アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十五話▶この先から、終わりを見据えて。

 

 

 

 

――数十時間後。

 

 

 

フルーフ、アイン、マキナの三人組は酷く疲れたように深い眠りに入っていた。

 

フルーフは酒瓶と煙管を口に突っ込んだままイビキをかいており、アインはタコ殴りにされたのか床に倒れ伏し完全に気を失っていた。

 

 

一人布団に優しく寝かされた少女は穏やかな寝息を立てながら眠り続ける。

早朝を過ぎ太陽は傾き続け……時刻は夜。

 

 

爆睡する三人組は眠りに入ってから時計の針が二周する頃にようやく起きる。

 

暖炉に薪を補充する人間がいなかったせいか住処の内部は凍えきっており、フルーフは地面に寝っ転がったままカーペットを全身に巻き付け眠っていた。

 

 

だが流石に夜の雪山で暖炉無しは寝心地が悪すぎたのか、気だるげに髪と腹をボリボリと掻きながら起き上がる。

 

部屋を照らすランタンは辛うじて燃料が尽きておらず、フルーフは手にした酒瓶を傾け燃料を注ぎ明るさを保つ。

 

部屋の温度を上げるため、薪置き場から数本薪を抜き暖炉に放り込む。

 

 

「ふ、ぁ~……ぁ゛~眠。火打ち石どこだよ……面倒くさ、これでいいか」

 

 

しかし普段から火起こしをしないフルーフは、道具がどこに置いてあるのかわからず右往左往。

最終的には酷く面倒くさそうな表情を浮かべ、魔法を使うことに決めた。

 

 

薪割り用の斧を右手に持ち、左手に意識を集中させながら魔法を放つ。

すると魔法は放たれることなく左手を燃やし尽くしていく。

 

フルーフは燃え上がる手に斧を振り下ろし、切断した左手を暖炉に投げ込んだ。

 

 

パチパチと燃え盛る暖炉を見つめながら、酒瓶をあおり椅子に深く腰掛ける。

軽く瞑目し浅い眠りに浸る最中、ベッドと床から物音がきこえてきた。

 

 

どうやら眠りこけていた二人が暖炉の温もりに当てられ目を覚ましたようだ

 

 

「もう夜だぞお二人さん。そろそろ、起きなさいな……。マキナはともかくアインザーム、お前は起きろよ」

 

 

フルーフは、椅子を前後にギコギコと揺らし勢いよく飛び降りた。

アインの元まで歩いていくと顔面めがけて酒瓶の口を傾ける。

 

ジョボジョボと酒がアインの顔に滴り落ちていく。

アインは寝起きのノロノロとした動きから一転、顔に掛かる酒を振り払いその場を退き立ち上がった。

 

 

『――ぶぁ……やめろッ。目に入る……待て、夜だと……』

 

 

「はいはい。おはよう……そう、夜。どうやら……丸一日寝てたみたいだぜ。緊張の糸でも解けたのかぁ?私が軽く殴っただけで一瞬で落ちやがって」

 

 

『殴られても文句は言えんから何も言わんが、あの時は……その、時間がなかったんだ』

 

 

「ったく。この不出来な奴め……。もう知っているだろうが、今後お前がしなくちゃいけないことを説明してやる。勿論マキナと一緒にだ」

 

 

『あぁ、わかっている。それよりも――』

 

 

アインは何かを探すようにキョロキョロ辺りを伺う。

どうやらマキナの安否を心配しているようだ。

 

フルーフは無言でベッドの方を顎で指す。

視線を向ければ穏やかな寝息を立て、寝返りを打つマキナの姿があった。

 

 

『あ、ぁ……よ、良かった。本当によかった……ありがとう……フルーフ。あ、ぁ~~……その、か……母さん、と呼んだほうがいいか?』

 

 

「う、わぁ……気持ち悪ッ。無理してるの丸わかりだからやめろよな。感謝してるならいつも通りで頼む……後さっさと記憶に魔法掛けて忘れさせろ」

 

元気そうなマキナを見てアインは胸を撫で下ろした。

そしてフルーフに向き直ると、改まった様子で深々と頭を下げる。

 

額を地面に打ち付けそうな勢いだった。

 

だが当のフルーフは口角をヒクヒクとさせ、居心地悪そうに後ずさる。

 

