アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第六話▶『お前のために己は何が出来るだろうか』

 

 

 

明かりを灯していた魔道具を消し、小さなランプへと火を灯す。

少女を寝床へと寝かせ、倉庫から取り出しておいた厚手の布団を被せる。

 

 

「うわぁ……すごく温かい。これ羽毛だよね、ここにはほんとうになんでもあるね」

 

 

『それも奴の私物だ。さっきも少し言ったがフルーフの奴は不老不死でな……ここを建ててからもう二百年程になるかもしれん。その間に溜め込んだ食料や色々な物資が文字通りの意味で腐る程あるんだ…』

 

 

フルーフの話など面白みのないことばかりだが、もうすぐ奴が来る時期だ。

話しておかない訳にもいかんだろう。

 

 

「不老不死。永遠に死なないってどんな感じなのかな?」

 

 

少女は己に子供らしい純粋な疑問をぶつけて来る。

己の中では不老不死などは不運でしかないが。

 

そうだな、普通の人間にとって不老不死は羨望の対象なのかもしれん。

 

 

余り生々しい話しを聞かせる必要もない。

ただ幸福ではないとだけ伝えておこう。

 

 

『………いいや。いいことなど一つもない。何を成そうと何れ時の流れと共に崩れ去り、全てが虚しくなる。残るのは狂気と死を願う渇望だけ。最期には誰一人寄り添う者もおらず、永遠の時間を彷徨い続ける生ける屍になるだけだ』

 

「どうにかしてあげられないの?」

 

 

少女は布団の端を握りながらそんなことを言う。

 

奴は誰にも救えん呪人だが、心配することはない。

奴の師だけは最期に救いの道を残してくれた。

 

 

『大丈夫だ。最悪の状況を辿らん限り、奴にはまだ方法が一つだけ残されている。だからこそ完全には狂っていない。概ね今言った通りだが、完全な狂気へと落ちる最後の一歩で踏みとどまっているのがフルーフという人間だ』

 

「それってすごく……その、大変そうだね。あ、ご、ごめん。私なんかに同情されていい人じゃないよね……きっと……」

 

 

どんなことを想像しているかわからんが、少女は頭が良い。

きっと己では想像出来んことまで、思い浮かべているに違いない。

 

 

『いいや。奴とは長い付き合いが、そんな己ですら哀れみを感じずにはいられん。この世には自身の不幸に同情されたくない人間は多い。だが奴は同情されたり褒められたりするのが好きだ。根は単純な奴だからな。しかし余り口には出さんことだ、うざ絡みしてくるぞ』

 

 

奴が死に目に会ったり悲惨な目に会うのは大抵自業自得だが……。

永遠に死ぬことが出来ない苦しみは饒舌に尽くしがたい。

 

知性の無い頃に何度も覗かされたせいで耐性こそついたが、こうして正気を保てているのが奇跡に近い程だ。

フルーフを前にする度に、己はこうじゃなくてよかったと、本心からそう思わされる。

 

 

奴は余り憶えていないらしいが、フルーフの幼少の記憶は地獄だった。

魔物に喰われ、胃の中で溶かされ、排泄される。

 

逃げ出そうとすればまた喰われる、その繰り返し。

 

 

アレはもう二度と読みたくはない。

己の魔法の精度を上げ進化させればさせる程、記憶の感触や感情が己に流れ込んでくるのだ。

 

 

知性が芽生えてからは、頼まれなければ記憶に目すら向けなくなった。

前世の記憶の一部を掘り出して欲しいと頼まれてからは、奴の平和だった前世ばかりを見ている。

 

今の己を形作ったのは、その記憶による所が大きいだろう。

 

 

『……今からするのはそんな哀れな奴と、自分が何者かもわからない魔物の話だ。何度も言うが……退屈だったり、眠かったら途中で寝てくれて構わん』

 

「もうすぐ会うかもしれないんだよね。なら教えて、失礼がないようにしなくちゃ。それにアインのこと、もっと知りたいの」

 

『そうか。ならば少し長話を聞いてもらうとしよう』

 

 

 

 

