My Revenge Against God! 作:まきものさん
――先を読み、油断するな。
父さんの言葉が脳裏をよぎる。
もう一度、目の前で仁王立ちする相手を見据える。
図鑑で見たクマ型の魔物に近い見た目。
おそらく上位種だ。まとう魔力の質と、強烈な威圧感がそれを裏付けている。
相手の攻撃手段はまだ何もわからない。
しかも今いるのは開けた地形、おまけに武器もない。
正面から戦って勝つのは絶対無理だ。
ひとまず森に逃げこむしかない。森まではたった数歩だ。
相手を刺激しないように視線を逸らさぬまま、ゆっくり後退する。
しかしあと一歩、というところで……
――ザンッ
突如として右腕が振り下ろされ、爪から赤黒い魔力の斬撃がうなりをあげて飛んでくる。
早すぎる!回避は無理だ。即座に結界を張り、斬撃を受け止める。
結界がきしんでいる。この結界が破られたらおそらく死ぬ。
頼む耐えてくれ……
数秒後ようやく斬撃が雲散した。
何とか相殺できた、でも完全じゃない。これを何発も打たれたらジリ貧だ。
なんとか他の防御方法を考えないと。
隙を突いて森へ転がりこみ、オークの木の裏に身を滑り込ませる。
広場の様子を木陰からそっとうかがう。こちらに向かってくる様子は無い。
突然姿を消した僕をまだ見つけられていないようだ。
ひとまず胸を撫でおろす。
見た感じ攻撃手段は右腕と左腕から繰り出される魔力による高速斬撃がメインみたいだ。
と、その時腹部に違和感を覚える。自分の体に視線を落とすと……
「……っ!?」
夥しい量の血が、ドクドク流れ出ていた。
防げたはずだった。でも衝撃波がわずかに掠っただけで
簡単に腹部を深く切り裂かれてしまった。
痛みが遅れて襲ってきた。少しでも気を抜いたら意識が飛びそうになる。
まず血を止めないと、死んでしまう。治癒魔法を全力でかけると
ばっくり裂けた腹部の傷が、糸状の魔力に縫われるようにみるみるふさがっていく
なんとか血は止まった。
でもやつもこっちに気付いたみたいだ。まっすぐこちらに向かってくる。
魔力探知能力も持っていたなんて。とにかく、今は退避しなきゃいけない。
「!?」
斬撃をまた飛ばしてくる。
すんでのところで地面に潜り、土魔法で穴を掘っていく。
地下に潜れば治療の時間くらいは稼げるはずだ。
十メートルくらい掘り進めて狭い地下空間を作り、座り込む。
治癒魔法の応用で血液を作り、ゆっくり心臓から体に流し、流してしまった分の血液を補っていく。
補ったと言っても魔力でできた血液は所詮はその場しのぎにしかならない。
気持ち悪い。たぶん体に合ってない。こんな方法、何度もは無理だ。
――ハァ、ハァ、ハァ……
体は魔法で治ったはずなのに目まいがする。体の震えがいつまでも止まらない。
呼吸が浅い。視界がぐらぐら揺れている。思考が回らない。
間違いなくさっき、死にかけた。もうあんな目には遭いたくない。
ここから逃げ出したい。戦いたくない。
ふと、テオとリアのことが脳裏に浮かぶ。
今頃来た道を全力で引き返してるのかな。無事に逃げ切れたのかな。
何を逃げだそうとしてるんだ、さっき二人を守るって誓ったじゃないか。
今、僕が逃げれば、次はテオとリアが襲われるかもしれない。
――約束したんだ、二人を守るって。
震えを止めようと、こぶしを強く握りしめ立ち上がる。
悩んでる暇はない。
◆◆◆
土魔法で地上まで1メートルくらいの深さまで掘り進め、耳を天井にあて様子をうかがう。
何も聞こえない。地上に
穴を横方向に五十メートルほど掘り進め、意を決して地上に出る。
予想通り、やつはさっき僕が居た木の下でよだれを垂らして待ち構えていた。
獲物をつけ狙う醜悪な姿を目にしただけで鳥肌が立つ。
落ちていた手ごろな石と木の枝を組み合わせて変形魔法で即席の剣を作る。
何も無いよりは、遥かにましだ。
もう一度魔物をよく観察する。
背中はいかにも硬そうな、鋭くとがった毛皮で覆われていた。
魔力をまとって強化されていることを考えると背後からの奇襲は難しそうだ。
なら正面から突っ込むしかない。
剣にありったけの魔力をまとわせるとつられたように顔をこちらに向けてきた。
視線が正面からぶつかり合う。やつが一瞬口角をあげたように感じた。
背中に氷を当てられたみたいな寒気が走る。また体が震えだす。
