My Revenge Against God!   作:まきものさん

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1 平和な日常

 

 カン、コン、ガコン

 

 庭の方から乾いた木同士がぶつかり合う甲高い音がひっきりなしに響いてくる。

 兄さんと父さんが剣を打ち合わせる、いつもの修行の音だ。

 この音が聞こえてきたら、おはようの合図だ。

 

 もう少しベッドでぬくぬくしていたい、でも兄さんはとっくに起きて鍛錬してる。

 僕だけいつまでも寝ているわけにはいかない。毛布を思いっきりはねのけて上体を無理やり起こす。

 

 起きてまだ三十秒も経ってないせいで頭がうまく回らない。

 周囲をぼんやり見渡すと、窓から朝日がきらきらと反射しながら差し込んできていた。

 テーブルの上には昨晩読んでいた魔導書が何冊か積み上がっている。

 

 ベッドから降りて、部屋の小窓を開けると庭からはハッ、ヤッ、フッという掛け声が聞こえてきた。

 

 兄さんは汗だくで息も荒い。もうだいぶ苦しそう。でも父さんは涼しげで息一つあがっていなかった。

 その証拠に次々と繰り出される突きをかわし、振られる剣を余裕の表情で淡々といなし続ける。

 その安定した立ち回りに改めて父さんの強さを感じる。

 

 

――兄さん、頑張れ…!!

 

 心の中でそっとエールを送る。

 

 

 間合いを取るように一度飛びのいてから、

 応援に応えるかのように、兄さんは剣と体の両方に魔力をまとわせ始めた。

 その姿を見て父さんも急に真剣な表情になり、迎え撃つような構えをとる。

 

 

 やがて兄さんも魔力を練り上げ終わったのか顔の横で剣を構えて、

 切っ先をゆっくり父さんに向ける。

 木刀は魔力を限界までまとわせて青い光を帯び、体も緑色にうすく光っていた。

 

 

 北風が吹いてきて、庭にある木々を揺らす。

 しばらくしてそのざわめきが止まる。

 

 

 

 瞬間、兄さんは目にもとまらぬ速さで踏み込み間合いを一気に詰めた。

 父さんはその剣を真っ向から受け止める。

 

 

 バキンと強い音がして二つの木刀がぶつかり、つばぜり合いになる。

 二人とも一歩も引かず、視線が激しくぶつかり合う。

 

 

 やがて父さんは攻撃をうまく受け流し、そのまま剣の回転する力を使って

 兄さんの利き腕に強烈な一撃を叩き込んだ。

 

 

「いてぇぇぇぇ!?」

 

 

 強烈な打撃で右手に握り締めていた木刀がポロリと落ち、

 兄さんは情けない悲鳴を上げて転げまわる。

 

――まだまだだな、

 

 と父さんがどこか誇らしげな顔で見下ろしながら言う。

 

 やりすぎじゃない? 毎朝兄さんに治癒魔法かけて治すの、僕なんだけど。

 

 窓を閉めようとすると冷たい風が吹き込んできた。

 庭の向こうには一面に広がる金色に波打つ麦畑と、天を衝くように澄み渡る青い空。

 すっかり目が覚めた僕は、窓の鍵を閉めたことを確認してから部屋を出る。

 今日も一日頑張らなきゃ!

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ギシギシ音が鳴る廊下を歩き、

 一階にいる母さんに気付いてもらうために、階段をわざとドタドタうるさく降りる。

 

 居間の隣の台所では母さんがせかせか人参を切っていた。

 

「おはよう、リヒト」

 

 母さんが手を止めて優しく笑いかけてくれる。僕も笑顔でおはようございます、と返す。

 朝食の準備で忙しい母さんに代わって、最近兄さんを治療するのは僕の役目になっていた。

 

「兄さんがまた父さんにこっぴどくやられちゃったみたいだから治してくるね」

 

 と一言伝えてからドアを開けて庭に出た。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 家の横にある井戸の手押しポンプに体重を思いっきりかけてハンドルを押し下げ冷たい井戸水を桶に汲む。

 

 桶の水を手ですくい顔をバシャバシャと洗う。

 ポケットに入れたハンカチで顔をゴシゴシ拭くとさっぱりした。

 

 今度は木製のマグカップ2つに水をなみなみ注ぎ父さんと兄さんに手渡す。

 

 

「リヒトはいつも気が利くなぁ、ありがとう」

 

 

 父さんは一言礼を言うとカップを傾けグイっと水を飲み干した。

 

