アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第二十八話▶『私は…君を愛している』

 

 

 

――湖畔の水上。

 

 

チャポ……。

 

オールが水面を掻く音だけが、静寂を破っていた。

 

 

フルーフの用意した食事を済ませた後、私とマキナは最早常連と言ってもいい頻度で訪れている湖畔へとやってきた。

 

私はこの日のために用意していたボートにマキナを乗せ、共に湖畔の中央へと漕ぎ出す。

 

 

思い出深い湖畔。

悪いことも、良いことも沢山あった。

 

 

透き通った水面には灰色一色の痩せ細った巨体が映り込み、正面には毛皮のコートを纏ったマキナが座っている。

 

彼女も私と同じように水面を覗き込んでいた。

 

辺りは一面、鏡のような水面に囲まれている。

 

山々には雪が降り積もり、冬の陽光を受けて白銀に輝いていた。

冷たく澄んだ空気が肌を撫で、時折吹く風が水面にさざ波を立てる。

 

 

何より……この光景の中にマキナがいるという事実が、私にはかけがえのないものに思えた。

 

 

それも当然だ……なにせ彼女は眩しい。

顔布の奥から覗く夕焼け色の瞳を見ているだけで、胸の奥が高鳴ってしまうのだ。

 

 

鮮やかな光景の中に佇む彼女……。

誰だって素晴らしいと口を揃えて評価するに違いない。

 

 

長生きして、着飾って、街を歩けばきっと引く手数多だ。

私などでは釣り合わない、分不相応もいいところだ……だから、いずれ彼女を助けてくれる『誰か』に期待なんてものをしてしまった。

 

 

だが、もうそんな妄想はしない。

……彼女の『誰か』には……私が成ると決めた。

 

 

自惚れていると……そう己の内で自嘲する自分もいる。

しかしそんなものは傷を負いたくない言い訳、自己防衛だ。

 

 

私は……彼女が好きだ。

 

 

フルーフに色々と言われてからは考える日々だった。

 

 

誕生日の準備を進めながらも、自分の抱く感情と向き合ってきた。

私に性的欲求はない……だから人間の好意とは少し違うのかもしれない。

 

 

だが、彼女の笑顔を見る度に胸が締め付けられるのを感じるのだ。

命に懸けて彼女を守りたいと、そう思えるのだ。

 

彼女の理想とする存在に近づきたいと本気でそう思えたのだ。

 

 

もう、これは言い逃れ出来んだろう?

 

 

私は彼女が好きで……いつの間にか――愛していた。

 

 

魔物の身でありながらも、彼女に恋心を抱いてしまっていた。

 

 

胸の内から否定の声がわき上がり止まらない。

 

魔物の分際で。

身の程を知れ。

 

彼女を不幸にするだけだ――理性が、本能が、私の決意を阻むように囁き続ける。

 

 

しかしながら、私はその声全てに無視を決め込む……これは一世一代の告白だ。

 

 

男なら誰しもこんな不安を抱くものだろう?

愛する彼女の未来を憂いて身を引くことも選択として正しいのかもしれない。

 

だが……残念ながら、その選択が出来る程私の想いは軽くなどなく。

彼女に対しあれだけ啖呵を切って、逃げ腰になるような卑怯な真似をする気など毛頭なかった。

 

 

私は彼女に対し、自分の気持ちに正直になれと……そんな風に諭したのだ。

なら私も己の気持ちに正直にならなくてはならない。

 

 

勘違いであったなら恥ずかしいが、彼女から否定されれば潔く身を引く覚悟は決めてある。

 

振った相手と同じ生活を続けるのは気まずいだろう………。

だからもう一軒住処を建てる予定も立ててある。

 

言い訳も、逃げ道も………自分で潰しておいた。

ならば後は………玉砕覚悟で告白するのみ。

 

 

『………ま、まひゅ、なッ』

 

 

――あ。

 

 

か、噛んでしまった。

口もないくせに噛んでしまった…ッ!?

 

 

「ふふ………どうしたのアイン? さっきからなんだかソワソワしているみたいだけど………」

 

『な、な、なんでも………ない』

 

クソッ………今度は吃ってしまった………。

れ、練習しておいたのになんだこの体たらくは。

 

 

性的欲求がない分私は世の男達より有利な条件下なのだぞ……。

 

くッ、だが、なんだこれは………。

想像以上に緊張してしまうぞ。

 

世の男はこんなものを乗り越えて告白しているのか………凄いな世の男。

 

 

「なんだか本当に様子が可怪しいよ。体調が悪いなら岸の方に戻ろう?」

 

『ま――待てッ。ち、違うぞ。私は………君に言いたいことがあってだな…』

 

「変なアイン………

 