それでも、やるしかない。
自分を奮い立たせるようにつぶやく。
「……行くぞ」
◆◆◆
あえて相手の間合いに身体魔法で速度を強化し全力で突っ込む。
斬撃が容赦なく飛んでくる。
走りながら結界魔法を斬撃とほぼ平行に展開し、結界膜に風魔法を組み合わせる。
斬撃が結界に触れる。すると……
キンッ
甲高い音を響かせ、斬撃は明後日の方向に逸れ
オークの木を十本ほど切り飛ばしてようやく雲散した。
相変わらずバカみたいな攻撃力だ。
食らったらおしまい、かすってもおしまい。
でもこれなら斬撃は簡単に逸らすことができるし衝撃波も風魔法で相殺できる。
正面切って受け止めるよりずっと簡単だ。
再び数えきれない量の斬撃が超高速で飛んでくる。
さっきと同じ要領で次々と斬撃を逸らし防ぎきれなかったものは
体を捻り剣で斬撃の側面をなでて軌道を少しだけ変えていく。
斬撃は強力で高速だ。でも、だからこそ少しだけきっかけを与えれば逸らすことはできる。
距離をどんどん詰めていく。
やつとの距離が十メートルくらいになったところで
目くらましにどんぐりを左手で拾い火炎魔法を込め投げつける。
着弾と同時に無数の破裂音が連なる。
「グォ、オオ」
明確な隙が生まれた。距離を更に縮める。
――いけるっ!
魔力を貯めた剣で腹部を狙ったが……
――バキン
即席の剣は毛皮に傷一つつけられずに、粉々になってしまった。
やつの股の間をすり抜け再び距離を取る。
一番柔らかそうな腹部の毛皮でも、あの硬さだ。
まずあの毛皮をどうにかしないと、倒すどころか傷を付けるのも夢のまた夢だ。
それにめまいがする。魔力の消費が思ったよりも激しい。たぶん長期戦は無理だ。
何か、何か策を……
そういえば、昔火炎魔法の練習を自分の部屋でしていた時、間違って家を丸焼きにしかけたことがあった。
いろんなものに引火して、水魔法でとっさに消火して無事だったけど毛皮の毛布は黒焦げになってしまった。
毛皮なら、魔物も身にまとっている。
今はこれに賭けるしかない。
水魔法で大量の水を作り轟音とともに滝のように浴びせると、やつは頭から水を被りずぶ濡れになる。
水は多すぎたみたいだ。躱される可能性も考えて多めに出したけど
森一帯が洪水でも起きたかのように水浸しになってしまった。
鋭く逆立った毛で覆われた体をぶるぶる震わせ水を払うかのような動作を見せる。
「させるか!」
あたりの水に変化魔法をかけ、一気に水を油に変える。
そして……
「これでも食らえ!」
もう一度火炎魔法を込めたどんぐりを投げつける。今度は目くらましなんかじゃない。
「グォォォ!!??」
着弾した瞬間、やつの身体は炎に包まれた。
もともと火に弱い毛皮にさらに油を塗りたくってやったんだ。燃えないわけがない。
おかわりの油を魔法で作り発射する。
まさしく、火に油を注いだことでさらに激しく炎上する。
身を焼かれ、もだえ苦しみながら無茶苦茶に飛ばしてくる斬撃を逸らしつつ
森林への延焼を防ぎながら、距離を取りながら様子を見守る。
五分後、あたりには肉が焦げたようなにおいが充満していた。
ようやく炎の勢いが弱まり変わり果てた姿で煙の中からやつが現れた。
見ると毛皮をすべて焼き尽くされ全身の筋肉も焼けただれていた。
防御力の高い毛皮を焼き尽くしたんだ、攻撃は必ず通るはずだ。
再び地面に転がっていた石と枝を剣に作り替える。
筋肉が焼かれてひきつってさっきより格段に動きが鈍くなったやつの懐に潜り込む。
狙うのは急所である眉間、ではなく足だ。
心臓は分厚い胸筋に阻まれて瞬時には刺せないだろうし、
眉間を狙って失敗した場合、足場のない空中で回避行動を取るのは現実的じゃない。
ジリ貧になる。
足にダメージを与えられればバランスを崩すことが出来る。
失敗しても回避行動を取りやすくリスクが低い。
立っていられなくさえすれば、それでいい。
地面を強く蹴り眉間に向かって飛び込む。瞬間右腕が僕を薙ぎ払わんと高速で振るわれる。
狙い通りだ、僕が眉間を攻撃すると思い込んでいる。
くるりと眉間の前で体をひるがえしつつ、振るわれた右手の肉球を蹴り
やつ自身の攻撃のエネルギーを利用して爆発的に加速する。
「ハァァァァァ!!!」
剣に切断魔法を展開し切れ味を最大限にする。
狙うは左足!
