アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第四十二話▶『いってらっしゃい、お義母さん……アイン』

 

 

 

――マキナが亡くなってから数週間後。

 

 

あれから帰宅した二人は、頑丈な石棺を組み上げ、マキナを丁寧に埋葬した。

そして下らない話で朝まで騒ぎ、歌った。

 

買ってきた高級酒を墓石に注ぎ、フルーフはマキナの二十五歳の誕生日を乾杯と共に祝した。

 

 

用意していたケーキは墓石の前でフルーフが号泣しながら一人で平らげてしまった。

 

酒に酔ったフルーフとアインが殴り合いの喧嘩に発展した際には、勢い余って墓石を破壊。

 

二人して墓の下に眠るマキナに謝罪しながら墓を修復した。

死者への手向けとは思えないモラルの無さで騒ぎ散らした夜だった。

 

 

それから数週間、なんだかんだとじっくりマキナの死を引きずった二人は、ようやく住居を発つ準備を始めた。

 

 

そして今日。

別れの挨拶と共に、二人は住み慣れたこの場所を発つ。

 

 

旅支度を終えたアインとフルーフは、女神像の横に立てられた立派な墓石の前に立っていた。

 

冬の乾いた風が頬を撫で、木々の梢がかすかに揺れる。

静寂の中、二人は愛すべき者へと思いを馳せた。

 

 

「……今更だけどさ、死人を相手に誕生日を祝うって冷静に考えて頭おかしくないか?」

 

 

フルーフが煙管をくわえ、深く吸い込んだ。

紫煙が冬の空気に溶け、墓石の向こうへ流れていく。

 

その煙を目で追いながら、唐突に冷静なことを言い出した。

 

 

『急に冷静になるな。私は初めからそれを自覚しながら参加していたんだぞ』

 

 

アインは謎の賢者タイムに入っているフルーフをジト目で見つめ、肩を落とした。

 

葬式と埋葬を行ってから誕生日パーティーで供養とは一体なんなのか。

普通の感性を持っていれば、やる前から気づけたことだろう。

 

 

「不謹慎の極みだな」

 

『言うな。私達にとってはこれでいい。これまで何か一つでも普通のことなどあったか? 魔物と人間で行う葬式など前例がない。画一的なマナーに従う必要はないさ。なにより、あれは本人たっての希望だった』

 

「違いない」

 

 

アインは墓前に屈み、白と淡い紫の花束を添えた。

冬に咲く花を選んだのは、この季節にも色を絶やさないようにという想いからだった。

 

フルーフは封の切られていない酒瓶を数本、その横に並べていく。

 

安酒だった。

いかんせん供え物としては質素に過ぎる。

 

だが、フルーフが毎日浴びるように飲んでいたものであり、マキナが密かに興味を持っていた品でもある。

故人を想って捧げるものとしては、そう悪くはないはずだった。

 

 

アインは微妙な顔をしたが、フルーフは悪戯っぽい笑みを浮かべて立ち上がった。

 

 

もしも本当に天国なんてものがあって、供え物が届くのなら。

今頃マキナはその酷い味に咽せ返っていることだろう。

 

 

天国など信じていない。

信じてはいないのだが、マキナの愉快な姿を想像してしまうと、手荷物の袋から豪華なラベルの貼られた高級酒を取り出し、追加で置いてしまった。

 

 

「これで口直しでもしなよ、お嬢さん」

 

 

小さく呟き、それ以降は墓を見なかった。

首をアインの方へ向ける。

 

 

「ところで、お前はこれからも魔物を名乗っていくのか? 人間に受け入れられることはないだろうが、もっとこう……私は魔物じゃ断じてねぇぇぇぇ! って吠えるぐらいはしてもいいんじゃないか?」

 

未だに自分は魔物だと言う息子に対し、そんな疑問が漏れた。

折角マキナから御大層なものを貰ったというのに、なぜそう名乗らないのか。

 

『見ろ』

 

アインは両腕を広げ、己の姿を示した。

灰色の巨躯、人間離れした輪郭。

 

どこからどう見ても異形の存在。

 