既に深夜を過ぎ早朝へと向かう時間だ。

余り長話をするのも気が引けるが……。

 

何故か興味津々といった様子で、目を光らせている少女がそれを許してはくれそうにない。

まぁ、年頃の子供の興味を引く話でもない。

 

退屈になり直ぐに眠りにつくだろう。

 

 

完全に聞く体制になり耳を傾ける少女に己は静かに語り始める。

 

 

己は元々どこにでもいる知能も無い一匹の魔物だった、しかし偶然にもフルーフに見つかったのが運の尽き。

奴は己の種族特有の魔法に目をつけ、自身が忘れてしまった記憶を掘り起こさせようとしてきた。

 

その時の経験。

頬に走る激痛だけは今でも憶えている。

 

知性の無かった頃のことは殆ど憶えていないが、奴の記憶から己がどういう方法で知性を得たかは知っていた。

 

己とフルーフの出会いは完全な敵対状態からだ。

己はどこにでもいる魔物、それも人間を好んで食す狡猾で残忍な種族だ。

 

人間が目の前にいれば当然だが喰おうする。

 

幻影を見せ霧の中に誘い込んだまでは良かった。

 

 

だが奴は幻影を無視し喜色満面の笑みを浮かべながら、霧に紛れた己を腹部を殴った挙げ句、苦悶も許さない内に殴り倒した。

さりとて殺そうともせず。

 

奴はひたすら己に対し教育を施した。

まるで犬でも躾けるかのように“待て”や“よし”を覚え込ませ、上手く出来れば人肉を喰わせ、命令を無視すれば拳や蹴りが飛んできた。

 

 

それを徐々に段階的に上げていき、言語を少しずつ理解させるまでに至った。

己に対し言語の概念を根付かせるのに数百年は掛かっていたな……聞いていて頭が可怪しいと思うだろう。

 

その狂人具合に知能の芽生えたばかりの己でも……。

“コイツはヤバい”と悟ってしまった程だ。

 

 

前世も含め千年以上蓄積されてきた記憶、それらを何千回と読み込まされ情報を探っていく。

膨大な魔法の行使回数に比例し、徐々に魔法の精度が上がっていった。

 

単純な記憶の読み取りから、感情の追体験まで出来るようになってしまった。

 

 

己に知性が芽生えたのはその段階だろう。

奴が惨たらしく死ぬ様、恐怖や悲鳴、魔物ですら生理的嫌悪を抱く腐った死体の山。

酷く不愉快な感覚から、嫌悪という感想を抱いた。

 

 

自身で何かを考えることも出来なかった己は……。

この数百年という時の中で、極々自然にものを考え始めたのだ。

 

それからは早かった。

奴の前世の記憶から知りたいことを掘り起こし、一時的だが思い出させてやった。

 

己も学習対象として、奴の前世を覗き続けた。

奴の前世はその狂人っぷり反し平凡そのものであり、社会に搾取される小市民そのものでしかなかった。

 

 

だが、血と絶望に染まり狂い果てていった今生よりも、余程マシだと思えた。

 

 

だからこそ己は不快感の無い前世を学習対象としたのだろう。

己の感性と常識はフルーフの前世に由来している。

 

故に、己は己のことをそこまで世間一般からズレているとは思わない。

この世界でも極めて常識的なことを語っていると、自負している。

 

 

フルーフの前世。

己が如何にして知性を獲得したのか。

 

フルーフがどういった人物なのかも端的に伝え、己は少女に全てを語った。

 

長々と話してしまったため少女は眠りについたかと思ったが、相変わらず顔布から覗く瞳は美しく。

爛々とした輝きを放っていた。

 

 

我ながら荒唐無稽で胡散臭さに満ちていたというのに、疑っている様子は一切なかった。

 

 

「前世って本当にあるんだ。じゃぁ……やっぱり天国もあるよねッ!」

 

『さてな、己は断言出来んことは口にせん。フルーフなら何か知っているかもしれんが』

 

 

天国か。

夢のある話だ。

だがきっと、己には縁遠いものに違いない。

 

 

「アインが変わってるのは、フルーフさんが原因だったんだね。アインって色んな魔法使ってるし、きっとフルーフさんも凄い魔法使いなんだよね」

 