身内同士で助けることに理由も恩も必要ない。

そう言ってアインの首根っこを掴み、無理やり頭を上げさせた。

 

そんな言葉では到底納得できない。

だがフルーフがこういうことを望まない性分だということも、アインはよく理解していた。

 

望み通り、アインはフルーフの精神に幻影をかけた。

アウラに関する記憶へと辿り着けないようにするためだ。

 

 

「――ごくろうさん。それじゃ、風呂と食事の準備でもして来てくれ。私はともかく、あの娘は一日中何も食べていない状態だからな」

 

 

『あぁ、確かにな。私はこの恩を忘れんぞフルーフ、いつか必ず……必要ないと言っても返すからな』

 

 

「へいへい……。なら、私の方で勝手に踏み倒しておいてやるわ。それより早くいけ、炊事家事洗濯をキビキビこなしてこい」

 

 

スゥーと上機嫌に飛んでいくアインを見ながら薄い笑みを浮かべたフルーフはベッドの方向を向けて歩き出す。

羽毛布団に包まれた小さな膨らみからは小さな寝息が聞こえてくる。

 

 

「さてお嬢さん。アイツはもう行ったよ……。私にまで寝たふりとは悲しいねぇ……」

 

 

独り言のように前かがみで囁くフルーフの言葉に、布団の小さな膨らみがビクッと震えた。

恐る恐るといった様子で、マキナが布団の端から顔を覗かせる。

 

 

「お、おはようございます……お義母さん」

 

 

「うん。もう夜だけどね、お嬢さん」

 

 

それだけ言うとマキナは再び布団の中に潜り込み顔を隠してしまった。

フルーフは微笑みながらベッドに腰掛け、ポケットから黒い布を取り出してマキナに見せる。

 

 

「これが必要でしょ?」

 

 

「そ、それ……どうして……?」

 

 

「アイツが君を連れてきた時に付けてなかったからね?落としたかと思って探しておいたんだ、これはアイツの魔力を切り離して作られたものだからすぐ見つけられたよ」

 

 

「ありがとうございます……お義母さん」

 

 

家族なんだから当然さ……。

そう返すフルーフはマキナを優しく布団から引き摺り出し、顔を隠す顔布をつけてあげる。

 

 

「ふふ……初々しいことだ。アイツとどんな話しをしたかは知らないけど気不味かった?昨日のアイツってほぼ無敵の人状態だったからアホみたいなこと沢山言ったでしょ……。大丈夫だよお嬢さん……アイツも今は素面だからバカみたいなことはもう言わないよ。というか恥ずかしくて言えないかな」

 

 

「あの……その、少しだけ……どんな風に顔を合わせればいいか分からなく、ごめんなさい」

 

 

昨日のことを思い出したのか、マキナは顔を朱く染め俯いてしまう。

フルーフは猫のような笑みを浮かべるとマキナの頭を撫で回し安心させる。

 

 

「良いことも悪いことも、色々と思う所はあるだろうけど……。お嬢さんもアイツも何も気にしなくていいと思うよ。お互い勝手に拗らせて、勝手に抱えて、勝手に迷惑だと思いこんでいただけでしょ。ならお互い様さ……アイツは晴れやかな顔をしてたし、お嬢さんも幸せな顔をしている。しがない第三者として好き勝手言わせて貰うのであれば……。全部水に流して一から、やり直すいい機会なんじゃないかな?」

 

 

「アイン……自分のことを子供だとか。……く、くそガキだなんて叫んでいたんです。人知れず死を選ぶことが最善だと思っていたのに……、結果的にはアインにあそこまで言わせてしまった。その申し訳無さを今も感じています。でも……それ以上にアインの本心が聞けて……私のために必死になってくれて…とても嬉しかった」

 

 

「それは良かった。もっと聞きたい所だけど……これ以上聞くのは野暮だし出歯亀も程々にしておくよ。それにしても……――ぶッ……齢六百歳の自称糞餓鬼の魔物か……。ふ、吹っ切れすぎだろアイツ、んふッ――」

 

 

マキナの言葉にフルーフは口元を手で押さえ笑いを堪える。

 

内容はともかくマキナにとっては幸せな記憶なのだろう。

顔布の奥から花のようなほころんだ気配が伝わってくる。

 

