こっちの世界に愉快なクソレズはいません。
傷つきやすいレズビアンはいます。
「はぁ……はぁ……」
ベッドに虹夏を押し倒す。私……何やってんだ。でも止められない。
「ごめん……」
虹夏のか細い声。強い拒絶を感じる。彼女は私から顔を背ける。
「……またこの夢か」
深夜3時、シングルベッドで目を覚ます。
「もう何年前だよ、クソ!」
嫌なことがあった日は決まってこの夢を見る。あの部屋でのことだから、虹夏はまだ大学生だったはずだ。若気の至りと言えばそれまでだけど、未だに忘れられない。
『気持ち悪い』
『最低』
『大嫌い』
彼女の口からこういう言葉が聞けたなら、私は静かにバンドを去ることができたはず。ついでにこの世からも去ることになるけど。でも虹夏の口から出た言葉は……。
『ごめん……』
それだけだった。翌日のスタジオ練習で会った虹夏は、いつもの通りの笑顔を私に向ける。あんなことがあった次の日だったのに、とても傷ついたはずなのに。作曲担当の私がバンドから消えたら困るから? それとも幼馴染の私を気遣って? こんな私が哀れだから?
――私のせいだ。
不貞寝する。どうせ明日のスケジュールは空白だ。
「やっぱり、解散しかないのかな?」
二度寝して目が覚める、高校を卒業してから、実家を追い出されて流れ着いた埼玉の小汚い田舎アパート。殺風景な寝るだけの部屋。昔のように無駄遣いする余裕はない。昔とは違って太い実家も無くなった。私自身生来の怠け者。多分バンドで一番貧乏だろうな。
ベッドから起き上がる気にならない。横になったまま無造作にスマホを取り、時間を見る。
「朝ご飯は……いらないな。いや、もう昼か」
結束バンドはここ数年、停滞期にある。アルバムは1枚目が一番売り上げて、それ以降は右肩下がり。固定ファンはそれなりにいる。ノルマは余裕。むしろギャラが出る。スターリーや新宿フォルトでたまにワンマンライブもできるようになった。
でも2枚目以降のアルバムや物販は大して売れない、ストリーミングでも底辺。メディア出演の機会ゼロで、下北沢では知る人ぞ知る程度のバンドに落ち着いているのが現状。ゼップや武道館なんて夢のまた夢。
――この程度じゃ、私たちの夢には遠い。そして、食えない。
「はぁ……やばい、次のライブまで金が持たない。『オーバーイーツ』か『タイマー』でもやるか……」
サイフの中身にため息が出る。昔はお金持ちだったのにな。私の実家、山田病院は経営破綻して久しい。発端は事務方のトップによる長年の横領だ。10年以上累計億単位に及ぶ巨額。キャバクラの女に入れ込んで見栄を張るために作った借金の穴埋めだったみたいだ。失った金額そのものよりも、連日の報道で病院経営の杜撰さが非難され続けて、病院の評判が地に落ちたことが破綻の原因。
私の両親は責任を追及され、一族内での居場所を失った。今は知人を頼って僻地の小さなクリニックに身を寄せているらしい。最近連絡していないから、あれからどうなったかはよく知らないけど。
あの一件で一番ムカついたのは、長年両親の名声やカネ目当てに媚び諂ってきた連中が、私たち家族に誰も手を差し伸べてくれなかったことだ。無駄に早熟な私におべんちゃらを並べ立てていた連中も、蜘蛛の子散らす様に誰もいなくなった。
「……そういや、次のミーティングまでスタジオ練習無しになったんだっけ、じゃあ仕事しなくてもいいか」
スタ錬代が浮けば食費は来週まで耐えられる。昔のように人から金を借りることが無くなった。できるだけ働いてなんとかするか、カードローン頼みになる。少し前までは私に言い寄って来る女たちにタカっていれば食べていけたけど、それは止めた。恵恋奈のことは流石に堪えたからね。でも郁代にはたまに奢ってもらう。
虹夏にフラれてから、私の熱心なファンだった日向恵恋奈を抱くようになった。一押しすれば随分と呆気無くホテルまで行けたよ。初めてじっくり話し込んでみたけど、彼女は本当に相手の容姿でしか価値判断しない奴だとあらためて思った。浅はかさに呆れる。虹夏はしっかり私の中身を見てくれたのに。
男受けしそうな肉付きの良いカラダは私の好みじゃなかった。それでも彼女が喜ぶよう懸命に奉仕した。有りもしない愛を囁いた。恵恋奈は何でも買ってくれたし、貢いでくれた。
何が『すきぴの養分になりたい』だよ、馬鹿な女。そして私の『すきぴ』は決して……。
『もう連絡してこないでください』
ある日、突然私を呼び出した恵恋奈は手切れ金とばかりに茶封筒を差し出して言った。いつもの『えれ語』ではなく、無感情な声で。いつもよりゆったりした服、顔色が悪く目には光が無かった。お腹が少し膨らんでいたように見えたけど……気のせいだろう。きっと気のせい。
――その金を受け取ることは、私には出来なかった。
また嫌なことを思い出した。気晴らしに自主練でもするかと思った矢先……。
♪♪♪
電話が鳴る。着信は『リナさん』か。店長の友人で虹夏の師匠。長年スタジオミュージシャンをしている人。実は彼女からスタジオで働かないかってスカウトされている。私の音楽センスはスタジオ向きだってベタ褒めしてくれた。
「はい、山田です」
「もしもし山田ちゃん? 例の件で話したいんだよね。今からこっち来れるかな? 近くでメシ奢るからさ」
彼女がこっちと言えばスタジオのこと。埼玉からはそこそこ掛かる。
「ええ、いいですよ。すぐ向かいます」
「ごめんね急に。店の場所はロインするわ」
――シングルベッドから、重い腰を上げる。まずは着替えないと。
次回、山田回続き。ぼ廣回は次々回へ。