アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第十九話▶「恋話」

 

 

 

アインに対して勝ち誇った顔をしながらフルーフさんはアインをそのままにして歩きだす。

そのままお風呂場に運び込まれた私は、彼女に降ろされ服を脱がされてしまう。

 

 

肌を見られることに抵抗があった私は彼女の手から逃れようともがく。

 

だけど手際が良すぎて瞬く間に全身の包帯を剥がされてしまった。

私が怯えるとわかっていたのか、顔布だけはそのままにしてくれた。

 

 

彼女は私の全身。もはや爛れ、なんて生易しいものではない溶けて腐り切った全身を眺めながら一人で納得したように頷く。

 

顔は勿論だけど、私にとって誰かに肌を見られることも恐怖でしかない。

 

 

だけどフルーフさんに見られているというのに、今の私は恐怖を余り感じていなかった。

その目には私を憐れむ様子も、気持ち悪がる嫌悪感もなかった。

 

彼女の目からは、凄く単純な真剣さだけが伝わってきていた。

 

 

私の思い込みかもしれないけど。

彼女は私がどうすれば助かるのか、それを真面目に考えてくれている気がする。

 

 

だからなのかもしれない。

見られているというよりも、お医者様に診療されている気分になってくる。

 

 

彼女はお医者様ではないことはわかってる。

だけどそう思わせるくらい真剣に、私の状態を診てくれていた。

 

彼女はぐるりと私の全身を診た後、私にお礼を言って自分の着ていた服を脱ぎ出した。

 

 

私は思わず感嘆の声を出してしまう。

同性の私から見てもフルーフさんのスタイルは色々と爆発的で見ているだけで顔が赤くなってしまった。

 

 

身長は凄く高くて、肌はシミ一つ無く真っ白で、髪も雪みたいに真っ白。

私とは何もかも正反対な綺麗な人。

 

 

私は自身の醜さを再度自覚し思わず後ずさってしまう。

だけど彼女は逃さないとばかりに、私を抱き上げてお風呂に向かう。

 

 

私を抱き上げる感触は凄く気持ち悪いはずなのに、彼女は『痛くない?』なんて聞いてくれる。

どうしてこの人達はこんなにも、残酷で優しいのだろう。

 

 

この優しさに触れる度に考えてしまう。

もっと早く出会いたかった……。

 

 

これからもずっと一緒に暮らしたい……。

 

そんな虚しい願望が際限なく溢れ出してくる。

だけど叶わない。

 

私はもうすぐ死ぬ、それを理解してしまっている。

 

 

願望は恐怖という炎を膨らませる贄にしかならない。

死の恐怖から遠ざかりたいのならこの人達の優しさにこれ以上触れるべきではない。

 

 

だけど温かいのだ……人の優しさが……体温が……心と身体に染み渡ってくる。

死に怯えて凍えた心が……この温もりを手放すことを許さない。

 

 

手放せばきっと私は一刻の猶予もなく死を迎えるのだと思う。

私をかろうじて生かしてくれているのは……この人達が当然のようにくれる温もりであり希望だ。

絶望と恐怖で凍え死ぬ寸前の私を温め続けてくれているのは……この人達なのだ。

 

 

だから私には絶対に拒めない、この優しさが、当然のように触れ合ってくれる身体の温もりを求めずにはいられない。

私にとってこれは生きる糧であり、か細く燃える生命の薪木だから。

 

 

彼女は私を抱きかかえながら湯船に沈んでいく。

ニコリと微笑みかけてくる彼女はアインと似てとても優しい雰囲気を纏っていた。

 

 

「いい湯だねぇ~……お嬢さん」

 

 

「……あの、フルーフさん……面倒を掛けてすみません。アインが見ていない所では抱えてくれなくても大丈夫ですよ。片脚で……自力で歩いて御手数を掛けないよう頑張りますので……」

 

 

「それは許可出来ないかな。何せ私は恩着せがましい上に恩を作るのが嫌な性格でね、さっき君から受けた恩は死んでも返させて貰うよ。たとえ君が嫌がってもね……ほら、あいつとの会話見ていて気づいたと思うけど私って性格悪いからさ。諦めてね……お・嬢・さ・ん」

 

 

