アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第三十九話▶「この……親不孝者」

 

 

 

 

山周辺に集まっていた奴らは、事前に撒いておいた私の死体を起爆させて一掃できた。

後は山の中を彷徨う奴らを始末すれば全部終わりだ。

 

 

甲冑の騎士、身軽な傭兵、見窄らしい農民。

多種多様な格好をした奴らが私を殺そうと襲いかかってくる。

 

意思が無い目をしている癖に動きに迷いがない。

技の冴えともいえるものに一切陰りは見えない。

 

 

剣技、暗器、鍬と意味のわからん組み合わせだが……私には効かない。

私を殺すにはこんな玩具じゃ不可能だ。

 

そして私が本気で殺そうと思えば――殺せない相手なんていないんだよ。

 

 

こっちは大陸を沈めようと思えば出来てしまえるんだぞ。

舐めんな。

 

 

この騒ぎを起こした奴らはもういない、私が過半数を一気に殺したせいで逃げていきやがった。

魔族と人間が手を組むとは……とんだアホだ。

 

人間の方はいいように利用されただけだろうな、利用価値がなくなれば殺されるだけだ。

 

 

まぁ、どちらにせよ魔族に私の顔を見られた以上……両方殺さないといけない。

 

 

だけど――

 

 

「……………ちッ」

 

 

 

抑えろ……抑えろ……抑えろ……――。

今私がすべきことは黒幕を追いかけることでも、素早く眼の前のゾンビモドキを殲滅することじゃない。

 

 

だから追うな――追おうとするな。

 

殺してやりたい……。

理性なんか忘れて、マキナを殺した奴を何度でも殺してやりたい。

 

 

だけどそれは出来ない。

私は母親で……アイツらはまだどっちも餓鬼だ。

 

私が面倒みてやらないといけない。

 

 

マキナとアインが結婚したら出ていくつもりだった。

邪魔したくないし。

 

最後の時間を一緒に過ごさせてやりたかった……。

なのに、どうしてこうなる。

 

 

急ぐ意味は無い……。

私に、マキナとの別れの時間は残されていないんだから。

 

寿命を残り数分まで縮めて意識を戻した……今頃はもう――

 

 

「ぁ゛……あぁ゛……」

 

「……………」

 

 

呻きの煩いゾンビ共が私に向かって走ってくる。

相当数殺してもまだ湧いてきている、魔族が関与しているなら周辺の村々は全滅だろうな。

 

 

――死んでいる訳ではなく魂はある……。洗脳や暗示、幻影とも違う、なら……。

 

 

向かってくる一体の口腔に両腕を突っ込み顎を外す。

 

そして勢いよく喉へと片腕を突っ込みながら、鼻腔に沿い手先を頭蓋にまで貫通させる。

クチュクチュと脳味噌を掻き回し、予想を確かめる為にあるものを探す。

 

 

私の想像通りなら……。

 

 

――いた。

 

 

ビチビチ逃げまどうソレを鷲掴みにし腕を引き抜く。

ズルり、と世にも奇妙で気色悪い虫が手の中で跳ね回っていた。

 

不愉快なそれを握り潰せば、魔物のように黒い粒子となって消えていく。

 

 

「寄生虫か。それも宿主の生命力を吸い上げて生きる魔法生物とは……実にいいね。新機軸として参考にさせてもらうよ」

 

 

いままでにない発想だ。

こんな時でなければ、開発者に素晴らしいと拍手を贈ってあげていたんだがな。

 

 

生憎と……今はそういう気分じゃない。

 

 

百、二百、三百。

数えることも憂鬱になる数の魔族と人間を脳髄をぶち撒け、魂を握りつぶし殺し続ける。

 

 

マキナは今頃天国かな……。

もし見ていたら、落胆させちゃっただろうか。

 

ごめんね。

だけど……言ったろ。

 

私は優しくなんかない。

こんなにも人でなしだ。

 

 

いくら殺しても何も感じない。

ただイライラするだけだ。

 

本当は今日という日が素晴らしい一日になる予定だったのに……現実はこれだ。

最低最悪の厄日。

 

まるで全財産を溶かして、大損したような気分だよ。

 

 

いや……それなら何倍もマシだ。

金なんてその辺にいくらでも落ちている、取り返すのなんて余裕だ。

 

だが……もう君は帰ってこない。

何ものにも代えがたいお嬢さんは帰ってこないんだ。

 

 

心の中で君が死んだ事実を確かめる度に悲しくなるよ。

愛すべき私の娘……私とした約束を覚えてる?

