アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第十話▶「この…お人好し。アインってほんとうにアインだよね…」

 

 

 

 

「ごちそうさま……。パン、美味しかった」

 

 

香ばしい匂いと甘い香り。

味の感想は言えないけど……確かに美味しかった。

 

 

今まで食べてきたものより満足感があって。

胃袋が幸せだと言っている気さえしてしまう。

 

 

それに……。

アインが私を想って作ってくれたものなのだ、美味しく無いはずがない。

 

 

『まずは一仕事、ご苦労様だ。次は何にする?風呂か?それとも、やはり二度寝でもするか?』

 

「アイン……怒るよ?」

 

 

子供扱いもここまで来ると流石に呆れてしまう。

私が少し不満げにすると、彼は困ったように頬を指先で掻き始めた。

 

 

『とは言ってもな。今直ぐ、お前にさせられることには限りがある。何かしたいことがあれば用意するが……。あぁ、勿論安静状態で出来ることが前提だぞ』

 

 

色々やってみたいことはあるけど……。

眼の前の心配性な魔物さんは絶対に許してくれない。

 

全力で訴えても、きっと彼は首を縦に振らないと思う。

私を大事にするという約束を守ろうとして、譲ろうとはしないはずだから。

 

 

これはこれで悪い気分じゃない。

アインに大事にされているんだ、って感じて……嬉しくなってくる。

 

 

余り我儘は言いたくないけど……。

ジッとしてるだけなのも落ちつかない。

 

何か……無いかなぁ。

 

あ――そうだ。

ひとつだけ、聞いておかなきゃいけないことがあったんだ。

 

 

「あの……。それじゃ、少しいいかな?」

 

『あぁ、勿論』

 

「無ければそれでいいんだけど……。この辺りに女神様の像があったりしない、かな?」

 

『驚いた。マキナ、お前女神の信奉者か』

 

 

彼の言う通り私は女神の信者だ。

 

それも生きる理由の大半を信仰に捧げる狂信者寄りの危ない人間。

魔物である彼でも女神様は知っているようで、目を大きく見開いて驚いている。

 

 

そして、何かを考えるような険しい顔で顎を擦り始めた。

 

 

「あぁ、うん。嫌だった?だとしたら……ごめんね。でも、信仰と祈りは欠かすことが出来そうにないの。私にとっては、とても大事なことだから……」

 

 

まずいかもしれない……。

彼がどれだけ女神信仰の知識に精通しているかわからない。

 

だけど、少しでも触れる機会があったのなら理解しているはず。

その教えの中で、魔物は余り良い扱いではない。

 

もし知っていたら……。

きっと良い気分じゃいられないと思う。

 

 

『――待て待て。己は別に宗教に対して何も思ってはいない。故に否定することも肯定することも無い。……正確にはよくわからん』

 

「あ、あぁ……そうなんだ。ごめんね、勝手に深読みしちゃってた。その、ね……経典の中で魔物は……その……」

 

 

アインが悪い訳じゃない。

なのに上手く言葉が出てこない……。

 

不浄な存在や、魔に侵された邪悪な存在、だなんて言ったら傷つけちゃうかもしれない。

 

私が言葉を選んでいる喋る中。

彼は思い至ったとばかりに私に語りかけてくる。

 

 

『あぁ……悪者扱いか。何をそんなに言い淀む必要がある。魔物は人間を襲って喰う獣だぞ。己も含め……人類にとっては害獣そのものだ。畜生相手に気を使う宗教など存在せんだろう。寧ろ魔物は知性がない分、好きに扱える都合の良い存在だ。己は合理的でいいと思うぞ……。教えの中で魔物がどう表現されていようが、お前が気に病む必要は何もない』

 

 

――ッ!?