フルーフは肩をプルプルさせなんとか耐え切り、爽やかな笑顔を浮かべマキナの肩を叩く。

 

 

「?どうしました」

 

 

「み、見て――く、糞餓鬼が来たよ……ンふッ」

 

 

『別に気にせんが……。今はお前の方が余程糞餓鬼だと思うがな……』

 

 

フルーフが再び笑いを堪え指差した場所にはアインがいた。

 

マキナは咄嗟に布団を握り胸元に引寄せ身を隠し、フルーフは無言のままゲラゲラと煩い表情でアインへ向かって指を差し続けていた。

 

 

「ッハぁ――わぁ~~ハハハッ!!!ひ、人の約束も守らない野郎には延々怒鳴り散らしてお灸を据えてやろうと思ってたが……じ、自称糞餓鬼なら仕方ないなぁ!く、糞餓鬼相手じゃ……お母さんも息子君のこと怒れないよぉ~!!」

 

『………』

 

 

ついに我慢出来ず大爆笑するフルーフはアインに向かって差した指をブンブン振り回してゲラる。

 

アインはそんなフルーフの様子を見て内心キメぇ……、というシンプルな罵倒の一言。

 

身内だとは認めている、恩も感じているし、嫌いでもないが……。

その人間性に好感が持てるかはまた別の話だ。

 

 

「わぁ~ははは――ッゲホ、あ、気管に入った……ごほぉ、ゲッホ!?」

 

 

笑いすぎて噎せてしまったフルーフは、苦しそうに身を丸め咳き込んでしまう。

マキナはそんなフルーフの背中を優しく撫で、アインと顔を見合わせる。

 

 

「あの……アイン、昨日はごめんね、色々迷惑かけちゃって」

 

 

『マキナ……元気そうで良かった。迷惑だなんて考えてないさ、これから私達は対等な関係だ。隠し事だけは止めて、お互い困ったことや不安があれば相談したり、力を合わせて乗り越えていこう』

 

 

「アイン……――うん!わかった」

 

 

「ゴホォ……げぇ……ぉえ、ぶふ、微笑ましいね君たち。ま、まぁ仲直りしたなら……今後のことについてお話でもしようか」

 

 

一頻り大笑いしたフルーフはベッドの縁から腰を上げるとテーブル席へと歩いていく。

アインは戸惑うように腕を伸ばすも、フルーフは関係なく椅子を引き座り込んでしまう。

 

 

『おい……その、マキナを運ばなくて大丈夫なのか?流石に……まだ歩かせる訳にはいかんだろう?』

 

 

「だ、大丈夫だよアイン。もう隠し事もしてないし元々一人で歩けたんだから……片脚だけでも十分歩けるよ……」

 

 

「フルーフ、手を貸してくれ」

 

 

まるで人の心がない鬼畜、と言わんばかりの眼差しがフルーフに注がれる。

その理由にようやく思い至ったフルーフは、笑顔を浮かべたまま青筋を立たせ頬をピクつかせていた。

 

 

「……私がそこまで半端な仕事する訳ないだろうが……。お嬢さんも案外鈍いね、一応包帯は巻いてあるけど歩くなんて余裕で出来る筈だよ、というか普通に両腕を使ってるじゃないか」

 

 

フルーフはマキナの腕や脚を指差しそう指摘する。

 

アインとマキナは今漸く気づいたとばかりに、身体に眼を向け動きを確認した。

余りにも自然に動いており気づけていなかったようだ。

 

 

『――何?』

 

 

「え――……あ、嘘、ほ、ほんとうだ……あ、脚もちゃんと動くッ!?」

 

 

マキナは両手を掲げ掌を開いたり閉じたりし、ベッドの縁から両足を伸ばし曲げたり伸ばしたりする。

その手足を見ながらマキナもアインも両目を見開き呆然としていた。

 

 

アインは信じられんといった様子で驚愕する。

 

実際にマキナの全身をその目で見たが故に、完全に治るようなものではないと思い込んでいた。

 

だが、まさかここまで異常無く動かせるようになるとは……。

全く想像だにしていなかった。

 

 

「お嬢さんはともかく、お前はなんなんだよアインザーム。私の許可無く頭覗いたんだよなぁッ?」

 

 

