六度目の冬が過ぎ、雪解けの季節を迎えていた。
窓の外では、屋根に積もった雪が軒先から滴り落ちている。
暖炉の薪が爆ぜる音、湯気を立てる鍋の匂い、使い込まれた木のテーブル――この住処で積み重ねてきた日々の全てが、静かにそこにあった。
マキナが二十歳を迎える朝。
その言葉は、何の前触れもなく告げられた。
「二人共……ごめん。片腕……もう動かなくなっちゃったみたい」
フルーフとアインは、一瞬何を言われたのか理解できないように固まってしまう。
いち早く理解したフルーフは全身をワナワナと震わせ、眼を見開き、瞳が忙しなく動き回っていた。
アインは、『そうか……』と穏やかな声で答え、何事もなく朝食の準備を進めていく。
マキナはそんなアインを嬉しそうに眺めながら動かなくなった腕をブラつかせ、いつも通りテーブルについた。
フルーフはそんな二人に視線を行き来させ、信じられないものを見るように口を開く。
「な、なんでお前らそれだけなんだよ……ッ。あ、アインザーム! なにそんな一言だけで……片付けてんだよっ! 朝食の準備なんてしてる場合かッ!! 巫山戯てんのか……ッ!?」
フルーフは勢いよく立ち上がり、走り出す。
途中で足を縺れさせ、膝を床に打ちつけながらもマキナへと駆け寄った。
震える指先がマキナの腕に触れる。
関節を曲げようとし、脈を探り、皮膚の温度を確かめ――何度も何度も同じ動作を繰り返す。
マキナの腕は石のように固くなっており、血の通わない彫像のようにピクリとも動かない。
やがてフルーフの手が力なく垂れ下がり、眉間に皺が刻まれるほど強く眼を瞑った。
髪が顔を覆い、表情が見えなくなる。
今のフルーフには……マキナの身体をどうこうできるだけの技術は持っていなかった。
理解していた。
それなのに、いざ身内の死が迫り――フルーフは胸が締め付けられる思いと共に、悲しみに打ちひしがれてしまう。
『フルーフ……朝食だ。席につけ』
「そうですよお義母さん……。一緒にご飯を食べましょう」
「なんで……」
そんなか細い声がフルーフの喉奥から漏れる。
項垂れた顔は髪に覆われ見えない。
「なんで……お前ら、そんな平気そうな顔、してるんだよ……ッ」
『……』
「……」
震える慟哭が静かに響き渡る。
だがそんなフルーフの前でも二人の様子は変わらない。
ただ穏やかな様子で眼を伏せ、マキナはフルーフの頭を撫でながら慈しみの情を向けていた。
フルーフは我慢できないとばかりに、マキナの手を振り払い顔を上げる。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに歪んだ顔で二人を見つめ、相も変わらず穏やかな雰囲気を前に、理解できず叫び散らすしかできなかった。
「どうして……ッ!――泣けよッ! 悲しいんだろうが! なんで……どうして泣かないんだお前ら!! そんな何もかも受け入れた面しやがって……ッ! 意味……わかんねぇよ……ッ」
『お前が覚悟しておけと言ったんだろう?』
「はい、私も……いつか来るのだと思って覚悟は済ませてありましたから」
――馬鹿共が。
そんな子供のような罵声が喉元まで込み上げるが、フルーフは咄嗟に飲み込んだ。
確かに自分はそう言った。
だが泣くななどと言った覚えはない。
――なんで私だけがこんなに泣いてるんだよ……ッ。
誰に向けていいのかわからない苛立ちが胸の中で渦巻く。
だが二人に向けることはできない。
これは己の無力感から来る苛立ちだ。
抑えられない感情が涙として溢れ出し、フルーフはマキナの腰に縋り付くように抱きついた。
「うわぁぁぁぁぁ゛~~~ん! ひっぐ……ごめん! ごめんなぁ……マキナ……ッ。私が……わたしさえもっとできていたのなら……こんなことにならずに済んだのに……っ。うぅ゛~……ごめんなさい……。死なないでおくれよぉ……私は身内に死なれるのが一番辛いんだ……ッ」
「お義母さん……大丈夫ですよ。私は今直ぐ死ぬ訳ではないのでしょう? だから私はまだ死にませんよ」
『どうしてお前が一番泣いているんだ……それに私に流す涙はない』
フルーフはただマキナの服をきつく握りしめ、声にならない感情を呻きとして漏らす。
馬鹿なことを言う息子をキッと睨みつけ、フルーフは濁音だらけの涙声で間違いを訂正する。
