アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第四話▶『お前は何者よりも美しい』

 

 

 

少女が目覚めた。

己は暖炉に薪を焚べる手を止め、大壺の水をコップへと注ぐ。

 

綺麗な水とはいえ己が飲んだ事はない。

フルーフの知識から学んだ民間魔法で飲料水に変え、少女へと差し出す。

 

 

『飲めるか?……魔法で有害なものは省けているはずだ』

 

「は、はい……ありがとうございます、アイン様。あの、申し訳ありません……こんな良い場所で寝かせて頂いたのに、シーツを駄目にしてしまいました」

 

 

何故そんなに謝罪する。

顔色が良くない……何かに怯えているようだ。

困ったぞ。

 

 

「すみません魔物さん。貴方を困らせるつもりは無かったのですが……」

 

 

ふむ、考えが読まれた……のか?

人の形とはいえ、眼球も口もない己の顔から表情など読めるものなのか?

この少女……さては頭脳明晰――いや、天才に違いない。

 

 

『気にするな。汚れない寝具などない……人間は汗をかくだろう。それと同じことだ』

 

「しかしこれは余りにも。申し訳ありません」

 

 

少女は水を飲みながらおずおずと立ち上がり、気まずそうにシーツを見つめている。

……己が気にするなと言った所で素直に受け入れてはくれないか。

 

 

『謝罪が口癖なのか?見ていろ、こんなもの本当になんてことはない』

 

 

見せてやろう。

フルーフに長年洗濯当番と住居管理を押し付けられ、身につけた技をな。

 

 

己はシーツとその下敷きを剥ぎ取り、深い洗濯ダルへと放り投げる。

水を注ぎ、術式構造を脳裏で描き魔法を駆動させた。

 

 

「まぁ……!?アイン様、貴方は魔法使い様でいらしたのですね!?は、初めて見ました……魔法とはこれほど便利なものなのですね」

 

 

少女はこのアインザームの齎す、驚愕の民間魔法に恐れおののいている。

洗濯機械が如く日々無感情でこなしてきたが……。

 

誰かから褒められるのは気分がいいものだ。

 

 

特にこの美しい瞳を輝かせる少女に、尊敬の念を送られると気分が高鳴る。

 

 

『ここからだ……見るのだ、マキナ。この程度の汚れ、己の濯ぎ技術に掛かれば雑兵も同じ。繊維にどれだけ縋り付こうが無駄だ、全て分離させてやろう』

 

「素晴らしい!?なんて鮮やかな揉み込み、まるでランドリーメイドのような熟練の貫禄を感じさせますわ!」

 

 

だから言ったのだ。

この程度己の手を煩わせる障害にすらなり得ない。

 

己の描くイメージに不足は無し。

アリ●ール、トドメはウ●マロ……そして仕上げにハミン●、いやエ●ールだな。

 

 

「あ、泡が出てきましたよアイン様!?なんと……私では数時間は掛かるお洗濯を、こんな一瞬で……。魔法使い様とはこれほど偉大な力を持っているのですね。感服致しました」

 

『まだだ。己に対しこの程度で困らせたなどと宣うマキナよ。感服するのはまだ早い……。己のランドリーとしての一流の技を最後まで見届けるがいい』

 

 

シーツと下敷きから完全に汚れを分離した。

己の技に恐れ戦いているな……だが、まだ早い。

 

呆けるのは、最後の仕上げを完遂してからにしてもらおう。

 

 

己は洗濯物の水を切り、住処の扉を開き外へと出る。

既に雨は上がり……天蓋には星空が瞬いていた。

 

 

「夜……。私はそんなに寝ていたのですか。申し訳ありません、家主を差し置いて眠りこけるなど、怠惰以外の何物でもありません。何も返せずただ面倒を見て貰う身で……ごめんなさい。どんな罰も甘んじて受け入れます」

 

 

ぬ、ぬぅ~~~……違う、そうではない。

 

子供は寝て成長するものだ。

病人は寝て療養するものだ。

怪我人は寝て傷を癒やすのだ。

 

 

『罰だというのなら。もう己に対し謝るのは止めることだ、マキナ。お前が何を気にしているかわからんが……。己は約束を反故することはせんし、一度受け入れた以上、お前の意思に反して追い出そうなどとも思わん』

