アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十一▶約束の履行。

 

 

 

――バタン。

 

 

 

倒れ伏し死の境を彷徨っていたマキナだったが、フルーフの処置によりなんとか一命を取り留めた。

スヤスヤとベッドの上で眠るマキナを置いてアインとフルーフの二人は扉を締め外に出る。

 

 

フルーフは真剣な様子でアインを見上げると、腕を掴み倉庫の方へと歩き出す。

 

 

「来い。これからのことについて……お前に全部話しておく必要がある」

 

 

『今更……何故こんな時に言うんだ』

 

 

「お前はあの娘の保護者なんだろ?それにもう時間が無い、これもあの娘との約束の内だ」

 

 

 

一命を取り留めたとはいえマキナの状況は一切何も変わっていない。

このままでは一日と保たず物言わぬ屍になることはアインにも想像がついた。

 

 

フルーフはマキナとの約束によりアインに対して何かを言うことは決して無かった。

だが、マキナが危篤の今なら……この状況ならどんなことを言っても許される。

 

 

フルーフは風でガタガタと揺れる倉庫にアインを引き込むと扉を締める。

ボロボロの椅子に腰掛けると数回眉間を揉みアインを見つめた。

 

 

「もう察している通りマキナは死ぬ。それも数時間以内にだ」

 

 

『そんなこと……言われんでも理解できている』

 

 

「あぁ、そうかよ。だからここで選択肢だ。どれを選んでも死ぬことには変わりないが、お前が選べ。眠り続けるあの娘に選べない以上、決定権は保護者であるお前にある」

 

 

『今さっきマキナに飲ませたものでは駄目なのか』

 

 

「駄目だ。この石コロは私の命を限界まで薄めて作った命の源だが……不死になれる訳じゃない。精々強烈な滋養強壮程度の効果しかなくてな、あの娘にとってはかろうじて命を繋ぎ止めるための燃料にするのが関の山。……大量に飲んだ所で病状が悪化は止まらない、全身が腐ってそれでお終いだ」

 

 

なら濃度を高めて更に強いものを作れば……とアインは考えるが、それを見透かしたフルーフは静かに首を横に振る。

 

 

『実験の最中何度も私の全身が弾け飛ぶのを見ていただろ、強すぎるとああなる』……そう呟き、フルーフは指を二本立て、アインに向かい選択肢を提示する。

 

 

「お前が選べる選択肢は二つだ。一つ、あの娘が苦しまないようにお前の幻影、あるいは私の処方した幻覚剤……まぁ、麻薬だな、それを服用しての安楽死。そして二つ目はあの娘の側に寄り添って励ましながらの自然死だ。どっちでもいいぞ……選べ、アインザーム」

 

 

『ふざけるな……どちらも大して違わんだろうが!』

 

 

どちらにせよ死ぬ。

少し過程が違うだけで結果は何も変わらない、そんな選択肢とも呼べない選択にアインは憤慨する。

しかしフルーフは一切動じず口を動かし続ける。

 

 

「変わるさ。少なくともあの娘にとっては意味のある大事な選択だ」

 

 

『マキナの死に方の選択など……選べるか……』

 

 

「いや、選べ……お前にはその責任がある。そうか――あの娘の身体の状態を知らないからまだそんなことが言えるんだな、いいさ教えてやる」

 

 

アインの感情を表すかのように下半身の黒いモヤが荒れ狂い部屋の床を満たしていく。

フルーフは手荷物から手帳を取り出すとペラペラと捲り、一つの見開きをアインに見せつける。

 

 

『……これは、なんだ……』

 

 

「わかるだろ、あの娘の身体の一部を簡単に描き残したもんだ。実物はもっと酷い」

 

 

そこには虫に喰われ、放置され腐ったかのような人間の腕が描かれていた。

さらにページを捲ると、肋骨が一部露出しネズミに食い千切られたかのように横腹が腐り落ちた腹部。

 

 

脚が筋繊維が千切れズタズタになった様子、肌が腐り続け絶えず液体が噴き出てくる様子などがスケッチされていた。

 

味覚の機能不全、痛覚の異常な鈍化……ページを捲れば捲るほどに記録されたマキナの情報。

 

 

アインはそれを見せられながら、顔を掌で覆い、爪が食い込むことも気にせず絶望したような顔を見せる。

 

知らなかった……まさか、こんなことになっていただなんて。

 

 

初めて肌を見た時はこんなに酷くはなかった。

悪化したとは言ってもここまで酷い状態になるだなんて想像も出来ていなかった。

 

 