「お前らが……ッ! 泣かない、か゛ら……ッ! 私が……代わりに泣いてやってる゛、んだろうが……ぁッ!!! 馬鹿! 間抜けぇ……!! お前はもう……――泣けるよ! 自分以外の誰かを想って泣けるに決まってんだろ!! 悲しいって想いが……お前にもあるだろうが……っ!?」
たとえ流す涙が無くとも、誰かを愛して一生懸命になれる奴が泣けないはずがない。
悲しいと心の中で思えるのならば泣けるはずだ。
誰かを慈しみ、心の中で涙を流すくらいは簡単にできて当然だ。
フルーフはそんなこともわからないアインに向かって説教をする。
泣け泣け、と喚きながら自分が一番に泣きわめく。
『そうだな……母さん。その通りだ』
「お義母さん……どうか泣き止んで下さい」
みっともないという自覚はある。
だが泣くなと言われても無理な話だ。
家族である二人が終わりに向かって突き進んでいく姿を、平気な顔で見ていられる訳がない。
そんな悲しすぎる光景を素面で見続けることなど不可能だ。
フルーフはどこまでも情に脆く、二人のように強くはなれなかった。
『マキナを想ってくれるなら……泣いても構わんがいつも通りでいろ。過剰に病人扱いされてはマキナもいい気分はしないだろう』
「アインの言う通り……。お義母さん、心配してくれるのは本当に嬉しいです。でも……私の望みは最期まで、みんなといつも通りの変わらない日常を過ごすことなんです」
マキナは泣き喚くフルーフの頭を撫であやし続ける。
いつしか身長も伸びてお姉さんと呼べる姿に成長したマキナを見て、フルーフはまた大号泣。
マキナが得られたはずの未来。
自分の才能の無さで取りこぼしてしまった"先"を、泣き喚くことで発散せずにはいられなかった。
二人の声に反して、フルーフの鳴き声はどんどんエスカレートしていった。
「うわぁぁぁあぁ゛……ばか~~~! 知るかぁ! 私は悲しいんだよぉ! お前ら二人分泣くまで泣き止まないからなぁ!」
『子供か……お前は』
「あ、あはは……」
マキナとアインは互いに顔を見合わせ肩を竦める。
だがフルーフに対する疎ましさなど欠片も無く……ただ自分達の代わりに泣いてくれる、身内が大好きな母親を穏やかな眼で見つめていた。
◇◇◇
「お嬢さん……これ一応持っておいて」
「なんですか……これ?」
「お守りだよ。無いとは思うけど、もし危ない目にあったらこれを身体に突き刺して。そしたら一時的に全力で動けるはずだから……全力で逃げて」
「わかりました、使うことが無いよう祈っておきます」
「約束だよ」
◇◇◇
一晩中泣き腫らしたフルーフは、腫れぼったい目元を夜空に向けていた。
住処の前、雪の残る地面に敷かれた毛皮の上で、三人は身を寄せ合っている。
冬の終わりを告げる風はまだ冷たく、吐く息が白く立ち昇っては星明かりの中に溶けていった。
針葉樹の梢の向こうに、満天の星が瞬いている。
天の川が空を二分し、無数の光点がまるで降り注ぐように輝いていた。
「星空とかノスタルジック過ぎてまた泣いちゃいそう……」
『泣くのなら静かに泣け。どうしてお前はそんなに叫び散らして泣くんだ』
「静かに泣ける程こっちは気持ちに余裕がないんだよ……、そんだけ大きい感情ってことなの……わかれよ」
フルーフは指先でアインを指差し、そのまま頬部分に突き立てグリグリと押し付ける。
「また泣くぞ」と意味不明な脅しを口にし、据わった眼でアインを睨みつけていた。
「それにしてもお嬢さん、急に星空を一緒に見ようなんて……どうしたの?」
「お義母さんが此処に残してくれている本に書いてあったんです、人生に迷った時は星空を眺めるといいって。あ、私はもう迷いなんてありませんよ……だから二人共そんな風に見ないで下さい」
何か悩み事があるのか……と二人はアワアワとした様子でマキナへと振り返る。
だがマキナにこれといった悩みはなく、慌てた様子で首を横に振った。
二人はそんなマキナを見て、ただ気分転換に提案してくれただけなんだと気がつく。
「私が此処に残してある本って……よく読めたね。此処に残してあるのは、私が一切読めない神聖文字が使われたものとか、変な遺跡から持ち帰った本ばっかりだったと思うけど」
「様々な辞書を参考にしていく中で一部ですが私でも読めるものもありました……。学びを得ながら、少しずつ読み進めていくのはパズルを組むみたいで案外面白かったですよ」