 

確かに己に魔法の術式や理論を教えたのは奴だが……。

凄いどころか真逆だ。

 

民間魔法は多少使えるが、奴の使用する殆どの魔法は自傷を伴うものに傾倒している。

 

 

『それは……そうだな。知識だけなら、大魔法使いフランメの弟子だけあり凄まじいものだが。奴は勉強は出来ても実践は苦手としている。故に、夢を壊してわるいが、自爆以外出来ん』

 

「あ、あぁ……そうなんだ。そ、そういうこともあるよね。よかった……挨拶する前に知れて」

 

『あぁ、神経は図太いフルーフだがソコは余り、他人には触れられたくない部分だ。魔法に関してはなにも聞かんほうがいいだろう』

 

 

フランメの弟子とまで言っておいて、ガッカリする気持ちは理解出来るが……流石に嘘は言えん。

それに今の奴にトラウマを誘発する話題は駄目だ。

 

己が忘れさせたものを一瞬で思い出してしまう可能性がある。

 

 

「うん、そうする」

 

『気を使わせるようで悪いな』

 

「気にしてないよ。それに、アインのお母さんみたいな人だもんね。やっぱり、失礼がないようにしなきゃ」

 

 

ぬぅ……今、なんと言った?

おかあさん……母?

 

え?何故?

 

 

『――?今、母親と言ったか……え?』

 

「え……だって。フルーフさんから色々なこと教わって、育てられたんだよね?それって血は繋がってないけど、義理の親子みたいなものなんじゃないのかな?」

 

 

理論として筋は通っている……が、認めたくない。

あの狂人と己が同系列だと……?

 

少女には悪いが、無理矢理にでも否定させて貰うぞ。

 

 

『己は魔物で、奴は人間だ。そんな関係は成立しない。故に親子ではない』

 

「でも……聞いた分だと性格も……少し似てるし」

 

『……なん……だと……』

 

 

馬鹿な……な、内面が似てるだと?

それこそおかしい、己は命を大事にしている。

 

フルーフのような狂人ムーブで死んだことなど、一度も無いのだぞ。

 

 

「似てるよ。アイン……少し聞いてもいい?」

 

 

己が戦慄し否定しようとする前に、少女は“似てる”そう言い切った。

 

 

『な、なんだ?』

 

「アインは私の記憶を見ないでくれたよね。それはどうして?」

 

 

どうして?相手は年頃の少女。

それも子供だぞ。

 

プライベートな記憶を無断で覗くなど大人である己がする訳もない。

そんなことを聞かれても、常識だからとしか返せん。

 

 

『子供は保護すべき対象だ。無断でそんな真似は出来ない。当たり前だろう』

 

「子供じゃなくて木こりのオジサンだったり、薬草を採取しにきたお姉さんだったら?」

 

 

なんだ?それは……。

ふむ……躊躇いなく覗くな。相手は己と同じ大人だ。

 

後手に回れば殺されるかもしれんし。

大人同士の世界は厳しいのだ、配慮などしていられるか。

 

 

『……?覗くが?己を討ちにきた戦士、あるいは魔法使いかもしれん。子供と違い成熟した大人相手に遠慮はいらんだろう』

 

「そういう所だよ」

 

 

なにがだ?さ、さっぱり理解出来ん。

 

 

『なにがだ。意味がわからん』

 

「う~~ん。それじゃぁね、もし私が、アインが大人になったって断言出来るまで成長したらどうするの?私が嫌がっても無理やり覗くの?私大人だよ?」

 

 

少女は何故わからないんだとでも言いたげに、また質問をしてくる。

 

 

それは、大人など関係ないだろう。

己が保護すると決めた以上、少女は己にとって大事な存在だ。

 

成長しようがしまいが、嫌がることなどするはずがない。

 

 

『するわけないだろう。魔物といえど己を見くびるな。大事と思う者に対し嫌がることをするなど言語道断だ』

 

「そ、そっかぁ。えへへ、大事……じゃ、じゃなくて。……そういう所だよ、似てるのは。変に常識的な所……気づいてないみたいだけど、ソックリだと思うよ」

 

 

ほんとか?