キランと眩しいウインクと共に彼女はそんなことを言う。

性格が悪いだなんて全く感じなかった……確かに険悪な感じにはなったけど、寧ろそれは気心が知れた仲だからこそだと思う。

 

あれだけ睨み合ってもギクシャクするどころか一瞬で元の調子に戻れたのも良い証拠だ。

 

 

フルーフさんもアインも身内に凄く甘いし真摯な対応を心がけている気がする。

一瞬怒ったあの時だって……たぶんフルーフさんが気分を害したとかじゃなくて、アインのためを想って怒っていたんだと私は思った。

 

 

この人はアインみたいなお人好しじゃないけど……無意識な部分ではそっくりだ。

自分で押し付けがましい、なんて言いながら私に負担をかけさせないようにしている所なんて特に似ている。

 

「つまらない話はよそう。後……悲しくて暗い話も私は好きじゃないから除外で。そうだな……ここは一つ。恋バナでもしてみようじゃないか……お嬢さん」

 

 

「こ、恋ばな?ですか?」

 

 

突然の聞き慣れない単語に私はつい聞き直してしまう。

意味は理解している……恋バナ、つまり恋に纏わる話という意味。

 

 

だけど、何故恋と縁もゆかりも無さそうな私に、そんな話をふったのか理解出来ない。

 

 

「そう、恋の話。いやぁ~~気になってたんだよね。アイツのどこがいいのかな?お嬢さん、アインザームのこと好きでしょ。あぁ、恋愛的な意味でね」

 

 

 

 

 

 

 

 

――は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいや、急に何を言い出すのだろうこの人は。

え……嘘、バレてる?

わ、私ってそんなにわかりやすかったのかな?恋とか一切興味なさそうなアインとばっかり接してきたせいで色々麻痺してた?そのせいでバレたの?

 

 

 

「あぁ……落ち着いて?まぁ、これもちょっとしたズルというか……私にはそういう感情も一目で見えてしまうわけだ。だからお嬢さんが家のアインザームに……結ッッ構な重い気持ちを抱えていることは知っているよ」

 

 

 

 

うわぁぁぁぁぁぁぁ!!す、すっごく……恥ずかしい!先が無いから墓場まで持っていくつもりだったのに!

よりによってアインのお母さんにバレてたなんて!!?

 

 

 

「お、落ち着いて……?ね?無言だけど内心凄く取り乱してるのは伝わってくるよ」

 

 

「…………アインには絶対に秘密でお願いします」

 

 

「あ、うん。流石に他人の恋慕を言い触らしたりしないから安心して。で、どこが好きなの?正直アレを好きになる要素が見当たらないんだけど……」

 

 

 

それは絶対に無い。

私にとっては好きにならない要素の方が少ない。

 

 

だけど私にそんなことを聞いてくるフルーフさんの目には本当にアインの魅力がわからないのか困惑の色が見えた。

 

 

「……全部です」

 

 

「成る程わからん。よし、難しい言葉は省いて箇条書き形式で答えてみて」

 

 

「優しい、可愛い、気が利く、逞しい、頼りがいがある、純粋、お人好し、ぬいぐるみみたい、心配性、意外と感情が出る顔、生真面目、他にも色々」

 

 

取り敢えず思いつくアインの魅力的な部分を片っ端から言葉にしていく。

まだまだ言い足りないけどフルーフさんの顔を見て中断する……彼女はポカンと口を開けた状態で頭にはハテナマークを浮かべていた。

 

 

「どこが?」

 

 

「え、だって私みたいな醜い子供を拾って面倒をみてくれたんですよ……や、優しいですよね。それにお風呂も毎日入らせてくれるし、食事だって三食毎日出してくれるし……え?あの……私、おかしいこと言ってません、よね?」

 

 

「え……あぁ、うん。アイツの場合やり過ぎ感はあるけど……でもまぁ、普通じゃないかな?子供が迷子なら……誰でも面倒くらいは見るんじゃないかな」

 

 

あ……ぁあ……そうだった。

この人、アインの元になった人だった。

アインと同じ様にどこか世間ズレてるし、変な常識がそのまま被ってるんだ。

 

 

アインが当たり前と言っていることは、彼女にとっても当たり前でしかない。

全然当たり前じゃないのに……さも世間一般の常識として生活の一部に深く根付いている。

 

 

 

どうしよう。

こんなのどうしたって伝わらないよ……。

 

 

「私は……その普通が好きなんです」

 

 

「変わってるねお嬢さん。だけど相手は魔物だよ、気持ち悪くはないかい?肌は灰色だし図体はデカいし目玉も口も鼻も無い、子供は皆泣いて怖がるような相手だろう?」

 

 

 

 

――魔物?気持ち悪い?

