アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十七話▶『HAPPY BIRTHDAY マキナ』

 

 

 

 

――マキナ誕生日当日。

 

 

魔族と人間が絶えず殺し合う戦乱の世。

その喧騒から遠く離れた、ド田舎の山奥。

 

 

俗世から隔離されたかのような緩やかな時間が流れる住居から、カチャ、カチャ、と小刻みな摩擦音が聞こえてくる。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

早朝、日の出と共に軒先の雪が崩れ落ち、一日の始まりを告げた。

暖炉で薪が爆ぜる音に混じり、室内にはご機嫌な鼻歌が響いている。

 

その陽気な旋律が、スヤスヤと眠るマキナの意識をゆるやかに覚醒へと導いていく。

 

 

マキナは重い瞼をこすりながら、頭まで被っていた布団をのろのろと押しのけた。

 

名残惜しい温もりが指先から逃げていく。

大きな欠伸を一つ。

 

枕元に置いてあった顔布を手探りで見つけ、紐を頭に巻きつけてから、ようやく身体を起こす。

 

 

ヨタヨタとした足取りで、小さな身体を左右に揺らしながら台所へと向かう。

そこでは、鼻歌を口ずさみながら何かを掻き混ぜているフルーフの姿があった。

 

調理台の周りをステップを踏むように移動しながら、時折くるりと回転してみせる。

まるで一人で舞踏会でも開いているかのようだ。

 

 

「ふぁ……おはようございます。フルー……お義母さん」

 

 

寝起きで喉がカラカラなのか、マキナの声は小さく掠れていた。

 

 

その声を耳にした瞬間、フルーフの動きがピタリと止まる。

耳元がピクリと跳ね、振り返った顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 

素早く水の入ったコップを手に取り、弾むような足取りでマキナへと駆け寄る。

 

 

「やあ、お嬢さん!爽やかな朝へようこそ!」

 

 

コップを差し出しながら、フルーフは両手を大きく広げてみせた。

 

 

「今日も世界は君の目覚めを歓迎しているよ!アインザームの奴は食材を調達中でね、今日の朝食は私が担当だ。この記念すべき一日の朝食を任されるとは――このフルーフ、光栄の至り!」

 

「え……と、はい。ありがとう……ございます……?」

 

 

朝の挨拶にしては騒がしすぎる大声に、マキナはビクリと肩を跳ね上げた。

 

手渡された水は程よく常温で、遠慮なくコップを傾けて口内を潤す。

冷たい水が喉を通り、胃の腑へと落ちていく。

 

身体の内側に広がるひんやりとした感覚が、ぼんやりしていた意識をしっかりと目覚めさせてくれた。

 

 

だが、頭が冴え渡った今でもよくわからない。

今日は何か祝い事のある日だっただろうか。

 

最近の会話を思い返し、予測と推測を繰り返してみるものの、マキナには見当がつかなかった。

 

 

「ハハッ!本日主役のタスキもあるぞ!ご機嫌な帽子もあるぞ!チキンもあるぞ!」

 

 

フルーフは指を一本ずつ立てながら、まるで宝物を数え上げるように声を弾ませる。

 

 

「シャンパンはないけど葡萄の果汁はある!いえい!やっはあ!」

 

 

パンパンパン、と手を打ち鳴らす音が室内に響き渡る。

戸惑うマキナをよそに、フルーフはどこからともなく派手なタスキを取り出すと、ひょいとマキナの肩に引っ掛けた。

 

 

そのタスキのど真ん中には、凄まじい勢いの乱筆でこう書かれている。

 

 

――"本日主役!!"

 

 

さらに立て続けに、ギラギラと光沢を放つパーティー用のトンガリ帽子を頭に乗せられた。

 

調理台の上に目をやれば、羽をむしられた大きな鶏の生肉がどっしりと鎮座している。

 

その隣には見慣れない香辛料の小瓶が並び、甘い香りとスパイスの匂いが混ざり合って台所に漂っていた。

 

 

え……?え……?

 

首を傾げたままフリーズしたマキナは、その場から動けない。

辛うじて絞り出した言葉は、ひどくシンプルなものだった。

 

 

「え……あ、あの。どうしたんですか、様子がおかしいですが……何かの記念日ですか?」

 

「――なにって?」

 

 

フルーフは大袈裟に目を丸くしてみせた。

それから、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

 

「そりゃあ、お嬢さんの記念すべき生誕記念の日じゃないか!」

 

 

腰に手を当て、胸を張る。

 

 

「サプライズとか好きじゃないから言っちゃうけど、プレゼントもあるぞ!ほら見ろ、フルーフ義母さん特製のゲロ美味ケーキだって用意している最中だ!」

 

 

調理台の奥を指差す。

そこには、まだ焼き上がる前の生地が入ったボウルと、細長い蝋燭の束が置かれていた。

 

 

「蝋燭もきちんと十四本あるぞ!いえい!」

 

 