 

 

今日は一緒にお酒を飲もうって約束した日なんだ。

だから……凄く高くて飲みやすいお酒を用意していたんだよ……。

 

 

「あぁ゛……ぅぁ゛……」

 

「――っい。ぅるさッッい!黙れッ゛!!」

 

 

悲しい……悲しい……悲しい。

後五年は生きられたのに……ッ!巫山戯てんのかッ!?

 

 

私は……。

見知った誰かが幸せになるのが好きで……。

不幸になるのが一番嫌いなんだよッ!!

 

 

魔族の頭を掴み、地面に向かって何度も、何度も何度も……――何度もッ!

叩きつけて、叩きつけて、ぶちのめす。

 

 

なにが女神だ……タンカス以下の腐れ偶像が。

私はもうお前なんて二度と信じない……。

 

あれだけ祈ってた二人を不幸にしやがって。

 

 

全知全能?天地創造?糞の間違いだろ……お前なんて全恥の女神で十分だ。

今度聖都の女神像を全裸に加工してやる。

 

 

「――借りるよ」

 

 

兵士らしい格好をした奴の腰から剣を抜き取り首を跳ねる。

剣の術理なんて持たない私では、ものの数回振るうだけで刃こぼれを起こしてしまう。

 

だがしかし、素人が力任せに五人切り殺せたのなら十分だ。

 

 

使えなくなった剣は滞空し、魔法を撃ってくる魔族に投げる。

オーバースローで投げた剣は魔族の額に命中、額から後頭部へと突き刺さる。

 

 

「投擲は得意なんだよね」

 

 

拾って切る、そんで投げる。

それを繰り返せばいいだけだが……やっぱり不便だ。

 

機会があったら武術を誰かから習ってみよう。

出来ればマキナみたいに可愛い娘がいいな。

 

 

それかアインザームみたいな厳つい奴でもいいけど。

 

 

「そろそろ最後か?――ならお前で終わりだ」

 

 

作業的に殺し殺されを繰り返していく内に、無限に湧き上がっていたゾンビ共の勢いは落ちていた。

 

武術の心得のない奴は突撃して噛みつくしか能が無い。

最後に残った元は農民であろう一匹も、白目を向いてただ突っ込んでくる。

 

 

膝を蹴り砕き、倒れた所を狙う。

首を足で踏み千切り……頭蓋と身体を分離する。

 

今後の研究の為に寄生虫は一匹欲しい。

 

顎を無理やり剥がし、先ほどと同じ要領で脳味噌に巣食った寄生虫を引っ張りだす。

常に持ち歩いている試験管に詰めて密封する。

 

 

「……そう暴れんな。少し調べたらお前なんぞ直ぐにでも処分してやる」

 

 

ビチビチと気色悪く跳ね回る寄生虫を黙らせるために、試験管を思いっきり振り乱す。

酔という概念があるのかは知らないが、お陰でぐったりと大人しくなった。

 

 

もう、いいだろう。

 

帰ろう……。

帰ってマキナの墓を作ってやらないと、アインザームもきっと再起不能だ。

 

まだ動ける私が色々やらないと……。

 

 

血と臓物。

人体のパーツがあちこちに引っかかった森をただ歩く。

 

 

母親などと言っておいて、私に出来たことはなんだ?

 

 

徒に延命させ……最後には同族に殺される運命を辿らせた。

こんなことなら、あのまま死なせてあげればよかった。

 

それか最初の症状が出た時……。

アインザームに恨まれる覚悟で安楽死をさせてあげるべきだった。

 

 

奴らはマキナを殺した……だが本当に奴らだけが殺したのか?

私が契機だ。

 

 

私が下手に生かしたせいで……殺したようなものだ。

 

 

どう……償えばいいのだろう。

 

 

私は……何故生きているのだろう?

 

 

何故、神様は私を死なせてくれないのだろう……。

 

見ているなら……。

私がどれだけ罪深く、醜く、汚れた生き物だとわかるだろう?

