My Revenge Against God! 作:まきものさん
窓から差し込む光が乱暴なくらいまぶしい。外からは相変わらず騒がしい修行の音。
布団をはねのけて、重たい体を起こして、ベッドから降りる。
「おはようリヒト」
階段を降りると、台所から母さんの声がした。
「もう体は大丈夫なの?」
眉をひそめて、顔を覗き込みながら聞いてくる。
「うん、大体」
それ以上続けずに、外に出て顔を洗った。ひんやりした水のおかげで頭が冴えてきた。
◆◆◆
三日前、ピクニックに出かけた僕らは、
いきなり森の中で木々の背丈をも超えそうなクマ型の魔物に襲われた。
僕はテオとリアを逃がすためにその場に残って戦い、
途中で死にかけつつ何とか倒したけど、その後魔力切れで気絶してしまった。
そのあとは、テオが呼んできた人たちに助けられて、無事に帰ることができた。
助けに来てくれた父さんの話だと、テオの話を聞いて森に駆け付けたところ、
魔力切れで気絶して木の下でうずくまっていた僕をすぐに発見したらしい。
「死んだように倒れてるのを見たときは、流石に血の気が引いたよ。
まあ、お前ならなんだかんだ言って大丈夫だとは思ったが……」
と、父さんは笑いながら言った。父さんと母さんは、僕を怒ることはしなかった。
ちなみに森に行こうと言い出したテオはお母さんにぶっ飛ばされたらしい。
翌朝目を覚ますと、ドアが勢いよくバンッと開き
泣き腫らして目を真っ赤にした二人が僕のベッドのもとに走ってきた。
「ああ、二人とも、無事だったんだ。よかっ……
!ッッ」
リアの表情が歪んで、腕が上がるのが見えた瞬間、視界が揺れた。
乾いた音が部屋に響く。
「どうして一緒に逃げようとしなかったの!?」
「でもああするしかなくて……」
最悪の場合、三人とも逃げ切れずに全員死んでいたかもしれない。
あれが最善の手段のはずだった。
「私たちに説明しないで、いつもいつも自分だけ犠牲になろうとして、
リヒトのそういうところだいっきらい!」
ごめん、そう言おうとしたけど言葉が喉につっかえて出てこない。
「仕方なかったんだ、それは説明してる時間がなかったからで……」
確かにやり方は強引だった。
それでもあんなに二人を守るために頑張ったのに責められるなんてあんまりだ。
「私、帰るから……。しばらく話しかけてこないで……」
ドアを叩きつけるように閉めリアは家を出て行ってしまった。
「どうしてわかってくれないんだよ、あれが一番良かったのに」
「わからずやはどっちだよ!?」
「痛っ!? 何すんだよ!?」
今度はテオの拳が飛んできた。
胸倉をつかみかかりそうなのを、歯を食いしばって必死にこらえ、にらみつける。
「どれだけリアがお前を心配してたか、知らねぇだろ!?
お前が目を覚ますまであいつ、何も喉を通らなかったんだぞ。
それを知らずに自分が残ることが一番よかったって
睡眠魔法で強引に眠らせたことを棚に上げて
自分を守るために言い訳ばっかして、最低だなお前!!」
テオは乱暴に上着を羽織り、ドアノブに手をかけた。
「オレもう帰るわ、悪いな、言い過ぎた。
森に行こうって言ったのはオレだしお前が全部悪いわけじゃないしな。
でも今はその面も見たくねぇ」
吐き捨てるようにそう言い、部屋を出て行った。
僕は一人になった。
その日は朝から雨が降っていて、雨粒が窓に打ち付ける音だけが部屋に響いていた。
部屋から出ずにベッドの上でぐったりと横になりながら瞼を閉じた。
両頬がジンジン痛んだ。
治癒魔法を使えばすぐにでも治せるけど、そうする気にはなれなかった。
リアの悲痛な泣き顔が脳裏にこびりついて離れない。
泣かせたのは自分だ、そう考えると胸の奥がズキズキ痛んだ。
一番の大馬鹿者は僕だった。
リアを傷付けて泣かせて、テオにも心配をかけた。
相手のことなんてまるで考えずにひとりよがりで、自分のことを正当化して。
――ごめん、ごめん
布団をかぶって声を押し殺しながら泣いた。
涙があとからあとから、とめどなくあふれ出てきた。
あの時、僕はどうすればよかったんだろう。
翌日、朝早くにリアの家の戸を叩いた。
「すいません、僕です、リヒトです」
しばらくしてリアのお父さんが姿を現した。
「リヒト君か、この間は娘を守ってくれてありがとうね。
ところでどうしたのこんな朝早くに?」