――あ、もしかして………告白とか………? ふふ、なぁ~ん」

 

『そうだ』

 

「――へ?」

 

 

この流れは想定と大きく違う。

……フルーフ流に言い換えれば物凄くダサい。

 

マキナの冗談に乗っかる形となってしまったが………ある意味好機とも言える。

 

私はロマンチストなメルヘンモンスターだ………ここから挽回してみせる。

 

 

『マキナ………今から告白するが、いいか?』

 

「え――えッ!? わ、私にそれを聞いちゃうの!? あ、そっか………変な空気だから勘違いしちゃった、アインだもんね、そんな言葉通りの告白な訳ないよね?」

 

 

ただならぬ空気を察してマキナも私の言いたいことを察してくれるが………。

 

ぐッ――…まさか、ここにきて私の恋愛に対する無関心さが仇となるか。

 

ならば、愚直に正面突破だ。

 

 

『勿論、恋愛的な意味でだ』

 

「――ひぃう………ッ。そ、それはつまり、え? そ、そういうことを言う感じなの………? つまりそういう感じなの………ッ!?」

 

『つまり……そういう感じだ』

 

 

顔布の隙間から覗く首筋と耳が、みるみる赤く染まっていく。

 

成る程――可愛い。

 

 

どこからともなくキッモ、とフルーフの声が聞こえてくる気がするが気の所為だろう。

 

 

「………そ、そういう気持ちあったんだ、アイン………」

 

『………あぁ………君にだけな……』

 

 

気不味い沈黙が流れる。

水面を叩く風の音だけが、やけに大きく響いた。

 

 

根拠無く………察してしまう。

タイミングは――今しかないッ!

 

 

よし、行くぞ………隠しておいた花束は………あるな。

 

 

私は事前に用意しておいた花束を握り、水面へと躍り出る。

茎を握る手に自然と力が入った。

 

彼女へと跪くように身をかがめ、白一色に彩られたそれを最愛の彼女へと捧げる。

 

 

『マキナ……。私は………君が好きだ』

 

「――へ?」

 

『君に私と同じ感情があるかはわからない。もし私の早とちりなら恥ずかしい限りだ。しかし私は………君に想いを伝えずにはいられない。初めてここで君と顔を見合わせ………気持ちをぶつけあった日から私は、日に日に君へと惹かれていった。そういった感情に疎く………ずっと気づけていなかった。君と過ごした日々は私にとってなによりも掛け替えの無い日々だ。そしてそれはこれからも変わらない』

 

「………」

 

 

彼女の視線を真っ直ぐに受け止め、決して逸らさない。

激しく脈動する全身は今にもこの場から飛び去ってしまいたいと叫んでいた。

 

顔布の奥からは彼女の息遣いだけが聞こえてくる。

 

 

『私は自分に正直になり過ぎた、そのせいで欲が出てしまったんだ。私は………君が好きだ、愛しているよ。だから………この先の人生を対等なだけの関係で終わらせたくはない。

 

 

――マキナ………。

 

いえ――マキナさん………。貴女の残りの人生を………私に頂けませんか? この命を君のために使い、共に人生を歩み、最期まで君を想い続ける……全てを捧げると、永遠の誓いを立てよう。恋人として、共に歩んで欲しい………』

 

 

ここまで来て己の欲に嘘はつかない、今の私に謙虚さなどありはしない。

 

受け入れて貰えるためだけの薄っぺらい嘘も誤魔化しも吐く必要はない、そんなものは誠実さに欠けるだけだ。

 

私は私のまま………。

彼女とどうなりたいのか。

 

それをありのまま伝える。

 

私が彼女を見つめ、言葉を待っていると………彼女は静かに口を開く。

 

 

「――……私にも…貴方の人生をくれますか?」

 

 

当然だ、私達は魔物と人間………たとえ折り合えない縁だったとしても。

私は決して君を離さない、そして………君にも、私を離さないでいて欲しい。

 

 

『全部………差し出すさ。君の手を取り、君の為に生きると約束したあの日から………私はとっくに覚悟はすませてある。全て君に捧げると約束しよう。もしも………魔物の身でありながら愚かしくも人間に恋した存在の想いに応えてくれるのであれば………

 

どうか――返事を聞かせて欲しい』

 

 

後は、彼女の判断を待つばかりだ。

少し前まで森で漂う魔物だった私がこんなことになるとは………人も魔物も………どうなるものかわからんものだ。

 

 

数秒………数十秒と時が止まったかのような沈黙が流れる。

私と彼女は一時も視線を外さず見つめ合い………そして彼女が動き出した。

 

 

「ありがとう………アイン。私のことなんて誰も欲しがらないのに………こんなにも必死に求めてくれて。貴方は私が綺麗で美しい人だって信じて疑わない、今も昔も………ずっと変わらない。あの日言ってくれたみたいに………どれだけ私が何かを言ったって永遠に変わらないんだね。