いや、少女からはからかっている気配や冗談の気配は感じない。

 

当たり前のように本音だ。

 

 

知性がフリーズする。

 

 

『―――――――――え?』

 

 

あ……ぐ……ま、不味い。

今の反応フルーフと似てたかもしれん。

 

……本当に本当か……?己は奴に似ているのか?

 

 

「わ、私はアインのそいう所……好きだよ。だから落ち込まないで」

 

『似てる……本当にそう思うのか?』

 

「うん、お話しの中でなんだかアインっぽいなぁ~って感じる所が結構あったし。あと、たぶんだけど……フルーフさん身内には凄く甘いでしょ。アインもなんだか私に過剰なくらい甘いし……そういうところも」

 

 

アウラとフルーフのことか?いや己とフルーフのことを言っているのか……?。

待て。フルーフの名誉の為に言っていないが、奴とアウラの出会いは碌でもないんだぞ。

 

いや……しかし……なんだか凄く。

己とフルーフが似ている気がしてきた。

 

 

『そ、そうか……。マキナ、一つ聞かせてくれ。己はお前からは変態に見えているのか?』

 

「み、見えないよ。そういう所で似てるって言った訳じゃなくて。その……フルーフさんの良いところを受け継いでるな、って。そんな風に思ってるだけだからね」

 

 

よかった。それならよかった。

前世部分で似ているのは仕方ない……学習元でもあるしそこは諦めよう。

 

最終的に変態として似ていないのなら、この件はまだ納得出来る。

 

 

――これからも変態だと思われんよう、毎日服を着よう……。

 

 

『そうか、アレと似てるか……。駄目な所があったら言ってくれ。直す。それとフルーフが己の母親云々も言わないほうがいい……発狂する可能性がある』

 

 

駄目な所があったら遠慮せず言ってくれ、そう切に願う。

己は変態にはなりたくない。

 

 

「あ、うん。無理しないでね。私は全然気にしないから」

 

 

くっ……顔布の奥から乾いた笑い声が聞こえてくる。

己は今、保護すべき子供に気を遣われたのか?

 

これでは駄目だ。

頼りがいのない大人では少女が不安がってしまう。

 

己は何事にも動じない、毅然とした保護者でいなければならない。

 

 

『勿論だ。出来る範囲で頑張ろう。これでフルーフと己の話は終わりだ。話の途中で眠るかと思っていたが、まだ目は冴えているようだな。他になにか聞きたいことはあるか?』

 

「色々あるけど……。アインのこと聞いてもいい?」

 

『あぁ』

 

「なら何か欲しいものはある?私、アインに貰ってばかりだから。何時か……なんでもいいから一つでも返したいの」

 

 

思わぬ醜態を晒し、少し力んできた全身の力が抜ける。

なんとも微笑ましい質問だった。

 

 

『子供が――「子供が気を使うな……なんて答えはなしだから」はぁ……そうか。己の欲しいものか……抽象的でも良いのか?』

 

 

己の考えることなどお見通しか。

やはり賢いな。

 

 

「うん、良いよ」

 

『物欲などは特に無い。己はただ……己が何者なのかをハッキリとさせたい。己のことを断言出来るだけのなにか……そういうものが欲しいのかもな』

 

「どうしてそんなこと思うの?アインはアインでしょ?」

 

『己はフルーフという人間の前世を学習し人格の形成にまで至った。知性と理性を得た今、己は色々な感情を抱き、独自の考えを持つまでになっている。素晴らしいことだ……己はこれらを誇りに思っている。だがふと思うのだ。他の魔物とは掛け離れ、魔物とすら呼べなくなった己は何者なのか。この人格はフルーフという人間の複製でしかないのではないかとな』

 

「難しいね。私……そんなこと考えたことすらなかった。私が何かだなんて、周りの人達からずっと言われ続けてきたから……。フルーフさんは、なにか言ってくれなかったの?」

 

 

そう言いながら少女の顔が曇るのがわかった。

あまり思い出したくないことを思い出させたようだ。

 

 

