アインザーム・オリジン【完結】   作:ごすろじ

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▼第九話▶『新しい門出は昼過ぎの朝食から』

 

 

 

正しさとは何か。

悪とは何か。

 

 

己の中に善悪を分かつ認識と線引は存在している。

だが、わからない。

 

己の中にあるコレは、己の物差しである確証はない。

どちらかといえば他者の物差しを真似ただけのもの……だと思う。

 

 

頭では正しいことだ、正当性のあることだと理解している。

しかし果たして……。

 

 

他者の命を刈り取る免罪符として、相応しいものなのか。

 

 

伸ばした腕が止まる。

思い直し、再び手を伸ばし魔法を使う。

 

 

己の手の中で、二つの命が終わりを迎えた。

 

今、己の中には悪いことをしたという罪悪感がある。

 

だが、これは必要なこと。

正当性のある行為だという自負もある。

 

 

答えが見つからない鬱々とした気分の中。

己は奪った命を手で持ち……帰路へとつく。

 

 

帰り道、見覚えのある果実をいくつか摘み取り帰路を急ぐ。

 

 

もう昼だ。

そろそろマキナが目覚めてもおかしくはない。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

太陽が天高く登り、冬の温かい日差しが降り積もった雪を照らしている。

差し込む日差しに唸りながらも、少女はまだ起きてこない。

 

 

暖炉に乾いた薪を補充し、火かき棒で押し込み部屋の温度を保つ。

 

起こそうとは思わない。

子供の成長を助けるのは食事と睡眠。

 

少女……――マキナには、そのどちらも足りていない。

 

 

無論、無秩序な生活サイクルは歓迎すべきものではないが……。

これまでの分を補うためにも、多少長く眠らせてやるべきだろう。

 

 

顔布をズラし様子を伺うが、悪夢に囚われた様子は無い。

心地よさそうに寝息を立てている。

 

夢の中の様子も問題はない……。

少女が何故か、己と似たでかいぬいぐるみに抱きついているだけで、平和そのものだ。

 

 

寝ることにも体力が必要だと聞く。

昼まで眠れば、流石に起きてくるだろう。

 

 

己は少し遅い朝食の準備に取り掛かった。

 

 

まずは壺から水を汲み取り、魔法で濾過していく。

 

少女は病人だ。

身体に影響がないよう細心の注意を払う必要がある。

透き通っているとはいえ油断はできない。

 

念入りに、細菌や病原微生物を取り除いた純水を、飲み水として作り出す。

 

 

木箱から保存食のパンを取り出し、昨日と同じように焼いていく。

木を伐採し、くり抜いて作られた皿に焼き上がったパンを乗せる。

 

以前フルーフが甘いといっていた果実をすり鉢で砕き、ペースト状になるまで磨り潰す。

ジャム……というには粗が目立つ。

 

しかし、少しは風味が豊かになるだろう。

 

 

栄養バランスが大切だ。

タンパク質、脂質、糖分……体を作り上げるにはどれも欠かすことは出来ない。

 

病人であれば、なおのこと気にかけなければならん。

 

 

続いてビタミンもだ。

人間の体で生成できん栄養素である以上、食事で積極的に取らねばならん。

 

肌に重要なのはビタミンB群だったか?

 

いやビタミンAとE……?

水溶性と脂溶性のバランスが重要だったか……?

 

 

――フルーフめ……。知識の穴抜けが酷すぎる。もっとまともに学習しておけ。

 

 

だが、最低限の基礎知識があって助かった。

少なくとも肉ばかり、果物ばかり、といった偏った食生活に陥らずに済んだ。

 

 

コップに水を注ぎ、テーブルに焼きたてパンを乗せる。

ベリー系の果実を水で洗い、へたを取ってボールに盛っていく。

 

 

テーブルの上に出揃った朝食を見て……己はなんとか妥協する。

だが、やはり脂質とタンパク質が足りていない。

 

暫くは保存食の干し肉で賄えるが、肉類は量が少なくすぐに底をつくだろう。

一年は保つとしても、成長期の子供に十分な量を与え続けるには心許ない。

 

 

 

このままでは駄目だな。

気は進まんが……出来ることをしないのは己自身が許せん。

 