 

――此方こそ、よろしくお願いしますアインザームさん。私も………残りの人生を貴方と共に歩んでいきたいと願っています」

 

 

あ、嗚呼………なんてことだろう。

信じられない………彼女は顔布を外し、私の差し出した花束を受け取ってくれた。

 

 

腫瘍に覆われた半顔と、白磁のように滑らかな半顔。

 

その両方が、夕焼け色の瞳と共に私だけに向けられている。

彼女は眩しい笑顔で私に笑いかけ………受け入れてくれた。

 

 

私に涙を流せたのならきっと情けなく号泣してしまっていただろう。

 

 

『―――ッぁ!? あ、ありがとうマキナ! ぜ、絶対………ッ! 絶対に後悔なんてさせないからッ!』

 

「――ッきゃぁ!? も、もぉ………アイン、危ないでしょ………ふふ、子供みたいなんだから………」

 

 

顔布の隙間から覗く首筋が、ほのかに朱く染まっている。

 

恥ずかしげに俯く彼女の姿は誰よりも愛おしい。

私は堪らず彼女を抱き上げ、水面の上でクルクルと踊り出してしまう。

 

 

水飛沫が宙を舞い、陽光を受けてきらきらと輝く。

腕の中にある彼女の温もりが、確かに伝わってくる。

 

この世の誰が何と言おうと関係ない。

顔に出来ものがあるからなんだ、病気があるからなんだというのだ。

 

 

彼女は笑っている。

確かに顔の半分が肉に埋もれ笑顔が歪んでいる………だが、そんなもの何の問題にもなりはしないだろう。

 

彼女の魅力を陰らせる一因にすらなり得ない。

 

 

だって彼女は――こんなにも愛らしく輝いている人なのだから。

 

 

キラキラと光る水面に映る彼女も、眼の前で笑顔を浮かべて笑ってくれる彼女も………何もかもが大好きだ。

 

あぁ………女神よ。

 

どうか清い心を持ち、信仰に殉ずる彼女を見守っててあげて欲しい。

 

その生を、生きた頑張りを、苦難の中でも輝き続けた努力に………どうか報いてあげて欲しい。

 

………彼女の行く末を、地獄から這い上がろうと藻掻く愛しい人を、その慈愛で照らし続けてあげて欲しい。

 

『マキナ――私は君を愛してる』

 

「ふふ、私も。貴方を愛しているよ………アイン」

 

 

彼女を抱きしめ水面で喜びのまま踊り狂う。

陽光の照らすきらきら輝く湖畔の上で私達は愛を誓いあった。

 

 

そして、この日、私とマキナは………魔物と人間は………

 

 

種族の垣根を超え――恋人となった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「おかえり、どうだった湖畔は綺麗だっ………た………か――」

 

「え、と………はい………」

 

『……あぁ』

 

「ほぉ~~ん、へぇ~~~手まで繋いじゃってまぁ………。これで気兼ねなくコイツの前でも私を"お義母さん"と呼んでくれそうだね? お・嬢・さ・ん」

 

「――へ? そ、それは少し早い気が………」

 

『……黙れ。少しは気を遣え』

 

「ハハハハっ!! まぁ、おめでとう!」

 

「ありがとうございます………お、お義母さん」

 

『無理しなくていいぞマキナ………』

 

「くくッ………いやぁ~面白。まぁ、なにか変わる訳でもないし………あ、私異種姦とか気にしないけど、ヤる時は言ってね? 気を利かせて出ていくから」

 

「――~~~ッ!?」

 

『巫山戯るなッ!? 気を遣うどころか気まずくさせる茶化しなんぞ入れおって!? 貴様は暫く黙っていろ………ッ』

 

「はいはい、ごめんねぇ。こういうの一度は言ってみたかったんだよ、それじゃ気を取り直してチキンでも焼きましょうね。浮かれポンチのアインザーム君は手伝って下さいね。本日主役のマキナ様はどうかごゆるりと…座ってお待ち下さいませ!」

 

「ふふ………はい、ではお言葉に甘えて」

 

『浮かれポンチはお前だフルーフ………。それでは、生肉を外の焼き窯まで運んで焼くぞ』

 

「胡椒もハーブも檸檬も………たっぷりあるぞ! これで最強パリパリチキンを作ってあげるから待っててねお嬢さん!」

 

『おい、押すな。落としてしまうだろうが………ッ』

 

「アインもお義母さんも行ってらっしゃい……

 

 

――………ふふッ。女神様………私今、すっごく幸せです………。きっともう足掻いたり後悔もせず、素直に天命を受け入れることが出来そうです」

 

 

 

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