アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十話▶泥中で藻掻く。

 

 

 

――十日後。

 

 

フルーフが山中の住処に住み着いてから十日が経った。

深い霧が立ち込める山頂、フルーフとアインは背を向けお互いの作業に没頭していた。

 

 

 

アインは何やら野生動物相手に幻影を掛けながら反応を伺っており、その眉間には深い皺が刻まれている。

 

相当な労力と神経を集中させているのが伺えた。

 

 

フルーフは自身の死体を山のように積み上げ、血で描かれた法陣を使い実験を繰り返していた。

 

死体を陣の中に数人投げ込み魔力を流し込むと、赤黒い魔力が迸り死体が肉塊となり圧縮され赤黒い石ころに姿を変える。

 

フルーフはそれを拾い上げ飲み込む。

すると立ち所に全身がブクブクと膨れ上がり、血を撒き散らし爆散してしまった。

 

 

そのすぐ後、近場にあった死体が起き上がりフルーフの手荷物から手帳を取り出し、何かを書き込んでいく。

 

 

「今はこれ以上は無理か。いけないこともないけど……成功するかも五分五分だし、長期的摂取での異常は確実に起こる、出来れば使いたくないな。クソ……もっと完璧な参考文献とか無いのか、どいつもこいつも実験記録が少なすぎるんだよ」

 

 

フルーフは手帳にこれまでの実験記録と最終結論を書き込みながら、積み上げられた禍々しい本の山に悪態をつく。

 

ガリガリと爪で頭を掻き毟りながら数字の割り振られた赤い石を一つ掴むと、それ以外の石を握り込み腕ごと魔法で燃やし尽くす。

 

 

「神経系なんて複雑なものは修復出来ない。よくて骨、肌、筋繊維までが私の限界か。はぁ……何百年も生きてきてこれか。フリーレンやフランメみたいな才能が恋しいよ」

 

 

実験の区切りが付いたのか、フルーフは広げていた資料や道具を纏めて袋の中に仕舞い込む。

 

実験材料にと用意し余った死体を一人ずつ、山のあちこちに放り投げて処分する。

 

 

「ほら、野生動物達……新鮮な私だぞ。モリモリ食べろ~」

 

 

フルーフは山を一周するように、飛んでいく自身の死体を見ながら無心で全ての死体を処分した。

 

ふぅ~と息を漏らし額を腕で拭う。

しかし汗は拭えず引き伸ばされる気持ち悪い感触だけが額に残る。

 

 

自分が全裸だったことを思い出したフルーフは手荷物から服を取り出し身に付けていく。

 

面倒くさそうにシャツのボタンを止めていくと……背後から霧が伸びてくる気配を感じ取りフルーフは振り返る。

 

 

背後にはアインが立っており、嫌なものでも見たように顔を顰めて腕を組んでいた。

 

 

「女の肌は見ておいてその顔はなんだ?」

 

 

『……マキナの様子はどうだ?』

 

 

「無視かよ。あぁ、あの娘?最近は午前の時間はほとんど寝てるよ……」

 

 

『それだけか……?』

 

 

「死んだように眠ってる、それだけだよ」

 

 

アインは目元を手で覆うとギリギリと力を入れ瞑目する。

なんでもない軽い調子でそんな重大なことを口にするフルーフを睨みつけた。

 

 

『どうしてだ……この期に及んでどうして己に何も言わない!何か言ったらどうなんだ!』

 

 

「五月蠅いんだよ。どっちのこと言ってんだ?あの娘の詳しい病状?それとも自分の不甲斐なさを棚に上げて私にキレてんのか?……今はまだその時じゃないんだよ。私はあの娘から何も言わないでくれって約束されてんの」

 

 

鬼気迫る魔物に対しフルーフはヘラヘラと笑いながら『約束は守らないとな』なんてことを口にしアインを煙に巻く。

 

普段なら引き下がる所だが、アインはフルーフの胸ぐらを掴み問い詰める。

 

 

『――お前なら治せるんじゃないのか?』

 

 

「は?私は皮膚科のお医者さんじゃないんだぞ……治せる訳ないだろ。手を離せ」

 

 

『それでも……なんとかならないのか!?もう時間が無いんだぞ!』

 

 

掴んだ胸ぐらはシャツに皺が残るほど深く握り込まれる。

マキナの病状を己の内で必死に誤魔化し、気づかないふりをし続けてきたアインでも流石に気づいていた。

 

 

――マキナは間もなく死ぬ。

 

 

どんどん活動時間が短くなり、全身から生気が抜け始めていた。

目を背けてきたものが急速に現実味を帯びて襲いかかる。

 

 

なにより衝撃を受けたのは……アインが綺麗だとよく褒めていたマキナの眼に光が無くなりはじめたことだ。

夕焼け色に輝くあの美しい瞳が、もう全てを諦め、色褪せた諦感しか灯していなかった。

 

 

眩いばかりの生きる意思も楽しげな笑顔も無く。

ただ死が迫る絶望に凍りつき、冷え切っていた。

 