そんなに立派なことをしたわけじゃない。下を向きながら続けた。
「リアは、今どうしてますか?」
「それが、娘は昨日から部屋に引きこもってて、ほとんど出てこないんだよ」
「すいません扉越しにでも話していいですか?」
「もちろんだよ、上がっていきなさい」
居間を通り抜け、奥の方に案内された。
「ここが娘の部屋だ、ゆっくり話していくといい。
たぶん娘もいろんなことがありすぎて呑み込めていないんだ」
そう残し、リアのお父さんはゆっくりパン焼き窯の方に戻っていった。
「リア、起きてる? 僕だよ、リヒトだよ」
返事は無かった。
「おとといはごめん、僕が……」
「帰って」
「え?」
「いいから帰って!!! 今は声も聞きたくないって言ったでしょ!」
「僕が悪かったんだ、勝手に睡眠魔法をかけて……」
「お願いだから帰って!!!」
取り付く島もなかった。
「ごめん、帰るよ」
居間に戻ると、リアのお父さんはパン焼き窯の前で何かの作業をしていた手を止めた。
「どうだい?ちゃんと話はできた?」
何か返事をしなきゃいけないのに言葉が出てこず俯いたまま扉に手をかけた。
「朝早くからお邪魔しました。ありがとうございました」
振り絞るように言いリアの家を後にした。
次にテオの家に向かった。
「ごめんください、僕です」
中からテオのお母さんがすぐに出てきた。
「あらリヒト君じゃない、この前はうちのバカがすまなかったねぇ、よく言い聞かせておいたから」
リアのお父さんもテオのお母さんも、みんなが優しくしてくれた。
でも今はその優しさが痛かった、もっと罵ってほしかった、そうしたら幾分楽な気持ちになれるのに。
「いえ、テオは居ますか? ちょっと話をしたくて」
「ごめんなさいね、テオならもうどっかに行っちゃったわよ。もう朝からすぐにいなくなるんだから
帰ってきたらリヒト君が用事があるって伝えておくわよ?」
申し訳なさそうにそう言われた。
「いえ、大丈夫です。朝早くから失礼しました」
「また、いつでもいらっしゃいね」
家に戻って二階にあがり、自分の部屋のベッドに倒れこんだ。
おとといの昼から何も食べていないのに食欲はまったくわかなかった。
その日も正午から雨が降り始めた。
日課の魔法の練習も剣術の練習も何もやる気にならなかった。
時々、風が強く吹き付け窓をカタカタ鳴らした。
寝転がり天井をボーっとただただ眺めていた。
◆◆◆
朝食をいつものように四人で囲んで摂る。
いつもよりパンとスープの量が多く見える。
そういえば今日は村総出で春に植えた小麦を収穫するんだっけ。
「ごちそうさま」
出された食事にほとんど手を付けず席を立つ。
「ほんとにもういいの?」
母さんも、兄さんも、父さんもみんな心配そうな表情だ。
「うん、もうお腹いっぱいだから」
歯磨きを済ませ自分の部屋に戻る。気力がわかず農作業をやる気に今はなれない。
サボりたい気分だ。ベッドの上に寝転んでいると
「ほらリヒト、畑行くぞ」
兄さんがいきなり部屋に入ってきてヘッドロックされる。
「いいよ、後から自分で行くから」
乱暴に手を振り払う。うっとうしい。何もせずにほっといてほしい。
兄さんがまっすぐ僕の目を見てくる。
「テオとリアちゃんと喧嘩したんだろ?」
図星。
「リヒトを見てればわかるさ……。まあなんだ、こんなところにこもってるより
とりあえず外に出て体動かせば気分が変わるかもしれないぞ?」
しぶしぶ、兄さんに着いていくことにする。
教会の前に行くとすでに大勢の人が集まっていた。
それぞれ手に鎌を持ち、背中に籠を背負っている。
でもいくら探してもテオとリアの姿は無かった。
九時になり、教会のベルがけたたましく鳴り響く。
「えー、みんな集まってくれてありがとう。
今日は春に植えた小麦の収穫をする。怪我と事故だけは無いようにやろう」
みんなの前に立った父さんが堂々としゃべる。
「ほら」
兄さんから鎌と籠を渡される。魔法でパパっと終わらせちゃえ。
鎌に風魔法をかけてバサバサと穂を刈り取っていく。
兄さんの言う通り、たしかに気はいくぶんか紛れた。
すぐに背中の籠の中は実を付けた穂でいっぱいになった。結構重いな、これ。
一旦畑の真ん中にある乾燥棚に持っていこうと歩いていると
「あれ、騎士様の息子のリヒト君じゃん?」
ガラの悪そうな人たちが話しかけてくる。
三人とも背中の籠には何も入ってない。たぶんサボってたな?
