アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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本編『ソリテール様結婚しましょう…貴方が旦那様です。』(https://syosetu.org/novel/327981/)の外伝エピソードです。
後々、主人公も出てきます。

1話は過去導入ですので、読み飛ばしても問題ありません。



▼第一話▶プロローグ▶今は亡き君を想う。

 

 

 

――シンビオシス。寂れた床屋の店内。

 

 

 

日の出が天に登り切る昼時。

シンビオシスにかまえられた一軒の床屋から、チョキチョキと小気味よい音が聞こえてくる。

 

鋏を刻むごとにはらりと雪のように白い白髪が床に落ちていく。

 

 

座席には仏頂面の男……否、街外れの監獄所長を務める魔物、アインザームが座り髪を切られていた。

 

しゃがみ込んでいるとはいえ全長は優に二メートルを超えており、床屋の店主は脚立を使用し髪を整えていく。

 

その背後の待合席には、アインザームを街まで引っ張ってきたであろう部下が逃げ出さないように監視していた。

 

 

「旦那、またこんなに伸ばして……。直ぐ床につくまで伸びるんですから定期的に来てくださいよ」

 

 

「本当ですよ。もっと言ってあげて下さい、うちの所長……ほっといたら延々と仕事し続けて、全く休もうとしないんです」

 

 

「全くだ。何が楽しくてあんな面倒な書類仕事を眠らずやりつづけるのか……。常にダルいオジサンには理解出来ないね」

 

 

背後から部下二人の愚痴とも取れる声が聞こえてくる。

返答を返す口の無いアインザームは、眉間を歪め鏡越し物言いたげな視線を送る。

 

 

「そんな目で見てもダメダメ。どうせ帰っても仕事するだけでしょ。退勤時間は絶対厳守にしてる癖に、自分だけは隠れて働いてるの皆知ってるからさ。そういうの、長期的な眼で見て良くないと思うのよ。オジサン的に」

 

 

「そうです、そうです。後任の育成とか、訓練カリキュラムを組むのは大事だと思いますが、所長が尽力し過ぎたおかげで、もう所長無しでもある程度回せる土壌が整っちゃってるんですよ。所長あっての職場だってのに……私、マジで許せないです」

 

 

「落ち着けキンセリング……何に怒ってるのさ。オジサンはいいことだと思うよ、この人終わりばっか見据えて動いてるし。重石がないと、フラッと、どっか行っちゃいそうな所あるからさぁ……。まぁ、それはいいか」

 

 

「中年親父は黙ってな。とにかく所長……所長がそこまでして働かなくても業務に支障はありません。お願いですので旅行なりなんなりして休んで下さい」

 

 

部下の泣き落としもどこ吹く風。

筋金入りの仕事中毒であるアインザームは、懐からメモ帳を取り出すと素早く炭のペンを走らせ、それを部下へと投げた

 

 

“北部高原の狩猟民族とのいざこざがまだ解決していない”

 

 

メモを読んだ二人は再び鏡越しにアインザームの方を見て返答を口にする。

 

 

「北部高原で魔族狩りを生業にしている一族……彼らとの間に起きた揉め事ですね」

 

「あぁ、それなら解決済みだ。最初は話が通じなかったが、メトーデって姉ちゃんが仲介してくれたおかげで今は落ち着いてる。こっちはビジネス、向こうはボランティアみたいなもんだが、やることは同じ魔族狩りだ。諸悪の根源は依頼主の村長だよ。あの野郎、俺達と向こう、両方に依頼を出してやがったんだ。おかげで同業者同士、殺し合い寸前だったぜ……」

 

 

アインザームは、目下解決しなければいけないと考えていた問題の近況を聞きながら続きを促す。

 

 

「原因究明が進んだ後は、殺されかけた人員の判断で撤退。向こうの連中も手を引いたみたいだ。ぉつと、変な気を起こさないでくれよ所長。こっちは危うく死人が出かけたんだ。問題を起こした村を無償で助けるなんて言わないでくれよ……女神のナイト様気取りはお呼びじゃないぜ。まぁ……所長なら納得してくれますよね?」

 

「おい中年。その舐めた口をそろそろ閉じた方がいいと思いますよ。私の聖なるグーパンが薄汚い顎を砕く前に」

 

「言うようになったな。悪い悪い、軽く口はオジサンの悪癖みたいなもんだから許してくれ」

 

「パワハラの前科者なんぞに、口を開く権利はありません」

 

「おいおい、これでも抑えてる方なんだけど?――ぉと」

 

 

業務報告を聞いていたはずなのに、何故か口論に発展しそうになる部下二人。

アインザームは眉間のシワを深め、再びメモ帳にペンを走らせ投げつける。

 

 

それを器用にキャッチした部下の一人はメモを読み満足気に頷く。

 

 

“了承”

 