 

 兄さんはというと……

 

 

「リヒトおはよう、それより早くオレの右腕を治してくれよ~。

 なんか変な方向にぐにゃりと曲がちまってるよ。ぜってぇ骨折れてるって、いってぇぇぇぇ」

 

 

 涙目で頼んできた、ちょっとかわいそう。

 

 隣で知らん顔をしていた父さんをジロッと見ると、視線を逸らしてしまう。

 

 

「おいおいアイファー、あんな打撃でへばってるようじゃ騎士団にはいつまでも入れないぞ」

 

 

 急に開き直った父さんが兄さんに発破をかける。

 とりあえず謝ろうよ……。 まあ、気持ちはわからなくもないよ?

 なんでも母さんから聞かされた話では、兄さんが受ける今年の騎士団選抜試験は一月後に控えている。

 父さんの指導に熱が入るのも当然ではある、それは十分わかるんだけど!

 

 

 兄さんの右腕を診てみると、骨折はしてなかったけど骨にひびが入り、関節も外れていた。

 ため息をつきながら治癒魔法をかけて治す。

 

 

「リヒトありがとう、いつも助かるぜ」

 

「お前がもっと強くなればいいだけの話だけどな」

 

 

 父さんは本当に容赦がない。ちょっとは手加減してほしいよ……

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 治療を終えた頃にはちょっと体が重くなっていた。

 あれだけ兄さんを治すのに魔力を使ったんだから当然だけど。

 家に戻ると朝ご飯の用意がされていた。

 ボウルに入ったニンジンのスープと黒いライ麦パン、羊のミルクが食卓に並んでいる。

 

 家族四人でテーブルについたのを確認してから父さんが食前の祈りを捧げ始めた。

 世界を創った神様から分け与えられた恵みに感謝を忘れないでいるため、らしい。

 小難しいことはよくわからない、そもそもほんとに神様っているのかな?

 

 ライ麦パンはちょっと硬い。手でちぎりながら、

 スープにひたしてちょっとふやかしながら食べるとちょうどいい柔らかさになるんだ。

 

 父さんと兄さんは競うようにパンを頬張りスープをかきこむと、また修行だ、なんだと言って

 外に二人そろって飛び出して行った。

 

 

 食卓には僕と、母さん二人きり。この時間、いつも母さんといろんな話をする。

 母さんは僕の話をいつも優しく聞いてくれる。

 今日はさっきの兄さんの治療が大変だったこと、昨日の夜に覚えた魔法や

 書斎から借りていた本の感想なんかをくわしく話した。

 

 

 食事を食べ終わった後は皿洗いの手伝いを率先してする。

 母さんが木箱に入ったボウルやマグカップに向かって魔法の詠唱をする。

 

 

「神の力よ、ここに宿りたまえ、今我に力を与えたまえ、洗浄魔法」

 

 

 あっという間にほとんどの食器がピカピカになった。

 今度は僕の番。目の前のカップに向かって詠唱する。

 

 

「かみのちからよ、ここにやどりたまえ、いまわれにちからをあたえたまえ、洗浄魔法」

 

 

 すると、さっきまでカップに残っていた食べかすなんかもきれいさっぱり消えた。

 

 

「「終わったー!!」」

 

 食器洗いを手早く済ませ、母さんと笑顔でハイタッチ。

 

 

 洗浄魔法は5歳になるときに母さんから初めて教わった初級魔法だ。

 

 食器の洗浄や水回りの清掃、洋服の洗濯、あとトイレで拭く用の紙がきれてしまったときにも使える優れものだ。

 まあ、自分のお尻に向かってこの魔法を使うとしばらくヒリヒリするから、どうしてもの時の最終手段だけど。

 

 

 

 魔法を初めて教わってから早五年、いろんな魔法を習得し続けた。

 今では治癒系、水魔法、火炎魔法、風魔法、土魔法などさまざまな属性の魔法が使えるようになった。

 

 

「本当に覚えるのが早いわね」

 

 

 母さんは僕が新しい魔法を使えるようになると、まるで自分のことのようにいつも喜んでくれる。

 もっと新しい、すごい魔法をたくさん習得して母さんをいっぱいいっぱい喜ばせたい。

 それが最近の僕のモチベーションになっている。

 

 

 歯磨きをした後、母さんに断って二階の自室に戻る。

 今日、明日と休日で、農作業などの仕事もないし、いっぱい魔法の勉強や練習ができる。

 

 

 昨日の夜読みかけの魔導書を開いてまた勉強を始める。

 

 

 母さんが言うには、この魔導書には初級魔法全百種の使い方が載っていて

 それを全部習得したら魔法使いとしては一人前だそうだ。

 

 いままでの魔法と同じ要領で百個目、この本の最後の魔法に取り掛かる。

 内容は結界魔法、なるほど防御系の魔法は初めてかも。

 

 母さんでも若いころにちゃんと習得するのには一年もかかったって言ってたくらいだから

 かなり難しいものだと思うけど、大丈夫かな?