「はい、なんですか?」
「きいたぜ?でっかいクマの魔物を一人でぶっ倒したんだって?」
「ヒャー、リヒト君マジパネェェェ」
「えー? でもぉ? 一緒に遊んでた友達無理やり魔法で気絶させたんだって???」
「ナニそれ、おもろ!」
「ボクが戦うから、二人だけでも逃げて みたいな?」
だまれ。
「一人で戦うボクちゃんかっこいいーー」
だまれよ。
「ホントはただ戦いたかっただけかもしれないぜ」
うるさい。
「それはウケる」
今僕が言い返して面倒ごとになったら、父さんに迷惑をかけてしまう。
それだけはだめだ。下を向き拳をぎゅっときつく握りしめる。
「うちのリヒトに何か用か?」
兄さんが助け舟を出してくれた。
「いんや、何も」
「ただリヒト君が魔物を一人でぶっ倒したことがすげーと思ってさぁ」
「そうそう、ほめてただけだよなぁ?」
間が悪くなった三人組はそそくさとどこかに行ってしまった。
「はぁ、災難だったなリヒト、あんな奴らに耳なんて貸さなくていいからな?」
「……うん」
やっぱり兄さんの言うことは間違っていた。気が全然晴れない。
それどころかさっきの人たちに絡まれたせいで、余計に意識している。
もうどうしたらいいかわからなくなった。
「ちょっとこっち来い」
兄さんに腕を掴まれ、強引にどこかに連れていかれる。
「え、でも、今は収穫中でサボっちゃまずいんじゃ……」
「いいからこっち来い、俺もだるくなった。二人で抜けだそうぜ?
あ、親父には内緒にしとけよ? 後でぶっ飛ばされるの俺だから」
◆◆◆
「どこまで連れてくの? もうだいぶ歩いたけど」
「まあ、もうすぐ着くから。黙ってついて来いよ。
あ、戻ろうとすんじゃねえぞ?」
結構歩いた。もう体感十分くらいは歩いてる。一体どこに連れてくつもりなんだろう?
やがて村はずれにある墓地が見えてきた。ここにはばあちゃんの葬式で来たのが最後で、
もう二年くらいは近付いてすらいない。
兄さんはその中の一つの墓にまっすぐ近付いて行き、
しゃがみながらポケットに入っていた飴をいくつか取り出して墓の前に供えた。
やがて独り言のように兄が、ポツリポツリと語り出した。
「ベネディクトは俺の友達でな。今日が命日なんだ」
初めて聞く話だった。
「いたずらと甘いものが大好きで、俺も何回やられたか。
でもあいつは七年前に突然死んだ。
それも木から真っ逆さまに落ちて首をやってな」
兄さんはお墓に語り掛けるように続ける。
「喧嘩別れだった。俺の部屋に置いておいた飴をあいつが盗んでな。
いつになく俺はめちゃくちゃぶちぎれたんだ、しょうもない話だろ?
