処分を言い渡されてから1、2日がたった。金に関しては今月分の給料と退職金が支払われないだけで、今までの給料や貯金に手を出されなかったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
一体なぜかは分からないが、元の世界とここでは、通貨単位が同じである。今の貯金額なら当分は生きていけるだろう。
また身辺整理についても、ずっと家には帰らない生活だったから家に関してはすぐに片付いた。正直、ほとんど捨てるだけだったからね。
でも問題はこの執務室だ。今までは連日のように生徒がやってきていたので、本当に色んなものがある。もちろん私にとっても半分家と化していたのでプラモやらなんやらと本当に物で溢れている。
1人でこの量はキツイなと考えながら段ボールに分別していると、入口の自動ドアが開く音が聞こえた。
「せんせ...?」
振り返るとそこにはアリウススクワッドの4人。
よく見ると彼女たちは以前会ったときよりもボロボロで、連日戦闘に巻き込まれていたことを物語っている。
「あぁ...みんな...」
自然と足が4人の方に向く。
「大丈夫だった!?こんなにボロボロになって...」
「それは先生もじゃない?」
「私のせいだ...ごめん、私のせいで」
「先生。それ以上はだめ。」
そうして突然後ろに手を回されたかと思うと、アツコに思いっきり抱きしめられていた。
「私たちは先生に怒ってないよ。むしろ謝らないといけないのはこっち。」
「違う、みんなのせいじゃない...」
私はただアツコの胸の中で涙を流すことしかできなかった。
ー
「どう?ちょっと落ち着いた?」
「おかげで少しは」
「ふふっ、ならよかった。」
「それで、先生が解任されるというのはニュースで聞いたんですけど、本当にそれだけですか?もしかして他にも何かあったりして...」
「...」
一瞬話すのをためらったが、彼女たちになら教えてもいいかな、そう思った私は4人にリンから告げられた処分について話すことにした。
「...は?追放?」
「うん...」
「それは...キヴォトスを追い出されるってことなのか?」
「そうだね...だから今もこうやってシャーレを片付けてるんだ。」
「先生は、すぐに出ていっちゃうの?」
「まぁね。先生じゃない以上ここに長居しててもあんまり良くないと思うし、下手すりゃ命が危ない。片付けが済み次第元いた世界に帰ろうかなって感じ。」
「...」
ーーー
元の世界に帰る、彼の口からその言葉が出た時、あの時の予感は正しかったと実感した。
それと同時に先生ともう会えなくなってしまうと焦る自分もいた。
嫌だ。先生と一緒にいたい。離れたくない。
そしてその気持ちがかなり前に出てしまったのだろう。
「先生」
「ん?どうかした、アツコ」
「その.....私たちも先生のいた世界に連れて行ってくれませんか。」
ーーー
「ここと色々違うこともあって大変なこともあると思うけど、大丈夫?」
アツコから一緒に連れて行ってほしい言われたが、それに対して正直なところ自分はそこまで驚かなかった。彼女たちの境遇を考えれば反対なんてできるわけがなかった。そんなことならいっそのこと彼女たちも連れて行って一緒に暮らそうと考えていたくらいだった。
「正直、ここに残っていたってこの先の人生なんの希望もない。なんなら明日生きているかすら分からない。そんな環境に身を置き続けるよりも多少のリスクは覚悟で先生について行ってみるのもいいかなって。先生ならもし何かあっても私達のこと守ってくれるでしょ?」
「それは、もちろん。」
「あ、でも私と一緒に生活することになるけど...そこはどう?」
「別に、私は気にしてないかな。ミサキたちは大丈夫?」
「...別に。私はみんなの決定に従うだけ。」
「もしかして先生について行ったら、いっぱいごはんを食べれるのでしょうか...私の読みたい雑誌だって.....それなら私は先生について行きます!!!」
ヒヨリは自分の欲望に素直だなぁ
「.....」
「サっちゃんはどう?」
「.....私は先生といっしょに行ってもいいのだろうか。私にそんな資格があるだなんて思えないんだ......」
「と言うと?」
「エデン条約の時に私は、先生のことを撃った。先生に一生残り続ける傷を負わせてしまったんだ。だから....だから私はその罪を一生かけて償わないといけない。そんな私に先生と一緒について行く資格なんて.....」
「サオリ」
「確かにあの時、サオリは私のことを撃ったね」
「あぁ...そうだ、私は確かに先生の腹を...」
「それで、サオリは私に償いたいんだよね?」
「もちろんだ!私は先生のためならなんだってやる!」
「それなら、サオリもおいでよ。そしてさ、私にサオリの幸せな姿を見せてほしいな。」
確かにあの時、私は一生消えないであろう傷を負った。しかし今ではそこまで気にしていたわけでもないし、ましてサオリたちのことを恨んでいるわけでもなかった。
むしろ彼女たちには幸せになってほしいと思っていた。そして4人がそうなっていくことは私にとっても嬉しいことなのだから、サオリに発した言葉は嘘偽りないものである。
「それが私への償いだと思ってさ。」
「でも私なんかが幸せになる資格なんて...」
「あるよ。大丈夫」
「だが.....」
「今までの行動に後悔しているならこれから気を付けてばいいでしょ?失ったものを数えるよりもまだ残っているもの数えたほうがいいじゃない」
「すまない、先生....」
ー
「......それで」
疲れているからだろうか、だるそうにやり取りを見ていたミサキが口を開く。
「ここと先生のいたところって何が違うの。さっきそんなこと言ってたよね。」
