崖っぷち結束バンド   作:三十路スキー

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 ストレイビートはクリムトの夜がメジャー移籍して
 莫大な移籍金でビルが建ちました


追い詰められる女

 伊地知虹夏27歳。一応プロのバンドマン。2月の酷く寒い日の昼過ぎ、あたしたち『結束バンド』のメンバー四人は、所属するインディーズレーベル『ストレイビート』の事務所に呼び出された。そこで来季の契約を更新しない旨を告げられた。

 

 ――実質の解雇通告だ。

 

 あたしたちの最初のマネージャーで、現在は統括マネージャーの司馬さんは最後まで反対してくれたらしいけど会社の方針は覆らなかったみたい。クビを通告してきた若い社員曰く、会社の方針としては所属アーティストの若返りを図りたいんだって。……要はあたしたちみたいな、20代後半のおばさんバンドはもう用済みらしい。

 でも正直、あたしとしてはよく今までクビにしないで面倒見てくれたよねってのが本音。現状のあたしたちからすれば感謝はすれど恨む理由は無い。まさに鳴かず飛ばずって表現がふさわしいもんね。

 最初は良かったんだ。あたしが『ぼっちちゃん』こと後藤ひとりをあの公園で見つけて、初ライブの舞台を踏んで、もう10年近くになる。あれから文化祭から未確認ライオット、レーベル所属にアルバムのリリース、まるで漫画かアニメか演劇かってぐらいにトントン拍子に事が運んでいった。

 

 ――でも、魔法は解けてしまった。

 

 最初に出したアルバムが一番売れた。スターリーだとワンマンできる実力は付いたけど、他所に行ったら井の中の蛙。学生時代は楽しければよかったけど、今はこれが本業。もうすぐ結成10年になっても音楽一本では食べていけず、いまだにバイトの方が収入多い有様。

 ……この歳で昔はよかったなんて言いたくないけどさ、そう愚痴りたくもなるよ。

 

 

 

 

 

「結束バンドのミーティングを始めます」

「……」

「……あ、はい」

「……テーマはどうするんですか? 伊地知先輩」

 

 ライブハウス『スターリー』のテーブルで定例のミーティング。みんなうなだれて、お通夜のような雰囲気。そりゃ無理もないか。

 

「あたしね、もうこのバンドは解散すべきだと思うんだ。みんなはどう思う?」

 

 一言目はあたしから切り出す。せめてもの、バンドリーダーとしての責任。

 

「私は賛成。正直今のまま続けても、何も変わらないと思う。それに……」

 

 リョウが真っ先に応える。あたしに同調してくれるみたいだ。まあ露骨に不満を表明することが多かったのはリョウだったし。

 

「ちょっと待ってください! 解散なんて、私は反対です!」

 

 喜多ちゃんがリョウの言葉を遮る。

 

「……郁代だって分かってるよね? 今の結束バンドが売れる見込みはもう無いし、なによりやってる私たちが楽しくない」

「でもリョウ先輩……」

「リョウの言う通りだね。喜多ちゃん。もうこのあたりが、潮時かなってあたしは思うな」

 

 私はリョウの言葉に同調する。私の言いたいことをリョウが代弁してくれた。

 

「……」

 

 ぼっちちゃんは黙ったままだ。

 

「伊地知先輩そんなこと言わないでください! 貴方らしくないです!」

「は? じゃあ、なにがあたしらしいって言うの!!」

 

 ついカッとなって怒鳴ってしまう。開店作業に追われるスタッフたちの視線が痛い。あたしはバツが悪くなって、小さく頭を下げる。

 

「ごめん、大きな声出して。……最近ストレス溜まっててさ」

「いえ……」

「虹夏、落ち着いて」

「タバコ吸ってくる。ちょっと頭冷やしたいの」

 

 

 

 

 

 喫煙スペースに移動して、ポケットから電子タバコの『アイクス』を取り出す。本当は紙のほうが好きだけど、バンドの喫煙者はあたしだけなので、みんなに気を遣っているつもり。

 

「虹夏、ホントにお前らしくねぇぞ。まあ、気持ちは分かるけどさ」

 

 灰皿の横に先客がいる。あたしのお姉ちゃんでここの店長、伊地知星歌だ。お姉ちゃんは紙のタバコに今でも拘る。アラフォーなのに、美人でスタイルいいんだよね。正直嫉妬する。でも独身。

 

「……」

「お前だっていい歳なんだから、メンバーに八つ当たりしたってしょうがないことぐらい分かんだろ?」

「でもお姉ちゃん、あたし……」

「ここでは店長と呼べ。バンドがレーベルをクビになるなんてよくあることだ。早まったこと言ってないで、さっさと切り替えて、他のレーベルにデモを送るとかやってみたら? 拾ってくれるところがあるかもしれんぞ」

