アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第三十話▶スパーでアルティメットな女神の加護。

 

 

 

 

食事が終わった。

 

暖炉の薪がぱちりと爆ぜ、オレンジ色の火の粉が宙に舞う。

部屋には焼けた木の香ばしい匂いが漂い、寒い夜にふさわしい温もりが満ちていた。

 

 

フルーフは満腹とばかりに腹を擦り、後片付けはアインへと丸投げして椅子にだらしなく腰掛けていた。足を組み、背もたれに深く身を預け、完全にくつろぎ切った姿勢である。

 

 

「そろそろ楽しい時間も終わりだね。あぁ……もっとお嬢さんをお祝いしたいのに」

 

『あれだけ用意しておいた食材をほぼ一人で食って、散々騒いでおいて何を言ってるんだ? それに……もう深夜だぞ。お前に付き合わされてはマキナが持たん』

 

 

心配そうなアインの声に、マキナは途切れ途切れの言葉を返した。

 

 

「私は……全然……大丈夫だよアイン……」

 

 

目を擦りながらの返事には、まるで説得力がなかった。

声は既にとろけるように眠たげで、意識が半分夢の中へと沈みかけているのが誰の目にも明らかだった。

 

 

そんな姿を見かねたのか、フルーフは椅子から立ち上がるとマキナを軽々と抱き上げ、寝室へと向かった。

 

「はは、お嬢さん……見るからに眠そうな声で言っても説得力はないよ」

 

「まだ大丈夫なのに……」

 

 

抗議の声も弱々しい。

 

ベッドにそっと下ろされ、厚手の羽毛布団を被せられると、その柔らかな重みと温もりが小さな身体を心地よく包み込んでいく。

 

暖炉から届く遠い熱が頬を温め、少女の意識をゆっくりと睡眠へと誘い始めた。

 

 

「ほぉ~そう? なら私と眠くなるまでお話でもしようか? あ、そうだそうだ……魔法とか興味ある?」

 

「魔法? 私がですか……?」

 

 

眠気を誘う退屈な話でも振ってやろう――そんな軽い気持ちで、フルーフは魔法の話題を選んだ。

 

少女が興味を示すとは思えなかったからだ。

 

 

「そう。前の状態だと魔力切れの衰弱で死ぬ危険もあったから言えなかったけど、今ならある程度は大丈夫だと思うし……興味があったら魔力操作ぐらいは教えてあげられるよ。ただお嬢さんの場合才能が一部分に対して異常に突き抜けすぎているから、私に教えられる魔法は余りなさそうだけどね」

 

「え……私に……魔法の才能があるんですか?」

 

 

あれ、と後頭部を掻く。

 

この歳の少女、それもぬいぐるみに喜んでいた子供が魔法に食いつくとは思わなかった。

 

布越しではあるが、マキナから伝わってくる気配が明らかに変わっている。

声音に宿る熱、前のめりになる身体――眠気など吹き飛んでしまったかのようだった。

 

 

どうやら見当が外れたらしい。

 

 

「――変な娘だな。先に言っておくけど一般的な魔法の才能は私と同じで無いと思う、それに鍛錬を積んでないから君には魔力量自体も全然備わっていない。だけど……授かっている女神の加護が凄い、というかエグイ。私が初対面の時なんて言ったか覚えてる?」

 

 

扉越しじゃなくて、顔を合わせた時だよね――そう思いながらマキナは素直に頷いた。

 

魔法となんの関係があるのかはわからない。

だが言われるままに、初対面の光景を思い浮かべてみる。

 

思い出した。確か――『うぉ!? ……眩しッッ!?』

 

 

「あ、凄く眩しがっていました」

 

「加護持ちの奴は魂に黄金色が交じるんだけど……お嬢さんの場合それが桁違いなんだよ。魂全部が黄金色なうえに、目を焼くぐらいピカピカ光ってるんだよね。加護ってのは生まれつき備わった魔力と同じで才能が大部分を占めるんだ。凄い加護持ちの奴は何人か見てきたけど……お嬢さん程金ピカになってるのは初めて見たよ」

 

「なら……私にも女神様の魔法が扱えるのでしょうか? アインの力になれますか?」

 

 

あぁ~そういう感じ? 