――ゴシャァァーー
確かな肉と骨を断ち切る感触。左足が宙を舞って飛んでいくのが見えた。
「!? グァァァー」
苦しそうな唸り声が響き渡る。 切断した場所からどす黒い血が噴き出す。
仁王立ちしていたやつは左足を失ったことでバランスを崩しよろけながら地面に倒れ伏し、
何度も何度も立ち上がろうともがいている。
様子を窺いながら一度距離を取る。
さっき切り落とした左足の爪の一部を魔法で変形させて剣にする。
言うまでもなく石で作った即席の剣とは比べ物にならないくらい頑丈だ。
これならまともに扱えそうだ。
やつは三本足でバランスを取りながらそれでもなんとか立ち上がった。
でも、もう仁王立ちはできない。右腕と左腕は地面についたままだ。
それに足が三本しかない椅子みたいに支えている体が不安定だ。
剣に切断魔法、貫通魔法を込める。次こそ急所を狙う。
今は右腕と左腕を使った斬撃が繰り出せない――そう踏んだ。
未知の攻撃手段に警戒しつつも距離をまた詰めていく。
と、その時……
「グォォォォォ!!!」
意を決したかのように、超高速で突進してくる。
頭には超高密度の魔力でできた角を、新しくはやしていた。
もちろん直撃すれば、体がバラバラにはじけ飛ぶだろう。
でも……動きが直線的すぎる。やつも相当焦っているんだろう。
僕もさっき散々治癒に、防御に攻撃に魔法を使い続けたせいで、魔力の限界が近い。
おそらくこれが、お互いにとって自らの生死をかけた最後の攻防。
回避の行動を取らず剣を構え感覚を研ぎ澄ます。
――まだまだ
魔力をさらに剣に込めていく。
――まだまだ!
やつが地面を両前足で蹴り上げジャンプする。
――ビュン
突進でできた風切り音が耳に入る。
もう目と鼻の先だ。
――まだまだ!!
限界まで引き付ける。
そして……
――ここ!!
地面を蹴り後ろに跳びながら
眉間が通過するであろう空間に切断魔法、貫通魔法をのせた渾身の斬撃を
”置いておく”。
「うおおおおおおおお!!!」
体を地面すれすれまで倒し、やつの体の下のわずかな隙間をぎりぎりですり抜けつつ
すれ違いざまに切断魔法で強化した剣で胴体の筋肉を切り裂く。
「!?ウゥゥー、ヴォォー」
つんざくような断末魔が森を震わせる。
地面にかかとから着地し落ち葉を巻き上げつつ一回転しながら着地しすぐに姿勢を整える。
振り返るとやつは力なく地面に倒れていた。眉間からは血がドクドクと流れている。
胴体にも浅くは無い傷が入ったはずだ。
それでも……
「グウ、ウウ!」
致命傷を負いながらも立ち上がろうと必死に踏ん張る。
でも枯れ葉に足を取られて、何度やっても立ち上がれない。
今がチャンスだ。ここで仕留めきらなきゃいけない。
再び近付き背中に登り剣を突き立て残りのすべての魔力を込める。
「かみのちからよ、ここにやどりたまえ、いまわれにちからをあたえたまえ、貫通魔法!」
――グシャァァァ
心臓を完全に破壊した。
やつはしばらくピクピク体を震わせていたが、やがて完全に動かなくなった。
倒した、これでテオとリアを守り抜くことはできたんだ。
いつの間にか森の中には西日が差していた。
武器を握りしめていた手から力が抜け、剣が地面にガシャンと落ちる。
もう僕が立っていなきゃならない理由は無い。
急激に意識が朦朧としてきて、体がふらつく。さっきので魔力が完全に底をついた。
遠くから僕の名前を呼ぶ声が小さく聞こえてくる。
テオが助けを呼んできてくれたみたいだ。
もう、疲れた。今はちょっと休みたい。
オークの木に身を預け僕は眠りについた。