アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十六話▶クソボケアインザーム。

 

 

 

――半年後。

 

湖畔の水辺に、フルーフは寝そべっていた。

傾けた釣り竿から垂れる糸が、春の陽光を弾く水面にゆらゆらと揺れている。

 

雪解け水を集めた湖は透明度を増し、岸辺の草むらからは若草の匂いが微かに漂い始めていた。

 

その横にはアインが浮いており、神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。

 

 

『フルーフ、少し資金を用立ててくれないか』

 

「ふ――金貸せって? 無職のアインザーム君、お前が金なんて持ってて仕方ないだろう」

 

 

その唐突な願いに、フルーフは得意げな顔で懐を探った。

取り出したのは金貨入りの袋。

 

ジャラリと重みのある音を立てて見せつける。

 

 

確かにフルーフは金など腐る程持っている。

他ならぬアインになら幾らやってもいい。

 

だが素直にはくれてやらない。

何故金銭なんて欲しがるのか――その理由が気になった。

 

 

今まで人間の硬貨や金品に一切興味を持たなかったアインが、急にこんなことを言い出した。

 

きっと何かあったに違いない。

フルーフは敢えて煽るような発言で、その真意を引き出そうとしていた。

 

 

『実はマキナの誕生日が近いんだ。お前は知ってたか?』

 

 

なんだ、そんなことかよ。

フルーフは溜息を吐いた。

 

てっきりマキナのために指輪でも買いに行くのかと期待していたのに――ガックリと肩が落ちる。

 

だが同時に、別の疑念が頭をもたげた。

今更こんなことを言い出すということは。

 

あれ……? マキナと付き合ってるんだよな? あれだけ毎日イチャついておいて、流石に……無いよな?

 

胃の辺りがじわりと重くなる。

 

「知ってるよ。――お前……ちょっと待て、まさかだとは思うが……マキナの歳を言ってみろ」

 

『? じゅ、十歳ほどか?』

 

――あぁ゛~~~~ッ!!

 

フルーフの内心に、なんとも言えない絶叫が響き渡った。

完全にアウトだ。

 

アインはマキナの歳を勘違いしたままだった。

こりゃ付き合ってすらいない――フルーフは確信した。

 

 

「はぁ~……マジなの? 私から訂正してなかったけどさぁ……あんだけ距離詰めてたら普通知ってるものと思うじゃん。この、バッカ野郎……見えないだろうがマキナは十三歳だぞ。今年十四な」

 

『は……!?――は、はぁ~~ッ!? おまッ! お前……そういうことはッ! 知ってたならもっと早く言っておくべきだろうが!』

 

 

アインは露骨に取り乱した。

身体の輪郭から黒い霧がそこら中に吹き散らされ、眼球の無い目元がまんまると見開かれる。

 

コミカルなほどの驚きようだった。

 

どうやら本当に十歳未満だと思い込んでいたらしい。

動揺しながら拳を握り、フルーフに対して猛抗議を始める。

 

 

「……毎日あんだけ色々と仲よさげに話しておいてなんで知らないんだよ。……逆に可怪しいだろ。私はてっきり……とっくの昔に聞いたものだと思ってたぞ」

 

『過去に触れるような内容は避けてるんだ、マキナのトラウマを刺激したくはないからな……』

 

「さいですか。その調子だとマキナの気持ちにも気づいてないな、この鈍感系主人公君が。流行らないよ~今どきそんなにぶちん野郎は。……はぁ~~~……この際聞いておくけど……お前、マキナのことをどう想ってるの?」

 

『大事な人……命に代えても守りたい大切な人だ』

 

 

こと此処に至っては、フルーフも溜息を吐くしかない。

 

キリッとした少女漫画のような画風と、とても良い声でそんなことを宣う魔物。

だが違う、そうじゃない。これはLOVEじゃなくて極まったLikeだ。

 

 

「あぁ~~~そういう感じね。まぁ……気持ちの大きさは釣り合ってるんだけどなぁ。マジでクソボケ野郎だわ……最近マキナに変わったことはないか? 具体的に言うとお前がマキナを説得した日から」

 

『おぉ~~わかるかフルーフ!――ある……あるぞッ、なぜだか妙にマキナの視線が鋭いんだ。こう……上手く伝えられないんだが、ふとした瞬間喰われそうな錯覚を覚える。あ、後は……距離が近いんだ、嫌ではないが四六時中腕に身体を擦り付けてきて……どうすればいいんだ? お前には原因がわかるのかフル――痛ッ!?』