「うへぇ……私には無理だ。細かすぎるパズルとかチマチマした解読なんかは大嫌いなんだよ……その点お嬢さんはそういうのが得意だよね」
残しておいた……と、良い風に言ってはいるが、住居の中に残されているのはフルーフにとっては実質ゴミ同然のものを押し込んでいるに過ぎない。
中にはフリーレンと共に遺跡を調査した際に手に入れた古代書もあり、売るのも捨てるのも勿体なくてできないものが何十冊もあった。
もったいないからと廃村から回収した普通の本や辞書などもあったが、大半の内容は小難しく……。
フルーフは内心よくあんな本読めたなぁ……と感心しっぱなしである。
「人生というものは塵芥の中から宝石を見出すこと……それは夜空の中から自分だけの星を見つけ、星座をつむぐことだそうです。なんだか素敵だと思いませんか?」
「占星術って奴かな? アインザームのロマンチストに感染したようだねお嬢さん。私は星を見てもそんな風に考えられないよ……それともこの私を占ってくれるのかい?」
「私は本で少し読んだだけの浅い知識しかありません。だから……夜空を見ようと言ったことにもそれほど意味は無いんです。ただこの三人で綺麗なものを共有したいな、と。そう思っただけです」
「死を悟った人間特有の悲しい物言いだ、あんまりそういうこと言うと泣くよ?」
『はぁ~……おい、そんな情けない方法でマキナを脅すな』
フルーフの余りに情けない脅し文句に、アインは青白く長い腕を伸ばしデコピンを叩き込む。
痛っ、と言いながら額を押さえ込んだフルーフはマキナに向けてゴメンゴメンと返し、大きく深呼吸をした。
「折角気分転換に誘ってくれたのにごめんね。私も、泣いてばかりじゃいられないよな……こうしている間も少しずつ君といられる時間は減ってるんだから」
『そうだ。この夜空を見ろ、お前の感傷などこの星々に比べればちっぽけなものだ』
「私に対して無神経すぎるぞクソメルヘン。ならお前はその偉大なお星空でも見上げて自分のルーツでも探してな」
『お前の方が無神経だろうが……』
デコピンのお礼にフルーフはアインの肩に肩パンをお見舞いすると、アインからもフルーフの肩に目掛け肩パンが叩き込まれる。
いつの間にか肩パン合戦になった二人を傍らに、マキナは星を眺めながらふと思ったことを漏らす。
「アインの名前って、どういう意味があるんですか?」
『幻影鬼……だが?』
「孤独で寂しい奴って意味だよ」
『お前……それはこっちでは通じん前世の知識だろうが……ッ。全く、変なことばかりよく覚えているな』
マキナはその返答にムッとした様子で声を上げた。
どうやらアインが馬鹿にされているようで気に食わないらしい。
未だに肩パンを続ける二人組は手を止め、純真なマキナの反応にホッコリとした様子で視線を向けていた。
「な、なら……"アイン"という言葉に……意味はありますか?」
「うぅ~~~ん、こっちだと特に意味は無い言葉かな。私の前世では……思い出せないや」
『……お前、そこは覚えていないのか? 確か……泉や最初、はじまり、数字の1を意味する言葉だ』
「――ッ! それいい! アインにぴったりだよ!」
バッと身を乗り出し突然大きな声を上げるマキナに、二人はビクリと全身を跳ねさせる。
一人うんうん頷き、いいね! と何度も口ずさみながら片腕をブンブン振って感情を全身で表現していた。
「アインには泉が似合うし、初めての存在、最初の一。うんうんッ! やっぱり似合うよ」
『私に泉のイメージは余り無いと思うが……――あぁ、何かと湖畔での思い出が濃いせいか? 私も君も……なにかをする時は大体あの場所でばかりだったからな』
「それだけじゃないよ。魔物でも人間でも魔族でも無い存在、アインはどれとも該当しない最初の生命。アインは何処にも当てはまらないことを気にしていたけど……私は寧ろ逆に誇るべきことだと思うの。全く新しい進化を遂げた新しい1。だから貴方には"アイン"って名前がピッタリだと思う!」
『わ、私は魔物だが……』
マキナの突拍子も無く、そしていい加減な気持ちとはかけ離れた真剣な熱意に、アインはタジタジになりながら後ずさる。
一応自分のことは魔物と認識しているアインは、己がそんな大それた存在ではないと遠慮しようとするも、背後に待ち構えていたフルーフがそれを許さない。