アインが何気なく口にした言葉……。

 

私に気を遣って、大げさに言ってくれてるのはわかる。

 

 

だけど……。

例え彼の口から出たものでも、そんな言葉は許せない。

 

顔がカッと熱くなって机を叩いてしまう。

 

 

 

 

 

「違う!アインは悪者なんかじゃないッ!!私を助けてくれた!貴方は凄く……良い人なのッ!他の魔物なんかとは違う……私にとっては正義の味方なの゛ッ!!二度と……二度とそんなこと言わないでよ!!!」

 

 

 

 

違う。

アインはそんなつもりで言ったんじゃない。

 

私に気にしなくていいよ……。

そう言ってくれただけなんだ。

 

 

だけど無理。

そんな風に私の大事な存在を……。

 

例え本人の言葉でも。

貶して欲しくはないんだよ、アイン。

 

 

『――ッ!?……あぁ、ありがとう、マキナ。己は誰からどう見られようが、余り関心は無いんだ。だからつい、配慮に欠けた発言をした。お前は本当に……優しいな』

 

 

後悔した。

 

なんで怒りにまかせて、あんな言葉を吐いてしまったのか。

私は顔を俯かせ、上げることが出来なかった。

 

 

「………」

 

 

優しい?そんな訳ないよ、アイン。

あんな言葉。

 

アインが怒らないって、心のどこかでそう確信してたから出た言葉でしかない。

 

 

「私は優しくなんてない……。ただの恥知らずだよ」

 

 

これじゃ本当に子供だ。

なんで咄嗟にこんな、自虐みたいな言葉しか出ないんだろう。

 

 

ほんの些細なことで怒って、ごめんなさい。

事を大きくして……ごめん、って。

 

そんな風に言えばいいだけ……なのにね。

 

 

何も言えず俯く私に大きな影が覆う。

いつの間にか横に立っていたアインが私を見下ろしていた。

 

きっと……こんな私でも。

アインは怒らないんだろうな……。

 

 

 

『ぬ、ぬぅ………――こ…コラッ!約束を破ったな!わ、悪い奴だ……

 

 

頭の奥に、上擦った言葉が聞こえてくる。

明らかに誰かを責めることに慣れていない様子の声。

 

私は、顔を見上げて彼を見る。

 

 

彼はどこか挙動不審で。

これからどうしたらいいのかわからず、視線を彷徨わせていた。

 

 

――え…?

あ、アインが……私を怒った……の?

 

 

「や、約束……ってなに?」

 

『心を殺さないと、約束しただろう』

 

 

アインとの約束事は全部憶えているけど……。

そんな約束記憶に無い。

 

私が戸惑っていると、アインは何か思い出したかのように『あ……』と声を上げる。

 

 

『す、すまん。夢の中でした約束だった……』

 

「え、ゆ、夢?夢の中で私としたの?

 

 

「……―――ぷ……ふふ、くく……なにそれ。ふふ、アイン可愛い」

 

『笑うな。少し勘違いしただけだ。後、己に可愛げなどない』

 

 

アインは気まずそうに、顔を両手で覆い顔を逸らす。

そういうところが可愛いね、アイン。

 

 

そっか、そっか……。

夢の中で……。

 

――きっと憶えていないだけで、約束したんだね。

 

 

あぁ、駄目。

凄く笑っちゃった。

 

なんだか毒気を抜かれた気分……。

今なら素直に言えるかな。

 

 

ホント、アインってお人好しだね。

 

 

「ごめんねアイン。あんなこと言いたかった訳じゃないの。私の方こそ……二度と適当なことは言わないって約束する」

 

『せんでいい。己が怒ったのはそんなことではない。己は自身のことなど毛ほども気にしておらん。……それよりも、だ――己の叱咤はさぞや恐ろしかっただろう』

 

 

恐ろ…しい?

 

 

「アインが怒ったのは初めてで……驚いたよ。だから、怒られた時は何も考えられなかった、かな」

 

『感情が凍る程か。やはり己の怒気が心底恐ろしかったようだな……。だが己は決めたぞ。お前が一歩ずつ前に進まんとする姿勢を見習い、己も一歩踏み出そう。これからは悪いことをしたらキチンと叱るぞ。怖いだろうが覚悟しておくことだ』

 

 

これ、否定してもいいのかな?

 

あれ……本気で怒ってたんだ。

だとしたら……――ごめんアイン、全然怖くなかった。

 

寧ろ申し訳無さしか感じなかったよ。

 

 

無理させてごめんねアイン!

 

それとやっぱりそうか、って感じに頷いて納得しないで。

 

 

「ふ、ふぅん……私を怒るんだ。ならもう甘やかしてくれないの?」

 

『そうは言っていない』

 

 

悪戯心でそんな風に尋ねると、彼は大きな手で私の頭を撫でてくれる。

 

馬鹿……。

これだと躾にならないって気づいてる?