『無いな。奴は己の面倒と教育こそ施したが、アインザームとしか呼びはしない。だからなのか?己の定義が定まらない。魔物なのか‥…それとも精神は人類の魔物でも名乗ればいいのか?考えれば考える程わからなくなる。己は何の為に生まれ、何の為に生きている?この先何を成すために生きていけばいい?知性を得たことで考え込む時間も増えた……。この先何も成さず、怠惰に生を終える気にもなれない。己は魔物にも、人類にもなりきれない不完全な半端者なのだ』

 

 

少女にするには余りに身勝手重い問だ。

今まで誰にも相談出来ず、自分の中で鬱憤のように溜まっていた苦悩が吹き出てくる。

 

己は子供相手に一体何を言っているのか。

そう自覚しながらも、一度紡がれた言葉を止めることが出来なかった。

 

 

誰かに自分の悩みを打ち明ける、それが余りに心地よく……自制を忘れてしまう。

少女は嫌がる様子を見せず、うんうんと頷き口を開いた。

 

 

「そっか。アインが凄く色々考えていることは伝わってくるよ。だけど自分の定義なんてその時々で変わるものだと思う。私はアインに拾われるまで、生ゴミや病原菌みたいに呼ばれてて……本当にそう思い込んでた。今でもそれは消えない。だけどアインは私のことを……“良い娘”や“子供”って言ってくれたよね。だから私は、過去の自分から一歩踏み出して頑張ることが出来てる」

 

 

止めるんだ。

お前の辿った苦難に比べれば、己の悩みなら対したものでもない。

 

こんなもの。

ちっぽけでつまらない取るに足らない問題でしかなんだ。

 

 

顔と肌を晒すだけで尋常ではなく怯える少女と、己を並べて良いはずがない。

 

だというのに……止められない。

 

己は少女からの真摯な言葉に……。

胸が晴れやかになるような歓喜を感じている。

 

もっと聞きたいとすら思っているのだ。

 

 

やはり。

己はフルーフに似ているのかもしれんな。

 

同情が心地良いなどとは……。

 

 

『わからないな……。己がなんであるかは、他者の言葉が決めるということか?他者の反応から己の定義を導き出す……そう言いたいのか?』

 

「アインが自分で自分のことを決められるなら、それが一番だよ。だけど、わからないなら他の人を頼るのも悪いことじゃないと思うの。アイン……私は貴方が大事だよ。……だから変わろうと思えた。アインもさ……大事な人に聞いてみて。自分が何者なのか……それを断言して貰えたなら、きっと凄く力になると思う。私はそうだったから」

 

 

確かにな、己は自分を理解していない。

端から、自分自身を偽物なのではないかと疑念を抱き続けている。

 

どれだけ考え抜こうと……。

そんな己の内から湧き出た答えでは、納得しないだろう。

 

 

他者に委ねる、か。

それも良いかもしれん。

 

己よりも遥かに信頼出来る誰かの言葉……。

案外すんなりと受け入れられるかもしれない。

 

 

『大事な人の声か……そうだな。それも一つの答えかもしれん。自分の心を定義づけられれば……そんなことを思っていたが。どうやら己には、致命的なまでに交友関係が足りなかったらしい。そんな発想は浮かばなかった。だが、これから交友関係を作るのも大変だ……。魔物とも人類とも上手く行く気がせん。魔族は論外だ』

 

 

フルーフに聞くのが一番いいかもしれんが……。

奴は真剣に聞いても、茶化してきそうな気がして聞く気になれん。

 

ならば奴の娘のアウラはどうか?

フルーフなんぞより遥かに良識があるはずだ。

 

頼めば真剣に答えてくれる気がする。

 

 

それか、少女に……。

いや、駄目だ。

 

マキナは今、様々なものから開放されようやく子供らしく振る舞えているのだ。

……これ以上の重荷は背負わせられない。

 

 

「あの。その……アイン……」

 

『どうした……?』

 

 

誰に頼めばいいか、どう交友関係を作るか。

そんなことを思案していると、少女はオズオズと片手を伸ばし己の手を掴んできた。

 

その手は震え。

今にも落ちてしまいそうな程に弱々しい。

 

 

「その、きっと大事に思えば思う程、貴方が何者なのか、その答えが心に響くと思うの……。納得して、悩みもなくなるかもしれない。大事な人からの言葉だし……。えぇ、と……その、だから……」

 

 

そうだな。

命に代えても惜しくない……そんな者の言葉ならきっと胸を打つことだろう。

 

お前がそんな者になってくれるのか……?