 

 

殺すべきだ、子供でもわかるぞ。

何故私はこうしてのうのうと生きている。

 

まだ魂のある奴らを大勢殺したんだぞ……何故だよ……――

 

 

「そんなもの、決まってる。神なんていないからだ。私にとっての神は――ソリテール様だけ」

 

 

この世に救いの神などいない。

 

私を救ってくれるのは……。

この永遠の煉獄から連れ出してくれるのは、ただ一人しかいない。

 

 

残忍で儚く。

唾棄すべき愛しい魔族。

 

彼女だけが私の救いになり得る。

 

 

 

女神なんていない。

糞喰らえだ。

 

 

なのに……ッ。

 

 

なのに……――

 

 

「――アインザーム……!!!!お前……なんだそのザマはッ!?」

 

 

『フルーフ』

 

 

眼の前には見慣れた糞息子がいた。

ヘタレで、優柔不断で、それでもマキナの為なら心を決める愛すべき私の息子が……ッ。

 

 

「お前……誰だよ」

 

『私は……アインザームだ。お前の息子のな』

 

 

ハッ……ハハハッ!

こんなのが私の息子だと?

 

馬鹿を言うな。

お前……気づいてないのか?

 

 

魂が――別物になっているんだぞ。

魔物のお前に、なんでそんな胡散臭いもんがあるんだ……ッ。

 

 

「どうしてだ――なんで……マキナの加護がお前に移ってるんだよッ!?

魔物のお前が加護なんて、得られるはずないだろうが……。あぁ…酷い色だ。真っ金金だぞ……今のお前の魂……」

 

 

もう完全に別物だ。

私の見たどんな僧侶よりも――クソみたい輝きを放ってやがる。

 

 

『フルーフ、聞いてくれ。マキナから言葉を預かっている。――ありがとう、そう言っていた……娘として愛してくれてありがとう、お義母さん、とな……』

 

 

質問にも答えず、そんなこと今言うなよ……ッ。

私は涙脆いって知ってんだろ。

 

……こっちは泣きたいのを必死に我慢して、お前らの邪魔しないようにしてたんだぞ。

 

……泣くのなら、一人で泣きたいんだ。

 

 

「――ッ!!誤魔化してんじゃないよ……っ。馬鹿がぁ゛……このバカタレ……!!こんな結末……私は望んでなかった、マキナは殺されて……お前はもう私の知るお前じゃない……ッ」

 

『私は……何も変わらない。ただやるべきことが明確になっただけだ』

 

 

違うだろ。

私の知ってるお前なら……何にも置いてマキナの弔いを先に済ませるはずだ。

 

なのにお前、そんな物騒な顔してどこにいくつもりだよ?

 

 

怖い顔だ。

随分覚悟の決まり切った顔をしてる。

 

間抜けだった目元は鬼みたいに釣り上がって甘さが無い。

 

 

「どこに、行くつもりだ。仇討ちか?やめとけ……お前じゃ死ぬだけだよ。私は殺せても、お前に赤の他人が殺せるのか?出来ないだろう?だから止めとけ。全部……私がやってやる」

 

 

『………もう、そんなに気を遣わなくてもいいんだ。汚れ役なんて買って出ないでくれ……。私もマキナも、そんなことは望んではない』

 

 

余裕ぶってるその態度が気に入らない。

死者の代弁なんて何様だ……――なんて言わないさ。

 

お前ならその資格があるからな。

だけど、クソガキが一人前に私を気遣ってんじゃないよ。

 

 

「悟ったようなこと口にすんな。知ったような口を利くな。私はただ……自分が殺したいからこう言っているだけだ」

 

『私は殺し合いに行くわけではない。お前と同じ、ただ――悪行に見合う代価を支払わせに行くだけだ。道理の通らない悪を矯正しにいく、ただそれだけのこと』

 

 

何様だよお前。

私が嫌いな傲慢な奴になりやがって。

 

そんな姿に成り果てるなら、ヘタレのままの方がよっぽどよかったよ。

 

 

「世界を救う正義の味方でも気取ってんのか?お前にそんな大層な役は似合わない。力不足だ、アインザーム。お前には……マキナの墓守がお似合いだよ」

 

『そうだな……私にこの世の邪悪を滅する力など無い。所詮は少し長生きしただけの個だ。……最初から大それた救世主を気取る気などないさ。だが私は……『マキナが求めた救いの手であり』『マキナの望んだ正義の味方』だ。……それは誰であっても否定させない。助けを求める声を蔑ろには出来ない、伸ばされた手を無視など出来ない。それが……『私』だ』

 

 

力強い言葉だ。

私には全く意味がわからんが……。

きっと意味はあるんだろう。

 

だがそれでも。

私はお前に、マキナと一緒にいてて欲しいんだよ。

 

 