 

 

「……ふふ」

 

 

碌に反省もしてない内に許すだなんて……甘すぎるよ。

 

だけどこの甘さが病みつきになる。

甘くて……とても甘くて、今にも溶けてしまいそうになる。

 

 

『今回は怒ってしまったが……。これだけは言わせて貰う。――お前は優しい子だよ』

 

「どこが?」

 

『お前は己の為に怒ってくれたんだろう?己が自身を卑下するような発言をしたから。己がお前を叱ってしまったように、己はお前の何かを傷つけてしまったのだ。……なら怒られて当然だ』

 

 

どこまでも、私に都合の良い解釈。

 

こんな言葉で私の心は軽くなってしまう。

反省して、自分を顧みなきゃいけないのに……。

 

罪の意識が軽くなってしまう。

 

"優しい子”かぁ……。

私は……こんなにもズルくて、いい加減な奴なのにね。

 

 

「………優しいのはアインの方でしょ」

 

『そう思うか?先程の礼儀作法の話で思い至ったのだがな……。己の中には案外低俗な行動原理があることがわかった』

 

「へぇ、お人好しのアインが言う低俗かぁ」

 

『お前にとって、気分の良い話ではない。聞けばお前は……。目の前の魔物が、いかに善良な存在から掛け離れた存在かを理解するはずだ』

 

 

アインの中にある低俗な部分かぁ……。

どうしよう、凄く気になる。

 

 

「それなら……尚更聞かないとね。言ってくれないと、これからも優しい魔物さんとして接するからね」

 

『……後悔せんことだ。だがお前には聞く権利があるのも事実。良いだろう、では言おう。己の恥部ともいえる、醜悪な内面を曝け出そうではないか』

 

 

ゴクリ……と生唾を飲んでしまう。

アインがここまで言うだなんて。

 

一体どんなことを隠しているのかな……。

 

 

『お前は、己を優しいと言ったな。それは己の行動がそう思わせているのだろう。だがそれは純粋な優しさからくるものではない……。考えるまでもない常識や、良心がそうさせている部分は勿論ある。だが最も大きな原動力はそこではないと気付かされた』

 

 

もう既に善良さが隠しきれてないよアイン……。

無意識に人を助けたり、子供を保護する時点で悪人は無理があり過ぎる。

 

 

『恥ずべきことだ。傷つき心身を疲労させた相手に、献身の情以外を持ち接するなど知性ある者の行いではない。それなのに己は……。愚かにもそれ以外の感情を抱え、お前と接してしまった』

 

 

もぉ~~~ッ!ズレてるなぁ!

そんなの当たり前じゃない!アインはさぁ……聖人でも目指してるの?

 

 

それが普通、て言っても理解出来ないんだろうな。

理解した所で”他所は他所、己は己”とかトンチンカンなことを平気で返してきそうだし。

 

 

「そ、そっかぁ。なんて言えばいいかわからないや……」

 

『容姿や礼儀作法。それらが及ぼす影響。己はお前との会話を通して自身の内面を知ることが出来た。きっと己の前に現れたのがお前で無かったのなら、態度を変えていたに違いない』

 

「え、それって助けずに放置してたってこと……?アインが?」

 

『……?いや、相手が子供なら当然大人として保護し、怪我人ならそれ相応の対応はするが……』

 

 

あ、うん。

困るよアイン。

 

言ってることが全部善人以外の何者でも無くて、私が粗探ししてるみたいなことになってる。

 

 

それにしても態度を変えていたかぁ……。

別に傷つかないよ。

 

今でも、怖いくらい甘やかして貰ってるんだから。

 

でも、きっと私みたいな子じゃなくて……。

肌も綺麗で病気も無い子だったら……。

 

もっと大事にして貰えるのかな?

 

 

「あ、なんかごめんね。……続けて。態度を変えてたって、どういうこと?やっぱり私みたいな醜くない普通の子なら……もっと……――『逆だ』

 

 

――え、逆?」

 

 

『あぁ。誰であろうと保護を必要とする者なら手を貸していた。だが……一定の距離を保ったはずだ。つかずはなれず、そう立ち回っていたに違いない。だが……今。己はお前に過度に干渉し続けている。それがなぜだか……理解出来るか?これこそ己が自身を醜いと評する部分だ』

 

「………?」

 

『言葉にするのも憚られる。己は……傷つき疲弊したお前に下心をもっていたのだ』

 

 

え……!?

えへへ……え?下心?え……ホント?