 

短い文字でそう描いていた。

事前の相談もなく依頼を重複させた挙げ句部下の命を危険に晒したのだ。

 

如何にお人好しのアインザームであっても、組織の長として到底看過出来るものでは無い。

 

個人として気に掛ける程度はするが、部下が行った一連の撤退までの過程に異議を唱えるつもりは無かった

 

 

「流石所長。甘いだけでは無く大局をしっかり見極めておられる」

 

「調子いいなこのオッサン……ん?この紙、端っこにちっさく何か書いてますよ」

 

「へ?悪いオジサン眼があんまよく無くてな……そういう模様じゃないの?これ」

 

 

その一声を皮切りに部下二人は用紙の端に顔を近づける。

蟻の行軍ように小さく書かれた黒い集合体に眼を凝らす。

 

 

「いえ凄い小さいですけど……勤務態度不良、ハラスメント方針の徹底、再発防止処分、注意喚起は三回が上限、以降罰則とみなし処分……これ先輩のことですよね?――ハッ、ざまぁ」

 

 

そこには監獄署内で取り決めた規律と罰則。

これまでの問題行動を踏まえた上での処分内容が長々と書かれていた。

 

 

「はは、い、いやぁ……すんません所長。マジ今後気をつけますんで、減給処分と謹慎は勘弁してください――いや、ホントすみません!!今月の借金返せないと海に沈められんで!!舐めた口聞いてすみません!!」

 

 

中年の部下は、それを読み終えると頬を引きつらせ待合席から勢いよく立ち上がる。

そのまま直角九十度のお辞儀を披露し、頭を下げた。

 

もう一人の若い部下はそれをゴミを見る目で見上げている。

 

 

アインザームは次は無い、とでも言いたげにジェスチャーで返す。

部下は再び勢いよく着席し、顔を青ざめさせていた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

静寂の中、静かにジャキジャキと髪を切る音だけが木霊する。

 

 

 

「……所長。話は戻るんですが。この中年親父が言った通り、問題が起ってもこちらで対処出来ます。トイフェル副所長もいることですし、いい加減休んで下さい。領主様と奥様も年単位で此処を空けると旅立たれて久しい。所長が休んだ所で誰も止めはしませんよ」

 

「アンタがいなくても副所長が他の奴らを締め上げてるから問題なしだ。あの人、怒らせるとマジで怖いからな。ってか所長のこと好きすぎだろ。前に所長のことを『幻影だけが取り柄の雑魚』って言った奴いただろ? あいつ、あの後副所長にボコボコにされて歯全部折られたらしいぜ」

 

 

「というか古参の先輩の皆さんが怖すぎます。元々所長が個人的に運営していた孤児院の出なんでしたっけ……」

 

 

「そうそう。じゃなく……話が逸れてんじゃねか。所長は休んでどうぞ……そそそろ命日なんだろ。会いに行かなくて良いんですか?所長から言い出さなくても、副所長に無理やり休み取らされるだけだぞ」

 

 

「命日……?誰の?」

 

 

「所長の奥さん」

 

 

「はぁ!?所長既婚者だっ――ふぐぅ!?」

 

 

部下の一人が漏らした衝撃の一言に、もう一方の部下は息を吸い込み驚愕の声を上げようとする。

だが、掌を口に押さえつけられ、強引にその口を塞がれる。

 

 

「うるせぇーよ。騒ぐな。どいつもこいつもこの話になると騒ぎすぎだ」

 

「ぷはぁ!?訳知り顔のあんたと違ってこっちは初耳なんだからしょうがないでしょ……。え、所長の奥さんってことは相手は幻影鬼?」

 

「普通に人間だよ……いや、よく考えたら全然普通じゃねぇな。この街、変態が多すぎてつい麻痺してたぜ」

 

「えぇ。私全然知りませんでした」

 

「知ってる奴の方が少ないだろうな。聞けば百年以上前の話みたいだしな……ぉ、そうだ。店主……所長の髪を切り終えるまでにまだ時間あるよな?」

 

「えぇ、なにせかなりの毛量ですから……一時間は軽く掛かるかと」

 

「なら一つ、昔話でも話してもらおうぜ。キンセリングも所長のことが気になるだろう?折角だし聞かせて貰えよ?」

 

「全く懲りてませんね、この中年親父。ですが、私も少し……恐れ多いですが気になっています。差し支えなければ、聞かせて頂ければ嬉しいです」

 

 

昔話。その一言で、アインザームの内に温かい感情が溢れる。

 

象牙色の髪に痩せ細った身体、地獄の中でなお輝きを失わない光を思い出す。

アインザームの原点ともいえる短い記憶。

 

 

床屋の床に霧が立ち込め声が聞こえてくる。

 

 

『聞きたいというのであれば応えよう……どこにでもある、つまらない話だ』

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