フルーフは再び声を上げ、側にあった籠を掴み取ると、中身を高々と放り投げた。

色とりどりの花びらがふわりと舞い上がり、心ここにあらずのマキナへと静かに降り注いでいく。

 

赤、白、黄色、薄紫――春を先取りしたかのような華やかさが、薄暗い室内に彩りを添えた。

 

 

「特別な日には、特別な華やかさを!」

 

 

満足げに頷きながら、フルーフは陽気に笑う。

 

 

「――へ?わ、私の……誕生日?」

 

「イエス、マイ・レディー!」

 

 

大仰な仕草で一礼してみせるフルーフ。

 

 

「祝い事は盛大にするのが、このフルーフの数少ない決め事でね。だから今日は――朝から盛大にお祝いだ!テンション上がるねえ!」

 

 

踊るような足取りで台所に戻ると、フルーフは小麦粉や卵、ミルクなどを手際よく並べ始めた。

 

見たことのない食材がずらりと揃えられ、どうやら今日のために相当な準備をしてきたことが窺える。

 

 

マキナは「誕生日」「お祝い」という言葉を上手く飲み込めないまま、放心状態でトボトボと椅子へ向かった。

 

腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げる。

 

思考が、完全に停止していた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

椅子の硬さが、やけに遠い。

 

 

私は――何を考えていたんだっけ。

 

そうだ、お義母さんが何か言っていたんだ。

 

誕生日。

お祝い。

 

その二つの言葉が頭の中でぐるぐると回っている。

 

誕生日とお祝いがどう繋がるのか。

いや、違う、知っている。

 

知識としては理解している。

だけど、実感がまるで伴わない。

 

私の誕生日?

 

え……え……?

 

頭の中で同じ疑問が堂々巡りを繰り返し、一向に先へ進まない。

分かる、分かっているのに、上手く受け入れられない。

 

 

こんな瞬間を、ずっと羨んでいたはずなのに。

 

 

弟が家族から祝福されるたびに、何度も何度も願っていた。

 

私もいつか、生まれてきたことを祝ってもらえるだろうか。

そんなことを、飽きもせず考え続けていたのに。

 

 

いざ目の前にすると、喜びよりも困惑が先に立つだなんて。

 

 

「わーはは!私特製、超ダイナミックホットケーキだあ!」

 

 

フルーフさんの弾んだ声が耳に届く。

 

 

「なんとホイップと蜂蜜、二つもつけちゃいます!いやあ、これアウラちゃんも好きでさあ!――あ……あうッ、あうあう――ぉえ゛ッ!?」

 

 

突然、彼女の声色が変わった。

 

 

「あ、アインザーム!あいん、あいーん!」

 

『馬鹿がッ!?――絶対に止めろ!ここで吐くな!』

 

 

低く響く声と共に、黒い霧のようなものが台所へと流れ込んでいく。

 

 

「ふう――あ、危ない。危うく封印されし禁断のカルマが解き放たれるところだった」

 

『同時にゲロを解き放つのもいい加減やめろ。――ほら、マキナ』

 

 

コトリ、と小さな音。

 

 

いつの間にか帰ってきていたアインが、私の前に美しい紫色の飲み物を置いてくれた。

硝子の器の中で、葡萄の果汁がゆらゆらと揺れている。

 

 

『葡萄の果汁だ。味は分からんが、多分美味いはずだ』

 

 

顔を上げると、アインの広い肩には雪がうっすらと積もっていた。

腕には野イチゴがたっぷり摘まれた籠が抱えられている。

 

白い肌に映える赤い実が、宝石のように艶めいていた。

 

 

部屋の中を見回せば、見たことのない食材や調味料、それに雪山で摘んできたであろう果物の数々が所狭しと積まれている。

 

 

大変だったと思う。

お金もたくさんかかったはずだ。

 

 

これを全部、私だけのために準備したのだろうか。

たった一日のために。

 

誰からも祝われたことのないような相手のために。

 

忘れていた。

 

 

今が幸せすぎて、子供の頃に望んでいた儚い夢なんて、霞んで見えなくなっていたのだ。

 

でも、いざ大切な人たちが私なんかのためにお祝いを催してくれて胸の奥が熱い。

こみ上げてくるものが喉を塞いで、言葉にならない。

 

たくさん準備してくれた二人のために、喜ばなきゃいけないのに。

この気持ちを受け止めて、感情を処理するだけで精一杯だった。

 

 

「おいアインザーム、マキナの様子がおかしいぞ。あ、アレだ、アレをやるぞ」

 

『まだ早いが、仕方あるまい。――よし、やるぞ』

 

 

反応一つ返さない私を、二人は責めるような素振りを見せなかった。

それどころか笑顔のまま、私の前に並んで何かの準備を始めている。

 

 

アインの纏う霧が部屋全体にゆるやかに広がっていく。

 

すると、それに呼応するかのように、どこからか軽快な音楽が聞こえてきた。

明るく温かい旋律。

 