『中身はともかく、私は誰がどう見ても知性のない凶暴な魔物でしかないだろう。大事なのは、私とマキナが「私」をどう定義づけたかだ。他人を説得したり、受け入れてもらう必要はない。マキナとの思い出がある限り、私は自分を見失ったりしない。だから私は、自分への戒めの為にも、魔物以外の何かを名乗るつもりはない』

 

「知性のない凶暴な魔物ねぇ……ふふ」

 

 

フルーフは鼻から深い溜息をついた。

どこか寂しげな響きがあった。

 

 

「随分とまぁ、大人びちゃって。昔のお前が今と同じ状況なら、絶対に魔物じゃないって言い張ってたぞ。個性への妄執や執着が凄まじかったからな。……代わりに頭メルヘンの女神信者になっちゃったけど」

 

『親なら子の成長を素直に喜んだらどうなんだ。お前はいつも余計な一言が多い。私はもう既婚者なんだ、変わりもする』

 

 

たった十五年。

だが、何者でもなかった魔物が一人前の個へと成長するには、十分な時間だったのだろう。

 

 

フルーフは口には出さなかった。

髪油で艶やかに整えられた白髪、仕立ての良いコート、そして紳士然としたシルクハット。

 

所作の一つ一つに気品が滲み出ている。

これで「知性のない凶暴な魔物」とは、どの口が言うのか。

 

 

私に似て変な所で抜けてるな、この間抜け。

なんか無駄にカッコつけてる所で笑うのは可哀想だし、ツッコまないでいてやろう。

この慈悲深い母に感謝しなさい、クソボケアインザーム。

 

 

そんなことを考えながら、フルーフは話題を変えた。

 

 

「なら、そんなお前にコレをやろう」

 

 

フルーフは懐を探り、赤い石の破片が大量に入った袋を取り出した。

 

 

「今のお前なら、なんだかんだで落ちてる死体くらいは喰えるだろうけど。どうせ限界まで喰わないことは目に見えてるからな。私がいれば全部解決だけど、これからはそうじゃない。旅に出るっていうなら、これを持っていけ」

 

 

これまでアインは、フルーフの冷凍保存された遺体を細々と喰いながら生きながらえてきた。

だが、それも今日で終わる。

 

これからは自分一人で喰って、身体を維持していかなければならない。

 

今の覚悟の決まったアインに対して、フルーフはあまり心配していなかった。

だが同時に、餓死してポックリ逝きそうな気配も感じていた。

 

だからこその保険だった。

 

 

『おい、これは……』

 

「この小さい一欠片で、低燃費のお前なら一日は保つはずだ。ただ、荒事が起こって魔力が枯渇しそうになった場合はそれじゃ足りない。だけど足りないからって一気に摂取するなよ。わかってると思うが、あんまり飲みすぎると副作用が出るからな」

 

 

そう言いながら、ぐいぐいとアインの胸元に袋を押し付ける。

 

 

『お前から見て、私はまだそんなに不甲斐なく見えるか?』

 

 

フルーフにアインを見くびるような感情はない。

これが単純に身内を心配しての贈り物だと、アインも理解している。

 

しかしそれでも、表情が険しくなるのを止められなかった。

信用していないのか、と視線で訴えかける。

 

 

「当たり前だろ」

 

 

フルーフは気負った様子もなく肯定した。

 

 

「私は親で、お前は子だ。私の中ではお前なんぞ一生糞餓鬼だ。そういうセリフは千年くらい生きてから言ってくれ。後、お前、毎年マキナの墓参りに来るつもりだろ? 倉庫の床に百年分くらい石を備蓄しといたから、足りなくなったら取りに来い」

 

 

どれだけアインが成長しようと、フルーフの対応は変わらない。

身内だと認めた相手には、とにかく甘く世話を焼く。

 

それがこの女の本質だった。

 

アインが余計なお世話と感じようが関係ない。

そういう奴だと思い出したアインは、眉間の力を抜いて脱力した。

 

 

『全く。お前は本当に巫山戯た奴だよ』

 

 

呆れた声が漏れたが、フルーフは聞いていないのか、再びゴソゴソと胸元を漁った。

今度は尖った赤い石が十本ほど入った小さな袋を取り出す。

 

 