思わず口元が緩んだ。

 

自分に特別な才能があるとわかって、真っ先に思い浮かぶのが誰かのため。

実にフルーフ好みの疑問だった。

 

自分が自己中心的な人間だと自覚しているからこそ、当然のように他者を想う考えを前にすると、どうしようもなく尊く思えてしまう。

 

マキナの額にそっと掌を当て、撫でながら迷いなく「勿論」と答えた。

 

 

「知ってるかな? 君が毎日読んでる聖典、アレは神話と見せかけた暗号文で女神の魔法が記されているんだよ」

 

「知りませんでした……。でも……ぁ、いえなんでもありません」

 

 

何? 

そのなにか思い出したような声――まさか、とフルーフは唾を飲み込んだ。

 

 

――流石にないよな……だってこれまで発見された女神の魔法なんて両指で収まる程度だぞ?

 

 

マキナが将来的に暗号を解読し新しい魔法を発見する――それはまだ納得できる。

 

だが既に発見済みだなんて、流石に現実的ではない。

そんな真似ができるのは天才を超えた、一部の奇才だけだろう。

 

勘違いだったと首を振り、説明を続けることにした。

 

 

「聖典は魔導書と同じだから魔法の習得も十分可能だ。暗号なんて私にはさっぱりだし読む気もないけど……頭の良いお嬢さんなら解読して魔法が見つけられるかもしれないね。それに女神の魔法の出力は持ち得る加護によるところが大きいとか、一定以上の加護が無いと使用すら出来ないとかよく聞く話でね。そういう意味で君には女神の魔法に対しての才能があると私は踏んでいる。それこそ千年に一度の凄まじい才能がね」

 

「女神様の魔法について教えてくれますか?」

 

 

声が弾んでいる。

布越しでも伝わってくる熱量――好奇心を煽るつもりはなかったのに、完全に火をつけてしまったらしい。

これではもう、眠るどころではない。

話を聞くまで絶対に寝てやらないという気迫すら感じた。

 

 

困った、と頭を捻る。

軽い雑談程度のつもりだったのに、食いつきが凄すぎる。

 

 

「はは……拒否権は無さそうだ。魔法とは分野違いだから私もそこまで詳しくは無いけどいいかい?」

 

「はい。少しでもいいので知りたいです」

 

 

少し――それはフルーフには難しい注文だった。

 

本人に自覚は無いが、一度話し出すととにかく長くなる。

特にこんな風に誰かに問われた時は、オウムのように延々と喋り続ける悪癖があった。

 

 

内心で話の内容をまとめ、簡潔に話そうと務める。

だが――案の定、その悪癖は発揮されてしまう。

 

 

「そうかい。なら簡単に説明するね……か、簡単に……ね」

 

 

窓を少し開け、煙管を取り出し、火を灯す。

紫煙がゆらりと立ち上り、暖炉の明かりに照らされて幻想的な模様を描いた。

 

 

「聖典に記されている神話の時代の物語は、女神の魔法が隠された長大な暗号文だ。それはすなわち女神の残した魔法を伝承する仲介アイテムみたいなもので、さっき言った通り魔法使いが魔法習得の為に学ぶ魔導書と本質的には変わらないと思う」

 

マキナが小さく頷く気配があった。

フルーフは煙を吐き出しながら続けた。

 

「小難しい神話に綴られた暗号の先に眠っているものは魔法で言う所の術式構造であったりイメージ方法であったり、発動条件であったりと様々。でも誰でも使える訳じゃない。魔法も皆が皆同じ水準で使える訳じゃないように術式を知っただけでは使いこなせない、それと同じ。魔力をどれだけ上手く扱えるか、魔力量は十分か、術式をスムーズに構築し扱えるか、上げ始めたらキリがない」

 

指を一本立てる。

 

「女神様の魔法……言い換えれば僧侶の魔法はどっちかというと芸術や音楽に近いイメージなのかな?」

 

さらにもう一本。

 

「人類の魔法の根幹を成すものが理論だとすれば、女神様の魔法は感覚による比重が大きいと言えるかもね」

 

マキナの視線がその指先を追っているのが、布越しでも伝わってきた。

真剣に聞き入っている――その気配が少しくすぐったい。

 