『いや……術式量や構造が複雑過ぎてな……。私が完全に理解するには時間もなかった上、知識量が多すぎたんだ……。故に実際は大まかな内容しか見れていない。……何度目になるかわからんが、本当に色々とすまない』

 

 

「ッたく……。はぁ……別にいいけどね、終わったことだし」

 

 

色々言っていたが、最終的に何を言っても言い訳にしかならないと気づいたアインは、申し訳無さそうな様子で謝罪する。

 

フルーフはそれ以上怒るでもなく、頬杖をつきながら軽く手であしらうだけで済ませた。

 

 

「包帯も外してみなお嬢さん。アインザームも気まずいだろうけど見とけよ、お前がその娘に施した施術の責任を負ってんだから」

 

 

『あぁ……勿論だ。どのような姿であろうとマキナは私の大事な人だ』

 

 

「あ、アイン……」

 

 

「やかましいわ。話が進まんから私が捲るぞ」

 

 

このままでは長々しい気遣い合戦が始まりそうだ。

そう感じたフルーフは椅子を引き摺ってベッドの側に陣取ると、マキナの手を取り包帯を外し始めた。

 

指先までしっかりと巻かれた包帯がほどかれ、素肌が露わになっていく。

そこに見えたのは赤紫が入り乱れる腐った肌……ではなく、ツルリとした色白の卵肌だった。

 

 

『――な、なにッ!?』

 

 

「――え、どう、どうなってるの……」

 

 

マキナは当然として、アインも腕を上下にバタバタ振り乱し、意味不明な行動をとっていた。

喜びたいが、どう喜べいいのかわからないようだ。

 

アインは、フルーフが何をしようとしていたか、その概要を知っていていた。

が、まさか此処まで完璧に仕上げるとは思っていなかった。

 

動くようになった手足同様驚きを隠せていない。

 

 

マキナは未だに現実だと理解出来ないのか、本当に自分の肌なのかを確かめるように何度も指先で撫で回していた。

 

だが、二人の歓喜の雰囲気に反しフルーフからは重苦しいものが伝わってくる。

 

 

「黙れリアクション芸人共。私はそんな反応求めてない……だから止めろ。喜びたいのはわかるけど……私のいないところでやれ。少し説明したらすぐ出ていくからさ……」

 

 

ドスの利いた低い声でそう言われ、二人はギョッとした様子で沸き立つ感情を引っ込めた。

 

フルーフは腕の包帯を外し、続いて上半身の包帯も外していく。

だが変色した部分も、骨が露出し腐敗した部分も一切ない。

 

そこにあったのは健常そのものの身体だった。

 

 

「悪いね……良いところなのに水を差して。成功したとはいえ、フランメの名前まで使った上こんな失敗作の魔法を褒められたくはないんだ」

 

 

『いや……気にするな。騒いで悪かった』

 

 

「私も気にしていません。私の状態を説明して下さるんですよね……」

 

 

重苦しい空気になったことを察したのか、フルーフはハッとなり出来る限り明るい調子で謝った。

 

アインもマキナも何かを察してたか、フルーフを気遣うような様子を見せる。

 

 

「あぁ……そうだね。情緒不安定で申し訳ないが説明させて貰おうかな。……まずお嬢さんの病気は治っていない。私は医者じゃないし、知識もそれ程ないから原因を究明して治すだなんて土台無理な話だったんだ。だから私に出来る最善の手を施した。……ようは力技だ」

 

 

フルーフはマキナの身体に手を加えた者として、真剣な眼差しでマキナを見つめた。

そして魔法によって施した処置について説明を始める。

 

フルーフが提示した延命案、それは寿命を代価とした肉体の修復と維持だった。

 

長年蘇生術について研究を続けてきたものの、未だ完成には程遠い。

そんなフルーフが提示できる最善手であり、たった一つの選択肢だった。

 

 

「人間の身体には命の回数券ってものがあってね。それは寿命とも呼ばれるもので日々の生命活動はその券を切って行われているんだ。傷が塞がるのも、傷跡が完治して見えなくなるのも代謝の一種だ、細胞分裂と増殖が行われ完治する。そのどれか一つを行うにも券を切る必要がある」

 

 

『券が切れればどうなる?』

 

 

