My Revenge Against God! 作:まきものさん
翌朝、窓の外から聞こえてくる父さんと兄さんの修行の音で、いつものように目が覚めた。
昨日は早く寝たから、体が軽い。
母さんにおはよう、と挨拶をし、井戸水を汲んで顔を洗う。
さて、今朝はどこをやられたんだろう?
「うわあああああ、俺の髪の毛」
庭から悲鳴が聞こえてきて、慌てて駆けつけると
兄さんの頭からは髪の毛がごっそり消えていた。
いや、本当になんで?
兄さんの光り輝く頭をじっと見つめながら声をかける。
「兄さん、今日はいつもよりまぶしい朝だね」
「やめてくれぇぇぇ、リヒトォォォォォォ」
試しに治癒魔法じゃなくて光魔法をかけたら、なぜか髪の毛が生えてきた。
どういう原理なのか全くわからない。後で母さんに聞いてみよう。
◆◆◆
軽めの朝食を済ませ、服を着替え、去年の誕生日にもらった革製のリュックに昼食や飴などをたくさん詰めると、
ずっしりした重さになった。
さすがにちょっと張り切りすぎたかもしれない。
今日は待ちに待ったピクニック。天気も気持ちのいい秋晴れだ。
九時に教会前の広場に待ち合わせすることになっているし、早めに家を出たけど
待ち合わせの十五分前には広場に着いてしまった。
まだ二人とも来る気配はないし早く来すぎたみたいだ。
ひまなので母さんから借りた本を読んで待つことにした。
しばらく薬に使えるキノコの本を読んでいると――
「おまたせ~」
リアが金糸のような髪をなびかせながらやってきた。
レースがあしらわれた青いエプロンドレスを身にまとったかわいらしい姿に
思わず息を止めて見惚れてしまう。
「服どうかな?」
上目遣いで聞いてくる。
「似合ってるよ」
あまりの可愛さに目を逸らしながら、必死に言葉を絞り出す。
今は直視できる気がしない。
ゆっくりと彼女に視線を戻し、ハーフアップの結び目でキラリと光る髪飾りに気付く。
「あ、それ。つけてくれてたんだ」
「うん、誕生日にリヒトからもらったやつ」
この間のリアの十歳の誕生日にあげたヒナギクの紋様をあしらった銀色の髪飾り。
とても気に入ってくれているみたいだ。
「あ、ありがとう」
「うん、こちらこそ」
頬がじんわりと熱くなる。彼女も視線を落とし、耳まで赤く染めていた。
視線が合って気まずくならないようにお互いそっぽを向いていると
「おうおう、朝からお熱いねぇ」
いつの間にか背後にいたテオからいきなり声をかけられた。
「「そんなんじゃないし、あっ」」
声がそろって、また顔を見合わせる。
その様子を見てテオがゲラゲラ腹を抱えて笑い出した。こいつめ。
「まあ、そういうことにしといてやるよ、ところで今日はどこに行く?」
確かに、それをまだ決めてなかった。
「この間は村はずれを一周したし、大体、行けそうな場所は行き尽くしたし……」
リアの言う通りだ、この村の中には目新しいものがもうあんまりない。
そう考えると――
「じゃあ、オークの森とか、行ってみねぇか?」
賛成だ。冒険したいって気持ちはテオと同じ。
それにオークの森には珍しい種類のキノコもたくさん生えてるって噂だし。
でも村の外には怖い魔物がいるから行くなって父さんに口酸っぱく言われてるんだよな……。
「えー、でも村の外には子供たちだけで行くなってお母さんが……」
リアもさすがに村の外に出ることにはあまり乗り気じゃないようだ。
「まぁ、やばそうだったら帰ってこようぜ? オレ逃げ足だけは早えから!」
◆◆◆
小一時間話し合って、結局あの後テオに圧されるような形でオークの森に行くことになった。
なんだか妙な胸騒ぎがするけど、大丈夫かな?
三人そろって仲良く目的地に向けて出発する。
大麦畑を抜け、小川を超え、いくつもの水車小屋の横を通り過ぎる。
日差しがちょっと強くなってきて、体もポカポカしてきたので一旦水を飲んで休むことにした。
その場に腰を下ろしポケットに突っ込んでいた懐中時計を見るとまだ十時だった。
この時計は父さんに無理を言って貸してもらったもの。
とっても高いものだから絶対に無くさないようにと念押しされた。
水分補給の後またのんびり歩きはじめる。
十分ほど道なりに進むと、視界一面に広がっていた小麦畑がぱたりと突然途切れて
村はずれの門が見えてくる。門は鎖で固く閉ざされていた。
門の両脇からも木製のフェンスがどこまでも張り巡らされていて
抜けられそうな場所はどこにもない。
見上げるような高さの巨大なフェンスを目の前にして足がすくむ。
「テオ、本当に行くの? 父さんは勝手に村の外に行くなって言ってたけど。」
僕の言葉なんか聞こえてないかのように
テオは門の横のフェンスに足をかけよじ登り始める。
「いいって、たぶん村のはずれだしバレないだろ?