 

永遠に輝き続けるあの夕日が沈むことをアインは許容出来なかった。

差し迫る現実が受け入れきれずアインは苛立ちを募らせながらフルーフを掴んで離さない。

 

 

「チッ……おい聞けよ糞餓鬼。私は別にあの娘を助けてやる義理なんて無いわけだ。お前があの娘に関わったせいで……あの娘は味わわなくていい苦しみを背負ってしまった。私はお前の生みの親みたいなもんだ……今、色々してるのだって、後始末もろくに出来ない不甲斐ない息子のケツを拭こうとしてやってるだけだよ。親としての責任を果たしているに過ぎない」

 

 

まるで他人事のように淡々と語るフルーフの言葉にアインは目を見開く。

そこにマキナに対する情のようなものは無く、ただ事務的な対応だけがあった。

アインは掴んだ胸ぐらを引き上げ更に強くフルーフを睨みつける。

 

 

『貴様ッ、フルーフそれでも己の……くッ、見損なったぞ』

 

 

アインから軽蔑したといわんばかりの冷たい気配が伝わってくる。

しかしフルーフはそんなアインに対し冷めた目を向けながら鼻で笑った。

 

 

「なんだ?私が優しい聖人だとでも思ってたのか?馬鹿が……お前は状況の悪い時にだけ私の良い面ばっか見てるだけだよ。自分は何も出来ず、出来ないことを他人に期待して鬱憤を撒き散らしているお前に……私をとやかく言う資格なんてないって理解してるか?」

 

 

心底くだらない、そんな態度でフルーフは取り乱した様子のアインをバッサリと切り捨てる。

アインはまたしても目を見開き、強く閉じる。

 

 

たとえどのようなことを言われようと、アインに取れる選択肢は存在しない。

現状マキナを助けられる可能性を持っているのは、眼の前のフルーフだけだ。

 

 

だからたとえ頭を下げたくなくても願うしかない。

アインに出来ることはそれだけだった。

 

 

『……頼む……あの娘を治してくれ……』

 

 

「うぜぇ……情に訴えてくんな。私は多少の医療知識はあってもあの娘を治してやれるものなんて持っていない。ましてや聖都でも僧侶でも治せないものをどう治せって?普通に考えて僧侶の魔法も使えない私に治せる訳ないよな」

 

 

『……』

 

 

どこまでも正論だった。

普通に考えれば優秀な僧侶ですら治せないマキナの病気を魔法も碌に使えないフルーフが治せる訳がない。

だが、一縷の望みを掛けてアインは願い続ける。

 

 

「黙んなよ。違うだろ……私は最終的に何も出来ない、お前にそう言ったんだ。ならお前が奮起すべき所だろう。なんでお前が真っ先に折れてんだよ……あの娘は怖い思いをしながらもまだ完全に折れてなんかいないぞ。お前と少しでも長くいたいからだ。可哀想にな……信頼して頼りがいのあると思っていた相手がこんな腑抜けとは。哀れな娘だ」

 

 

その言葉を聞きアインは掴んだ胸ぐらを離しフルーフを突き飛ばす。

フルーフは受け身を取ることもなく大の字で地面に叩きつけられ軽く咳をした。

 

 

『……ッ!失せろ、この人で無しが。それは己のセリフだ、マキナはお前に心を開きかけていたのに……あの娘の信頼を踏み躙り憐れむだと?何様だ貴様』

 

 

寝そべりながらアインを見上げるフルーフの瞳には冷たさだけしかない。

つまらなさそうに溜息を零し嘲笑するような笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「さぁ……お前こそ何様なんだ?自分ですら自分の定義に迷う奴が人様に問いかけんなよ。魔物?人類?魔族?お前は何者でもない、全部から掛け離れている。どこにも属せず永遠に一人……寂しいやつだ」

 

 

それは自身の存在に迷うアインにとって最悪と言ってもいい一言だった。

 

 

『黙れッ……貴様が己を生み出したんだろう……』

 

 

アインはもう一度倒れたフルーフを片手で掴み上げると、怒りのまま握りしめた拳を掲げて見せる。

 

 

「……怒ったか?それなら殴ってみろよ、やれるもんならな」

 

 

『舐めるな……!』

 

 

この期に及んで悪びれた態度すら見せないフルーフに対し、アインは挑発の通り拳を引き絞っていく。

 

殴られるというのに、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべるフルーフは抵抗一つ見せない。

むしろ頬を近づけ煽る始末だ。

 

 

アインは拳を抜き放つが……

 

 

――寸前でその拳を止めてしまう。

 

 

フルーフの舌打ちだけが静かに響き渡る。

 

 

「誰かを傷つけるのがそんなに怖いのか。違うよな……傷つけるのが怖いんじゃなくて傷つくことが怖いだけだろ?お前は孤独を恐れている。あの娘に嫌われたくない、平気で誰かを傷つける奴にはなりたくない、あの娘が離れていってしまうから……そんなところか?」

 