「――ここまでは大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です」

 

よし、と小さく頷いて続ける。

 

「魔法と女神の魔法の共通項を対比させて言葉で表すなら例えばこんな感じだ。魔法使いが行う日々の魔力鍛錬は僧侶が行う日々の信仰と祈り。魔法の発動に必要な術式とイメージの学習は聖典の暗号を解読して得た情報。魔法の才能は女神の加護」

 

三本目の指を立てた。

 

「魔法よりも感覚的なものだからね……きっと生まれもっての才能と信仰心が僧侶としての格を分かつ要素なんじゃないか。まぁ、女神の決めたルールなんて正確にはわからんし……最終的に女神のお眼鏡に適うかどうかなんじゃない?」

 

 

煙管をくゆらせながら、天井を仰ぐ。

紫煙が外気に巻かれ、ゆらゆらと吸い出されていった。

 

 

「だいそれた信仰心も加護なんてなくても聖典と魔力……最低限の知識さえあれば病気の診断くらいは出来るしね。まあ、流石に傷の回復なんかになると扱える人間はかなり減るみたいだけど……。聖都では色々な学習方法が伝えられているけど画一的な学習方法は確立されていないらしくて、このオカルト染みた魔法に関しては誰も上手く説明出来るものじゃないんだよ」

 

 

ふぅ、と煙を吐く。

マキナはまだ、身じろぎ一つせず聞き入っていた。

 

 

「魔力を扱うから便宜上皆女神の魔法や僧侶の魔法なんて言われてはいるけど……完全に既存の魔法とは別物だ……。魔族の呪いと同列の特異な法則……だけど女神の魔法と比べるなら、まだ魔族の呪いの方が余程簡単に理解出来るかな。魔族はまだ術式っていう人間にも理解出来る概念を使ってくれているからね……」

 

 

言葉が止まらない。

一度走り出した口は、本人の意思とは無関係に延々と喋り続けていた。

 

 

「だけど女神の魔法は意味不明、一応術式とは呼んでるけど……浮かび上がった文字列が本当に私達の知る魔法の術式なのかもわからない。そもそも魔力以外に最低限必要なファクターが何個もあって、人類体系の魔法を学ぶ魔法使いにはとうてい理解出来た代物じゃないんだ」

 

 

煙管を灰皿に置き、両手を広げてみせた。

 

 

「魔法なんて自分が使えてなんぼだ。使えないんじゃ……いくら調べても時間の無駄。研究のモチベーションや意欲なんて、聖典の二文字を聞いただけで吹き飛んでしまう。だから魔法使いは僧侶の魔法を調べたりはしないんだよ、なにより真っ先に興味もない神話を読まされることに面白みがない。一部の変わり者と僧侶が暗号解読に精を出しているけど結果は微妙さ」

 

そこで一度、言葉を切った。

 

「神話の時代からある癖に未だに解読率一桁だよ? 人手が足りていないのか……それとも世間的に人気のない学問だと思われて人が寄り付かないのか。それとも聖都が権威を保つために門を絞っているのか……もっともどれだけ人手を増やそうと無意味ではないか、これは私達生物の認知範囲を大きく超えた天地創造を成した女神様による暗号文と術式だ」

 

熱が入ってきた。

身振り手振りが大きくなる。

 

「既存の暗号学をいくら適用したところで、ちりばめられたピースを見つけ繋ぎ合わせられるかはわからない。だからこそ、やはりこういった現代の論理でどうこう出来ない問題は、一握りの頭の可怪しい天才こそが進展させる分野であって、蓄積された学術的根拠も当てにならず、個の才能が物を言う世界だと私は思うね」

 

暖炉の薪がぱちりと爆ぜた。

その音にも構わず、言葉は続く。

 

「そもそも加護とはなんなのか? 魔力があるのに何故使用出来ないのか? 術式と使用方式を完璧に真似ているのに何故出力に影響が出るのか? そもそもこの魔法により起こる現象は最終的には魔力ではない、聖典を通して全く別のエネルギー体へと変質していると言ってもいい。いやぁ……ものの見事に何もわからないね、魔法も大概だけど女神の魔法は本当に意味がわからない……」