肩を組むように体重を掛け、いい案だとばかりにマキナへと頷き返す。
「魔物ねぇ……。お前、最後に本能で誰かを襲ったのいつだよ。見た目以外は全然魔物っぽくないじゃん。感情は人間寄りだけど衣食住は必要としないし、魔族みたいな習性もない。うん……ものの見事にどこにも当てはまらないよな」
「星空には天命が宿るとされているの! 皆で夜空を眺めるこんな日に……こんな素敵なことが知れるだなんて……ッ。これはきっと女神様が導いてくれた運命だよ! ねぇ、貴方もそう思わない……アイン!」
前方には恋人、後方には母親……どうやら逃げ場はないらしい。
中々認め難い内容であるものの、マキナが此処まで要望を押し通そうとすることは滅多にない。
そんな彼女がここまで言うのだから、拒否権などありはしなかった。
この身は彼女の為に、愛する人の求める理想になろう……そう誓った魔物は決意を固める。
少し考えながら静かに声を発する。
『君がそう望むなら……喜んで私は最初の1となろう。私は"アイン"だ』
「うんうん! それがいいよ! これからもよろしくね……"アイン"!」
マキナが嬉しそうにはしゃいでおり、アインはそれを心底嬉しそうに見つめている。
だが何も変わらない。
たとえ自身の名にルーツを得ようがアインはアインだ。
彼女の愛した存在として、彼女を愛する存在として……決して生き方が変わることはない。
「男だねぇ、いいぞアインザーム。魔物らしくもっと脳死で決断していけ。おっと……なんでお前は未だに魔物扱いしてるんだとか聞くなよ? 今更認識を変えるのも気持ち悪いし……お前は私の息子だ。魔物として接して、魔物として育てたんだからこれからも魔物のアインザームで変わらんよ。そういうことなんで、今後ともよろしく」
『お前は本当に……』
顔の横でペラペラと早口で捲し立てるフルーフの声を聞きながらアインは呆れ果ててしまう。
マキナの案に乗っかっておいて自分は一切何も変えないとは……相変わらず自分勝手な奴だ。
だが同時に安心感もあった。
フルーフが急に態度を改めたのならアインにとっては困惑以外の何物でもない。
これぞフルーフ……泣き虫で、身勝手で、変に常識的で、情に脆く、身内の命を自分より大切に想うお節介焼き。
それこそが……アインの母親なのだから。
◇◇◇
星を見ることに早々に飽きたフルーフは酒を飲み、煙を吹き散らかした挙句、雪をカーペット代わりにしながら爆睡していた。
地面には空の酒瓶が数本と、力なく煙を上げる煙管が転がっている。
風情のある景色が台無しだ。
相変わらずフルーフにはロマンスが足りない。
それに、イビキも煩い。
だが問題は無い。
半身から伝わる小さな体温がそんな些細なことを忘れさせてくれる。
彼女に身体を預けられながら見る夜空以上に、意識を裂く事柄などありはしないのだから。
今は彼女との一時を楽しもう。
「アイン、お義母さんにはああ言ったけど……ほんとうに大丈夫?」
大丈夫か、大丈夫でないか、と問われれば……勿論大丈夫な訳はない。
マキナの腕が動かなくなってしまったことは悲しい。
そしてこの先それはもっと酷くなる……避けられない運命に悲観したくもなる。
だが猶予はあった。
マキナが不安がらないよう、情けなくも取り乱さないよう……この日のために心構えはしてきたのだ。
それに自分以上に取り乱し、泣き叫ぶフルーフの姿を見て……私がしっかりしなければと思えた。
奴にそんな気は無くとも、事実フルーフは私の感情を代弁して泣いてくれた。
だから……大丈夫だ。
君がくれる幸福な時間が全てを和らげてくれる。
予想していたよりも……そこまで気分は悪くない。
『大丈夫だ……君の生を最後まで見届ける覚悟はできている。悲しくない訳じゃない……だが私はこんな暗い感情で悲嘆に暮れているよりも、少しでも多く君との思い出を、楽しい気持ちで彩っていたいんだ。そういう君は大丈夫なのか?』
「私も同じだよ。今はただ貴方との思い出を一秒でも多く心に刻みつけていたい。心配事があるとすれば……私が死んだ後かな。アイン、私のこと考えてくれるのは嬉しいけど……後のことはちゃんと考えてる?」
あんなに死に怯えていたのに……強くなったものだ。
身体の成長に伴って心も成長したのか?