せっかくここまで来たんだし今さら引き返せねえよ」
でも、バレたら激怒じゃすまされないだろうし……。
「リヒトも早く来いよ」
いつの間にかフェンスを登り終えたテオが上で手を伸ばしている。
ゴクリ、と生唾を飲み込み、来た道をおそるおそる振り返る。
周囲を見回したけど、人影はない。
僕は手で板材を掴んで、つま先で地面を蹴ってフェンスをよじ登り始める。
「ほら」
テオは僕の右手をつかむと、グイっと一気に上に引き上げてくれた。
フェンスの上から一面の小麦畑と道沿いの水車小屋、遠くにはさっきまでいた教会も見える。
フェンスの向こう側には、だだっ広い何もない平原と、森が広がっていた。
はるか遠くの方にはきらきら光る海も見えている。
「ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」
僕が景色に見とれていると不安げな声でリアが尋ねてきた。
「大丈夫だよ、ここからの景色、すごくきれいだよ」
なだめるように、そう声をかけると
白くて細い指をそっとかけてゆっくりフェンスを登り始めた。
――バキッ
順調に登っていたけど、リアが足をかけていた木の板が突然折れて
バランスを崩してフェンスから落ちそうになった。危ない!
「リアっ!!!」
咄嗟に手を伸ばし、左手首をガシッとつかんで
そのまま思いっきりフェンスの上に引き上げる。
しばらくお互い肩で息をしていたけど、突然リアが吹き出す。
「あーあ、落っこちるかと思ってびっくりしちゃった」
「リア、本当大丈夫だった?」
「うん、もう大丈夫。」
テオはもうフェンスから飛び降りて、僕らを下から手招きしていた。
僕もフェンスからジャンプして村の外に出た。ちょっと足がジンジンする。
リアは飛び降りるのは怖いのかはしごを降りる風にまた慎重にフェンスを降り始めた。
こうして無事にフェンスを越えた僕らは目的地のオークの森まで駆けだした。
◆◆◆
木製の橋が架かった小川を渡ると、今日の目的地がようやく見えてきた。
オークの木々はきれいに黄色く色づいていた。
道を外れて森の中に入る。
オークの葉の隙間から差し込んでくる木漏れはまるで黄金のシャワーみたいだ。
二人も幻想的な景色に息を呑んでいた。
金色のじゅうたんを踏みしめながら、三人で森の奥へ進んでいく。
そうだ、迷いそうだし、来た道を見失わないように木に魔力で印を付けておかないと。
しばらくすると視界が開け切り株がたくさんある広場に出た。
手元の時計は短い針がちょうど12を指していた。
――ギュルルルル
テオのおなかがけたたましくなる。
「そろそろ昼にしない?」
「そうだな、昼飯にするか、オレもうおなかペコペコだ!」
リアもコクコクうなづく。
適当な切り株に腰掛けリュックサックから昼食を取り出し膝の上に広げる。
水魔法で軽く手を洗い、母さんが作ってくれた、レタスと卵のサンドイッチにかぶりつく。
サンドイッチにかぶりつくとシャキシャキのレタスと濃厚な卵の相性が抜群で、
何個でも食べられそうだ。
おなかが減っていたみたいだ。五切れほどあったサンドイッチがあっという間に……
「これ、うまいなぁ」
見ると、テオは僕のサンドイッチに手を伸ばしむしゃむしゃ食べ始めていた。
「ちょっと、勝手に食べないでよ!」
「へっへーん、油断してる方がいけないんだからな!」
満足げな顔をしてまた自分の弁当をテオは食べ始めた。
こめかみがぴくぴくしているのがわかる。
朝からテオは調子に乗り続けている。
そうか、そうですか。だったら僕もやってやろうじゃないか。
食べ物の恨みの恐ろしさ、見せてあげようじゃあないか。
テオの水筒に入った水に、魔法で細工を仕掛ける。
テオが水筒に口を付け、水を飲む。
――かかったな
次の瞬間
「すっぱぁぁぁ、うげぇぇぇ」
思いっきりむせこんだ。
実はテオの水筒の水を、酸の魔法を応用して全部レモンジュース(果汁100%)に代えてやった。
してやったりだ。
「テオ、これに懲りたら人の弁当をもう勝手に取らないことだね」
「はい、ずびばせんでじた」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら謝ってきた。素直でよろしい。
そんなテオを見て大笑いしていると
「はい、これ………」
いつの間にか僕の横の切り株に腰をちょこんと下ろしていたリアが
何かを差し出してくる。
これは、クッキーかな?
「ありがとう、リア」
一つ受け取って、マジマジと観察する。形はちょっといびつだ。
「ちょっと、そんなジロジロ見てないで早く食べて……」
「あ、ああ、うん」
口に入れるとサクッとした食感の後、優しい甘さが口いっぱいに広がる。
これは、何枚でも食べられそうだ。
「サクサクしてておいしいよ、これ」
もう一枚リアからクッキーを受け取ろうとすると………
――ヒョイ
全然渡してくれない。その後もめちゃくちゃに焦らされ続ける。なんか僕、犬みたい?