「アホ、意味わからんわ。正義を信じて戦うのはいい、だけどな……。殺し合いに正義の二文字なんて飾るんじゃない。それはただの詭弁だ、後々自分が苦しくなるだけでしかない。その場凌ぎで誤魔化しても……現実は直ぐにお前に牙を剥く。やったことの報いが巡り巡ってやってくる。だから私にしておけ、私ならいくら傷ついても何の問題もない。……全部私にでも投げておけ。お前は此処でマキナの墓でも建てあげろ」

 

『報いを受ける覚悟は出来ている。……少しは私の気持ちを考えたらどうなんだ?このままお前に全てを擦り付けて……のうのうと暮らすだと?その時の私の感情は考えてくれているのか?私にとっては、お前を放置するほうが余程苦しく、恐ろしいよ』

 

 

私は……ッ、死ねないってわかってるだろ!?

どうしてそんな風に考えるだよ……。

 

私を勘定に入れるのは止めろよ……ッ。

 

母親、息子なんてお巫山戯で呼びあっただけだろ……なのにさぁ……ッ。

本当に私を母親として心配するような言葉は吐かないでくれよ。

 

 

「行ってどうなるんだよッ!お前になにが出来る?私の頭の中でも覗いてみろよ!幻影でどうこう出来る問題じゃないんだよ。お前一人じゃ何も出来ないんだ。……無力感に打ちのめされて殺されるのがオチだって、どうして理解出来ないんだッ!?」

 

『――寄生虫か、確かに幻影で何か出来る問題ではないな」

 

 

そうだよ寄生虫。

物質的なものだ。

 

幻影やら幻やら催眠やら暗示やらで一時凌ぎしたって意味なんかない。

それに魔力を宿主から吸い上げる自律型だ、作った奴を殺した所で全て消えるなんて確証も何処にもない。

 

 

どれだけ意気込んでも、お前には何も出来ないんだ。

だから……さっさと私に任せろ。

 

 

「そうだ……だから私が殺――『勘違いするなよフルーフ』

 

『私は一人なんかじゃない。私に出来ないことはマキナが補ってくれる。私が『私』であるための術を彼女は残してくれていた』

 

 

その臭いセリフを吐く所だけは、変わらないみたいだな。

心の中で生きてるって?

 

それともその御大層な加護のことか?

 

 

どちらにせよ腹が立つ。

そんなの……現実から目を背けているだけじゃないのか!?

 

私には、マキナが死んだことを受け入れられない戯言にしか聞こえないんだよッ。

 

 

「マキナは死んだ、私が殺した。何も見えてないんなら目を閉じてろ。部屋に引き籠もって何もすんな。疲れてんだよ……お前はさ」

 

『なにもかも……よく見えている。マキナがどう死んだのかも。お前のせいでは決してないことも……自分がなにを成すべきなのかもな。だから私は――行くよ』

 

 

説得なんて無意味だと、そう言いたげにアインザームは私の横を通り過ぎていく。

く……ッ、なんでッ――

 

 

「――言うこと聞けよ!!最後に別れの挨拶をさせてやっただろうがッ!ちょっとは……私の我儘ぐらい聞いてくれたっていいだろうが!?私は、自分の命なんてどうでもいいんだよッ!お前が生きてくれさえすれば……それでッ!行ったら死ぬって言ってんだろう……頼むから大人しくしておいておくれよ……」

 

 

マキナの供養を済ませた後なら、安全な場所なら……。

どこへでも行けばいいさ。

 

だけど、危ない場所なんかに行ってくれるな。

 

 

私を母親だと思ってるなら……心配させないでくれよ。

 

 

『ありがとう……――母さん。私ももう……親離れの時間だ』

 

 

糞、野郎……ッ!

私の全部を理解した上で否定しやがって……もう、知るか……ッ――

 

 

「この、親不孝者ッ――絶縁だ……二度と面見せんなッ!」

 

『あぁ。今まで……本当にありがとう』

 

 

もう知ったこっちゃない。

 

だけど……。

最後に一つ約束事を済ませておかないといけない。

 

 

アインザームの手から聖典を抜き取り、私の聖典を押し付ける。

私の望む形とは全然違うが……もう一人前と言っていいだろう。

 

 

なら、賭けはマキナの勝ちだ。

くれてやるよ。

 

 

「マキナの聖典を戦場になんか持って行くな。代わりに私の聖典をやる。今からお前のものだよ、使うならこれにしとけ。お前はもう一人前だ……これで今度こそ終わりだ。行きたきゃどこへでも行け」