「あぁ、一応言っておくが、これに関してはお前はそこまで悪くないぞ。あの娘はお前に対して徹底的に隠し通すつもりだったからな」

 

 

「こんな状態なら……指が動かなくても当然だ」

 

 

「……悪いが、もう掌全体が動いてない。片脚ももう駄目だ、私も隠すのに協力してたから責めるつもりはないが……。まぁ、これもお前が向き合わなかった結果の一部だ」

 

 

アインは腕を脱力させ項垂れる。

呆然と手帳を見つめ自身がこれまで逃げ続けてきたものと対面する。

 

 

アインの全身が霧となって解れ、意識が狂いそうになっていく。

 

 

「――逃げんな」

 

 

ペチン、とアインの頬が軽く叩かれる。

 

だがフルーフに叩かれても大した反応は無く、アインはこれまで誰にも見せたことの無い泣きそうな顔で床を見つめ動かない。

 

 

「わかっただろう……もうあの娘は助からない、病気は決して治らない。ただ出来ることはあの娘に出来ない最期を決めてやるだけだ」

 

 

『それでも……それでも認められない……』

 

 

「情けない声だなぁ……ならどうする?あの娘をこのまま放置して一人寂しく死なせるのか?誰にも看取られずに孤独に震えながら冷たくなっていくのをただ待つ……それも一つの方法だ」

 

 

『よくもそんな……残酷なことが思い浮かぶものだ……ッ』

 

 

アインの泣き叫ぶような声にフルーフも疲れたように軋みを上げる床を見つめる。

 

小さな声で『私も、言いたくていってんじゃねぇよ……』と漏れるが、その言葉は小屋に吹き付ける風と共に掻き消される。

 

 

「私としては安楽死をおすすめする。最後の最後にあの娘が望むものを見せて死なせてあげられるからな……お前はただ選べ。後は私がやってやる」

 

 

最早反論も思い浮かばない。

今更どんな泣き言を叫んだ所で結果は変わらない。なら……マキナが苦しまずに逝ける最後を……。

 

 

『……――』

 

 

決断の答えは中々出てこない、こんなものは駄々を捏ねる子供の我儘だと理解している。

刻々とタイムリミットは迫っている……悩んだ所で誰の為にもならない。

 

 

アインは諦めたくない……そんな感情を全て飲み込み、ただ無心で頷こうとするが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガタンッ!

 

 

 

 

 

 

 

扉の方から音が聞こえた。

そして何かが走り出す足音も……。

 

 

 

 

『――マキナッ!?』

 

 

 

アインは扉へと近寄り扉を勢いよく開け放つ。

その先には既に随分小さくなったマキナの背中があった。

 

 

 

何かから逃げるように畔へと続く整備された道を片脚を引き摺り消えていった。

 

 

フルーフも遅れて扉から顔を覗かせ現状を把握する。

 

 

「チッ。私の飲ませた石コロが思いのほか強かったみたいだな……一時的とはいえあれだけ動けるとは」

 

 

『な、何故、逃げた』

 

 

「……あの娘はずっとお前にだけは知られたくなかったんだよ。大事だから、これ以上迷惑を掛けたくないから、嫌われたくないから、そんなことを言っていたっけな」

 

 

『……』

 

 

アインは拳を握りしめ立ち尽くす。まるで小屋の出口に見えない壁があるかのように立ち止まっている。

ただ扉と外を区切る場所を見つめ動かない。

 

 

 

「………なにしてんだ。早く追えよ」

 

 

 

『どの面を下げてだ……。己はマキナに気にしていないから大丈夫だと、嫌わない、離れないと言い続けてきた。始めから……マキナがそんな言葉一つで納得してくれるなんて思っていなかったさ……。だが、マキナも笑顔を見せてくれるようになった。それで……徐々に勘違いしてしまったんだ。己の言葉通り……迷惑など気にせず気兼ねなく甘えてくれるようになったのだと…そう自惚れていた。実際は……己は頼られてなどいなかった。いや……これもいい訳だ。なにもかも……本当は……気づいていた』

 

 

「そうだな。お前はあの娘が何かを抱え込んでいること自体にはずっと前から気づいていた。そして嫌われたくなくて……傷つくことを恐れて一線を引いた」

 

 

フルーフの言ったことはアインにとって何もかも図星だった。

自責の念が溢れ出し今にも崩れ落ちそうになってしまう。

 

 

「それで……今はその現実から逃げようとしてる訳だ。見えてるよな、お前が見つめるこの境界線……。これがお前があの娘に引いた一線だ。ここを飛び越えて、あの娘を追えば否が応でも向き合うことになる」

 

 