「死ぬ。人間は60兆個の細胞からできて、毎日約1兆程の細胞が入れ替わってるんだ。それが停滞するってことは……命の循環が止まるってことだろ。あっさりとはいわず……切れる券が無くなっていってゆっくり衰弱死していく」

 

 

『お前はそれを大幅に消費してマキナを生かした』

 

 

「そうだ、だから了承してから受けて欲しかったんだ」

 

 

フルーフの説明にアインとマキナはどちらも頷き理解を示す。

 

あの状況から少しでも生き永らえれば十分に奇跡と言って良い、多少のリスクなど無い方が不自然なのだ。

 

だがフルーフだけは、顔色を暗くし淡々と説明していく。

 

 

「私はその券を半分以上使いって、お嬢さんの身体を修復した。腐食を悪化させないよう持てる知恵を振り絞って健常な状態まで戻した。だが結局病気は治せていない……いずれはまた同じ末路を辿ることになる。これが見えるかお嬢さん」

 

 

「はい」

 

 

フルーフはマキナの寝間着のボタンを外し胸元をはだけさせる。

そこには傷一つ無い肌色と赤黒い石が埋まっていた。

 

石を中心にドクンドクンと不気味に脈動する管を走らせながら、石そのものが鼓動している。

 

 

「浅い考えだが……私はこう考えた。病気が全身を腐らせるならば、それよりも早く再生を繰り返させればいいんじゃないかと。こいつは私の研究成果であり失敗作……今は君の細胞分裂を加速させる代物。病に侵された細胞が広がる前に全て細胞を入れ替えてしまう訳だ」

 

 

『……つまり普通の人間の何倍もの速度で歳をとっている。……という理解でいいのか?だがそれだと病気も同じ速度で広がるのではないか?』

 

 

「概ねそんな所だが……おい、前世文明の申し子。これは安全保障が行き届いた臨床実権でも、認可の下りた根拠バリバリの投薬療法でもなんでもないんだぞ。確かにその辺りは一番の懸念で怖い部分だが……。お嬢さんの様子を見る限り上手くいってる。私の施した施術は禁術であり過去の偉人が残した忌むべき研究成果……そしてそれはどこまでいっても魔法だ。アインザーム……魔法で一番重要なものはなんだ?」

 

 

『イメージだな……お前が一番不得意な分野だ。……魔法のイメージで病の進行だけを影響から疎外したのか?』

 

 

「一言余計な奴め。だが、コンセプトはその通りだ。完全な生命の蘇生、人体の錬成。私には、それに関する資料も実験成果も試行回数も足りていない。時間をかければ、切っ掛けになるものは幾らでも見つかるだろうが……。そんな時間はなかったからな。だからイメージだなんて不確かな賭けに出るしかなかった。そして結果的に、私のイメージはお嬢さんの身体に対して上手く機能してくれた。……それだけの話だ」

 

 

フルーフがこの手の魔法や儀式に手を出すようになったのは、魔法に関するコンプレックス故だった。

 

かつてフランメという大魔法使いに抱いた憧れ。

それは才能という壁にぶち当たり、粉々に砕け散った。

 

立ち直らせてくれる人も、応援してくれる人も誰もいなかった。

 

だが憧れは完全に消えた訳ではない。

この分野であれば、魔法使いとして、第一人者として……フランメのような偉大な存在になれるのではないか。

 

そう思い至ってしまったのだ。

 

禁術、人体蘇生、永遠の命、禁忌とされる人体実験。

多くの命を消費することが前提となる分野だが、フルーフには関係なかった。

 

その微かな光に縋り、自分自身を研究材料として使い潰した。

 

世間から受け入れられることは決してない。

だが元々自己満足でしかないのだ。

 

初めて自分だけが踏み入れられる魔法の領域を見出し、フルーフは歓喜した。

 

そして今、その研究がマキナを生かし、延命の手助けとなっている。

人生とはどうなるかわからないものだ。

 

 

「このまま普通に過ごせば命の回数券は五年経たずして底をつく。その内半分は植物状態。だから……これを毎日飲んで貰うよ。そうならないように、気味が悪いだろうけど一日一回必ず飲んでね。これも研究成果の失敗作だけど……君の負担をかなり和らげることが出来る」

 

 

そう言いながら取り出したのは、赤く小さな玉石が詰まったガラス瓶。

それはフルーフが蘇生薬の研究をしていた際に生まれた副産物。

 