 

 

 

 

とくに理由もなく言った言葉なのだろうけど、その言葉を聴いた瞬間頭がカっと熱くなるのを感じた。

眼の前の彼女が誰なのかも忘れて、勢いのままグツグツと煮えたぎる衝動を吐き出してしまう。

 

 

 

 

 

「――ッ!?いくら貴女でもそれ以上彼を愚弄することは許しません!彼は死にかけの私に声を掛けて……抱きしめて……優しくしてくれたのですッ!この世に生まれて初めて私を綺麗だと言ってくれた!初めて女の娘扱いしてくれたんですッ!!少し違うだけの容姿がなんですか!?私はそんなこと気にならない!彼は誰よりも優しくて心の清い御方なの!ずっと一人だった私の……誰からも醜いと忌避され続けた私の側にずっといてくれると言ったの……私に生きる意味を与えてくれた!たとえ誰であろうと……アインを馬鹿にする奴は絶ッ対に許せない!!」

 

 

 

一息で言いたいことを全て吐き出した私は肩を上下させ息を整える。

全部言い終わった後……ハっと冷静になり後悔した。

 

 

彼女とアインを少しでも見ていればそこに種族としての隔たりなど無いことは容易に理解出来る。

フルーフさんは単純に世間一般の視点で物事の質問をしただけで、アインを気持ち悪いなど欠片も考えなんていない。

 

 

そんなことは知っていたはずなのに、思わず子供のように喚き散らしてしまった。

 

 

私はフルーフさんに謝ろうと彼女の顔を見たが、その眼は見開かれキラキラとした輝きを放っていた。

 

 

「お、おぉ~~。凄く興味深い話だ、アイツ私にそんなこと一言も言ってなかったのにな。ごめんねお嬢さん……少し煽りすぎてしまった」

 

 

「そんなッ!わ、私のほうこそ勝手な思い込みで馬鹿なことを言ってしまい……申し訳ありません」

 

 

「いやいや、よかったよ。やっぱり恋や愛っていうのはそれくらい激情が沸き立つものじゃないとね。さっきはいまいち理解出来なかったけど……。必死なお嬢さんを見て、アイツが君を本気で惚れさせるだけのことをしたんだと……しっかり理解出来たよ」

 

 

クックッと悪戯っぽく笑うフルーフさんは私の頭をポンポンと叩き一人納得する。

私は内心自分の短慮や短気さで羞恥に悶えている最中この人は楽しげに笑いながら私の頭を撫で回す。

 

 

さっき言った言葉なんて全く気にした素振りもなく『アイツも案外やるな~』なんて独り言を呟いていた。

 

 

「アイツ……頑張ってた?」

 

「はい……一日も欠かさず私に寄り添って励まし続けてくれました」

 

「君を笑顔にするために頑張ってた訳だ……あいつちょっとメルヘンな所あるでしょ」

 

「え、はい……その絵本の王子様みたいなことを平気で言ってきたり……そういう所も素敵ですけど……」

 

「そっか、そっか。アイツにとって……君は余程大事な人なんだろうね」

 

「……わ、私が悪いのは自覚していますが、恥ずかしいのでこれ以上は止めてください」

 

「えぇ~折角面白そうな話が聞けると思ったのに。だけど……君に嫌われたく無いし……止めておこうか」

 

 

 

「フルーフさんにはいないんですか……?好きな人」

 

 

からかわれた反動と恥ずかしさで、ついそんなことを聞いてしまう。

フルーフさんは布一枚隔てた私の顔を見つめながら複雑な表情を浮かべて『いるよ』と一言呟いた。

 

 

「私の好きな人は魔族でね。実際会ったことも無いんだけど……とても綺麗な人なんだ。とっても残酷で性格が悪くて人間を実験動物とか観察対象としか考えていない……そんなどうしようもない人」

 

 