「後これも、非常用だ。マキナみたいには使ってくれるなよ。駄目な時にはこれ使って逃げろ。間違うなよ、逃げる為に使うんだ。自分の命を勘定に入れてまで何かに勝とうとするな。そんなものに価値はない、私が認めない」

 

声のトーンが変わった。

 

「これはただ死んでほしくない純粋な気持ちで渡すんだ。お前はわかってくれるよな?」

 

重い。

 

急に湿度を上げ、ジメっとした雰囲気を出してくるフルーフに、アインは後ずさりしそうになった。

言葉の節々に籠った感情がとにかく重く、縋ってくるような気配すらある。

 

 

使って生き延びれば喜ぶだろう。

だが間違った使い方をすれば、本気でショックを受けるに違いない。

 

怒るでもなく、延々と恨み節を吐きながら泣き続ける姿が、容易に想像できた。

 

 

『……あぁ』

 

 

争いごとに自分から近づくつもりはない。

フルーフの想いを踏みにじる気もない。

 

だが、もし使うのなら、マキナと交わしたもう一つの約束を果たす時だろう。

アインは直感でそう感じていた。

 

 

「そうか……! ならよかったよ!」

 

 

フルーフは満面の笑みを見せた。

 

 

「流石は私の息子だ。お前なら正しい使い方をしてくれるって信じてるぞ」

 

 

かと思えば、表情が翳る。

 

 

「後悔してたんだ。こんなものを渡したせいで、マキナが長く苦しむハメになったんじゃないかって。だからお前は私に後悔させないでくれ。いつか使うなら、死へ追いやるようなものじゃなくて、お前の命を救ったんだって私に思わせてくれよ」

 

 

渋った返事ではあったが、それを聞いてフルーフは安堵したようだった。

更に重いことを口走り始める。

 

アインは何と言ってよいかわからず、黙って肩に手を置いた。

 

 

『大丈夫だ。荒事は好かん。使う機会は来ないさ。だが、心配してくれているなら、気持ちとして受け取らせてもらう』

 

 

フルーフの情緒不安定っぷりは嫌というほど理解している。

こういう時はさっさと話を切り上げて次にいった方がいい。

 

そうすればテンションもリセットされる。

経験則だった。

 

 

「それならそれでいい。んじゃ、そろそろ行こうか。死者には静寂と安らぎを。もう十分騒いだ、流石のマキナでもそろそろ怒りそうだ」

 

 

沈んでいた表情が少しマシになり、フルーフは墓石に背を向けた。

山を降りる方へと歩き出す。

 

 

『それは御免被る。マキナは怒ると怖いんだ。……お前は、墓参りには来ないつもりか?』

 

 

アインも滑空しながらフルーフの横へと追いついた。

 

 

「来ないよ」

 

 

短い返事だった。

 

 

「来るとしたら、私の女神様と出会えた後かな。……悪いな、正直ここに来ると思い出しちまうんだ。色々と」

 

 

フルーフの目的は、いうなれば異種間恋愛に近いものだった。

しかも同性同士。

 

目の前で最悪の終わり方をした二人を思い出すような場所には、できれば来たくないのだろう。

 

 

アインはフルーフを責めなかった。

彼女にとって、ソリテールに受け入れてもらえるかどうかは、文字通り人生の全てが掛かっている。

 

ただの恋愛事情とは次元が違う、生死の問題でもあるのだ。

 

少しでも目的の妨げになるなら、素直に来なくていいと思った。

 

 

『嫌な顔して会いに来るなら、来ないほうがマシだ。手入れは私一人でできる。お前は精々魔族の尻を追いかけていろ』

 

 

少し元気づけてやろうと、わざと軽い調子で煽りを入れた。

 

 

だが、それが予想外に効いてしまったらしい。

フルーフはヒステリックな咆哮を上げ、アインに噛みついてきた。

 

 

「な、なんて下品な奴だ……ッ。ソリテール様の美尻を尻なんて言ってんじゃねぇ!? うわぁぁぁソリテール様の美尻!! 大魔族のドヤ尻ぃぃ!!」

 

 

――うわぁ、キモ。

 

アインは急に発狂し出した母親に対し、心底辛辣な感想を抱いた。

 

 

『キモいぞ。近寄るな、キモいが移る。私はコッチだ、お前はアッチへ行け』

 