 

ふと我に返り、苦笑した。

 

「……あぁ、ごめん話が逸れた」

 

咳払いを一つ。

 

「話を戻すね。聖典を触媒として女神様の力を一時的に借りているだけ……なんて説もあるし真相は闇のままだ。さっきも言ったけど私の個人的偏見で、この分野は理論も糞も無い感覚と才能だけの世界なんだと思うよ、だから私にはこれ以上の説明は無理だ」

 

指を三本立て直した。

 

「まぁ……まとめると最低限の魔力と女神の魔法の知識は大前提として、必要なのは概ね三つ」

 

一本目の指を示す。

 

「一つは聖典、これがないと何も出来ないから聖典を所有していることは絶対」

 

二本目。

 

「二つ目は魂と全身にべっちょり着いた女神の加護。見た感じ増減するみたいだけどこれもよくわからない……基本生まれ持っての才によるところが大きいかな。数少ない攻撃魔法だと加護がないと発動はまず無理だ」

 

三本目。

 

「三つ目は……信仰心。祈りとか信仰は大事らしいぞ、それで加護にもちょっと影響あるみたいだし、魔法使いの魔力鍛錬みたいなものだから出来ないと成長の見込みはないね」

 

 

指を下ろし、マキナの方へと向き直った。

 

 

「こんなものかな……。お嬢さんは気持ち悪いくらい女神に愛されてるけど、魔力が絶望的に足りていない。だから学習はともかく、魔法を使うなら気をつけてね。まぁ、危なくなったら私の石ころから枯渇分の魔力が供給されるからそこまで心配しないで」

 

大きく息を吐いた。

 

「うぅ~~ん、無駄話もしちゃったけどこれでお終いだ。ごめんねお嬢さん、私の浅っい知識じゃこれ以上説明してあげられそうにないよ」

 

 

 

 

――話……なっっっっっっっっっっっっっっっっがぁッ!?

 

 

後ろで聞き耳を立てていたアインと、直に聞かされたマキナ。

二人の感想はその一言に尽きた。

 

初めの方はなんとかまとめようと頑張っていたが、途中から無限に蛇足を繰り返していた。

全く聞いていない個人の見解や、聖都の内情まで持ち出したりと、迷走しまくりである。

 

 

その余りの早口と情報量に、マキナは珍しく頬を引きつらせていた――少なくとも、声音からそう察せられた。

 

 

「お義母さんは……普段は余り感じませんが、学者肌が強い人……なのでしょうか? お話の中に強い探究心が垣間見えた気がします」

 

 

その一言に、フルーフは笑い出した。

 

 

学者……学者……と頭で反復しながら、腹を両手で押さえてしまう。

フルーフにとって学者とはフランメのような崇高な大魔法使いを指す言葉だ。

 

ゼロから一を生み出す、そんな存在――何も成せない己とはまさしく対極の存在と言っていい。

 

 

学者のイメージで言うなら次点でゼーリエ、その次にフリーレン。

 

生きる魔導書と呼ばれる超越者と、数多の魔法を収め操り卓越した術式理論を駆使する大魔法使い。

フルーフの辞書に記された学者のハードルとは、この三名を指し示すのだ。

 

 

本気でそう思っているし、本気でそう信じている。

 

魔法に関して学者を気取るならこの三名と並ぶ何かを持ち得ていなければならない――だからこそ、笑って否定した。

 

自分があんな崇高な存在な訳がないと卑下するでもなく、ただその事実を笑う。

面白いジョークだ、と。

 

 

「ははは! 面白い冗談だね! 私が……学者? いやいや……だって私は馬鹿だし。ゼーリエ……えっと知らないか……凄い魔法使い達みたいに千個も万個も魔法覚えられないしさ。フランメみたいに新しい何かも生み出せない。フリーレンみたいに魔法を使って臨機応変に状況に対応も出来ない。つまりは……ダメダメの無才なんだよ」

 

「……そんな風に自分を卑下しないで下さい。お義母さんは凄い人だと私は知っています……自信を持って下さい」

 

 

マキナの声が暗く沈んだ。

 

確かにフルーフの話は鬱々とした卑屈さを感じさせる。

だが当の本人はケロリとした様子で話し続けていた。

 