 

「――ごめ……あっ、す、すみま……あぅ、違ッ!?ごめんな………さ、い」

 

 

少女が首筋から脂汗が滴り、仮面の奥から歯を打ち鳴らす音が聞こえてくる。

服の袖を掴み何かに耐え、焦りのようなものが伺い知れた。

 

 

ふむ……これは異常だな。

少女の中を覗けん以上己に断言出来ることは何もない。

 

子供の成長に抑圧は逆効果だ。

己はどう答えるのが正解だろうか。

 

 

フルーフの小賢しい話術など使いたくはない。

正解かはわからんが……己の思ったことを伝えればいいだろう。

 

 

『落ち着けマキナ。これは命令ではない。いいか、今から言う通りにするんだ、何も考えるな。息を大きく吸って吐け。己のが一といったら吸え、二と言ったら吐け、それが罰だ。よし……いくぞ』

 

「は、はい……すぅ~~~~、はぁ~~~、すぅ~~~~、はぁ~~~~」

 

『その調子だ』

 

 

少女が錯乱して逃げ出さないよう抱きしめ、頭を撫でながら深呼吸を促す。

己のような魔物の腕の中など少女にとっては恐怖でしかないだろうが……。

 

子供を宥める方法など知らん。

故に許せ、マキナ。

 

 

数分の深呼吸の後、少女の震えが止まる。

 

 

『……落ち着いたか?』

 

「はい……申し訳あ、あぁ、ご、ごめんなさ、また……」

 

『気にするな。罰なら今終わった。己の言う通りに出来たからな……マキナ、お前は良い子だ。誰も責めはしない』

 

「はい……申し訳ありませんアイン様。ありがとう、ございます。以後このような醜態は決して……」

 

 

駄目か。

表面上落ち着いてみせているが……少女の全身は硬直し、声が震えていた。

 

身を守るよう自身の身体を抱きしめる姿は、命乞いのようにも見える。

どうにも居た堪れなくなる。

 

 

己は……今この人間の少女を見て何を思う?

 

 

思考に浮かんだ言葉を言い表すのであれば……曇った顔など見たくはない。

 

少女を笑わせ笑顔にするにはどうすればいい?

己は考る。

 

遠回り考えは破棄する。

物事の本質と解決策は実に単純な言葉の先にある。

 

 

今しがた己は楽しく。

愉快な感情を味わっていた。

 

虚無の日常が彩る無邪気な尊敬の言葉。

感謝の言葉。

 

己はそれがもっと欲しい。

 

 

そうだ。

ならば、子供の目線で物事を考え、行動しなければならん。

 

 

己の欲せざる所、人に施すことなかれ。

自分が人からされたら、いやだなと、思うことは、人にはしてはいけません。

 

いつも相手を思う、いたわりをもて。

感謝には感謝を、尊敬には尊敬を、褒め言葉には褒め言葉を。

 

 

 

飾った言葉よりも誠実で正直な言葉。

 

 

 

『マキナ……聞いてくれ。己は、お前が来てくれて楽しみを得た。何でもない私の魔法を褒めてくれて嬉しかった。お前は、己のような魔物をも幸せに出来るとても良い娘だ。だから何も気にするな……それともやはり。己のような魔物と暮すのは苦痛だったか?』

 

「突、然……何を……――ッ違います!?そ、そんなことない、です……。そんなこと……言わないで……」

 

 

己の言葉に少女は叫ぶ。

魔物である己に恐怖し、咄嗟に謝罪が出てしまうのかと思ったが……違うようだ。

 

 

少女は己の沈黙を望んでいる。

望みには答えたい所だが……。

 

己の直感がここで退いてはならないと告げてくる。

 

 

『己はお前が笑っていてくれるほうが好ましい。己に幸せを齎してくれるお前に何をしてやれる?どうすれば上を向き……笑ってくれるのだ?』

 

 

魔物である己に対してではないのなら……一体何にそこまで怯えている。

なんでもいい、聞かせて欲しい。

 

苦しげに下を向くお前を……。

己は黙って見ていることは出来そうにない。

 

 

『どうすれば、その苦しみからお前を……』

 

「だまって、ください……――どうすればいいかだなんて……私にも、わからない、んですよぉ……ッ」

 

 