 

そそくさと距離を取り、分かれ道となった道を適当に選んで進んでいく。

 

 

「はぁ~~!? ロリコンに言われたくあ~り~ま~せ~ん~~ッ! 馬鹿、逆だ。お前が南で私が北! 造船所探さないといけないんだよ!」

 

 

アインの目尻がピクピクと動いた。

昔ならともかく、今でもロリコン呼ばわりされるのは心外だ。

 

 

『マキナは二十五歳の立派な淑女だ、この腐れババ――痛ぁッ』

 

 

売り言葉に買い言葉。汚い言葉を吐こうとした瞬間、フルーフはそれよりも早くアインの背後へと回り込んでいた。

 

鋭い蹴りが尻を捉える。

 

アインの身体は分かれ道の分岐点まで吹き飛ばされ、地面を転がった。

その隙にフルーフは、アインが通ろうとしていた道を我が物顔で進んでいく。

 

 

「煩いぞ! ババァと言われて三日三晩泣くエルフだっているんだ! デリカシーには気をつけろ、この腐れロリコ――んぁッ!?」

 

 

だがアインも黙ってやられるのは癪だった。

猛スピードでフルーフへと接近し、首を掴んで投げ飛ばす。

 

 

フルーフは投げられた勢いのまま、顔面で地面を滑っていった。

土埃を上げながら、分岐点まで戻されてしまう。

 

 

『黙れ! 変態マゾバイセクシャ――あぐッ!?』

 

「私は変態じゃなくて、ソリテール様専用に身体がチューニングされてんだよ! 眼フェチのペド野――ぉぶ……ッ!?」

 

 

最後の最後で下らない小競り合いを繰り返す。

なんとも締まらない頑固者の二人は、道を譲る気がないのか、ひたすら足を引っ張り合った。

 

 

『言葉が汚いぞ! 母親なら息子に道をゆず――あ゛ぅち!?』

 

「お前も十分汚いわ! その語彙力は私から来てんだから文句を――うぉ……べッ!?」

 

 

足の引っ張り合いが、かれこれ数十往復。

 

ついに我慢の限界に達した二人は、同時に拳を振りかぶった。

狙いは互いの顔面。

 

渾身のストレートパンチが、寸分違わず同時に放たれる。

 

拳が頬を捉えた。

 

骨が軋む音。

肉が歪む感触。

 

両者の身体が同時に吹き飛んだ。

 

 

「『――んぼぉぁ……ッ!?』」

 

 

その威力は凄まじかった。

地面に亀裂が走り、周辺の木々が根元から倒れる。

 

衝撃波が雪を巻き上げ、白い粉塵が舞い散った。

 

結果、二人は取り合っていた道とは全く関係のない方角へと吹っ飛んでいく。

山を越え、谷を越え、明後日の方向へ。

 

 

「マキナぁ!! 絶対また来――」

 

『マキナ! 私は必ず――』

 

 

吹き飛ばされながら、二人の大声が木霊した。

 

 

その声は一瞬で遠ざかり、やがて完全に消えていった。

山を抜け、空を飛びながら、アインとフルーフは明後日の方角へと姿を消してしまった。

 

 

静寂が戻った。

 

 

風が凪ぎ、木々のざわめきも止まる。

墓地には女神像と、真新しい墓石だけが残されていた。

 

 

冬の柔らかな陽光が、墓石に添えられた花束を照らしている。

白と淡い紫の花弁が、かすかに揺れた。

 

その横には、安酒の瓶と高級酒の瓶が並んでいる。

 

墓石に刻まれた名前を、陽の光が優しく撫でていた。

 

そして――

 

どこからともなく、穏やかな声が響いた。

 

『あ、あはは……。お義母さんもアインも、最後まで忙しなかったなぁ』

 

風が吹いた。花弁が一枚、舞い上がる。

 

『それじゃ、いってらっしゃい。二人共』

 

その声は風に溶け、空へと昇っていった。

 

墓地には再び静寂が訪れる。女神像は変わらず穏やかな微笑みを湛え、墓石は陽光の中で静かに佇んでいた。

 

どこか遠くで、鳥の声が聞こえた。

 

春は、もうすぐそこまで来ていた。

 

 

 

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