 

 

何が原因がわかるのか……だ。わかるに決まっている。

 

フルーフは盛大に吐き捨て、天を仰いで呆れ果てた。

寝そべったままアインの身体を靴裏でゲシゲシと蹴りつける。

 

「マキナもやってること相当ヤバいけど……気づかないお前の方がもっとヤバいよ。どうして私からこんなクソ寒いラブコメ主人公みたいな奴が産まれたんだ、お母さんは恥ずかしいよ……全く」

 

 

マキナがまさか見えない所でアインに対し、そんな過激なアプローチをしていたとは。

アインの鈍感さに呆れると同時に、マキナの積極性に戦慄を覚える。

 

変態のフルーフにそんなことを言う資格などないが――魔物相手に色目を使うとは、齢十三にして些かぶっ飛びすぎである。

 

 

『――待て……あぁ、勘違いなら恥ずかしいんだが……なんだ……つまりそういうことか?』

 

「その外見でモジモジすんなよ……。あぁ、流石に気づくか……よかったよ」

 

 

妙にモジモジするアインを、フルーフはゲンナリした目で眺めていた。

 

やがてアインもフルーフの反応から漸くマキナの想いに気づいたのか、ハッとした様子でフルーフを見る。

 

 

こういうのは本人同士で気づくべきものだ。

態々口にするような野暮ったい真似はしたくなかった。

 

フルーフはアインの様子にひとまず安堵する。

 

だが、次にアインが発した言葉で――フルーフは表情を凍りつかせた。

 

 

『だが……己は見ての通り魔物だ。その、恋愛的なあれだよな……だが、ほら……あれ、アレだ……せ、性交渉とか……出来んぞ私は』

 

「――き、キモいから止めろッ!? その発言は流石にキモすぎるぞアインザーム! キモキモが限界突破しすぎて鳥肌が立ったわ!! というか未経験の私にそんな話振ってくんな!?」

 

『いや、そこまで言わんでも……人間の恋愛観を交えた現実的な話をしただけだろう。私なりに向き合おうとした結果だ。仮に……本当に私をそんな風に想ってくれているのなら……私は素直に嬉しく思う。それに、マキナは人間なのだから生態の違いを考慮する必要がある……色々と無視する訳にはいかんだろ』

 

 

一瞬、フルーフは身構えていた。

 

『魔物だから』とか『こんな怪物だから相応しくない』――そんなネガティブなことを言い出すのではないかと。

 

だがアインは案外満更でもなさそうに、素直な喜びを滲ませていた。

どうやらお互いに種族的なことが問題にはならないと確信する程度には相手を信じ、既に十分な程絆を育み終えているらしい。

 

 

「素直に嬉しいと認めること自体は良いことだと思うよ。だけど……流石のマキナでもそんな異種間での夜の情事なんて考えてる訳な……――……あぁ~……。ちょっと待て、その話は絶対マキナの前でするなよ。いや……あり得ないとは思うけど……とにかく言うなよ」

 

『あ、あぁ……』

 

 

さっきの話を聞いた感じ――下手に下の話をしたら恐らく喰われる。

 

 

一度濃密な死から生還したマキナは欲望に忠実だ。

その顔布に隠された奥に、どんな欲望を秘めているかわかったものではない。

 

 

フルーフの想像するマキナは花のような少女だが、アインに見せる顔は少し違う。

 

花とは真逆の、どちらかといえば虎視眈々と獲物を狙うハイエナのような――肉食獣じみた雰囲気を時折漂わせていた。

 

 

アインは魔物であり、生態学的に性欲というものは無い。

だがその気が無くとも向こうにあれば――喰われる可能性もゼロではない。

 

 

マキナはアインよりも遥かに頭が良い。

 

アインが駄目だと否定したところで、適当に言い負かされ逃げ道を塞がれるのがおちだ。

というかアインがマキナに逆らえる光景が、フルーフには思い浮かばなかった。

 

 

「話を戻そう、あ、下ネタじゃないぞ。ちゃんとした恋愛的な話な。それでさぁ……マキナの気持ちに気づいた訳だろ。だったら、告白は男の方から行くべきだとお母さんは思うぞ。後……余計なお世話と思わず、出来るだけ早めに決断したほうがいい……。今の様子だとマキナの方から畳み掛けられる可能性がある。なすすべもなくなし崩し的に次のステップへ進む、なんてのはお前も嫌だろ……」

 

