アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第四十一話▶仲直り。

 

 

 

着弾まで残り数秒。

その刹那、もう聞くことはないかと考えていた声が響いた。

 

 

 

―――「この馬鹿!? さっさと伏せろ!!」

 

地を蹴り砕く音と共に叫びが聞こえた。

アインは振り向こうとするが、それよりも早く勢いのまま背中を蹴り倒され、前のめりに地面へと倒れ伏す。

 

 

『――ぐはッ……フルーフ……ッッ!?』

 

 

声の主はフルーフだった。

倒れたアインに覆いかぶさり、握り込んだ髪の毛の束を頭上へと投げる。

 

その動作に一切の躊躇はなく、息を吐く間すら惜しむような切迫さがあった。

 

 

「間に合うかぁ!? 」

 

 

投げた髪は一本一本が人の形を成していく。

その合計、五百以上。

 

それらが一斉にフルーフとアイン目掛けて降り注ぎ、死体の山を作り出した。

一体一体に濃密な魔力が残留しており、全てが同質の魔力。

 

小さな個の魔力は絡み合いながら一つに溶け合い、膨大な魔力の塊と同質の現象を作り出す。

 

ほんの一瞬とはいえ、魔法に対し鉄壁ともいえる防空壕の完成である。

 

 

街全体が光の暴力に晒される中、アインとフルーフは生きていた。

死体は余さず消し飛ばされていたが、傷一つ負うことなく無傷。

 

しばしの沈黙が二人を包む。

 

フルーフは周辺を見渡した。

あの光量からは考えられないほど、何も起きていない。

 

周囲には気を失った街の人々が倒れており、建築物や自然といったものには一切被害が及んでいなかった。

 

「う、うん?……あれ? 誰も死んでないぞ……」

 

そんな疑問に対し、アインは地面に打ち付けられた額を押さえながら立ち上がる。

 

『それはそうだ……なにせお前の好む無差別攻撃魔法ではない。滅ぶべき者だけが滅ぶ、そういう魔法だ』

 

「どういうことだよ? ……ってか、酷い顔だな。顔のパーツが色々ズレててエライことになってるぞ。魔力もないし……じっとしてろ」

 

 

アインの顔面は焼け爛れ、輪郭を構成する要素があちこちでズレていた。

もはや原形を留めていない。

 

フルーフは溜息を吐きながら懐を探り、見覚えのある尖った赤い石を取り出した。

 

それをアインに突き刺そうとする。

 

アインはギョッと目元を見開き払い除けようとしたが、フルーフは構わず飛びかかり、無理やり首筋へと突き立てた。

 

ゴポゴポと沸騰するような音とともに、赤石は沈んでいき、枯渇した魔力が瞬時に充填されていく。

 

アインは傷を治療しながら、物言いたげにフルーフへと視線を向けた。

 

 

フルーフは大丈夫だと手を振る。

再生効果を削り、魔力補給と副作用緩和に重点を置いた改良品だから異常は起きない。

 

ただし時間を置く必要があり、数時間の内に連続使用すれば一気に副作用が併発する。

そう説明した。

 

「用量用法を守って頂ければ安全にお使い頂けます、てな。で……結局あの衛星砲みたいのはなんだ?」

 

『天命が……その身に刻まれるということだ』

 

 

フルーフは全身がムズ痒くなった。

出来ればもう少し論理立った、理解出来る説明をして欲しい。

 

「そういうオカルト臭いのいいから」

 

『………それ以外知らん。現に魔族は滅び、街の人々の脳に巣食った寄生虫も消えた。奴らはここで滅びる定めを与えられた訳だ。それが女神の下した審判だ』

 

 

これは聞くだけ無駄だな、とフルーフは瞬時に諦めの境地に達した。

 

神だの審判だの天命だの言われても困る。

アインの言葉を感覚的に理解するには、きっと一定の知識、信仰や女神に対する何かしらの共感が前提条件なのだ。

 

フルーフはその全てを満たしていない。

根幹から理解できないものを理解しようとするだけ時間の無駄だ。

 

 

「意味不明過ぎて頭痛いわ……。んじゃ……お前も死ぬんじゃないの? 魔物だし」

 

『そうだな。それも天命であれば仕方ない……女神が死ねというなら死ぬさ。どうやら……今回はお前に邪魔されたようだがな』

 

 

はッ、くだらねぇ……と、フルーフは心底アホ臭そうに吐き捨てた。

懐から度数の高いアルコールを入れたスキットルを取り出し、喉を鳴らして飲み干していく。

 

 

「怖ぇよ、この宗教キチが……うぅ~ん、つまりこういうことだ……ッ!! 女神は糞ってことだな!! 私は耳長の羽付き偶像なんて信じちゃいないし……嫌いなんでね。嫌がらせ出来るなら大歓迎だ!! 女神から死ねって言われたら死ぬって? なら私は死なせてやらない……そんなのただの幻聴だし気の所為に決まってんだろ!? あぁ! 無礼なこと言った私もきっと殺されちゃうんだろうなぁ!? 女神様よ愚かな私を許し給えラーメン! なんて言うか! 殺せるもんなら殺してみろ!!」

 

 

女神の邪魔してやったぜ! アインザーム!