己の何をやっているのだろう……。

少女の声が嗄れ悲しみに暮れていく。

 

選択の間違いを恐れ、怯みそうになる。

だが……今。少女と向き合わずして押し黙る選択は出来ない。

 

 

『……己はお世辞にも会話は上手くない。怒らせたのなら、悲しませたのなら……すまない。己はただお前に感謝していて、それを伝えたかっただけなのだ』

 

「――ッッ……なんで……」

 

『なんでもいい。己に伝えようとしなくてもいい。ただ思っていることを叫んでくれるだけでいい……。己に何かを取り繕わなくていいんだ。汚い言葉だろうがなんだって構わんさ』

 

「わ、わたしは……ッ!わたしは……ッ」

 

『あぁ、言ってくれ』

 

「私は……優しい言葉なんて……そんなのっ……知らないんですッ゛!ぐす……私は……私は謝ることしか知らない。ずっと、ずっと……そうやって生きてきた!そのお陰で生き延びてこれたんです!だから……初めてだったんです。……なにも……なッんにもぉ!どうしたらいいかなんて……わからないんですよぉ……」

 

 

その言葉を聞き、己を恥じた。

些細な言葉の節々から……少女の歩んできた道のりが並大抵の悪路でなかったことを察する。

 

 

 

『あぁ――わからないか、そうか。ならば仕方ないな。己もどれだけ考えてもわからないことがある。良く言ってくれた、子供が我慢なんてするものではない。やはりマキナ、お前は良い子だ』

 

 

余裕を繕い、沸き立つ胸の内を堪え。押さえつける。

 

 

初めて……自分の中に怒りを感じた。

初めて……他者の境遇に同情した。

己独りの時は何も感じなかった。

 

自己にまつわる事柄で感情が動いたことはなかった。

 

 

だというのに……涙を流す子供を前にすると全身が熱くなる。

死人のような冷たい身体の奥から、我慢ならない熱が迸り、決して冷めることがない。

 

 

魔物である己ですら、少女が保護されるべき子供だと理解出来ているというのに……。

一体この少女の周りの人間は何をしていた……。

何故こんなにもか弱く、儚い生命に酷いことが出来る。

 

心身が傷ついた子供を助けず、他に何をするというのだ。

 

 

腐っている。

この少女のいた場所……。

どことも知れん場所から腐った人間の臭いが漂ってくる気がした。

 

――理性無き醜悪な外道共め。

 

錯乱する少女の前で感情を出す訳にはいかない。

己は少女に見えぬよう、拳を強く握りしめる。

 

 

「私は良い子なんかじゃ……ない。家族皆から疎まれて……!使用人にも足蹴にされて叩かれて……そんな……そんなぁ!!どうしようもない、ゴミクズで生ゴミ以下の扱いがお似合いの化け物なんです……!!誰もがそう言ったの……皆が私を気持ち悪い目で見てきての!!だから……そんな綺麗で優しい言葉を貰う資格は……私には、ない……ッ」

 

 

握り込んだ拳が皮膚を破る。

爪が食い込み割れる感触がした。

 

 

全身に感情が渦巻き己を支配しようとする……今直ぐ意味もなく動き出したくなる。

だが……今は、己の感情などどうでもいいのだ。

 

 

己が怒った所で、それに如何ほどの価値がある。

少女の傷の慰める一因になるのか――なるわけがないだろう。

 

 

己は大人として。

少女の溜め込んだ感情の捌け口とならねばならん。

 

己を自制し。

少女の為に出来ることを考える続ける。

 

 

『そうか………安い言葉だが、今までよく頑張ったなマキナ。魔物である己の言葉をそう重く考えなくていい、人間のことなど己は知らん。魔物である己にとっては、間違いなく良い娘だ。安心しろ、ここは静かな雪山だ……魔物も魔族も人間もおらん。汚いものなど何もない』

 

「どうして、そんなこと言うの……ッ。優しいふりしないで。嫌ってよ……気持ち悪いって言ってよ……安心させてほしいの。貴方がそうしてくれるのなら……私、幸せだよ?いつも通り、これまで通りの私として生きていけるの……。変わることが怖い、今更光に照らされた温かい道を歩む勇気なんて……ないんだよ……」

 