何度かそんなことを繰り返したあと
「……はい、あ~ん」
リアはそう言って、顔を真っ赤にしながらクッキーを差し出してきた。
なるほど、ずっとこれがしたかったみたいだ。僕も恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
でも、父さんは言っていた。女の子のあーんを断るのは、男の恥だと。
「いただきまーす」
意を決してかぶりつく。味はよくわからなかった。っていうかこの状況で味わえっていう方が無理だ。
お互い黙り込んで顔を真っ赤にする。
「お熱いねぇ、お二人さん」
またテオが水を差してくる。こいつめっ! 慌ててリアと距離を取る。
「そんなんじゃねーし、って否定しないんだな」
いたずらっぽくテオが笑う。もう殴りたい、この笑顔。
◆◆◆
昼食を終え森の中でしか取れないきのこを採集する。
例えばこのオークの切り株に生えているクロナラダケは、
ほかの薬草と調合して煮詰めると即席の魔力回復薬になるんだ。
リュックが一杯になるころには日が少し傾いていた。
時計を見ると二時。
大人たちにバレたら厄介なことになりそうだ。キノコも集めたし
そろそろ帰ろうと思い切り株の広場で葉っぱ合わせをして遊んでいた二人に声をかける。
「テオ、リア、そろそろ帰ろう」
「「わかった」」
リアはきれいなオークの葉っぱを何枚かつみ、テオはポケットいっぱいにどんぐりを詰めた。
――そんなにいっぱい持ち帰ったら森に来たことがバレちゃうよ。
内心でそう思いつつリュックを背負い、魔力印をたどって森を出ようとした。
その時……
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオォォォオ」
耳をつんざくようなすさまじい獣の叫び声が森全体に響き渡り、総毛立つ。
この音と、肌を刺すような威圧感。間違いない、魔物だ。
二人はぶるぶる震えている。
僕が何とかしなきゃ。深呼吸をし、冷静さを取り戻す。
音は北の方からだ。まだ距離はかなり離れていそうだけど、おそらく僕らに気付いている。
木につけておいた魔力の印を視覚とつなげて魔物を探す。
いた、でかい。大きさは、僕らが越えてきたフェンスの三倍くらいはありそうだ。
赤黒く光る眼、全身を覆う硬い皮、研ぎ澄まされた鋭い爪。
本能が全力で訴えかけてくる。
――こいつはやばい
僕一人なら魔法を駆使すれば逃げ切れるかもしれないけど、今はテオとリアがいる。
――二人を守らなきゃ
「さっきキノコを採集してるときに見つけたほら穴がある、
僕が魔物を引き付けるから二人でそこに急いで走って逃げて!」
ほんとは、ほら穴なんてない。ただ二人にここから逃げてほしかった。
「でも、それじゃあリヒトが!?」
「どういうことだよ、ちゃんと説明しろよリヒト」
「説明は後でするよ、だから今は何も言わずに二人で走って逃げてほしい」
ドスン、ドスンという腹の底を揺らすような地響き。
あいつが近づいてきている。もう時間がない。
「リヒト、やだよぉ」
リアが涙をポロポロ流しながら僕に抱き着いてくる。
視界がにじんだ。膝がガクガク震えているし、喉もカラカラだ。
本当は三人で逃げたい。でも、僕がここに残らなきゃ三人とも襲われる。
声が震えないように振り絞るように言う。
「クッキー、ありがとう。すごい美味しかった。ごめんね、リア」
睡眠魔法をかけると、リアはスゥスゥと静かな寝息を立て始めた。
「テオ、リアを背負って逃げて、
それで村に戻ったら父さんたちの助けを呼んできてほしいんだ」
ベルトの鎖を外し、時計に魔力を込めテオに預ける。
「時計を持ってたら僕が魔力の印をつけた木が赤く光る、
その木をたどって森から脱出してほしい」
「でも、リヒトが!!!」
テオは足踏みする。このままじゃ三人とも死ぬ。ためらっている時間はない。
「さあ行って、僕は大丈夫だから。こんな魔物、瞬殺だよ」
虚勢だ。でもこうでもしないとテオは行ってくれない。
「バカヤロウっ」
吐き捨てるように言って、歯を食いしばりながら、
テオはリアをおんぶして全力で走り始めた。
二人が広場から遠ざかっていくのを確認し一息つく。
――これでいいんだ
目の前には、濃い魔力をまとった魔物が仁王立ちしている。
四肢からは今にも僕の体を抉り切らんとする鋭い爪が生えている。
たぶん、あの爪が少しでも掠ったら、命取りになる。
もう一度深呼吸をし、目の前の魔物をにらみつける。
ここからは僕一人で絶対にこいつを止めなければいけない。
「行くぞ!!」