苦手などと良い大人が情けないが……努力するしかない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

窓から差し込む光の角度が変わり、部屋の影が少しだけ伸びていた。

暖炉の薪が一本、燃え尽きて崩れる。

 

橙色の火の粉が舞い上がり、すぐに消えた。

 

 

「ぅ……ん……」

 

 

布団が大きく蠢いた。

 

 

「あ、れ……もう、朝……?」

 

 

掠れた声と共に、少女が身を起こす。

寝癖のついた象牙色の髪が、あちこちに跳ねていた。

 

顔布越しでも、寝ぼけているのがわかる。

目を擦り、辺りをぼんやりと見回している。

 

 

『朝ではなく昼だが、おはよう』

 

「おこしてよ……」

 

 

声はまだ掠れていて、どこか拗ねたような響きがあった。

 

布団を押しのけ、ゆっくりと足を床につける。

立ち上がる動作すら緩慢で、まだ完全には覚醒していないらしい。

 

暖炉の火を絶やさなかったおかげか、寒がる様子はない。

少女はトボトボと、覚束ない足取りでテーブルまで歩いてくる。

 

 

『起こす理由もなかったのでな。ほら、朝食を食べるんだ』

 

 

椅子を引いてやると、少女は素直に腰を下ろした。

 

そして――テーブルの上を見た瞬間、その目が大きく見開かれた。

 

 

焼きたてのパン。

果実のペースト。

色とりどりのベリー。

透き通った水の入ったコップ。

 

 

貧相な食事だと思っていた。

干し肉を薄く焼いたものも添えてはいるが、豪華とは程遠い。

 

 

だが少女の瞳は、まるで宝物でも見つけたかのように輝いていた。

顔布の下で、息を呑む気配がする。

 

 

「……至れり尽くせりだね」

 

 

声が震えていた。

喜びなのか、戸惑いなのか、あるいはその両方なのか。

 

 

「食べた分は、いっぱい仕事するから」

 

 

その言葉に、己は僅かに眉根を寄せた。

 

 

『マキナ、ではさっそく仕事だ。子供は食べて寝るのが本分……ゆっくり時間をかけて食べた後は、昼寝でもするといい』

 

「アイン……それはちょっと舐めすぎだよ。いくら大事にしてくれてるからって、食べて寝るだけの豚さんになるつもりはないから」

 

 

少女が頬を膨らませ、こちらを睨んでくる。

怒っている――というより、拗ねているに近い。

 

 

その仕草が、どこか幼くて。

年相応の子供らしくて。

 

少しだけ、安心した。

 

 

『ふむ、仕事か……』

 

 

とはいえ、気ままな山暮らしに大した仕事などない。

 

洗濯は己の方が手際が良い。

炊事は――駄目だ。

 

子供を火に近づけるのは危険すぎる。

薪割りは論外。

 

木の伐採など以ての外だ。

 

しかし、何もさせないというのも考えものだろう。

過剰な退屈は毒だ。

 

心身の健康に良くない。

 

ならば、危険の少ない、穏やかな作業を。

川辺で魚を釣ったり、家庭菜園で野菜を育てたり。

 

魔法で畑を耕すことは出来る。

種があれば、野菜や花を育てることも不可能ではない。

 

 

『わかった、考えておこう。だが今すぐ出来ることは何もないぞ。畑や魚釣りなども考えたが……。色々と事前準備をせんことには仕事も始められんしな』

 

「うん、自分の食い扶持は自分で手に入れないとね」

 

 

――子供らしくない。

 

 

立派な心掛けだとは思う。

だが、あまり言って欲しくはなかった。

 

 

『………』

 

「そんな顔しても駄目だからね、アイン。適度に身体を動かさないと、動けなくなっちゃうよ」

 

 

見透かされた。

目も口も鼻もないこの貌の、どこを読んで己の感情を察しているのか。

少女の観察眼は、時折恐ろしいほど鋭い。

 

やはり天才か。

そうだと思っていた。

 

今、確信した。

 

 

『はぁ……。あぁ、反対はしていない。だが言った通り、準備は己が行う。それまでは何もせず待っていてくれ。暇なら本があるし……どうしても仕事がしたいのなら、保存食の在庫管理でもするか?』

 

 

準備期間は一週間。

いや、半月ほどにしておこう。

 