 

そう叫びながら心底嬉しそうにグッドサインを贈る。

雨が止み、日が差し込む空に向かって中指を突き立て唾を吐く。

 

とんでもない奴だ、とアインは呆れながらも微笑んだ。

最低最悪の不敬者であるが、こうでなくてはフルーフではない。

 

 

『で、どうした……。宗教に嵌る私を目覚めさせる為に、最後に殴りにでもきたか?』

 

もう酒が回ってきたのか、頬に赤みを増すフルーフにアインは問いかける。

 

「はぁ~~~ん? 私が女神を嫌いなことと、お前が女神を信じることに何の関係もないだろうが。ことコミュニケーションにおいて宗教の話ってのはタブーだって一般常識を知らんのか……。お前が空飛ぶスパゲッティーを崇拝しようが私は関与しないよ。私には私の女神様がいるのでね。そういうお前はどうなんだ……? 女神の僕としてこの罰当たりな母を誅伐すべきなのではないかな?」

 

『信仰とは押し付けるものではない。人それぞれに形があり救いとなるものだ。他人を攻撃する道具にするなど言語道断。たとえお前がトチ狂いスパモン教のFSMを信じようとも口は出さん。それで幸福ならそれでいい……それが宗教だ。それ以前に人の好き好みを真っ向から否定し、改めさせようなど論外だ……常識だろう?』

 

「常識だな」

 

 

二人はウンウンと頷き合い、相互理解を深める。

傍から見れば何とも珍妙な会話に映るだろうが、根幹に同じ常識を共有する二人は互いの言い分に納得していた。

 

 

『で……話が逸れているぞ。絶縁なんだろう? どうして来た』

 

 

話を戻し、アインは少し戸惑いがちに本題を尋ねた。

今回の絶縁に対して、全面的に自分が悪いという自覚はある。

 

だが終わりを望んでいる訳ではない。

出来ることなら己が招いた軋轢を修復したい。それが本心だった。

 

 

フルーフは聞く耳を持たず出ていった者を追いかけ、身を挺して守ろうとした。

まだ関係を修復できる可能性を感じても、おかしくはないだろう。

 

 

期待通り、フルーフはその一言に腕をクロスさせ、大げさな×マークを作った。

 

 

「ノーカン! あれはノーカン! 絶縁無し! …………はぁ……」

 

 

大声で撤回を表明した後、声が急に萎む。

フルーフは視線を逸らし、髪をクルクルと弄りながら言葉を続けた。

 

 

「――マキナの手紙、読んだぞ……あの遺書、あそこに置いたのお前だろ……。全部知ってるんなら面倒くさいこと聞かんでくれ。マキナがそう望んでる……私はそれを受け入れた。それで十分だろ?」

 

 

コホン、と一咳。

気恥ずかしそうに頭を掻く。

 

絶縁宣言した後に即前言撤回というのは、流石に居心地が悪いらしい。

 

 

『では……絶縁は無効か?』

 

「そうだ。だから――五十年絶交で許してやる」

 

『――は? 何故そうなる?』

 

 

絶縁ではなく絶交。

しかも期限付き。

そんなことに意味があるのか。

アインは目を丸くして咄嗟に聞き返した。

 

 

「私の正当な怒りって奴だ。何かしら言っとかなきゃ気がすまないんだよ! 別にいいだろ……マキナがいなきゃ五十年とかあっという間だ」

 

『お前がいいならそれでいいさ。丁度……世界を見て回ろうと考えていたしな』

 

「はいはい、もうどこへでもどうぞ……。ってかお前さぁ……あの変な口調続けるつもりなの?」

 

 

――もう止める気はないか。

 

旅に出ると口にするアインに、フルーフは止めはしなかった。

地面に落ちた小石を足先で蹴りながら、拗ねたように手で払う。

送り出す意思を見せていた。

 

 

それを見たアインも安心したように肩から力が抜け、髪を掻き上げて空を見上げた。

 

 

『コロコロと変えるお前が、私のことをどうこう言える立場じゃないだろう。マキナから威厳は大事と教わった。だから私は「私」としての威厳を保たねばならん。………子供には怖がられそうだから……少しは緩めるつもりだがな』

 

「変な所で日和ってんじゃないよ……まったく。それじゃ……ヤることヤったし、早く帰ってマキナの墓を作らないとな。ほら行くぞ」

 

 