『あ、あぁ……考えておく。近い内に答えは必ず出すさ……それがたとえ勘違いだったとしてもな。それよりもだ……目先の誕生日祝いをどうするかだろう?』

 

 

傷つくことを恐れていた以前のアインとは思えない、玉砕覚悟の宣言だった。

 

自分よりもマキナを優先すると決めたアインに、もはや怖いものはないのだろう。

 

たとえそれが恥ずかしい勘違いであり、結果的に玉砕したとしても――マキナがアインに距離を取ることは無いと確信しているのだ。

 

少し気まずくなるかもしれないが、アインはそんな可能性を含め色々と考えておくつもりのようだった。

 

 

「安心しな。そういうことなら……幾らでも金は出してあげるよ。……で、具体的に何贈る気なんだ? センスのいい答えを頼むぞ」

 

『…………デカいぬいぐるみとか、か? いや、少し幼すぎたか?』

 

 

アインは顎の辺りを手で擦り、悩む仕草を見せる。

 

どんな剽軽な答えが返ってくるかとワクワクしていたフルーフだったが、とんでもなくまともな回答に思わず感嘆の声を漏らした。

 

 

「お、おぉ……もっと的外れな答えを期待してたのに意外とまとも。いいんじゃないの、あの娘は自分のものなんて物騒な異端審問官セットしか持ってないだろ」

 

 

面白みはないが、真剣に考えたのがわかる堅実な答えだ。

年齢的に少し幼稚すぎるのでは――そんな風に悩むアインだったが、フルーフとしては割とありな答えだった。

 

後押しするように肯定の意を伝える。

 

 

『服とかの方がよくないか?』

 

「あ、それは私が贈る。お前はその案で行けよ、どうせ来年も何か贈るんだからそこまで悩まんでもいいだろ……」

 

『それも……そうだな。マキナを祝う機会は来年も……あるんだ。ふふ、とても喜ばしい実感だ』

 

 

マキナにはまだまだ先がある。

生きられるんだ。

 

そう改めて実感したのか、アインは目元を細めて嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

こいつホントマキナのこと好きだな――そう呆れながらも、フルーフは同調するように頷く。

 

 

「そうだよ。だから気軽に祝うことだ。それじゃぁ……って、そういえばお前……変身魔法不得意だったよな。……今回は私が街まで降りて買ってくるけど……それでいいか?」

 

『すまない、頼めるか。どうにも人の形を取るには慣れないんだ、二足歩行……これが私にとって余りにも難所過ぎる。来年までには必ず歩けるようにしておくから頼んだぞ』

 

 

フルーフの一声に応じ、アインは変身魔法を使って人間に化けようとした。

 

だが出来上がったのは人っぽい何か。

人間には到底見えない。

 

それにまともに足腰に力が入っていないのか、尻餅をつきながらタコのように踊っていた。

 

立ち上がろうとする度に何度も転び、手脚をジタバタとさせながらなんとか立ち上がる。

動作の一つ一つに相当な神経を使っているのが伺えた。

 

子鹿のように脚をプルプルと震わせ、中腰を維持する。

それが限界のようだった。

 

「あいよ。お前……ずっと浮いてるもんね、そりゃ苦労するに決まってるよ。要は人が空飛んだり泳いだりする感じだろ? 町中で変身解除されても困るし……まぁ、気長に頑張れ。すぐ出来るようなもんでもないだろうしな。ぬいぐるみの種類はどうする?」

 

『ぬいぐるみと言えば熊だろ』

 

「了解だよ、メルヘンモンスター。テディベアってことね、それじゃ……忘れん内に買ってくるわ……。戦線を避けて近場の交易都市まで行くから遅くなると思う……夕飯は待たなくていいぞ」

 

 

フルーフはそれだけ言うと、寝そべったまま全身をバネにして立ち上がった。服についた砂を払い、二、三度背伸びとストレッチを繰り返す。

 

 

やがてしゃがみ込んだかと思うと――凄まじい衝撃と共に地面を吹き飛ばしながら、巨大な湖畔をひとっ飛び。

春風を裂くような勢いで、山を跳ね下りていってしまった。

 

 

『頼んだぞ』

 

 

残されたアインは、小さくなっていく背中を眺めながら手を振っていた。

湖面を渡る風が、彼の白い髪と黒い霧状の下半身を揺らしている。

 

 

春の陽光が水面に反射し、きらきらと輝いていた。

マキナの誕生日まで、あと僅か。アインは静かに住処への帰路についた。

 

 

 

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