そんなことは絶対に無い。

お前を傷つけたクズ共に植え付けられた価値観など、お前には似合わん。

お前は強くて……誰よりも美しいのだから。

 

 

今まで通りなど……知らん。

己でも断言出来るぞ。

 

その選択はお前を不幸にしかしない。

それに、そんな苦しくて。

悲痛な声で言われても己は……一切信用出来ん。

 

 

『すまないが、それは出来ん。何故なら己は嘘が嫌いで……それを口にすれば嘘を吐くことになるからな。それどころか己はまだお前に感謝を伝えたい』

 

「やめ、て……苦しい……胸が、すごく……そごく苦しいんです……アイン様。だから、もう止めて……お願いだから……ッ」

 

『いいや。ここは我を通し言わせて貰おう。大人というものは身勝手で卑怯なものだ。嫌なら早く身体を治して成長することだ……――

 

――マキナ。お前の耐えぬいた苦しみは、己では想像も及ばん恐ろしいものだろう。身勝手だと理解しているつもりだが……言わせてくれ。まだ出会いから間もないが、お前が生を諦めず生き抜いてくれたお陰で、己は長い生の中で一番の充足感を感じている。つまりは幸福なのだ……ありがとう』

 

 

ドン、っと胸に衝撃が走る。

少女は己を突き飛ばし、俯きながら仮面の奥から睨めつけてくる。

 

 

あぁ、すまない……わかっている。

知ったかのような口を聞いて、本当に悪かった。

 

己は本音しか喋れん、建前など言えんのだ。

 

 

怒りなら好きなだけ抱け。

お前には権利がある。

 

 

 

言いたいことがあるのなら、感情のままに己に吐き捨ててくれ。

理不尽だと、不条理だと、溜め込んだ不満や全てを……言葉にならない叫びでもいい。

 

 

「ッ――なんで……っ!?……なん、で……魔物なのに……ッ!人並みの感性はあるくせにッ!異常なんですよ……ッ!!どうしてそんなに腐ったゴミを相手に優しくなれるんですか!私なんて……。ッ誰がどう見たって醜いじゃないですか、なんで会って間もないのに……あんな平然と受け入れて……。綺麗だなんて言ったんですか。アイン様……ッ、私はぁ……怖いんです……」

 

『それはお前の周りにいた人間達が……見る目の無い奴らばかりだったからだろう。己には、はっきりと醜いと感じる感性はある。お前より余程醜くい人間を見続けてきた。あの狂人に比べれば、マキナ……お前はずっと美しい』

 

 

興味関心は当然ある。

だが己は別に少女がなんであろうと受け入れていた。

 

小さな子供が、森の中を彷徨っていたのだ……。

保護するのが大人としての常識だろう。

 

己はそこに疑問は感じんし、少女の瞳が美しいと感じたのも本心だ。

 

 

そして今は……。

傷だらけになってまで生きることを諦めなかった少女を――美しく感じてしまう。

 

少女の価値は、美醜などという陳腐な言葉で到底測れるものではない。

 

 

己は少女の顔を覆う仮面に手を掛け外す。

赤紫爛れた肌と黄濁に濁った肉塊が見えた……そしてあの美しい夕焼け色の瞳も。

 

 

少女は困惑を瞳に浮かべ泣いていた。

指で涙を拭うと、再びこちらを睨めつけ叫んだ。

 

 

「そんな人いるわけない!嘘つき!優しいから嘘ついてるんでしょ!?本当は心の底で吐きそうな程気持ち悪いと思ってるんでしょ!おねがい……お願いよアイン様……そう言ってよ!優しくしてくれるのなら嘘でもいいの……。どんなことを思われても側にいたいの……。もう……独りぼっちは耐えられないの……ッ。寒くて痛いあの頃になんて……戻りたくない……」

 

『言っただろう?虚言は好かんと。全て思ったことを言葉にしているだけだ。好き勝手言う己に、腹を立てているのだろう……。そうだ、己が悪い。己は悪い奴だ。どんな誹りを受けても……それが当然でしかない魔物なのだ。思うがまま好き勝手言ってやれ。他に何が怖いんだ……?』

 

 

怒れ、怒れ、お前は子供だ。

我慢なんてするな。

 

もっと好き勝手に癇癪を起こして言ってやればいいのだ。

 

 