 

マキナの魂を見る――同情心だろうかと疑ったが、そこに哀れみの色はなかった。

ただ真っ直ぐな心配だけが、小さな炎のように揺らめいている。

 

 

申し訳無さそうな顔を浮かべながらも、気遣ってくれるマキナに感謝した。

 

 

「君みたいに優しい人が褒めてくれてありがたい限りだ。だけど無理だよ……他ならない私自身が納得出来ないんだ。あの人が私を認めてくれてたら、また違ったんだろうけどね」

 

 

昔に思いを馳せながら、人差し指を突き立てる。

指先にぽつりと小さな炎が灯った。

 

それは少し風が吹くだけで消えてしまいそうな、弱々しい灯火だった。

 

 

「これは?」

 

「私が初めて開発した魔法。これを作るのに一年も掛かったけど、本当にしょうもない魔法さ……『指先に火を灯す魔法』ってね。初めて成功した魔法だから嬉しくて……馬鹿みたいにはしゃいでさ。その凄い人に報告しにいったんだ。彼女は人類の全ての魔法を収集していると豪語していた人だったから……。きっと私の魔法にも、興味を示してくれるんじゃないかと思ったんだ」

 

 

指先の炎を見つめる。

それは遥か昔、魔法のイメージが上手くできないフルーフが、自分なりに考え、思いついた魔法だった。

 

術式を組んで、必死に指先をライターに見立てて、何とか成功した小さな灯火。

その感動は今でも鮮明に残っている――同時に、深く刻まれた悲しみも。

 

 

「それでどうなったんですか?」

 

「ふふ……ご想像にお任せするよ。慰めてくれた後に、あんまり卑屈なことは言いたくないからね」

 

 

炎が揺らめき、消えた。

指先に残る微かな熱だけが、今しがたそこに火があった証拠だった。

 

 

余りに考え無しの馬鹿だったと、過去を自嘲する。

ゼーリエがこんな初歩的で要領の悪い魔法に関心を示す訳がないことなど、少し考えればわかることだ。

 

なのに嬉しくなって、愚かな万能感に突き上げられ、嬉々として報告してしまった。

自分が所詮金魚の糞でしかないのだと理解し、立場を弁えていれば避けられた傷だというのに。

 

 

『いい加減、フランメを解放してやる気にはなったか』

 

 

たった一言で浮かれた気持ちは醒め、顔が青白くなるのを感じた。

関心も無く、魔法など見てすらいない――ただフルーフを透かしてフランメを見ていた。

 

あの時味わい、湧き出た負の感情を今でも覚えている。

 

 

「そんな人のこと……気にせずほっとけばいいだけです……」

 

 

マキナの声が震えていた。

怒りなのか、悲しみなのか――おそらくその両方だろう。

 

 

だが、静かに首を横に振る。

だってこの世で最も偉大な魔法使い様に真っ向から否定された。

 

あの瞬間、魔法に対する自信は木っ端微塵に砕け散ったのだ。

 

 

「私はどれだけ努力しても、偉大な人の足を引っ張るだけの足枷なのさ」

 

「――そんなことありません……。お義母さんの魔法は凄いです! 死にかけの私だってこうして生きられているんです……だから。きっとその人もお義母さんの魔法を見たら認めてくれるはずです」

 

 

力強く、思いやりに満ちた声だった。

 

 

家族としてそんな優しい言葉を貰えるだけで幸せだ。

だがマキナはそれでは満足できないらしい。

 

今なら認めてもらえると、必死に勇気づけてくれる。

 

 

「優しいね、ありがとう。……なんとなくわかると思うけど、その人と仲が良くなくてね。出来れば自分からは会いたくはないんだ。でももしこの魔法が完成して……たまたま会うようなことがあれば一度成果を報告してみるよ」

 

「きっと大丈夫です。その人にも出来ないような魔法を生み出したなら……お義母さんを認めないなんてあり得ません」

 

 

思わず逃げ出してしまいそうになる、重い信頼だった。

 

 

だけど逃げる必要はない、恐れる必要は無いと自分に言い聞かせる。

マキナの愛情と関心を一番に受けるのはアインであって、フルーフではない。

 

