重すぎる罪。

 償う前に死ぬ?

 

――あり得ない。

 

 一生向き合っても、これは決して……償いきれない罪だ。

 

 

「約束を破った」

 

 リアを絶対に守り抜く、という約束を破った。

 そんな僕に、死んで楽になる資格なんて、あるはずがない。 

 

 終わらせる?ふざけるな。

 すべてを背負って

 生きて苦しみぬいて。

 

 リアの未来を、村の人たちの日常を壊した

 ヴィルへイドも、

 魔族も、

 魔王も。

 

 全員、この手で、殺し尽くす。

 

 それができるまで、僕は……。

 

 いや、もう「僕」はやめよう。

 父さんも兄さんも、強い人は「俺」って言っていた。

 弱くすがるだけの「僕」でいるのはもうやめよう。

 これからは一人ですべてを背負い、成し遂げなければいけないのだから。

 

「"俺"は絶対に死ぬわけにはいかない」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 剣を鞘に納め棚にかけなおす。

 

 身体が冷え切っていた。

 寒いな、まずは風呂に入らないと。

 

 水魔法と火炎魔法を組み合わせ風呂に入る。

 両手両足の指先が紫色になっていて、感覚が無い。

 おそらく凍傷だ。治癒魔法も使わないと。

 

 腹が減っていた。

 風呂からあがり台所の棚を物色する。

 大量のジャガイモが木箱の中に入っていた。五個くらい掴み火炎魔法で適当に炙ってかじりつく。

 口の中をやけどしてるけど今はとにかく空腹を満たしたかった。やけどは別に後で治せる。

 

 自分の部屋に戻ってベッドに横になる。

 ずっと泣き続けていたからか横になったらすぐ眠りにつくことが出来た。

 

 翌日、窓から差し込む光がだいぶ高くなってからようやく目が覚めた。

 丸一日半眠ってしまっていたらしい。

 

「父さん、リュック借りていくよ」

 

 家中から旅に役立ちそうなものを集めてリュックに詰め込んでいく。

 短刀は五本、父さんの愛用の剣、その他仕事部屋にあった二振りの剣、

 母さんが使っていた魔法補助用の杖、中級魔法の魔導書、薬草。

 服の替えも何着か持たないとな。

 

「お金、お金……」

 

 階段の下の棚にあったきんちゃく袋の中を見てみると金貨が十枚も入っていた。

 これだけ持っていればしばらくは大丈夫だろう。

 

 荷造りは結局夕方までかかってしまい家を出たのは日が暮れてからだった。

 鍵を閉める。もう、この村にいる意味はない。

 思い出がいっぱい詰まったこの家ともお別れだ。

 

 最後にリアの家に向かう、どうしても持っていきたいものがあった。

 ドアにはかぎが掛かっていなかった。

 

「リア、ごめんね入るよ」

 

 リアの部屋に入るとついさっきまでこの部屋にいたかのように、リアのいい匂いがした。

 どこだろう、アメジストのペンダント。

 

 五分くらい探してみても見つからなかった。棚の中にあるんだろう。

 でもこれ以上探す気にはなれなかった。なるべく、リアがいた頃のままこの部屋を残したかった。

 それに勝手に女の子の部屋を物色するのはダメだって父さんが言いそうだ。

 

「お邪魔しました。それじゃあ、リア、いってくるよ」

 

 小さくつぶやいて合鍵でリアの家の鍵をしっかりと閉め、出る。

 

 日が落ちてから急にあたりが寒くなった。新雪には自分の足跡だけがついている。

 門をくぐり、村を出る。

 

 両側から岩肌が迫り、明かりが一つもなく真っ暗な狭い夜の峠道。

 やがて峠を登っていくと雪が降り始め、風も強くなり吹雪になった。

 視界は最悪、でも魔力探知に反応が複数。

 四方を囲まれている。

 

 腰に装備した剣をゆっくり抜く。

 呼吸を殺し、耳を澄ませる。

 

「……来い……」

 




第一章、あと一話だけ続きます。
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