そんな期待が口に出そうになる。

 

 

それは駄目と否定したばかりなのに。

真っ先に思い浮かんでしまう。

 

 

『あぁ、その通りだと思う。己より信頼出来る、誰かからの言葉なら。きっと無条件で信頼出来るだろう。そうなればこんな悩みも消えるはずだ』

 

「その……交友関係を広める必要は無いと思うよ?アイン……わ、私のことは大事?」

 

 

まだまだ短い付き合いだが……あぁ。当然だ。

大事に決まっている。

 

 

『突然だな。あぁ、大事だ』

 

 

己の言葉に、少女は何か決心したように口を大きく開き、顔布を浮き上がらせる。

 

 

「そ、それなら……私を……もっと大事にしてッ!大事に思って……大切にして……。そしたら、わ、私がアインが何者なのか言ってあげる、から……」

 

 

段々と尻すぼみしていく声はか細く消えていく。

 

 

駄目だと……口には出来なかった。

 

これ以上何も考えなくて良い。

背負う必要のない重荷など負わなくていい。

 

……そう言ってやるべきなのに。

 

 

全身を震わせ、目元に涙を貯め口元を強張らせるマキナを見て。

己は何も言えない。

 

 

拒めなかった……。

いや違う。

 

最初から拒む気などなく、寧ろ卑劣にもそう言ってくれるの待っていたのだ。

 

 

 

不甲斐なくてすまない……。

そしてありがとう……マキナ。

 

お前はほんとうに優しい……。

 

 

そんなにも震えて、無理しているのが丸わかりだ。

お前は拒絶されることを恐れていながら、また一歩踏み出した。

 

トラウマを克服しようと、恐怖を振り払った。

 

 

 

お前は……――己などより余程強いな。

 

 

 

それとも。

こんな化け物の為に勇気を出してそんなことを言ってくれたのか?

 

自惚れと自覚している……。

だが、そう思うと胸の内に温かいものが広がることがわかった。

 

 

これはなんだろうな……。

フルーフの記憶や感情の中でも、感じたことのない感覚だ。

 

フルーフが持ち得ない、己だけの感情であることは間違いない。

 

 

やはり、己がなんであるか……それは、マキナ。

 

お前にこそ決めてほしい。

己はそう思わずにはいられない。

 

 

『……震えているぞ。まだ病人のお前にそこまで言わせてしまうとは。己は己が思うより遥かに情けない魔物らしい。その意見に賛成だ。己はお前を誰よりも大切にし、大事にすると約束しよう』

 

 

約束だ。

決して破らないと誓おう。

 

マキナ、だからそんな顔はしないでくれ。

 

 

「そ、の……図々しい、とか、偉そうに指図するなとか言わないの?わ、私……アインのこと自分勝手に、利用しようとしてるだけかもしれないんだよ……?い、いいの……それで?生意気でしょ……上から目線で可愛げもない、こんな奴に言わせておく必要なんて……ないんだよ?」

 

 

それならそれでいい。

病人のお前に縋るような、醜悪な魔物を利用したいなら存分に利用してくれ。

 

己は構わない。

お前に貰ったものを、少しでも返せるならなんでも構わないんだ。

 

 

それに己は己が言った言葉を違えない。

お前は”良い娘”だ。

 

そう言い切れる。

 

だからその優しさを疑いなどしない。

己の為に真剣に考えてくれたんだ……。

 

マキナが危惧する感情など、湧くはずがないだろう。

 

 

『何に腹を立てろと?お前の言っていることは正論で、己の苦悩に答えを出してくれただけだ。それにマキナ……今は自信が持てないかもしれんが、お前は己より遥かに賢い。教養も学習能力も高い。見ていればわかる。そんなお前が出してくれた案だ、疑う余地などない』

 

「アインの……馬鹿。子供に言いくるめられて恥ずかしくないの……」

 

『そういえばフルーフの奴も馬鹿でな。どこかの子供が言ったように、己も馬鹿な所が似ているのかもしれん』

 

「もうっ!そういうのを屁理屈っていうの。ねぇアイン……こんなの……私にばっかり有利で不公平だよ」

 

 

少し怒らせたな。

不公平か……。

 

己は貰ってばかりなのに何を言っているんだ?