その間に少女の体調を見極め、無理のない範囲で出来ることを探せばいい。

 

 

「うん!」

 

 

少女の声が弾んだ。

仕事を与えられたことが、そんなに嬉しいのだろうか。

 

 

「あ、そうだ……」

 

 

少女が何かを思いついたように、顔を上げた。

 

 

「アインに礼儀作法でも教えてあげようか?」

 

『礼儀なら己も弁えているぞ。……第一マキナ、お前にそんなものがわかるのか?』

 

「まぁ、最低限度の礼儀作法は身につけてるから、自信はあるよ」

 

 

そう言いながら、少女はナイフとフォークを手に取った。

 

物音一つ立てない。

カチャリという金属音すら聞こえない。

 

パンを均等に切り分け、一切れを口に運ぶ。

咀嚼する音も、嚥下する音も、何も聞こえてこない。

 

グラスを持ち上げ、水を飲む。

傾ける角度、唇への当て方、置くときの静けさ――全てが洗練されていた。

 

 

所作の一つ一つに無駄がない。

流れるように、優雅。

 

気品があるとは思っていた。

言葉遣いや振る舞いから、ある程度の教養は窺えていた。

 

 

だが、ここまでとは。

 

己には、真似できる気がしない。

 

 

『……そのようだな』

 

 

思わず、感嘆が漏れた。

 

少女は一度動きを止め、こちらを見上げる。

顔布の下で、得意げな笑みを浮かべているのがわかった。

 

 

『だが食事のマナー……か。己にそんなものは必要ない』

 

「そうかな?」

 

少女はフォークを置き、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

 

「礼儀作法は、なにもテーブルマナーだけじゃないよ」

 

その声には、先ほどまでの無邪気さとは違う響きがあった。

 

「……ねぇ、アインはさ」

 

少しの沈黙。

 

「この先ずっと、この森で暮らして死ぬつもりなの?」

 

 

思わぬ質問だった。

 

だが、それについては随分前から考えてきたことでもある。

己の中には、既に答えがあった。

 

 

『いや。いずれは出ていかねばならないと考えていた』

 

窓の外に目をやる。

雪に覆われた森が、白く静かに広がっている。

 

『ここは確かに喧騒もなく、心地良い。だが……何もかもが惰性でしかない。代わり映えのない生活から得られるものは、なにもない』

 

同じ景色。同じ日々。同じ静寂。

それが嫌だったわけではない。

 

だが、このまま朽ちていくことに――どこか抵抗を感じていた。

 

『フルーフとの相談になるが。お前が元気になったら……少し遠出をし、共に旅に出るのもいいな』

 

 

口にしてから、己は気づいた。

そうだ。少女が元気になれば、拠点を移すことも出来るのだ。

 

 

戦火が届かない辺境とはいえ、いつ火の粉がここを襲うとも限らない。

四十年後か、二十年後か……もっと早く。

 

少女と共に、安全な南側諸国へと移り住む。

それも一つの選択肢だ。

 

 

心の傷が癒え、病気が治れば、 人間社会にも馴染めるかもしれない。

少しずつ、普通の生活に戻してやれるかもしれない。

 

 

魔物である己としては、人目の多い場所に住むのは気が引ける。

だが保護者として、後々の未来のことも考えておかねばならない。

 

 

少女の幸福を思えば。

己の都合など、些細なことだ。

 

 

「…………そうなれれば、いいね」

 

 

少女の声は、どこか遠くを見るような響きがあった。

何を思っているのか、顔布の下の表情は読み取れない。

 

だが、その声音には。

微かな翳りがあった。

 

 

「うん――な、なら……なおのこと、礼儀作法は学んでおいた方がいいよ」

 

少女は気を取り直したように、声を明るくした。

 

「変装するとしても、所作っていうのはその人の人となりを表すからね。人は……内面がどうのなんて綺麗事を言うけど、そんなの建前」

 

 

両手をテーブルの上で組む。

その仕草すら、どこか上品だった。

 

 

「どんな人間だって、まずその人の容姿や動きを見るものだから」

 

『そういうものなのか? あまり実感出来んな……』

 

 

容姿など、己にとっては物差しにもならない。

少女の顔を見て醜いと思ったことはないし、フルーフの容姿がどうであれ、奴は奴でしかない。

 

見た目で相手を判断する――その感覚が、正直なところよくわからなかった。

 

 

「アインみたいな変人……? 変な魔物さんには、理解出来ない感覚だと思う」

 

 

変?己は変ではないが?