あいつが謝ってたのに俺は聞かなかった。意地になってたんだ。
そんで、明日こそ、明日こそ謝ろうって思ってるうちに
あいつは勝手に死んだ。死ぬほど後悔したよ。
なんであの時素直に、早く謝らなかったんだろうってな。」
兄さんがくすんだ墓標を指でなぞると土が手についた。
「だから毎年、あいつの命日にこうやって墓まで謝りに来てる。
今さら遅いしただの自己満足だけど、な」
すくっと立ち上がって兄さんが言う。
「ま、ただの独り言だ。あとはリヒトが決めろ」
何をすればいいのかわかった。兄さんのおかげだ。
「ありがとう兄さん」
墓地を出て金色に波打つ小麦畑の横を歩く。
「さ、勝手に抜けだしたんだ。こっからは人一倍頑張らなきゃな?」
「いや、抜けだそうって言ったの兄さんだよ?」
◆◆◆
夕方になるころにはすべての小麦が刈り終わり、畑がまっさらになった。
これで作業はおしまい。
「えー、みんな今日は一日お疲れ様。今年は去年より豊作だぞ!」
「「「「「うぉーーー」」」」」
「明日は収穫祭だ。みんな今日は家に帰ったらゆっくり寝て、明日は飲んで食って馬鹿騒ぎだ!」
「「「「「「「うぉーーー」」」」」」」
一段と歓声が大きくなる。
「では、解散」
「つかれたー」「風呂入りてぇー」「腰痛ぇー誰か治癒魔法かけてー」
みんな和気あいあいとしゃべっている。
「酒だ、酒を持ってこい!飲み比べだ!」
何人かはもう優勝していた。
もう一度二人の姿を探したけどやっぱりいないみたいだった。
でも、今、今すぐに面と向かって謝りたい。
そこにリアのお父さんが向こうからやって来た。
「あの、リアは?」
「娘なら噴水のあたりで友達と話してたけど」
「ありがとうございます」
手短に礼を言い、ダッシュで向かう。
噴水の周りを探す、リアはどこ?友達らしき子たちも見当たらない。
やっぱり、帰っちゃったのかな。
「何してるの?こんなところで」
背中から声をかけられる。今日ずっと会いたかった人の声。
「リア……」
「何? 用事がないなら帰るけど?」
「……」
「はぁー、もういい、帰る」
いざ目の間にすると声が出ない。どんどん遠ざかっていく。
「待って!」
手を掴むと、リアの肩がびくっと震えた。
「何?」
「ピクニックの時のこと、ちゃんと謝りたい……
あの時僕はリアのこと無理やり眠らせて、しかも一人で魔物に立ち向かっちゃった、
正直、リアが、テオが、二人さえ助かれば自分はどうでもいいと思ってた」
リアがこちらをゆっくり向く、目からは大粒の涙がポロポロあふれ出ていた。
「でも馬鹿だった、僕が死んだとき、二人がどんな気持ちになるか、
二人が、リアが、どんなに悲しむか想像できてなかった……
自分勝手で、ごめん、心配かけて、ごめん」
「そう、だよ、私がどれくらい心配してたかリヒトにはわからないよ」
「本当にごめん……」
「もう、いいよ、顔上げてリヒト、もう全然、怒ってない。
あの時私も怖かった。リヒトともう二度と会えなくなるんじゃないかって
でも、リヒトが私とテオのために頑張ってくれたのわかってた。
ただもっと自分自身を大事にしてほしかっただけ、
あと私の方こそ、リヒトにまだ言ってない」
「ありがとう、守ってくれて」
リアが飛び切りの笑顔を向けてくる。
すべてが報われた気がする。
ああ、ほんとうに笑顔がきれいだ。
この気持ちに気付かないほど鈍感じゃない。
――僕はリアのことが大好きだ
リアが手を叩く。
「さ、もう、この話はおしまい。明日さ……」
いや、その先のセリフは僕から言わせてほしい。
「待って、」
言葉を遮る。
「リア、明日の収穫祭二人で一緒に回らない?」
◆◆◆
夕食を済ませてからテオの家に向かう。
戸を叩くとテオがひょこっと出てきた。
「その様子だと、無事に仲直りできたみたいだな」
「うん、おかげさまで、ありがとうテオ。あとごめん」
「いや、もういい、オレの方こそ殴ってすまなかったな」
顔を見合わせ、次の瞬間、お互い噴き出す。今まで喧嘩してたのが馬鹿らしくなってくる。
「それにしても、あの時のリヒトかっこよかったぜ。
『ここは僕に任せろ!(キリッ)』とか言ってたからな」
いや、それはたぶん言ってないと思う。
次回デート回!?