 

 

――いや、やってやるぞ、それで、できたよ、って言って母さんを喜ばせるんだ!!

 

 そう自分を奮い立たせ目の前の魔導書とにらめっこする。

 

 魔法というのは食事と同じようなもの。

 詠唱はフォークやナイフと同じ。皿の上に乗ったステーキを決まった形に切り分ける役割。

 魔力という自分の持つ力を詠唱で切り分けてその魔法に使いやすいように形作る。

 

 でも、それだけじゃだめだ。

 一人前の魔法使いになるには、詠唱を覚えるのはもちろんのこと、

 詠唱を使わずに瞬時に魔法を発動できるようにならなければいけないそうだ。

 

 

 例えば突然魔物に襲われて咄嗟に反応しなければならないような時に詠唱なんかしてたら

 その間に死んじゃうわよ、といつも母さんは口癖のように言う。

 

 

 だから詠唱が無くても、魔法が、素早く、正確に発動できるように、

 イメージを体に染みつける反復練習をしなきゃいけない。

 

 

 でも、まずは初めの一歩から。

 結界魔法の詠唱を唱え、発動できるか確かめなくちゃ。

 

 

「かみのちからよ、ここにやどりたまえ、いまわれにちからをあたえたまえ、防御結界!」

 

 詠唱の瞬間、僕を中心にして半径1メートルくらいの半球状の半透明の魔力膜が張られた。

 

 

―― 一応成功したのかな?

 

 

 魔力でできた膜は水色で、防御力が高そうだ。試しに軽く触れてみると指先が少しだけ切れた。

 しばらく形を保ちつつ、膜の厚みを変えてみたり、結界を張る場所を変えてみたりする。

 

 しばらくそういう風にいろいろ試していたんだけど、なんだか意識が遠のいてきて視界がぐらぐらし始めた。

 おそらく、魔力切れ。結界魔法はかなり魔力消費をしてしまうっぽい。

 結界魔法は難しかった。やっぱりまだまだ練習が必要みたいだ。

 

――たくさん練習して、次こそ成功させよう!

 

 

 そう思いつつ意識を手放した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 庭では夫とアイファーの修行が続いている。

 私は暖炉の前で椅子に座り、薬草に関する本を読んでいた。 

 

――ドン

 

 二階から何かが落ちたような音、一体何事かしら。

 

 心配になってリヒトに声をかける。

 

「リヒト、大丈夫?」

 

 いくら時間がたっても返事が無い。え、本当に大丈夫かしら?

 階段を駆け上り、リヒトの部屋のドアをノックしてみたけどやっぱり返事が無い。

 

「開けるわよ、ってうそ!?」

 

 部屋に慌てて入ると、リヒトが倒れていた。よかった、特に外傷は無いみたいだわ。

 

「魔力切れかしら、あの子も無茶するのね」

 

 こんなとこで寝てたら風邪を引いてしまうわ、とりあえずベッドにでも……

 

 

――ガン

 

 

 リヒトを抱きかかえようと手を伸ばすと何かに弾かれてしまう。なんなのかしら?

 

 ふと、机の上の魔導書が目に入る。

 結界魔法に関するページをあの子は読んでいたみたいだ。そこで、はっと気が付く。

 

――うそでしょ、ありえない。

 

 結界魔法は魔力消費量が膨大で私ですら一分持続できるかどうか怪しい。

 それをこの子はかれこれもう五分くらい、それもありえない密度と領域に展開している。

 

――信じられない、どういうことなの?

 

「リヒト、大丈夫!? 起きて!?」

 

 もう一度声をかけたところでようやく結界魔法は音も無く解けていった。

 

 

 

 もしこの力が本物なら、と。

 リヒトを抱き上げベッドに寝かせながらそっと祈る。

 

――ああ、神様、この子をどうか見守ってあげてください。

  この子は将来きっと、世界を魔族から救う英雄になります――

 

 

 

 

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