「いくら不死でも怖くはないんですか……?酷い殺されかたをするかもしれませんよ」

 

 

魔族について詳しくない私でも理解出来る。

話に聞く限り彼女の好きな魔族はとんでもなく危険で悪辣な猛獣だ。

 

 

「ふふ……怖い?さぁ……どうだろう?何せ会ったことがないからね。だけど……私にはもう彼女だけしかいないんだ。どれだけ惨めで怖い思いをしようが、脚に縋り付いてでも一緒にいさせて貰うつもりさ。君には何を言っているのか理解出来ないだろうけど……私は彼女になら何をされたっていいと思っているよ」

 

 

フルーフさんは笑っているようで悲しそうな……恍惚とも取れる表情を浮かべながら語る。

その言葉には純粋な愛情だけでなく、どうしようもなく切実で割り切れない感情が見え隠れしていた。

私はその一部を少しだけ知っている……彼女からは私と似た『依存』が感じられた。

 

 

何もかも放り投げて、大好きな人に全てを委ねてしまいたいそんな願望。

それはとても甘美な破滅的願望、大好きな人に全てを捧げ、永遠にその人の一部になりたいという願い。

 

 

そんな願望を。

私はアインが人を喰べると言った時……少しだけ、本気で願ってしまったことがある。

 

 

「いえ……すこしわかります。私も……アインがもし私を捨てると言ったら……何だってしてしまいそうです」

 

 

少し誤魔化しながら彼女の言葉を肯定する。

きっとフルーフさんには通用しないだろうけど、私の考えたことまでは見通せないだろうから。

 

 

案の定彼女は私をどこか心配そうに見つめてくる。

 

 

「……そこは理解して欲しくなかったかな。まぁアイツがそんなこと言ったら私が死ぬまで殴ってあげるよ」

 

 

「大丈夫です……私が殺します。そう約束しました、アインを殺して私も死ぬって……」

 

 

「……私も人に言えた口じゃないけど君等随分やり取りが重いね。青春の爽やかさなんてないドロッドロの愛憎劇みたいだ」

 

 

気の所為で無ければフルーフさんが少し引いている。

自分は殺されてもいいと言っておきながらその態度は少し失礼なのではないだろうか……。

 

 

「フルーフさんは……もしも恋が報われて、その人が貴女に歩みよってきたのなら……どうしますか?」

 

 

「えぇ~、人間一匹如きに彼女が在り方を曲げてまで歩み寄ってくれるって?はは……億が一にも無いだろうけど……私の場合、不信感が限界突破して相当取り乱すだろうね。好きだなんだいってても私は魔族なんて信用してないからね。魔族の言葉に騙されるだなんて間抜けは馬鹿だけだ」

 

 

「矛盾が凄いですよ。それじゃ突き放すんですか?」

 

 

「うん、キレるね。くだらないこと言ってないで側にだけいてくれってさ……私は彼女から何かして欲しいなんて願っていないんだ」

 

 

「それでも諦めずに喰らいついてきたら?」

 

 

「面白い例え話だ。私のために必死に説得かぁ……全然想像つかないけど。うぅ~ん、どうだろ?私ってそうなったらどう行動するのか全然想像出来ないや」

 

 

「言い当ててあげます。きっと絆されて受け入れますよ、どれだけ酷いことをされても……フルーフさんもアインも身内と認めた人には甘すぎますから」

 

 

「えぇ~それは心外だなお嬢さん。私はそこまで甘くはないぞ、きっと動揺一つせずピシっと拒否するはずさ、私は魔族になんか騙されない」

 

 

彼女は格好つけた動きでビシッと私を指さしてくる。

確証なんてなく、なんとなくそう思った……魔族になんて騙されないと堂々と言い切る彼女だけど、きっと最後には絆される。

 

 

魔族がどういう生き物なのかは知らないけど……フルーフさん自身が好きだと口にしている以上、その魔族も普通ではいられないだろう。

 

 

この人……優しいけど凄く粘着質そうだし。

きっとどれだけ酷い目にあっても絶対に諦めずに好意をぶつけ続けると思う。

 

 

アインが私にしてくれたように、その魔族の人もフルーフさんを絶対に手放したくない何かを嫌でも与えられるんじゃないか……そんな風に思ってしまう。

 

 