だから重く考えず、何も問題はないと気軽に頷いてみせた。

 

 

「え~本当かい? あの糞ババァ……じゃなくてあの人にとっても未知の魔法か……大変そうだけど。ふふ……そうだね、私もそうなることを願っているよ」

 

『マキナ、もう寝なさい。お前もだフルーフ。今のお前はいつ頭が可怪しくなるかわからん、その前に寝ろ』

 

 

いつの間にか背後に迫っていたアインの影が二人に覆いかぶさり、霧の中から夜更かしを注意する声が聞こえてきた。

 

こりゃぁまいった、と言いたげに両手を上げ、ベッドから立ち上がり後退していく。

 

 

「だとさ……。ごめんね変な話になっちゃってさ、女神の魔法の話も……全然わからなかったよね?」

 

 

ごめんね、と両手をパシッと合わせ頭を下げた。

自分でも何を話していたかわからない程度には、とっ散らかった話をした自覚はあった。

 

 

あれでは理解も糞もない。

謝るフルーフの横で、アインも同意するように頷いている。

 

だが長話を聞かされたマキナは、鳩が豆鉄砲を食らったような声で否定した。

 

 

「へ? ……いえ大変わかりやすくて、何をすべきかは理解出来ましたが……」

 

「『え? ――あれで? て、天才だ……ッ』」

 

 

一言一句同じ返答だった。

お互いで顔を見合わせ、同時に目を丸くする――その仕草まで揃っている。

 

 

掛け値なしの称賛に、マキナの耳が赤く染まっていくのが見えた。

顔布で隠れない部分が、羞恥を如実に物語っている。

 

二人同時に大げさに褒められれば、誰だって気恥ずかしくなるというものだ。

 

 

「そ、そんなことありません……ッ。変なことで大げさに褒めないで下さい、も、もぉ……寝ますッ」

 

 

マキナは勢いよく布団を被り、その中に引きこもってしまった。

 

 

アインはそんな人間味溢れる動作に感動し、フルーフは小動物を見ているかのような気持ちになった。

 

布団の膨らみが微かに震えている――恥ずかしさで身悶えしているのかもしれない。

 

 

「『可愛い』」

 

「か、からかわないで下さい……ッ! アインもやめて」

 

 

思わず漏れてしまった言葉に、マキナは強めに注意した。

 

だが二人からはニヨニヨとした生暖かい気配が伝わってくるのみ。

布団を被ったきり動かない少女を、微笑ましそうに眺めている。

 

 

やがて、一人ずつ布団の膨らみをそっと撫で、離れていった。

 

 

「これ以上はお嬢さんの怒りを買ってしまいそうだ……。それじゃ、お嬢さん。お誕生日おめでとう、来年もまた祝わせてね」

 

『マキナ、良い夢を。もう悪夢に囚われる数も減ったが、君が求めるなら夢の中へと直ぐに駆けつけよう。来年もまた君の誕生日を祝えることを心待ちにしている。君が産まれてきてくれたことに最上の感謝を込めて……ありがとう、マキナ』

 

 

背を向ける二人に、マキナは静かに顔を出して見つめた。

 

 

「あの、二人共……ありがとう」

 

「『――此方こそ』」

 

 

控えめに呟かれた言葉に、二人は同時に笑みを浮かべた。

 

 

目の下に濃い隈が浮かぶ女と、厳つい魔物が笑顔を見せたところで怖いだけだ。

だがマキナにとって、それは何より安心できる笑顔だった。

 

部屋を照らすランタンの火が、一つ、また一つと消されていく。

 

フルーフが暖炉へと歩み寄り、薪を多めに補充した。

乾いた木が炎に触れ、ぱちぱちと小気味よい音を立てる。

 

火の粉が舞い上がり、オレンジ色の光が室内を柔らかく照らし出した。

 

暖炉の熱が部屋全体に行き渡り、夜の冷気を追い払っていく。

窓の外では風が木々を揺らす音が微かに聞こえるが、この部屋の中だけは穏やかな静寂に包まれていた。

 

それぞれが各々の就寝場所で目を瞑る。

 

騒がしく様々な出来事に満ちていた誕生日は、こうして終わりを迎えた。

 

マキナは今日の日を生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

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