違うが?

 

 

「それじゃ……容姿や所作の及ぼす影響を、簡単に説明してあげる」

 

 

少女はテーブルに肘をつき、こちらをじっと見つめてきた。

その瞳には、教師のような真剣さがあった。

 

 

「考えてみて、アイン。お医者様が二人いたとします。二人とも、高名なお医者様として名の知れ渡った人物。……これが前提ね」

 

『例で示してくれるのはありがたい。理解した』

 

「一人目は――」

 

少女は人差し指を立てた。

 

「清潔感のある診療服を着て、首には聴診器。手元には検査のための小道具を持っています。白衣は糊がきいていて皺ひとつなく、靴も磨かれている。話し方は穏やかで、患者の目を見て丁寧に説明してくれます」

 

 

典型的な町医者か、貴族お抱えの医師といった印象だ。

信頼できそうな人物像が、頭の中に浮かぶ。

 

 

「二人目は――」

 

少女は二本目の指を立てた。

 

「無精髭に、乾いてカピカピのポマードで髪を固めた無愛想な人。目には深い隈、爪は伸びっぱなしで汚れている。道具は何も持っていなくて、布で包んだお薬を『これを飲め』とだけ渡してきます。説明は一切なし」

 

 

……それはもはや浮浪者だろう。

フルーフの奴のように、麻薬でも盛ろうとしているとしか思えん。

 

 

「さぁ、アイン……」

 

少女は身を乗り出し、挑むような目でこちらを見た。

 

「貴方なら、どちらのお医者様を信用して命を預けますか?」

 

『随分極端な例だな。……当然前者だろう』

 

答えは即座に出た。

考えるまでもない。

 

「でしょう?」

 

少女は満足げに頷いた。

 

「二人とも同じくらい高名で、同じくらい腕のいいお医者様だという前提なのに。アインは見た目だけで判断した」

 

――なるほど。

 

言いたいことが、感覚で理解出来た。

己も無意識のうちに、外見で相手を判断していたということか。

 

 

「では、商人の場合はどうかな?」

 

少女は話を続けた。

 

「一人目は――恰幅が良くふくよかな商人。上等な生地の服を着て、指には控えめだけど品のいい指輪をしている。話し方は自信に満ちていて、堂々とした語り口。売り込む商品自体は利益も少なく堅実なもの」

 

『ふむ』

 

「二人目は――ボロボロの服に、痩せ細った身体。話し方は情緒不安定で支離滅裂、目が泳いでいる。売り込む商品はローリスク・ハイリターン。『必ず儲かる』と何度も繰り返す」

 

少女は再び、こちらを真っ直ぐに見つめた。

 

「さぁ、アイン……どっちと取引する? 貴方の信用を得られたのは、どっちかな?」

 

『……前者だな』

 

これも即答だった。

 

前者は裕福で信頼できる商人。

後者は後先のない詐欺師。

 

実際に会ったわけでもないのに、頭の中で勝手にそういう人物像が浮かんでいた。

振る舞いや仕草、身なりを想像しただけで――無意識のうちに判断を下していた。

 

これは思考の問題ではない。

もっと深い、無意識の領域で起きていることだ。

 

 

――やはり、マキナとの会話は面白い。

 

 

己の知らなかった己を、少女は言葉で暴いていく。

それが不快ではなく、むしろ心地よかった。

 

 

「実際に会ったわけでもないのに、言い切ったね」

 

少女は小さく笑った。

 

「なんでそう言い切れたのかな? これで理解出来た?」

 

『降参だ……』

 

素直に認めるしかなかった。

 

『確かに見た目や所作は、想像よりも重要らしい。己もその影響を受けていた。清廉潔白な態度を取っていたことを、恥じるばかりだ』

 

「へへ、でしょ」

 

 

少女は得意げに胸を張った。

だがすぐに表情を引き締め、真面目な声で続けた。

 

 

「私は見た目で判断することがないよう、心がけてるんだけど……。やっぱり人間っていうのは、まずは上辺の先入観からその人を見定めるから」

 