聞いたことのない、けれどどこか懐かしいような音色が、部屋中を満たしていく。

 

 

フルーフさんはアインと視線を合わせ、大きく息を吸い込んだ。

 

 

そして、澄んだ声で歌い始める。

 

 

「――Happy birthday to you♪」

 

「Happy birthday to you♪」

 

「Happy birthday dear Machina♪」

 

「Happy birthday to you♪」

 

 

最後の一節が終わると同時に、フルーフさんが両腕を高々と掲げた。

 

 

「いえい!おめでとう、マキナ!」

 

『わ、わああ!た、誕生日おめでとう、マキナ……!』

 

 

アインの声がわずかに上擦っている。

緊張していたのだろうか。

 

その不器用さが、なぜだかひどく愛おしかった。

 

パチパチパチ、と二人からの拍手が贈られる。

 

 

自分の名前が入った、お祝いの歌。

そんな贅沢すぎるものを受け取って、ようやく理解できた。

 

 

私は――生まれて初めて、誰かに誕生日を祝われているんだ。

 

 

それを今、はっきりと理解し、受け止めることができた。

 

 

心の奥から熱いものが込み上げてきて、溢れるのを抑えられない。

全部、全部、取りこぼしたくなんかない。

 

私は今この瞬間を、死んでも絶対に忘れないように、魂に刻みつける。

 

 

『……おい、フルーフ。私たちは……まさかスベった……のか……?』

 

「いやあ……ちょっと否定できんね。魂見てもいい?」

 

『やめろ変態。こうなればプレゼントを出すべきでは?』

 

「ばっか!流石に早すぎるわ!え……と、お嬢さん?ごめんね……気に入らなかった、かな……?」

 

 

バシ、バシッ、とお互いの身体を軽く叩き合いながら、二人が不安そうにこちらを窺っている。

その様子を見ていたら、張り詰めていた何かがふっと緩んでしまった。

 

 

胸の奥から溢れ出すものを、もう止めることはできない。

 

 

「い、え……とても……素敵な歌でしたッ。あ゛りが、とう……ございます……っ゛」

 

 

顔布の下から、熱いものが頬を伝い、顎の先から雫となって落ちていく。

泣き虫で、みっともない姿だ。

 

 

だけど、止めようとは思わない。

この喜びに、少しでも長く浸っていたい。

 

 

「わ、わた゛し……はじめ、てで……ぐす、どう反応していいか、わからなくて……ご、ごめんな゛、さい……っ゛」

 

「ふふ……なら好きなだけ泣けばいいさ、お嬢さん」

 

 

フルーフさんの声が、いつもより柔らかい。

 

 

「毎年、絶対やるからね。きっと飽き飽きするくらい、君の誕生日で騒ぐと思う。だから今のうちにたっぷり味わっておいて。飽きたって、やめてやらないんだから」

 

『そうだぞ、マキナ』

 

 

アインの低い声が、静かに響く。

 

 

『それが嬉し涙だというのなら、私たちもまた嬉しい。私たちは君が大好きだからな。本当に私たちが君を初めて祝えた者であるなら……それは誇りだ』

 

 

「――ぅ゛ぅ……わた゛しも……あいん、とフルーフさ゛んが大好き……ッ」

 

 

鼻が詰まって、息も上手くできない。

それでも、私は伝える。

 

この人たちは決して私を見捨てない。

たとえどんなことになっても。

 

だから憂いなく伝えられる。

 

 

これからも、私と一緒にいてほしい。

大好きな貴方たちと共に在りたいと、心からそう願う。

 

 

愛されることを夢見ていた。

かつての家族から「大好きだ」と言われ、お祝いされる夢を見ていた。

 

ずっと、そんな叶わない夢の先で、こう言いたかったのだ。

 

 

「これからも……ずっと……ずっと!一緒にいてね……ッ゛」

 

「『――勿論』」

 

 

返事は分かっていた。

 

だけど、アインとフルーフさんの腕に包まれながら受け取るその言葉は、想像すらつかないほどの温もりに満ちていた。

 

どんなに小賢しく頭が回っても、意味なんてない。

ずっと求めていた家族からの祝福――そんなものに抗えるほど、私の心は強くなかった。

 

 

もっとお礼を言いたい。

話したいことがたくさんあるはずなのに。

 

 

私は二人に抱きつき、言葉にならない声を上げることしかできない。

 

フルーフさんの手が、優しく私の頭を撫でてくれる。

その温かさに包まれながら、涙は枯れることを知らないかのように、次から次へと溢れ続けた。

 

 

アインの腕が、そっと私の背中を支えている。

大きな手のひらから伝わる熱が、冷え切った身体の芯まで染み込んでいくようだった。

 

彼を覆う霧がゆるやかに揺らぎ、まるで私を包み込もうとしているかのように広がっていく。

 

ただ、ただ強く抱きしめて。

心の中でそう願う。

 

私は、こんなにも私を愛してくれる二人が――大好きだ。

 

 

 

 

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