「――馬鹿にしてッ!!なら……ならぁ……こっちだって言って……。いって、やる……んだから……」

 

『あぁ』

 

「………ね、ぇ。……受け入れたって……私には何もないわ。何の得にもならない。……困るのはそっちだけなのよ……。……貴方が私の我儘を聞く必要なんて、ない……ッないんだよ?それでも言えっていうの?」

 

『あぁ。どんな控えめ癇癪がでるか……見物だ』

 

「言ったら叶えてくれるの?お金にも労働力にもならない……病気で腐った汚物のために……。そ、んな物に……本気で寄り添ってくれるの?ねぇ……ッ!答えてッ!!」

 

 

――当たり前だ。

 

 

『己に言うのはいいが。自身を卑下するのは止めてくれ……。己は存外欲深い魔物だ……お前が望むのなら、死ぬまで付き添おう。我儘くらい、己に出来ることならなんでも叶えてやる』

 

「うぅぐぅ……!!なんなの、もぉ……グスッ……じゃ、じゃぁ……きいてよ!叶えて、みせてよッ!!わたし……わ、わたし゛を……――きらわないでッ!あいして゛ッ!!おねがいらからぁ……すてないでッ!!!なんでも……なんでもします、から。ヒック……らからぁ、ずっと側にいて!それだけでいいんれす……何もいらない、それだけで、なにも……なにもいらないの……」

 

『あぁ勿論だ。だがそれだけか……?もっと言って構わんぞ。毎日三食は絶対。食べたいものを食べさせろ。毎日風呂に入らせろ。身の回りの世話は全部やれ……なんてどうだ?』

 

「やめ、て……貴方がそんな風に優しくするからぁ!!見捨てられた時を考えてしまうの……うぁぁ゛……ッ。寒くて……怖くて……胸が痛いの……ッ」

 

『そうか。己にとっては、全て考えても見なかった懸念の数々だ。その不安と過去の経験が、お前をこれほど怖がらせているのだな。……己の言葉を信用出来ないのなら、己はどう行動で示せばいい?』

 

「は、はは……グス……まりゃ……そんなこといって。なら……ならッ……口づけでもしてみなさいな……ッ。どこでもいいわ、紳士が淑女にするように……綺麗なんて言ったんだから出来るのでしょう……ッ?この……偽善者!馬鹿!アホ!変態!間抜け!魔物!!灰色肌!!変な一人称!!」

 

『ふむ………』

 

 

待て、口づけ……だと…。

いや、それは。

 

 

 

 

――己に口はないのだぞ。

 

 

 

 

「ほ、ら……やっぱり……出来ない。――………は、はは……夜は、冷えますし……。もう…戻りましょう……。大丈夫、です……勘違いなんてしませんよ。私は……私の価値を間違うなんてしません」

 

『………』

 

「好きに殴って。好きに嬲って。好きに扱って……貶して乏しいめて玩具にしていいんです。そのくらいしか私に価値はないのですから……。それこそが……私が提供出来る唯一の価値なのだから……。あなたになら……私は……」

 

『………』

 

「何か、言って。心優しい魔物さん……。私の愛しいアイン様……。な、何故何も言ってくれないのですか……ッ。い、一方的に弱者を虐げるのは気分がいいですよ……皆そうでした。笑っていました!嬉しそうに!楽しそうに……ッ!私以外は皆幸せそうに……私だけが痛くて苦しいくて息苦しかった。でも……貴方になら……貴方の手で奈落に落ちていけたのなら……私も本望です。心優しい貴方……貴方もきっと楽しんでくれるは――――

 

 

これ以上は聞いてられん。

 

 

――コ、ツン!