 

フルーフは寸前で止まり震える拳を指差し淡々と言葉を吐く。

『あの娘のせいでチキンさに更に磨きがかかったな』と言いながら、今度はフルーフが掌を握り拳を固める。

 

アインは怒りに震えながら押し黙る。

 

元々生物を無意味に傷つけることへの忌避感を持っているアインは、マキナと出会い更に他者を傷つけることへの抵抗感を持つようになってしまった。

 

それはマキナの夢の中で見た醜悪な人間達、平気で他者を虐げ当然のように日常を享受する道理の通らない悪党を見た時から更に強く感じるようになった。

 

 

いつか自身もあんな風になってしまうのではないか、何よりマキナから醜悪なものを見るような目で見られることを想像し恐れてしまったのだ。

 

 

 

「六百年も生きてる癖に人生経験が浅すぎるんだよお前は……。全く、ビクビクしてんじゃないよ……いざって時に自分も犠牲に出来ないやつが誰かを守れる訳ないだろが……躊躇なんてするな……。一度決めたならなぁ……きちんとこうして……

 

 

 

 

 

――殴りやがれッ!!

 

 

 

 

 

振り上げた拳がアインの顔面に突き刺さり吹き飛ばされる。

アインは地面を数回バウンドし倒れ伏し、フルーフは乱れたシャツの襟を整えアインの元まで歩いていく。

 

 

『――ぐッ』

 

 

フルーフは立ち上がろうとするアインの胸元を靴底で蹴りつけ地面に縫い付ける。

頬から黒い粒子が漏れる魔物を見下ろしながら今度はフルーフが胸ぐらを掴み上げて睨みつけた。

 

 

「確か……知性が誇りだと言ってたな?それのどこが誇りなんだ?小難しいことばかり考えて行動出来なくなってるだけじゃねぇか。脚を引っ張るだけの知性なら無い方がまだマシだぞ」

 

 

『己は己の取れる最善の行動をしてきた……それはこの知性あってのことだ。貴様なんぞにとやかく言われる筋合いはない』

 

 

顔を背けるアインにフルーフは胸ぐらを引き寄せ眼球がアインの眼窩に入りそうな程近づける。

アインの放った一言に対しフルーフは低くドスの利いた声でアインへと囁く。

 

 

「最善?今、最善と言ったか?お前が逃げ続けてた結果、あの娘から日に日に笑顔が無くなっていくこの状況が最善だって?本当にそう思ってるのか?」

 

 

『……』

 

 

「だから黙るなよ……。認めたくないなら私が言ってやる。お前は選択を間違えた。お前があの娘の死から目を背けたせいで、傷つくことを恐れたせいで……あの娘は抱え込むことになった。お前がきちんと向き合ってあの娘の苦しみや恐怖を分かち合えていたのなら……今みたいに拗れてなんていない。お前はあの娘の側にいれて、あの娘も安心して天寿を全うする覚悟を持てていたかもしれない」

 

 

『……』

 

 

「本当に……お前は質が悪い奴だよ。目を背けているくせに絶対に冷たくはしない、常に優しくして希望をもたせ続けてきた……。そんな状況であの娘が自分の死を受け入れられると思うか?まだ幼くて夢もある子供が……受け入れられるわけないだろ……」

 

 

『……』

 

 

アインは何も喋らない。

ただ力なく地面に横たわり、動く気力も感じられなかった。

 

 

フルーフは掴んだ胸ぐらを離し離れる。

荷物を纏め肩に担ぐとアインを見下ろし下山していく。

 

 

「今からでも……知性も理性も全部捨ててしまえ」

 

 

『だまれ……』

 

 

振り絞るように発した言葉は弱々しく消えていく。

 

 

 

「はぁ~……私はもう降りる。あの娘が心配だしな、お前も――ッ!?」

 

 

傷心したように無気力なアインに対し面倒くさそうに髪を掻き乱し先に帰ることを伝える。

だが、その言葉は最後まで言い終わることなく途中で止まった。

 

 

焦った様子のフルーフが自分たちの住処がある方向を見つめたまま瞬き一つしていない。

表面上おちゃらけても大抵のことには動じないフルーフが、本気で動揺し焦りすら隠していなかった。

 

 

それが見えていたアインは只ならない事態だと察知。

上体を起こしムクリと起き上がる。

 

 

フルーフはアインの方へと勢いよく振り返る。

先程までもの表情が嘘のように無くなり、ただ心配と焦りだけがあった。

 

 

 

 

「さっさと起きろアインザーム!!このままだと

 

 

 

 

――あの娘が死ぬ!!

 

 

 

 

 

『ッッ!』

 

 

 

 

フルーフはそう叫ぶと登ってきた道を無視し高い崖から垂直に飛び降りていってしまった。

アインも遅れて崖がら飛び下り住処までの最短距離を突き進んだ。

 

 

 

家についた後。

二人が目にしたのは、家の真ん中で糸が切れた人形のように倒れ伏すマキナの姿だった。

 

 

 

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