 

 

はは……目を丸くしやがって。

なんだか……もう懐かしい。

 

昨日まで確かにお前はお前だったのにな。

 

 

『マキナの墓だけは一緒に建ててくれるか……?』

 

「……生きて帰ってきたらな」

 

『直ぐに戻る。だから少しの間……マキナの側にいてあげてくれ』

 

 

そう言うと、アインザームは火の粉を撒き散らしながら上空に舞い上がり、空の彼方に消えていった。

自傷覚悟の魔法とは流石私の……いや、もう絶縁済みだ。

 

 

 

 

 

 

「………どいつもこいつも……」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「――やぁ。マイレディー……今日は一段と綺麗だね。指輪……へぇ、そっか……結婚おめでとう。生きている内に祝ってあげられなくてごめんね」

 

 

「―――」

 

 

「聞いてよ、アイツ……私の忠告を無視して親玉の所まで一人で行ったんだよ。あのゾンビもどきだらけなのは分かりきってるのにね」

 

 

「―――」

 

 

「あんな奴……絶縁だ絶縁。お嬢さんもそう思うでしょ……」

 

 

「―――」

 

 

「最悪の結末だ。私は自分の為にも君達を応援してたんだよ……上手くいってくれたなら、私も愛しい人と出会えて、最後まで楽しい生活が送れるんじゃないかって。でも駄目だったねぇ……まるで何もかも上手くいかないって、突きつけられた気分だ。ホント、最悪だよ」

 

 

「―――」

 

 

「うぅ……ズビぃ……ッ!な、泣かないよ。泣いてやるもんか……なにが、ありがとうだよ。私は君が思うような奴じゃないんだ……だから泣かない。賭けたっていいね……私は君の為に泣かない。泣いたらなんだってしてやるさッ!あ・り・得・な・い……からねッ!!君の為に用意したお酒も一人で飲んじゃうもんね、金貨一枚の凄い高級酒なんだ。飲めなくて残念だったね」

 

 

「―――」

 

 

「わ~はは!絶句して何も言えないみたいだねお嬢さん!でも上げないよ~、私は血も涙もないクズだからね。さぁて……グラスで豪快に飲んじゃおうねぇ……」

 

 

「―――」

 

 

物言わない娘の前で普段通りに演じる。

眠るように、穏やかな顔を浮かべる彼女はまるで生きているようだ。

 

大声で呼びかければ、今にも起き上がって“おはようございます、お義母さん”そう言ってくれる気がした。

 

 

だけど彼女はもう死んでいる。

決して口を開くことも目を覚ますことも無い。

 

永遠に眠ってしまった……。

 

 

「――なに、やってんだろ……わたし」

 

 

若い貴族の女性の間で流行っている甘いフルーツのような酒。

高級そうな酒瓶を揺らす。

 

彼女の瞳によく似た琥珀色の液体が煌めく。

……懐かしさと共に鼻の奥がツンと痛くなる。

 

 

酒だ……酒を飲もう。

辛い現実を忘れるにはアルコールが一番だ。

 

 

私はいつも使っているグラスを取りに棚の方へと向かい、高級酒用のグラスを手に取る。

早速酒を注ごうとするも――カサリと何かが落ちる音がした。

 

 

音のした方を視線で追う……。

そこには手紙が落ちていた。

 

誰のだ?

そう思いながら裏を見れば、マキナから私に向けた手紙だった。

 

 

 

開くべきでない、そうわかっていても……私は開いてしまう。

グラスも酒も放置して、気づけば封を切って手紙を広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“お義母さんへ。

 

これを読まれているということは私は既にこの世にいないのだと思います。

手脚が少しずつ動かせなくなり始め、全身が動かなくなる前にせめてもと思い手紙を認めました。

これは……私からの遺書だと考えて頂いて構いません。

 

まずは感謝を…お義母さんと出会ってからの日々は本当に騒がしくて、楽しくて、幸せでした。

初めは変な人だな、って思っていたんですが……触れ合っていく内に凄く甘くて不器用で恥ずかしがり屋な人なんだとわかりました。

お義母さんはなんだかんだいい加減な言動をしながらも一貫して、いつも私達の為に行動してくれていましたね。

そのことを……私もアインもちゃんと理解しています。

お義母さんがお酒の飲み過ぎで倒れてしまった夜なんかは、私とアインでよくお義母さんの話をしていたんですよ。

アインもお義母さんもお互い素直じゃないから表立って好意を口にしたりはしませんでしたが…アインは凄くお義母さんに感謝していました。

 