 

 

己は……人間で言う所の口部分を少女の額に当てる。

 

 

 

―――「えっ?」

 

 

 

掌でもよかったが、子供であるならここで正解だろう。

少女は瞳を大きく見開き己を見上げる。

 

 

『己が耐えられなくなる、悲しくなる。それ以上自分自身を傷つけることは止めてくれ。出来なかった訳ではない……己には口はない。故に反応が遅れただけだ。これでいいのだろう、これが何の証明になるのかまるで理解出来んがな。それと、口づけなどと子供が生生しい表現を使うな』

 

「……う、そ……今、わたしに……?」

 

『後、己は暴力は嫌いだ……。出来れば怪我などしたくない、殴るなど御免こうむる。好き好んで誰かが傷つく姿なども見たくはない』

 

 

何かを殺すことは出来る。

だが直接殺すとなると……抵抗が生まれる。

 

己は余りにも共感性を育み過ぎた。

子供を虐げて悦に浸るなど、それはもう己ではない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

少女は何も発せず、呆然と己を見上げてくる。

無理に元気になれなどとは言わん。

 

そんな軽い傷ではないということは、嫌な程理解させられた。

 

 

……ただ、少しでいい。

伝わってくれ。

 

 

己はお前を傷つけない。

幾らでもいていい。

病気も心身の傷も、清潔な場所で暮らして少しずつよくなっていくさ。

 

 

『マキナ……もういい、十分だ。悪かった、もう無理に何かを言わなくていい。だが……まだ己が嘯いていると思うのなら、なんでも要求してみるといい。己の誇りにかけ何でもしてやる……ただし嘘は言葉にせんがな』

 

 

少女の口が微かに動き。

絞り出すように……。

縋るような、小さく切ない声が聞こえてくる。

 

 

「だき、しめて下さい……」

 

『あぁ……痛くないか?』

 

「あたま、なでて下さい……」

 

『あぁ……お前は髪も綺麗だな』

 

「頑張ったねって褒めて下さい……。もう大丈夫なんだと安心させて下さい」

 

『あぁ、勿論だ。お前は賢くて、強い子だ……よく頑張った、マキナ。ここには自然以外に何もないが……お前を拒むものもありはしない。怯える必要も謙る必要も無い。お前を叩く奴が来たなら……頼りないだろうが、己が追い返して守ると約束しよう』

 

 

少女の瞳が潤み、大粒の雫が溜まり溢れていく。

 

 

「うん……うん……ッ。ねぇ、私が大事だって言って……私が必要だと言って……ッ」

 

『あぁ、必要だとも。己はお前に感情を揺さぶられてばかりだが……お前とこうして過ごすのは楽しい。幸福だ。お前は己に唯一幸せをくれる。大事で無いはずがないだろう。己からも頼もう……己にはお前が必要だ、一緒にいてくれるか?』

 

 

己の願いに少女がコクリと頷く。

そうか……ありがとう。

 

 

「うん……。……絶対に捨てないって約束して……嫌いにならないと約束して……」

 

『約束だ。お前を嫌いになったりなどせん』

 

「やくそく……です。不履行も反故にするのもぉッ……許しま、せんから……ッ。グスぅ……いまから、思いっきり抱きつきます……!いいですよね……ッ」

 

『あぁ、己でよければな』

 

己の身体に小さな衝撃が伝わり、少女の体温が伝わってきた。

 

己も少女を傷つけぬよう、抱きしめる力を少しだけ強くする。

少女の全身が一瞬硬直するが、己は構わず抱きしめ頭を撫でた。

 

 

大丈夫だ。

己の肌などいくら汚れようが簡単に落とせる。

 

 

 

「うぅ゛、う゛ッ……ぅ……―――う、ぅ゛ぅ……ぁぁぁああぁああぁぁぁッ……ッ゛!!!絶対!ぜったい!守って下さい……ッ!!もし゛ぃ……やぶったらぁ!貴方を殺して私も死んでやるッ!!!ヒッく……せ、せきにん……責任取ってもらうんだからぁ……ッ!」

 

『あぁ……例え命を賭してでも守ろう。心配するな、大人として保護した子供への責任は当然果たすつもりだ』

 

「うぅう゛……ちが、う……。グス……こども扱いして欲しいけど、こども扱いしてほしくないのぉ゛……この唐変木ぅ゛!!」

 

『……お前が言っていることは矛盾しているぞ。己には少し……いや、かなり難解だ』

 

 

どっちなんだ?