雪山の低温環境下であれば、死体が数時間で腐るようなことは起きないだろう。

だがフルーフは心情的に、一刻も早く娘を弔ってやりたかった。

 

 

フルーフはアインの背中を叩き、街を出ていこうとする。

だがアインは何かを探すように周囲を見渡し、動くことはなかった。

 

 

『待て……その前に……』

 

 

倒れ伏す人々の中から一人の人間を見つけ出す。

近づき、魔法をかけた。

 

 

『――やはりまだ生きていたか。………よし、もういいぞ。マキナの所に帰ろう』

 

 

その人物は清潔な調理服を着ていた。

フルーフは記憶にない人物を見て、首を傾げる。

 

 

「誰そのコックみたいな奴?」

 

『マキナの食事に……汚物を混ぜていた男だ』

 

「えぇ……」

 

 

フルーフの目から温度が消えた。

 

 

「――殺していい?」

 

 

珍しく本気でキレている。

アインは咄嗟に制止した。

 

気持ちはわからんでもない、と言いながら、今しがた掛けた魔法について説明する。

 

 

『駄目だ。代わりに……口にする全てが汚物の味になるようにしておいた。こいつは生涯、それを喰って生きていくことになる』

 

「う、わぁ……ッ」

 

 

フルーフは顔を歪めた。

想像したくない光景が脳裏を過ぎる。

 

 

つまり酒を飲んでも肉を食べても、全てが変換される。

態々殺さなくても、じきに心身が限界を迎えて衰弱死するだろう。

 

 

「……同情はしないけど、想像したくないわぁ……。まぁ……お前がいいってそれで言うなら……マキナもそれでいいんだろ……。これ以上此処にいても手が出そうだし、早く帰るぞ……」

 

 

フルーフは殺意を収めた。

 

どうやら表面上冷静に見えるが、アインの方が余程腹に据えかねているらしい。

 

 

『そうだな。敢えて聞かないようにしているようだが言っておくぞ……マキナを殺した奴にはきっちりと始末をつけておいた』

 

 

わかってるなら言うなよ、とフルーフは歯噛みする。

 

対処いかんでは文句を言ってしまいそうになるから、敢えて聞かなかったのだ。

出来れば詳細を聞き出してやりたい。

 

半端な真似で済ませていたら、フルーフはアインをぶっ飛ばさない自信がなかった。

 

アインの判断はマキナの判断でもある。

両人が納得した始末のつけかたに、文句など言いたくはなかった。

 

 

だが、その心配もなさそうだ。

今さっき見せた容赦の無さからすれば、フルーフが想像出来ないような目にあわせていることは、想像に難くない。

 

 

だからもう聞くことはない。

短い返事で済ませ、適当に話を変えた。

 

 

「そう……。てかお前、あの味知ってたんだな……」

 

『私ではなく……昔、それと一体化してたお前の記憶だよ……』

 

「なんか思い出したわ……うぇ、聞かなきゃよかった」

 

 

最悪な記憶を少し思い出し、フルーフは顔を青ざめさせた。

アインを弄るつもりが、逆にとんでもないダメージを受けてしまった。

 

口元を掌で押さえながら、アインの肩をパンチする。

 

アインもお前が聞いてきたんだろ、とフルーフの肩をパンチし返した。

 

二人は肩パンの応酬を繰り返しながら歩き出す。

誰一人意識のない街中で、魔物と人間の親子は和気藹々と歩み、以前と同じように談笑していた。

 

 

「帰ったら。石の棺桶を作って……帝国産の結界の魔道具も張って、埋葬して、墓石を作って……後はなんだ?」

 

『……お前ともあろう奴が大事なことを忘れてるぞ』

 

「なんだ……? あ……」

 

 

フルーフは足を止めた。

 

 

「――いいね、まだ間に合うよな」

 

『あぁ……間に合う』

 

「『帰ったら葬式と誕生日祝いだ!』」

 

 

今は亡き彼女は生前望んでいた。

死ぬのであれば一人寂しく死ぬのではなく、アインとフルーフが織りなす騒がしい喧騒の中で死にたいと。

 

ならば、既に亡くなった後だが見送りくらいは盛大にやってやろう。

墓石に酒を注ぎ約束を果たそう。

 

馬鹿騒ぎしながらバースデーソングを歌ってやろう。

やるべきことは沢山あった。

 

 

フルーフは暗い表情を消し、明るく務めた。

アインも今日だけは自制心も恥も忘れて騒ぐつもりで、表情を緩める。

 

 

それこそが彼女の望む最期なのだから。

 

 

女神を信じるアインと、女神を信じないフルーフ。

両極端な思想を持つ二人だが、今この瞬間、思うことは一つだった。

 

 

彼女が寂しく思わないよう、精一杯弔おう。

 

 

 

 

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