「……」

 

 二人で紫煙を燻らせる。やっぱアイクスは美味しくないな。

 

「ま、お前らが決めることだ。精々悩んでよく考えることだ」

 

「……わかったよ。ありがと」

 

 

 

 

 

 メンバーがいるテーブルに戻る。

 

「ごめんごめん。話に戻ろっか」

 

 努めて明るく振る舞う。明るい笑顔はあたしの唯一の武器だ。才能なんてロクに無いあたしにとっては。

 

「伊地知先輩、やっぱり解散は考え直しましょう。まだまだ私たち頑張れますよ!」

「ずっと頑張ってきたじゃん。……バンド以外、他の道も考えてみるべきだって言いたいの。あたしらもう20代も後半なんだよ。ガールズバンドは寿命短いんだ。バンドだけが人生じゃないしさ。そういやさ、喜多ちゃん、この間彼氏にプロポーズされたって言ってたじゃん。もしそれを受けるならバンド続けていくのは難し……」

「今それ関係ないでしょ!!」

 

 今度は喜多ちゃんが怒鳴る。この娘がこんなに怒る所、初めて見た。優しい娘だもんな。あたしと違って。

 

「……虹夏言い過ぎ」

「ホントごめん、喜多ちゃん」

「私の方こそ、取り乱しました。……すみません」

 

 あれ? 今日のあたし、どうして苛ついて……。いつもはこんなんじゃないのに。

 

「……」

「ぼっちはどう思うの?」

 

 ぼっちちゃんはまだ黙っている。その態度にも、あたしの苛立ちが募る。

 

「ああ、もう! ぼっちちゃんさ、またダンマリだよね? 都合悪くなったらいつもコレ。あたしたち、もういい歳なんだよ? 何年バンドやってんの? 言いたいことあったら、はっきり言ってよ!」

「虹夏!!」

 

 リョウが珍しく声を荒げる。あたし、どうしちゃったんだろ。ぼっちちゃんに八つ当たりしちゃった……。

 

「虹夏ちゃん!!」

 

 机に両手をバンと突いて立ち上がり、ぼっちちゃんが叫ぶ。

 

「……虹夏ちゃん。私は、解散なんて、い、嫌です!!」

 

 二十歳を過ぎてからはコミュ障がマシになってきたぼっちちゃんが、出会った頃に戻ったかのように、たどたどしく意見を言う。今にも泣きそうな顔。でも視線はあたしをしっかりと見据えている。そして、あたしたちにこんな大声で意見するのは初めてだろうな。

 

「お前らもう帰れ!! 迷惑だ。……今日はもう帰れ」

 

 お姉ちゃん、いや店長が向こうから大声を上げる。あたしら醜態どころの騒ぎじゃないな。PAさんたちも呆れてるよ。

 

「……今日は帰ろう、虹夏」

 

 リョウが切り出す。あいつは、あたしが辛い時は何気なくフォローしてくれる。いつもは猫みたいに奔放で勝手なくせにさ。そういうところは好きだよ。

 

「……うん。また来週ここで話し合おう。日時はロインするよ」

「うん」

「分かりました」

「……はい」

 

 

 

 

 

 地上に出て少し歩く。もうすぐ時計は6時。丁度晩御飯の時間だけど、今日はみんなで何か食べて帰るって気分じゃない。

 

「……ごめんみんな。今日のあたしホントどうかしてるわ」

 

 帰りはここでみんなと別れる。三人は駅の方へ、あたしは逆方向の駐輪場に向かう。あたし、ちょっと泣きそうになってる。

 

「でもさ、どうすりゃいいってのよ」

 

 独りごと。高校からバンド初めていろいろあったけどさ。一歩ずつキャリアを積み上げて、プロでやっていく覚悟決めて、死ぬ気で頑張ってきたつもり。バンド活動にほとんどの時間を費やしても描いた夢には届かない。バンドマンとしては、もう若くない。昔みたいな勢いもない。

 

「よいっしょ。……帰ろ」

 

 駐輪場で自転車に跨って、今住んでいるアパートを目指す。昔居たスターリーの上にある部屋は、あたしが大学を出るまでって約束でお父さんが借りてくれたんだ。今は二人とも別のアパートを借りている。今の経済状況じゃあんな良い部屋には住めないよ。

 空は曇天。こりゃ一雨降りそうだ。天気予報は一日晴れだって言ってたのになぁ。帰ったら、洗濯物取り込まないと。

 

「……ぐすっ……ぐすっ」

 

 自転車を漕ぎながら、少し泣く。無駄にあの娘たちを傷つけたのはあたしだってのにさ。まるで被害者ぶってる悲劇のヒロインみたいじゃないの。

 

 ――あたし、嫌なヤツになってるなぁ。




 ゆめとのつきあいかた に続く。
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