「そこまで甘くない、ですか。アインが保護した子供でしかない私にこの態度だと……その言葉に信憑性は感じられませんよ」

 

 

「こんなの普通のことだよ。動けない子供を一人でお風呂に入らせる大人がどこにいるっていうのかな?虐待じゃないか」

 

 

「もう……この手の話になるとアインと同じで急に話が通じなくなるんですから」

 

 

「えぇ、そんな……話が通じない奴と言われるのはなんか嫌だな。ち、違う話をしよう……。――そうだ、女神の信徒である君に素晴らしい一品を見せて上げるよ」

 

 

フルーフさんは私の一言に拗ねたように頬を膨らませると、私の頬を指で突いてくる。

でも一転して笑顔を浮かべると、彼女の手には見慣れない本が握られていた。

 

 

カバーも含めて全体的に凄くゴツい。

だけどその表紙に描かれた紋章は私が見慣れたものだ。

 

 

これは……――聖典。

 

 

「これは……聖典ですか?それにしては凄く豪華な感じがします」

 

 

「当然さ。これは聖都の信徒を買……説得して作って貰った聖典。最前線で戦う高位の僧侶のために特別に作られた耐火性、耐水性抜群の最高級の聖典だからね。……誰かに自慢したかったんだぁ!」

 

 

買収っていいかけましたねこの人。

だけどそれはそこまで気になりません、私も商人の娘……適正な値を支払って手にしたものなら如何に神聖な聖典とはいえ口煩く文句を言うのはお門違いです。

 

 

それよりも……この人。

 

自慢する割に聖典を読んだ痕跡が全くない。

だってこれ……しっかり封がされているし、完全な新品だ。

 

 

「……読んだ痕跡がないようですが」

 

 

「勿論新品だよ。内容に興味はないからね、なんというかコレクター魂に火が付いて欲しくなってしまったんだよ。聞いてお嬢さん……これは凄いんだ、紙は特殊なストーンペーパでその上から特殊コーティングが一枚一枚施されているから絶対に燃えないしふやけない。その上カバーは特殊な魔術障壁の術式が繊維にまでビッシリ刻まれている……まさしく職人の技が織りなす芸術品だね。小金持ちの私が持つに相応しい一品だぁ」

 

 

こんなものを正規の手段じゃない方法で買ったんですか?

一体いくら金貨を積んだのか想像もしたくない、たぶんお城一つを平気で建てられるくらいは注ぎ込んだんだろうな。

 

 

しかも理由がなんとなく欲しかったから……フルーフさんの金銭感覚、とんでもなく狂ってる。

 

 

あぁ……どうしよう、聞いてるだけで恥ずかしい……。

フルーフさん、それじゃぁ完全に下品な成金と同じだよ。

 

 

自慢話が止まらない……確かに凄いし気持ちはわかるけど……。

一生終わら無さそうだし話を変えさせて貰おう。

 

 

「わ、わぁ、私の持ってる聖典と全然違うんですね。アインも自分の聖典を欲しがってたから羨ましがるだろうな」

 

 

「えぇ?アイツが聖典を欲しがってたの?加護も無い癖に?なんだ……澄ました顔して結構のめり込んでるな。でもこれ高かったしなぁ……まぁ、読まないし別にあげてもいいけど。……もう自慢出来て満足したし」

 

 

フルーフさん……いくらなんでも俗物が過ぎるよ。

苦労して手に入れたってあんなに自慢してくれたのに、自慢出来たからもう満足なの?

 

 

「でしたら何かの記念日に手渡してあげれば如何でしょう……きっとアインも喜んでくれると思いますよ」

 

 

「それならアイツが一人前になったら渡してあげよう。あの甘ったれた性根を叩き直して、情け容赦のない立派な魔物に育ったら記念にあげてもいいかな」

 

 

あの……無理ではないでしょうか……?

あのお人好しのアインが情け容赦のない魔物になるだなんて……一体なにが起きればそうなるんですか?