 

当初研究はある程度までは上手くいき、肉体の再生までは不完全ながらも至ることは出来た。

 

だがその再生によるリスクは甚大であり、寿命の消費は想定よりも遥かに激しかった。

蘇生が目的なのに寿命が尽きては意味がない。

 

傷を癒やすだけで何十年も命を削るなど本末転倒も良い所だ。

 

だからこそ、デメリット無しでその副作用を肩代わりさせるものを作れないかと考えた。

そして出来たのがフルーフの生命を圧縮して作られた玉石。

 

今マキナの前に瓶一杯に詰め込まれた飴のようなものだった。

 

 

しかし成功品では無く失敗作という言うだけあり、その玉石に原因不明の欠陥を有していた。

 

 

『内容は知っているが、副作用はどの程度できそうだ?』

 

 

「同じ条件で何度か実験を繰り返した感じ十~十五年程だ。モルモットなんかでも試したけど大凡同じ結果になった」

 

 

『全身が少しずつ動かなくなるんだろう?硬化、麻痺、硬直。様々な症状が少しずつ併発し、その内自力で動くこともできなくなる。……一応聞いておくが、どうにもならないか?』

 

 

「言わせるなよ……。他に手立てがあるならとっくにやってる。原因もわからん。異物で身体を動かしている影響なのか、他人の魔力が混じって異常をきたすのか……何もわかってないんだ。探り探りやってる上に失敗作だと放置してた代物だぞ。改善も無理だ、ここまでくるのに何百年もかかってるんだ……。お嬢さんが死ぬまでに、どうにか出来るものでもない」

 

 

フルーフは無力感からか、自分に対する苛立ちを抑えるように頭皮を掻きむしった。

 

身内を特別視し、無条件に甘くなってしまう性分。

そんな彼女は嫌でも自責の念を覚えずにはいられない。

 

当初の予定通り成功したとはいえ、フランメの弟子を名乗りながら、こんな不完全な魔法をマキナに施してしまった。

そのことを深く恥じていた。

 

 

「ごめんね……お嬢さん。私がもっと才能があって賢ければ……君をこんな目に合わせずに済んだのに。フランメの弟子だなんて声高々に宣言してこの程度だなんて……ごめん、本当にごめんね。言った通り……恨んでくれていい……。どんな罵声も受け止める。君にはその資格があるよ。私は……家族になる人にこんなことしかしてやれない、ごめんなさい……」

 

不死の人間は深い隈が刻まれた眼を強く瞑り許しを乞う。

 

フルーフの生死観は、控えめに言って狂い果てている。

元々が情に脆い質であり、顔見知りや野良犬が死ぬだけで悲しみに涙を流してしまうような人間だった。

 

この世界に生まれ、無限にも等しい時間の中で出会いと別れを繰り返すうちに、フルーフは人間関係に一線を引くようになった。

 

そうしなければ感情に振り回され、何も手につかなかったからだ。

 

フルーフの中にあるのは身内とそれ以外。

その二つだけだ。

 

かつて他大勢に平等に振り撒いていた優しさや関心を、極々狭い範囲に限定した。

明確な優先順位を設け、その他大勢には無関心を貫くようになった。

 

その線引きに入るハードルは限りなく低い。

身内の家族というだけで身内判定、なんなら一度軽く話して気に入っただけでも身内判定だ。

 

敷居の低さは推して知るべし。

だが判定に入らない相手と入る相手とでは、露骨なまでに態度を変えた。

 

どちらか一方しか助けられないなら、迷いなく命を懸けて身内を助ける。

 

勿論余裕があれば常識の範囲内で他人も助けるが、それっきり。

過干渉など決してせず、結果的に死んだとしてもそこまで感情は動かない。

 

他人には薄っぺらい良識を適用し、身内には命すら惜しくない危うい感情を向ける。

それが今のフルーフという女だった。

 

だからこそマキナに対する罪悪感も半端ではなく、割と本気で泣きそうになっていた。

 

声を震わせ謝り倒すその姿は、いつものガサツさや陽気さを一切感じさせない弱々しいものだった。

 

 