 

他者と触れ合う楽しみ。

言葉を交わす楽しみ。

悩みを聞いて貰える安ら。

 

……山の中で一人でいても、生涯得られなかったであろう様々なものを貰った。

 

 

有利だと言うなら、それは己のほうだ。

だが、そう言っても納得しないだろうな。

 

 

『ならば、精々色々と考えてくれ。己がなんなのか……己が聞かせて欲しいと願った時。その答えを聞かせて欲しい』

 

「私の私情が入ってたり。私に都合のいいことばっかり言うかもしれないよ?それでもいいの?」

 

『あぁ勿論だ。どうせ己で考えても導き出せる可能性は無に等しい。ならば、その答えで踏ん切りを付けさせて貰う。それで半端者からは卒業だ』

 

「……責任重大。うん……わかった。いつか私に聞いてね……アインがどういう存在か、その時思ったことを素直に言うから……」

 

 

なら安心だ。

何を言われても必ず受け入れられるだろう。

 

だが一つ。

少女はどうも己を善良な者だと勘違いしているフシがある……。

 

本意ではないが、事実を伝えるため少し怖がらせてやろう。

 

 

『一つ言っておくが、己はお前が思うような善良な存在ではないぞ。……人も喰うしな』

 

「そっか。なら私を食べる?腐ってるけどね」

 

 

な、何故怖がらない。

人を食べていると言ったのだぞ。

 

何故それで腕を差し出してくる。

己は思わず顔を手で覆い少女を静止する。

 

 

『―――………止めろ。己が悪かった、だから二度と言うな』

 

「なら変に悪ぶらないで。どうせフルーフさんしか食べてないんでしょ」

 

『すまん……』

 

 

いや、そうだが……これは普通の反応ではないだろう。

怖がらせるどころか、言いくるめられてしまった。

 

 

可笑しい。

少女は己を人を喰う魔物だとしっかり認識しているようだ。

 

なのに何故こんなにも好意的なのだろう……。

むむむ。わからん。

 

 

善良などではないと訂正したいが……うむ、困ったな。

口で勝てる気が全くせん。

 

 

完全に言い負かされた己を他所に、少女は大口を空け、眠たそに目を擦る。

 

 

「ふぁ~……。あ、あれ……なんだか……眠くなってきちゃった……」

 

『一度眠ったとはいえ、疲れが取れていないのだろう。もう変なことを言ったりはしない、だから眠るといい』

 

「……そうする……」

 

『あぁ……良い夢を』

 

「……うん。ねぇ、アイン……我儘ばっかりいってごめんね……。私のこと……何時でも嫌ってくれていいよ」

 

『戯言を聞くつもりはない。感謝するのは己の方だ。ありがとうマキナ……おやすみ』

 

「ふふ……。なにそれ……いみ、わからない……。ぅぅん……おや、すみなさい、アイン」

 

 

静かな寝息が聞こえてくると共に、明かりを完全に消す。

 

 

―――貰いすぎだ。

 

 

マキナ、お前から貰った分。

……己はどれだけ掛かっても必ず返そう。

 

何時かかならず。

お前が憂いなく笑って生きられるように、何にも怯えなくなるように……。

 

己は全力を尽くそう。

 

 

お前が己にしてくれたように。

己もお前の為に何が出来るのか……それを考え続けようと思う。

 

 

眠りを妨げないよう、静かに浮き上がり寝床を後にする。

 

 

己にも睡眠は必要だが、人間程ではない。

眠る前に、風呂の掃除とタオルの洗濯を片付けるため、風呂場へと向かった。

 

 

 

 

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