どちらにせよ、少女は見た所人間年齢五~七歳と言った所。

 

子供扱いするなと言われても無理だ。

 

 

「うる……さ、い!だまって……なかせてください……ぅぅ゛……ぐす」

 

『了承した。夜は長い……いくらでも泣くといい』

 

 

雨上がりの雲が晴れ、美しい三日月が顔を出す。

 

月明かりに照らされる少女の全身は、相変わらず痛々しい。

だがそれでも……懸命に今を生き抜いた少女の姿は――

 

 

 

 

 

この世のものとは思えぬほど気高く美しく思えた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

『もういいのか?』

 

「お、お恥ずかしい姿をお見せしました。もう大丈夫です。淑女ですもの……もう泣いたりしませんわ」

 

 

すっかり泣き止んだ少女は私と離れ、毅然とした様子で話し始める。

だが、目元には泣き腫らした後と、先ほどまでの子供らしい口調のせいで違和感を憶えてしまう。

 

背伸びした子供にしか見えん。

 

 

『その喋り方は疲れるのではないか?先程のように子供らしく……』

 

「あ、アイン様……。先ほどの私は忘れて下さい!アイン様が急に距離を詰めて変なことをおっしゃるから……。つい動揺して情調が乱れてしまっただけです」

 

 

少女を顔を赤らめ後ずさる。

少女が理想とする適切な距離感を考えながら顎を撫でていると、いそいそと鉄仮面をかぶりはじめた。

 

 

『……む、その仮面。まだつけるつもりか?』

 

「アイン様が私の顔に対して何も思っていないことはよくわかりました。ですが、長年付け続けてきたものなので……頭が軽くてなんだか落ち着かないのです」

 

 

流石に少女の言葉をそのまま受け取る程、己は愚かではない。

だが……己は納得して見せた。

 

時間が必要だ。

少女が傷ついてきた以上の幸せな時間が。

 

 

『そうだな。バランスを崩し転けては大変だ。だが待て、美醜に関して何も感じんとは言ったが……己はお前を綺麗だと思っている、聞こえていなかったか?気にしていない、ではなく、美しいと――

 

「そッ!?そういうことは言わなくていいんです。聞こえてましたが……恥ずかしいから敢えて言わなかっただけです!デリカシーに掛けていますよ!」

 

『……人間は難解だ。己がノンデリと言われる日がこようとは』

 

「アイン様……そんな俗っぽい言葉よく知っていますね」

 

 

己は俗物ではない。

俗物であるのは学習元となった狂人のほうだ。

 

それにしても、だ……。

呼び名については訂正した方が良いな。

 

 

「やはり距離を感じる。もっと砕けて話していい……“様”もいらん。己はそんな大それた魔物ではない」

 

「しかし……それは流石に失礼に当たるのでは」

 

『問題ない』

 

「いえ、そかし……」

 

『問題ない』

 

「わかりました。では……あ、アイン?」

 

 

些か強引だったか?

だが、様呼びなど……まるで己が少女を虐げているようで気分が悪い。

 

 

少女の顔が少し赤いが、精神的には安定しているように見える。

ならば、このくらいは己の我を通しても問題ないだろう。

 

 

『上出来だ、よく出来た良い娘だ』

 

 

感謝の代わりに頭を撫でるが、鉄仮面の奥からむくれた気配が伝わってくる。

 

 

「むぅ……もう。私にはアインが何を考えてるかさっぱりわかりません」

 

『極めて常識的なことだ』

 

「絶ッッッ対……その常識ズレてますよ。断言します」

 

『そうか……うむ。そうだな……学習元があの狂人だからな。余り反論できんな』

 

「狂人……ですか?」

 

 

少女が怪訝そうに首を傾げ考えている。

奴は間違いなく狂人だ。

 

話したくはないが、もう数ヶ月もすればここに来る。

 

 

少女に害を加えるような者ではないが……間違いなく悪影響だ。

眼の前でいきなり死ぬような奴だ。

 

はちあわせする前に、一度話しておく必要がある。

フルーフについて……そして己についても。

 

 

 

『一方的にお前の話しを聞いただけでは公平ではないな。そのことも含め今度は己のことについて話そう。まずは洗濯物を仕上げて、家に戻ろう』

 

「はい。アインのお話……私も聞きたいです」

 

『別に面白はない。退屈なら寝てくれて構わん』

 

「ふふ……御冗談を。貴方みたいなへんてこな魔物さんがどうやって生まれたかだなんて、凄く面白そうです」

 

 

さて、どう話したものか……。

フルーフの話は何もかもが胡散臭さに満ちている。

 

少女は果たして己の話を信じてくれるのだろうか?

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