聞きました。私が死のうとした日……お義母さんはアインを叩いてまで鼓舞してくれたんだって。

アインはそのことを嬉しそうに、誇らしげに語ってくれました。

きっと少し変で臆病だけど……愛情深いお義母さんが誇りだったんだと思います。

 

そんなお義母さんが私も大好きです。

私には産みの母がいますが……私にとってのお義母さんはフルーフさんだけです。貴女は母がくれなかった愛情をくれました。

何も求めず甘えさせてくれて、友達みたいに笑顔で接してくれて、アインと私のことも応援してくれた。

どれだけありがとう、と書き込んでも足りません。

 

気持ち悪がらず触れ合ってくれてありがとう。一緒にお風呂に入って楽しくお話してくれてありがとう。アインとのことで相談に乗ってくれてありがとう……私を生かしてくれてありがとうございます、お義母さん。

お義母さん……私がどんな死に方をしてしまったかはわかりません。

 

ですがきっと……自分を責めていますよね。お義母さんがそういう人だと私は知っています。

だから此処ではっきりと明言しておきます。

 

私はお義母さんに感謝しかしていません。

恨みなんて……これっぽちもありはしません。

もしも自分を許せないのだと言うのなら…私は全てを赦します。

 

 

だから……この手紙を読んでいるお義母さんが、私への罪悪感に捕らわれているのなら…これでお終いです。

お義母さんにそんなの似合いません、自縄自縛の生を送る必要なんてないんです。

 

私はきっと最期まで何も返せないままだと思います。

そんな愚娘ですが……最期にどうか、我儘を言わせて下さい。

 

 

 

もし、アインがお義母さんの意思に反して我を押し通そうとするのなら、それは私の咎です。

アインをそんな風にしてしまったのは私です……。だからどうか、責めないであげて下さい。

お義母さんとアインが仲違いする姿は見たくはありません。私は……二人が喧嘩せず、ずっと仲良くいて欲しいです

 

 

十五年もの間…ずっと支えてくれてありがとう。愛してくれてありがとう。沢山のありがとうをお義母さんに贈ります。

だから……幸せになって。誰がなんと言おうと私はお義母さんの幸せを祈っています。

 

 

何度でも言いたい……『幸せ』でした。

お義母さんもきっと…貴女が愛した人と共に幸せになれます。

……私達に幸福をくれたんですから。

 

 

いつでも見守っています、どうかお元気で…お義母さんの娘より。”

 

 

 

 

 

 

 

 

クシャリ――

 

 

手紙を強く握ってしまう。

 

 

ほんとうに出来た娘だよ君は。

だけど……手紙の字はもっと大きな字で書いてね……。

 

 

 

眼の前が潤んで……ッ、霞んでぇ……ッ、何も見えないからさ゛ぁ……ッ。

あぁ、どうして泣かないって言ったばっかりなのに……卑怯だよ、こんなのッ。

 

 

「ズビぃ……うぅ゛、ぐす……あぁ゛!いいよ゛……わかったよ゛!!」

 

「―――」

 

「君の……勝ちだ!泣いちゃった……じゃん。瞬殺だよぉッ!あぁ……あぁ……ッ!『仲良く』ね……お嬢さん……君がそう望むなら。そうしようッ!!なんたって……わた゛しはお義母さんだからね……ッ!!」

 

 

手紙を畳み懐へとしまう。

今……やるべきことは決まった。

 

 

正直気乗りはしていないけど。

義娘の最後の我儘だというのなら……私は私を曲げられる。

 

母として、最後の仕事をしてやるよ。

 

 

「供養は……一時お預けだ。お嬢さん、君の最後の我儘を叶えにいくよ。待ってて、アイツと一緒に凄く立派なお墓を作ってあげるからさ」

 

 

準備は終わった。

私は扉に手を掛け、愛しい屍に背を向け歩き出す。

 

 

 

 

 

『行ってらっしゃい……お義母さん』

 

 

「あぁ。行ってくるよお嬢さん」

 

 

 

振り返りはしない。

こんなのは幻聴だ。

 

私は女神や天国なんてものは信じちゃいない。

 

だから……代わりにただ走る。

 

 

 

私に出来るのはいつだって短慮でシンプルなことだけだ。

考えるよりも早くただ走る。

 

 

 

「アインザーム……ッ―――絶縁は取り消しだ」

 

 

 

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