いや違う……マキナは私が糞餓鬼だった頃から既に精神だけは成熟しきっていた。
今はそれだけ精神に余裕ができたということか。
それにしても、マキナの死後……か。 正直、考えたくはない。
『そんなこと……大事か?』
「もぉ~……大事に決まってるよ。私が死んだらアインはどうなるんだろう……って考えたことないと思ってるの? 私は貴方を残して逝ってしまう側だけど……残していく方だって辛いんだからね」
それは、考えていなかった。
マキナを愛する余り自分のことを疎かにしてしまっていたが故の盲点だ。
心配してくれる彼女に対して、不覚にも嬉しさが込み上げてくる。
そこまで考えてくれているだなんて、嬉しくならないはずがない。
『正直言おう……全く考えてなかった』
「なら考えて。自由にやりたいことをしてもいいし、私を忘れて新しい生き方を探したっていいの」
真剣な声色でそんなことを言うとは……絶対にあり得ないとわかっているだろうに。
『ふっ……そんなこと、私にできる訳がないと知っているだろう。君亡き後の生き方か……君という人生の灯台を失った私は、どのようにこの世界を渡り歩けばよいものか……』
言って気づいたが……流石に臭かったか?
気が利いたセリフを言おうとして変なことを口走ってしまった……マキナに笑われないだろうか?
そんな心配をしていると、マキナの身体が小さく震え、聞き覚えのある笑い声が聞こえてくる。
「んふ……今のすっごくポエム臭かったねアイン。お義母さんが起きてたらきっとまたメルヘンモンスターって言ってたと思うよ」
『そういう君もだ……なんだ今の笑い声、フルーフとそっくりだったぞ。頼むからアレに似るのだけはやめてくれ』
切に願う。フルーフに似るのだけはやめてほしい。
マキナがあんな酒飲み、煙スパスパ薬中変態女に似るなど考えたくもない。
不死だから許されるのであって……普通なら一年持たずに死ぬぞ。
「お義母さんは素敵な人だよ。偶に何考えてるのかわからないし、お酒癖も、煙も凄い頻度で吸ってるけど……誰かの為に泣ける人だから。それはアインも知ってるでしょ?」
『過大評価じゃないか……基本的にアイツは深く物事を考えていないぞ』
「本当に人の心がない悪魔は自分の為にしか涙なんて流さないし、罪悪感なんて抱かないものだよ。確かにお義母さんは悪辣なことにも手を染めることはあるけど、この世界で生きづらい程度には良心を持った人。露悪的な振る舞いが目立つけど……良くも悪くも普通の人だよ」
言いたいことは理解できる。
だが……マキナがまだ見ていないどうしようもない部分も知っている身からすれば、素直に頷けない。
いや……本質的にはマキナの言う通りか。
今は狂ってしまったが……元々争い事すら知らない常人でしかなかったのだから。
どれだけ歪もうとも芯は同じもの……彼女にはそれが見えているのかもしれない。
『フルーフが聞けば即座に否定しそうだ……。陽気ぶる癖に自己肯定感は低い奴だからな』
「あら、アインにそっくり」
これは……手痛いカウンターだ。
予想外の一撃を放ってきたマキナからは、声音だけでなぜだか凄みのある気配が伝わってくる。
『……私をおちょくって楽しいかマキナ?』
「楽しいよ。昔の私じゃ遠慮してこんな風に言えなかったもん。貴方との距離が縮まって、何も遠慮する必要が無いと知って、長い時間を一緒に紡いで今があるの……楽しくない訳ないでしょ」
マズイ……ショックから一転して多幸感が胸から溢れ出してしまう。
なんだその魅力的な言い回しは……。
もしこれが作為的なら、私は彼女の掌の上で踊らされていることになる。
だが……それがどうした。
そんなことはどうでもよくなるくらい、嬉しかった。
『全く……そんな風に言われては何も言えなくなるだろう。口下手な私では君には一生敵いそうにない……』
「えへへ、今のところ皆に完勝だね」
ということは……あのお喋りなフルーフも負けたのか。 何気に恐ろしいことだ。
「アイン……考えておいてね。私が死んだ後のことを。私が心配しなくていいように」
『……あぁ』
できれば考えたくない。
今ある幸福だけに浸っていたい。
だがそれを他ならない彼女が望まないのであれば……考えなければな。
彼女を不安がらせるのは……"アイン"のすべきことではない。