 

私に?……嬉しいんだけど。

 

まぁ、私も馬鹿じゃないから、どうせ私が思うようなことじゃないんだろうけど。

 

 

だって、アインだし……。

 

 

「私から得られるものなんて、何も無いのに。し、下心って何?命くらいしか上げられないけど」

 

『己は……。あの湖畔でお前と話した時、初めて人間を綺麗だと思った』

 

 

わ、忘れてた……。

このお人好し、私のことを間近で綺麗とか言ってくる魔物さんだった。

 

 

あ、この流れ……。

まずい奴だ。

 

絶対無自覚に恥ずかしいこと言ってくる。

 

 

それもアインじゃなくて、私にとって恥ずかしいやつ。

 

 

「ちょ……。ちょとアイン……」

 

『お前と関わることが楽しいと言いながら……。己は下心を抱えていたのだ。許されざる行為。己は見惚れたのだ……。どれ程傷つき泥を浴びようが決して折れないその精神。美しく輝くその瞳に酔いしれた』

 

 

で、出たぁ……。

嬉しい嬉しいよ……アイン、だけど加減して……。

 

 

『その所作を美しいと思った。己とは縁遠いその気品に惹かれた。暗闇の中で強く、力強く輝く温かい光に……己は虫のように近づきたくなった。決して折れないその心に……己は狂酔したんだ!』

 

 

やめ……――ヤめろぉ!!

なんで拳握りしめて語気強めてるのッ!?

 

本気度が伝わってきて恥ずかしいってば!

 

 

『己の前で涙を流し、笑顔を浮かべるお前を見て確かに思った!この少女には笑顔が似合う……そう思ったんだ!笑顔にしてあげたい!そう思ってしまったんだッ!!更に美しさを増したその瞳が見てみたい、そう思ったんだ』

 

 

わぁぁぁぁぁぁぁ!!!?

聞こえない!聞・こ・え・な・い・か・らぁッ!!

 

 

『なんてことだ……。己はそんな下心にも気づかず、お前に接していたのだ。欲を優先し今もこうして過度に関わり続けている。くッ……醜い魔物と罵るがいい。己はお前が容姿で苦労してきたと悟りながらも……。容姿で態度を変えていたんだ。なんたる非道だ!許せん!』

 

 

許せん!じゃないよ!

私は別の意味でアインを許せないけどね!?

 

よくもそんなこと恥ずかしげもなく言えるよね!?

 

 

「もう止めて!わかったから!!」

 

『言っただろう。己は優しくなど無いと。これは醜い下心の産物。故に己は欲深い魔物でしかない』

 

「はいはい!アインは優しいねぇ!!!」

 

印象で態度変わるのなんて普ッ通のことだからさ!

 

黙ってアイン!

眼から血が吹き出そうなくらい熱くなってるからさぁ!?

 

 

『な、なんだと?耳を赤くして怒りに染まったその語気。この非道な魔物に怒っているのだろう?』

 

「………はぁ……もういいから。……この話しやめよ?多分続けても不毛なだけだと思うから」

 

 

これ以上聞くのは、色々な意味で無理だと思った。

彼の話しを無理やりにでも切り上げる。

 

 

彼の能天気っぷりに呆れずにはいられない。

ニヤケそうになる口元を必死に引き締めながら、顔布をパタパタ扇いで顔を冷やす。

 

 

『そうか。そう言うのなら従おう。だが己は行動を改められる気はせん。お前も我慢出来んようになったらキチンと怒ってくれ。自制するよう努めよう」

 

「そう、ありがとぉー。一生無いと思うからいらない気遣いかな」

 

『ぬぅ……』

 

 

はぁ……納得いかない顔したって無駄だよ。

 

そんなの、下心でもなんでもないのに。

それで私が嫌がって離れるって、本気で思ってるのかな……。

 

 

 

 

絶対あり得ないのにね。

 

 

 

お人好し過ぎて、悪い人間にころっと騙されないか心配だよ。

私がついていてあげなきゃね……。

 

 

「どんなこと思ってても気にしない。私はどんなアインでも絶対離れる気はないから」

 

『変わってるな』

 

 

今まで平気で似たようなこと言ってきたのに、“変わってる”は無いでしょ。

 

 

ふふ……でも。

アインらしいね。

 

約束したんだから……。

私は、貴方を簡単に離してなんてあげないよ。

 

 

 

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