『あぁ……だから、己は立ち止まってしまっている』

 

 

アインは外に出るための出口を強張った表情で見つめ動かない。

 

薄汚れた木の床と雪が積もった純白の地面……。

一跨ぎで簡単に越えられる境目だ。

 

アインの意識は前に進もうとする……だが身体は一ミリも動かず言うことを聞かない。

 

 

「無理そうか?」

 

 

アインの元に聞いたことのない優しい声が隣から聞こえてくる。

それはフルーフの声だった。彼女は倉庫の壁に身体を預けながらアインをただ見つめてくる。

 

 

「………あぁ」

 

 

「そうか……なら私は私の責任を果たす時だ」

 

 

力ないアインの肯定にフルーフは頷きアインの背後に歩いていく。

背後に立ったフルーフに対し、アインが振り返ろうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知るかッ!!さっさと外に出ろッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインの背中に特大の衝撃が走り、凄まじい勢いで倉庫の出口から外へと吹っ飛んでいった。

 

衝撃のまま前のめりに倒れ、雪が積もった地面に顔面から突っ込んだアインは、数秒間ピクリとも動かなかった。

 

 

しかし次の瞬間、地面を拳で殴りつけると同時に怒りの形相で立ち上がる。

 

 

 

倉庫の方を見ればフルーフは不格好な蹴りの構えを取っており、アインが起き上がると同時に雪を踏みしめ外に出てくる。

 

 

 

 

貴様……フ、ルーフ……何度も、何度も……どういうつもりだッ

 

 

 

 

度重なる煽りと腹立たしい発言、聞かれたくない質問や聞きたくない正論……そんなものを絶えずぶつけられ続けてきたアインは限界だった。

 

全身からピキピキと血管が浮き立ち全身から霧が噴出している。

 

 

「おぉ……。いい感じにフラストレーションが溜まってるな。それじゃ……すこし腹を割って話そうか」

 

 

『今度は……もう、止められんぞ』

 

 

「いいねぇ、なら……物理上等な親子喧嘩の開始だ。お前が勝ったなら……あの娘がもう少し長生き出来る方法を教えてやるよ」

 

 

アインは顔を凶悪に歪め上等だと啖呵を切り、フルーフも歯を剥き出しにしながら拳を前に掲げる。

 

 

「さて、お前の健闘虚しく、一線を越えてしまった訳だ。喧嘩の勝敗抜きにあの娘ときちんと向き合えよ」

 

 

 

 

『言われんでも……ッ!もう……なにもかもどうでもいい!!嫌われようが、恐れられようが関係ない……向き合ってやる!だが、その前に……

 

 

 

――貴様だけは殴らねば気がすまんッ!!

 

 

 

アインは全身に力を漲らせながら風魔法による補助を受け、凄まじいスピードでフルーフに急接近していく。

 

理性が切れた獣のような様子にフルーフは嬉しそうに笑みを浮かべ両腕を広げ歓迎する。

 

 

 

「そうか……でも本当かな?お前みたいなチキンに私を殴れ――

 

 

 

そう言葉を言い切る前にアインの拳が顔面に突き刺さり粉々に粉砕する。

全身は軽々と吹き飛び倉庫を粉々に吹き飛ばし雪煙が舞い上がる。

 

 

 

しかし舞い上がる雪の中から爆発的な魔力が迸り、今度はアインが全身をくの字に曲げ吹き飛んでいく。

 

 

 

「は……ハッハッハッ!!一切躊躇なく私をぶっ殺すとは……ご機嫌だなアインザーム」

 

 

何が楽しいのか、フルーフは大笑いしている。

 

吹き飛ばされたアインは無傷ではないものの、致命傷もなく無事だった。

 

 

戦闘を嫌っていたとはいえ、フランメから学問を学んだフルーフに魔術関連の知識を全て叩き込まれたアインだ。

いざ戦闘となれば決して弱くはない。

 

何より六百年以上を生きてきた魔物の魔力量は、その辺の大魔族よりも遥かに強大で禍々しい。

 

 

 

 

 

「少し待っていてねお嬢さん。この不甲斐ない息子にしっかり活を入れてから向かわせるから……さッ!」

 

 

 

ニッと笑みを浮かべフルーフはアインへと拳を振り上げ走り出す。

アインも負けじと魔力強化全開の拳を引き絞り飛び出した。

 

 

「――く、ぎッ!?」

 

『――ぐっ!?』

 

 

 

二人の頬へと同時に拳が刺さり、両者共に吹っ飛ぶ。

骨の砕ける生々しい音をゴングに、魔物と人間の前代未聞の親子喧嘩が始まった。

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