 

 

「……それは、渡さないと言っているのと同義では?」

 

 

「いやいや、何百年掛かるかわからないけど……アイツが一人前になったらきちんと渡すよ。お嬢さんとの約束だ」

 

 

同意も無く彼女は私の小指に自分の小指に絡め約束を結ぶ。

そんな約束をされても困る……きっと私はその頃まで生きていないだろうし、何よりアインにそんな風にはなってほしくはないのだから。

 

 

「アインがそんな風になるくらいなら……私は約束が果たされないことを祈っておきます」

 

 

「はは、それならそれでいいさ。アイツもいい歳だ……どんな風に生きようと自業自得だよ、安心してよお嬢さん……私は無理強いまでしてアイツの生き方に口を出すつもりはないから」

 

 

精々生み出した者として後悔しないよう助言してやるくらいさ、そう締めくくって彼女は目を瞑る。

 

 

 

――コンコン。

と、お風呂場の扉から音が聞こえてきた。

どうやらアインが着替えやタオルを持ってきてくれたようだ。

 

 

フルーフさんは扉を見つめニヤニヤと笑いながら『過保護だねぇ』なんて呟く。

濡れたタオルで私の髪を優しく拭い、それが終わると自分は湯船に頭を沈め頭を掻きむしった。

 

 

私は思わず『うわぁ~』なんて声で引いてしまう。

頭の洗い方が野生児過ぎる。

 

 

「ふぅ~サッパリだ。それじゃ、そろそろ出ようかお嬢さん」

 

 

頭を上げ濡れた髪を思いっきり後ろに流した彼女は私を持ち上げ立ち上がった。

 

 

「はい、ぅあ……やっぱり急に持ち上げられるのには慣れません」

 

 

「ははッ!慣れる慣れる……これからは毎日これだからね!このフルーフめがどこへでもお連れしますよお嬢さん!!さぁ、私という大船に乗っている以上君の未来は明るいぞ!」

 

 

「ゆ、ゆっくりお願いします、揺れてます……沈没だけはやめてくださいね」

 

 

陽気な彼女は私の言葉なんてお構いなしに笑い飛ばしズンズン進んでいく。

扉の前にあるタオルで全身を拭いて貰い、丁寧に包帯を巻いてもらう。

 

 

自分で全部やっていた普段の何倍も早く身支度が整えられていく、ブカブカの服をスッポリ覆いかぶせられれば完成だ。

私の着替えが済むと彼女は雑に肌や髪の水気を拭いズボンとシャツを着始めた。

 

 

私は彼女が着替えているのを待ちながら、いつも通り置かれていたアインのメモ用紙を手に取りポケットに入れる。

 

 

「お嬢さん……その紙はなにかな?アイツの書き置きみたいだけど」

 

 

「アインが毎回私を心配して置いてくれているんです……毎日欠かさず。同じことが書いてあるんですけど毎回微妙に文字の形や表現が違うんです……そういうのを見ると、私は凄く嬉しくなるんです。アインが私のことを考えているんだって」

 

 

「そういう素朴なものに価値を感じるのも恋の力だね。真っ先に金勘定をしてしまう擦れた私からすればとても純粋で羨ましく感じるよ……。そういうことなら宝物は濡れないようにポケットに大事にしまっておかないとね」

 

 

「はい」

 

 

彼女は私に微笑ましそうな優しい目を向けると静かに微笑む。

だけど次の瞬間には拳を握りしめワナワナと怒りを顕にする。

 

 

彼女にメモに書かれている内容を聞かれて、私が咄嗟に伝えてしまったためだ。

 

 

メモには“フルーフになにかされたら叫べ、すぐに向かう”と書いていた。

これは流石に酷いと思うよアイン。

 

 

フルーフさんは口元をヒクつかせながら私を抱きかかえるとズンズン家の居間へと歩いていく。

その後、言うまでもなくアインはフルーフさんから殴られた。

 

 

 

ベッドに寝かされた私はポケットからアインのメモを取り出し眺める。

 

 

この先……後何回このメモを受け取ることが出来るかわからない。

だからこそ一回一回を大切にして、彼のくれたメモを何度も見返して記憶する。

 

 

何か特別な意味のある行為じゃない……だけど、彼の言葉に触れていると、不思議と生きる活力が湧いてくるのだ。

だから少しでも長く生きるため私は彼のくれた想いと言葉を噛み締める。

 

 

 

 

一日でも長く……彼と過ごすために……。

 

 

 

私はアインのメモ用紙を何度も読み返し終えると……木箱へと大切に保管した。

 

 

 

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