その言葉には、実感がこもっていた。

 

「貴族でなくても、高価な服を身につけて傲慢に振る舞うだけで、向こうが勝手に高貴な者だと勘違いしてくれる。それだけで、色々と有利な立場に立てるんだよ」

 

『子供ながらに、色々と詳しいものだ……』

 

「私の家は成り上がりの事業家だからね。そういう知識の書かれた本は、山ほど読んだの――それで……アイン」

 

少女の声が、少しだけ揺れた。

 

「私が教えてあげられるのは、これくらいしかないんだけど……教えてほしい?」

 

 

不安に揺れている。

何かを恐れるように、こちらの反応を窺っている。

 

何故、こうまでして働こうとするのか。

何故、自分の価値を証明しようとするのか。

 

それは、なんとなく理解しているつもりだ。

 

少女は誰からも助けてもらえず、排斥され続けた人間。

本当の意味で甘えることを知らない。

 

己がいくら「ここにいてもいい」と言っても、じっとしてはいられないのだろう。

自分の居場所は、自分自身で勝ち取らなければならない。

 

そうでなければ、安心できないのだ。

 

だから、何かを返さなければならない。

対価を払わなければ、ここにいる資格がない。

 

少女は、そう思い込んでいる。

 

だが今、己は心から思う。

是非とも、礼儀作法を少女から学びたい、と。

 

今思えば、己の知っているマナーはフルーフのものだ。

あの女――いや、あの狂人から学んだ作法など、信用に値するかどうかも怪しい。

 

これは己にとっても悪い話ではないのだ。

 

 

『高貴なお嬢様に教育していただけるなど、魔物の身でありながら身に余る光栄。是非……お願いしよう』

 

わざと大仰に言ってみせた。

 

「ぷっふ……」

 

少女が吹き出した。

顔布の下で、笑いを堪えているのがわかる。

 

「よ、よろしい。では私のことは、マキナ先生と呼んでください……アイン君」

 

『あぁ……では、よろしく頼むとしよう』

 

少女の肩から、僅かに力が抜けたのがわかった。

 

『その……女性用の礼儀作法ではないよな?』

 

「ふふ、アインは女性だったの? 勿論、男性用を教えてあげる」

 

『そうか……なら、後日指導を頼むが構わんか?』

 

「うん。私も男性の礼儀作法は、色々と忘れてるところがあるかもしれないから、頭の中で整理しておくね」

 

少女は顎に手を当て、何かを思い出すように視線を上げた。

 

「あ、アインにとっては記憶を読んだ方が早いかな……?」

 

 

少し勘違いしているな。

確かに己は記憶と感情を読み取ることが出来る。

 

だが、その動きまでは真似出来ない。

フルーフから教わった魔法も、ある程度の訓練を経て身につけたものだ。

 

覗けば技術を即座に習得できる――というわけではない。

 

対象の成功体験をなぞり、最短最速で技術を習得する。

無駄を省いた習得までの道筋、心構え、コツなどを最初から理解した状態でのスタート。

 

そういった補助にはなるが、訓練そのものを省略できるわけではない。

 

そして、今回。

己は効率など気にしていなかった。

 

少女から教わることに、意味があるのだ。

 

 

『随分と無粋なことを言う。己はお前と関わることに楽しみを見出している……そう言っただろう』

 

少女の目が、僅かに見開かれた。

 

『効率など二の次でいい。お前は己に教えると言った。一度口に出した言葉の責任は取らねばならんぞ……。そうだろう、マキナ先生』

 

 

己は楽しみを求めている。

それを与えられるのは、お前だけだ。

 

 

これは――お前にしか出来ない仕事なのだ。

 

不安に揺れていた瞳は、もうなかった。

己のお巫山戯に可笑しそうに笑いながら、少女はニッと綺麗な笑みを浮かべた。

 

 

「――ふふ……変なの」

 

その声は、心底楽しそうだった。

 

「ですが、おっしゃる通りですね……アイン君」

 

そんな、冗談めいた言葉が嬉しかった。

 

顔布が揺れ、一瞬だけ瞳が顕になる。

自分に価値を見出せていなかった少女の瞳に――ようやく、少しだけ活力が宿った気がする。

 

 

 

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