「そんなこと……ありません。私にはお義……フルーフさんが何故謝らないといけないのかが理解できません。少しでも長生き出来る上に……夢にまで見た綺麗な身体でいられるのです。私には……お返し出来るものは何もありません。お礼を望まれていないことは重々承知していますが……魔法に対してではなく、フルーフさんの優しさに対してだけでもお礼を言わせて下さい……。私を助けてくれてありがとうございます、フルーフさん」

 

 

「お嬢さんは優しいね……顔も治して上げたかったんだけど、怖くて手を出せなかったよ。肉体の再生はなんとかイメージ出来ても、その腫瘍をどうすればいいかはわからなかったんだ……」

 

 

「お気持ちだけでも……十分に嬉しいです」

 

 

マキナは落ち着いて言葉を紡いでいたが、その内心はフルーフへの感謝で埋め尽くされていた。

 

第三者から見れば、何故ここまで謝るのか全く理解できないだろう。

十分偉業と言って差し支えない技術を持ちながら全く驕らず、ひたすら反省する様子には不気味ささえあった。

 

だがアインからフルーフの過去を聞いていたマキナは、その原因に少しだけ思い至ることができた。

 

フルーフの中にある魔法使いを測る物差しが、フランメ、フリーレン、ゼーリエという超が何個もつくような大物ばかりなのだ。

 

こんな人物達を比較対象にしていれば、いくら他者が偉業と称賛する成果を残したとしても、自信など持てるはずがない。

 

マキナはなんとなくフルーフの地雷を察し、言葉を選んだ。

 

油断すれば感謝と称賛が漏れ出しそうになる。

だがそれはフルーフの望むものではない。

 

だから短く一言だけお礼を言い、感謝の抱擁を交わすだけにした。

 

 

「アインザーム。だから私は事後承諾なんて嫌だったんだよ、お前がちゃんとしててくれたらここまで悪い空気にならずに済んだんだぞ……」

 

 

『本当に……申し訳なかった』

 

 

マキナの言葉で幾分かフルーフの纏う空気が軽くなる。

アインも本気で反省しているのか、頭を下げながらフルーフへの申し訳無さを滲ませていた。

 

 

「お嬢さんもアインザームも……ちゃんと覚悟してときなよ。今はいいけど……最後の数年はほぼ寝たきりだぞ。アインザームは介護、お嬢さんは若くして介護される辱めを受けるんだからな……」

 

 

『覚悟を問われるまでもない。マキナと一緒にいられるならどんなことでも熟してみせるさ』

 

 

「私は……ごめん、アイン。少し抵抗が……。慣れるまでは恥ずかしいかも。だけど……きっと大丈夫」

 

 

猫背気味に忠告を送るフルーフの顔には深い影が差している。

既に覚悟は済ませている二人に反し、フルーフは只管に自身の力不足を嘆き無力感に苛まれていた。

 

 

「可愛いねお嬢さん、今直ぐじゃないからそこは安心して……だけど――おいアインザーム……ッ。一つ言っておくぞ」

 

 

フルーフが椅子を押し倒す勢いで立ち上がる。

大きな物音が響き、続いて壁に何かが押し当てられる衝突音が響いた。

 

 

フルーフがアインの首に手をかけ壁に叩きつけていた。

アインはギリギリと閉まっていく掌を感じながらフルーフと視線を合わせる。

 

真剣な面持ちで見上げるフルーフの眼には、一切の誤魔化しを許さない追求の色が宿っていた。

 

 

『――……なんだ?』

 

 

「これは私とお前が負うべき責任だ。もし仮に……マキナの面倒を放棄したら私が……

 

 

――お前を殺す。

 

 

本気でだ……それを理解しておけよ。………だけど、もし耐えられなかったら、逃げずに先に言え……尻拭いはしてやる」

 

 

『――……肝に銘じておこう。だが……そう言いながら逃げ道を用意するとはお前らしい。……余り良い親とは言えんな……』

 

 

 

 

本気の感情が籠もった視線に晒されながらも、アインは淀み無く了承の返答を返す。

フルーフはアインの冗談めいた発言に口をもごつかせるも、最終的に納得したのか表情を緩め首から掌を引いた。

 

 

「生意気を言うな……。二度目はあっちゃいけないんだよ……。こんな恥知らずに殺されたくなきゃなぁ……ちゃんと面倒見て、最後まで……うッぷ……クソッ」

 

