――住処の前。
降り積もっていた雪は全て溶かされ、代わりに血で描かれた不気味な法陣と祭壇のようなものが構えられていた。
中央部にはフルーフが祭壇を椅子代わりにしながら煙をふかしており、アインは上空から舞い降りるように着地するとフルーフへと振り返る。
『フルーフ……ッ!準備は出来ているか?』
「おぉ……お姫様も御一緒とは格好いいねぇ、アインザーム。ただ……お嬢さんはなんで全裸なんだよ。まぁいい、そこへ寝かせろ……慎重にな」
ダイナミックなアインの登場にフルーフは呑気に拍手を送りながら二人を見つめる。
何故か上半身裸のマキナの姿に、アインへとジトッとした眼を向けるも、直ぐ様祭壇から飛び降りマキナを寝かせるように指示を出す。
『頼んだぞフルーフ。私に……何か出来ることはあるか?』
「わ、私……ッておま……ぶふぅ、似合ってねぇ……。くく……落ち着けって、此処からは私の仕事だ。青臭い餓鬼に偉大なフルーフ御母様の御業って奴をとくと見せてあげよう」
『あぁ、信用している』
「――……なんか面白くねぇな……。はいはい、シッシッ……わかったから陣の外まで出てろ。お前の仕事はマキナを見守ることだ……大事なことなんだからしっかり果たせ。あ、後お前のせいで思い出した記憶は後で絶対に消すんだぞ、吐き気止まんないからさ……」
気持ち悪い位素直なアインにフルーフは微妙な表情を浮かべながら、手で払い法陣内から追い出す。
肩や首を回し全身をゴキゴキと鳴らしながら気合を入れる。
アインとフルーフのやり取りを見てたであろうマキナから笑い声が零れ聞こえてきた。
「お嬢さんの笑いの種となれて光栄だね。さて、これからする施術は君の承諾を取り付けることが条件なんだけど……あの不肖の息子からキチンと説明は受けたかな?」
「いえ、詳しい所までは受けていません。ただ……寿命を削ることになるのと、失敗はしないだろうから心配するな……とだけ」
その返答を聞いたフルーフは、遠くで祭壇を見守るアインへと勢いよく振り返り、両手の中指を立てる。
それに対しアインの反応は……。
親指を突き立ててのグッドサイン。
フルーフも同じように親指を突きたてる。
が、それを逆さにし首根っこを掻っ切る仕草をする。
それに対してアインは両手を合わせ一応の謝罪のポーズ。
フルーフは深い溜息を吐きながらマキナの方へと視線を戻す。
「あの糞野郎。思い浮かべている部分だけ、って言ったのに他の部分も覗きやがったな……。はぁ、で、君はどうかな。私としては詳細も含めて全部説明した上で了承頂きたい所のなのですがね」
「アインがフルーフさんを信用しているので私も信じます。たとえどのような結果になろうとも恨んだりしません」
「それは止めてね。成功しても恨んでくれていいよ、寿命を削るんだ……。老衰できる程長生きできないだろうし……若い内から寝たきりなるかもしれない。そうだね、長く生きれて三十歳ってところかな」
カチャカチャと何かの準備が進められる最中、マキナは取り乱す様子もなく大人しい。
フルーフは祭壇についた手枷でマキナの四肢を拘束し。
尖晶石を研磨し杭の形にしたようなものを握り調子を確かめていく。
明らかにヤバい儀式臭を放つソレに対してもマキナは騒がない。
信頼の面持ちでフルーフへと身体を預けていた。
どうせなら罵詈雑言でも吐いてくれた方が楽なのだが……と期待の視線を向けるも、マキナの清い魂からはマイナス感情一つ伝わってこない。
「十分です。フルーフ様にとって、私は赤の他人でしかないのに……。こんなにも良くしていただいて……本当に、感謝せずにはいられません」
そんなマキナの言葉にフルーフは、え?っと大きく眼を剥く。
もう既に、家族認定していたフルーフはなんだか猛烈に恥ずかしくなり、小さく咳払いをし訂正を促す。
「何を言ってるのかな?アインザームと一緒になるんだよね、なら私達は家族同然だ。お義母さんって呼んでくれてもいいんだよ」
「え――あ………はい。ふふ……お義母さん。私を……助けてくれますか?」
お母様ではなくお義母さん、これなら全然大丈夫だと思えた。
ここでお母様などと呼ばれた日には、祭壇はフルーフのゲロで塗れてしまっていただろう。
「勿論さ。言ったよね――私という大船に乗っている以上、君の未来は明るいぞ!って、だから何も心配はいらないよ」
「――はいッ」
ドン!と胸を拳で叩きフルーフはマキナを安心させる。
マキナも最初から心配などしていないが、その陽気な様子に釣られ元気な返事を返した。
「こう言っては今更なんだけど……怖くはない?私は医者でも僧侶でもない……どちらかといえば外法師や禁術使いに近い碌でもない奴だ。そんな奴に身体を預けるのは気が気でないよね?」
そんな様子を見てフルーフはポリポリと頬を掻き、今更すぎる質問をした。
「いえ、心配なんてしていません。だって貴方はアインのお母さんで……――だと知っていますから」
それは余りにもフルーフにとって重く偉大すぎる名前。
大方アインから聞いたのだろうが……まさかこんな所で聞くとは思っていなかった。
しかし、まぁ……一度も名乗ったことのない名乗りだが。
こんな時だからこそ名乗るべきかとフルーフは考える。
それでマキナを少しでも安心させられるならと、フルーフは嘗ての師であり恩人を真似て名乗りを上げる。
「はは、参ったね。だけどそうだね名乗るならこういう時しかないか……。安心しなさいお嬢さん、なんたってこの私……フルーフ様は……
――かの大魔法使いフランメの愛弟子だ。失敗なんてあり得ない」
「心強いお言葉です」
フランメの名前を出した以上失敗は許されない。
彼女の名を汚すことはフルーフにとって最大級の大罪だ。
だからこそ気が引き締まるというもの。
術式は既に法陣に刻まれ、生贄となる命の準備も整えている。
後はフルーフ自身が調整をミスしないよう出力を絞るだけ。
フルーフは杭のようなものを片手に握り天高く掲げる。
「さぁ、ではいってみようかッ!大丈夫――意識はすぐに……吹っ飛ぶさッッッ!」
そしてそれは勢いよくマキナの心臓部を狙い振り下ろされる。
杭が刺さった瞬間……法陣全体から赤黒い閃光が迸った。