 

『おいッ……もういい、わかっている。余り思い出そうとするな……それ以上連想するとまた思い出すぞ』

 

 

「はぁ……そうかよ。お嬢さんも……色々耐えられなくなったら言ってね……、私が介護してもいいし……現実的に安楽死の相談にも乗ってあげる。私は君が望む終わりのために、出来る限りのことをしてみせるよ。終わり方は大事だからね……悔いなく、見送らせて」

 

 

アインに向けていた表情とは一転して、フルーフは優しい顔をマキナに向けた。

 

二人にとっては晴れ晴れしい門出となる初日だが、そこに水を差してでも現実的な未来への対処について話しておかねばならない。

 

こんな話しづらい内容をアインに言わせる訳にはいかない。

 

二人に気を擦り減らすような話などして欲しくないのだ。

残りの生は楽しい思い出だけを残して過ごして欲しい。

 

もう二人はフルーフにとって家族同然の存在だ。

マキナが長命な魔族やエルフであったならここまで言ったりはしない。

 

だが二人に残された時間は、結局のところそれほど多くはない。

だからこそ、暗い未来を想起させることであってもしっかりと釘を刺しておく。

 

覚悟さえしておけば、逃げ道があるのだと知っておけば、たとえその日が来ても乗り越えられるだろう。

 

未来への希望に胸を高鳴らせる二人に反して、フルーフはひたすら終わりにだけ目を向けていた。

幸せで悔いなく、納得できる別れ。

 

それこそが幸福だと信じて。

 

二人が幸福な終わりを迎えられるか。

それはフルーフ自身にとっても、とても大事な意味を持つものだった。

 

 

「はい。なにからなにまでありがとうございます……フルーフさん。……もう、迷惑をかけることを気にして我慢することはしません。お二人共そんなこと望んでいないと知っていますので……。代わりにこれからは沢山の感謝の言葉を贈らせください」

 

 

「良い子だねお嬢さん、それじゃ……私は外の空気でも吸ってくるよ。あぁ、そうそう暫く此処にいるって言ったけど予定変更だ。お嬢さんの命が尽きるまで此処にいるから」

 

 

笑顔でマキナの頭を撫で、フルーフは酒瓶を片手に煙を吹かしながら出ていく。

外は肌寒く、冷たい風が肌を刺し縮み上がってしまう。

 

 

なんとなしに白い花が咲き乱れる花壇を見つめ、手入れの行き届いた女神像に背を預け座り込んだ。

女神像の顔を見ながら手にした煙管の火を消し胸元にしまい込む。

 

 

「……ねぇ女神様、お前のことなんて一切信じてないんだけさぁ……。いるんなら見守っててあげてよ。良い奴らだろ、だから……頼むよ本気で」

 

 

返事は無くフルーフの願うような言葉は空虚に消えていく。

 

神頼みなんてらしくないことだと自嘲し女神像から眼を逸らす。

視界に入るのは一面に咲く花々。

 

花を撫で……フルーフは昔を思い出し懐かしそうに穏やかな笑みを浮かべる。

 

 

「……師匠。ごめん、やっぱり私には才能無いわ……。師匠ならきっと全部どうにか出来たはずなのに、私にはこんなことしか出来ない。頑張っているんだけどね。こんなだからゼーリエにも………。私は……ただ認めて欲しかったんだ。この魔法が完成したら……フランメでも成し得なかった完全な蘇生を実現できたなら……。私を認めてくれるかな?皆の輪から外されっぱなしは……寂しいよ」

 

 

暗く沈みそうな意識が沈みそうになる。

だが、家の中から聞こえてくるドタバタとした音とマキナの笑い声が現実へと引き戻してくれる。

 

酒を煽り喉が焼かれるように熱く火照る。

その熱を燃料にフルーフは立ち上がり……トボトボと行く宛もなく歩いていく。

 

 

 

「私だって……近しい人の期待を裏切るのは……。辛いんだよ……」

 

 

 

誰を思い浮かべてそんな言葉を吐いたのかは……フルーフ自身にしかわからない。

悲壮感の漂う背中は闇夜に溶けて消えていく。

 

 

 

 

 

後日、朝に帰ってきたフルーフは何事も無く、何時もの調子に戻っていた。

 

 

 

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