言われてみればそうだ。特に武器を片手に育った彼女たちにはそこのところはしっかり言っておかないといけない。
「そうだね...違うところはまぁ挙げてくときりがないんだけど、一旦は2つ気をつけてほしいことがあるかな。」
「1つは武器は向こうに持っていけないということ。あっちで銃とか持ってると刑務所行きだからね。だから銃とかは置いてかないといけない。」
「なるほど、厳しい銃規制があるということか。」
「そしてもう1つ。正直言ってこっちのほうが大切かもしれない。」
「...というと?」
「君たちのヘイローが消える。そして二度と元には戻らない。」
ー
「...」
「...」
「...」
「...」
その言葉を発した途端に、4人とも黙り込んでしまった。流石にそれはかなり酷だったかと思った。だが言った言葉は取り消せないのだから、私はそのまま続けた。
「仮にキヴォトスに戻ったとしてもヘイローは復活しない。だから私みたいに銃一発が致命傷になるから当然戦闘なんて不可能。実質は向こうの世界で第二の人生を送ることになると思う。」
「正直かなり重たい選択だと思う。どうする?私はどっちを取っても反対しない。」
「......先生、それ本気で言ってる?」
「ミサキ?」
「私たち生まれてからずっと兵士として育てられてきた。そこには幸せも愛情なんてものもなかった。ここに残っても希望なんてなにもないし、未練なんかないんだから戻ることもない。」
「ここで先生に見放された方が今度こそおしまいですよぉ......」
「確かに不便はあるだろうが、そこは慣れてるから安心してほしい。それに、意外と向こうでもなんとかやっていけそうな気はするが.....」
「ほら、みんなもこう言ってるし大丈夫だと思うよ?それに向こうの世界で第二の人生ってのも楽しそう。」
「いいね。さすがはアリウススクワッド。なら、決定だね」
私は改めて彼女たちが幾多の修羅場をくぐり抜けてきた存在であったことを実感した。かなり大きな決断だと思うのだが、それをスッとあたかも大したことのないように決めるのはびっくりだったけど。
ー
「それじゃあ、早速出発ってことですか....!!」
ヒヨリが目を輝かせながらこっちにズイッと身を乗り出してくる。
「そうしたいのは山々何だけどね...」
そう言いながら自分の後ろに目線を送る。そこには書類や段ボールをはじめ、色んなものが山のように積まれている。
「実はまだここの片付けが全然終わってなくてさ、とりまこれを処理しない限りどうしようもない。」
「...もしかして」
何かを察したのか、途端にヒヨリの目からハイライトが消える。
「うん、みんな」
「ちょっと手伝ってくれるとうれしいな♡」
ー
そこから数時間の時を経て、時刻は午前3時。なんとか執務室の片付けを終えることができた。
正直アツコたちの助けがなかったら数日単位でもっと時間がかかっていただろう。
中には捨てがたいものも多くあったが、それに関してはもう過去の話なのだと割り切って処分した。
「みんなお疲れ様。そしてわざわざありがとね。」
「ううん、先生の役に立てたのならよかった。ヒヨリもほら」
そう言われるままアツコの隣を見ると、さっきまでとはうって変わり満面の笑顔で缶ジュースを飲んでいるヒヨリの姿が目に入ってきた。
「確かにね。言葉を聞かずともヒヨリの気持ちが分かる分かる」
「で、もう動くの?今朝3時みたいだけど」
ミサキの言うとおりだ。こんな時間だと動こうにも動けない。
「そうだね....結構中途半端なんだよな。家似合った荷物も全部向こうに送ってあるし、そもそも退去してるからなぁ。どうしようか」
「ええっと、ちなみにどうやって移動するつもりだったんですか?」
「電車。実は1日2回、朝と夜に1本ずつ向こうとこっちをつなぐ電車があるんだよね。だからそれを使おうかなって。」
「...知らなかった。この世の中には知らないことがまだまだいっぱいある。」
「いやぁ、これを知る人はほとんどいないと思うよ....」
「その電車が近くの駅から朝の5時前に出るはず。だからあと2時間弱をどう過ごそうか...」
「はぁ....むやみに外に出て誰かに襲われるのも避けたい。銃を持っていけない上に、弾薬も0。ここで戦いになったらそれこそ終わる。」
確かにこんな時間に動き回るのは得策じゃない。やっぱりギリギリまでここで粘ろうか、そう考えていたときだった。
「そう悩むことはありませんよ、クックック...」
聞き慣れた声に特徴的な笑い声。振り返ってみると案の定、黒服だった。敵なのか味方なのかよく分からない存在だったが、今は私の数少ない味方のような存在だ。
「黒服か...」
「これはこれは、アリウスの4人も一緒でしたか。」
「黒服...確かマダムとかと一緒の...」
サオリがかすかな記憶をたどりながら言葉を出す。
「ええ、以前は彼女と同じゲマトリアの一員でしたが、まぁ今はそれも解体され独り身ですがね。」
「それで、一体何用?」
「とりあえず、これを。」
そう言って黒服は私たちの方にタブレットの画面を見せてきた。上の方に向こうで見慣れた新聞社の名前が映っており、どうやらキヴォトスではなく日本のネットニュース記事のようだった。それに時間を見るとつい2時間ほど前とかなり新しいものだった。
「これがどうしたって.....え”」
「先生?どうしたの?」
アツコたちの私の後ろからズイッと画面を覗き込んでくる。
”線路爆破によりキヴォトス、日本定期便 運転見合わせ”
”1日に2回、東京、新大阪からキヴォトスを結ぶ定期便が運行されているが、昨日遅くにハイランダー鉄道学園管轄の線路で爆破事件が発生。それにより◯R東日本と西日本は当面の間、キヴォトスの定期便の運行を取りやめると発表した。再開時期は未定。”
「嘘でしょ...これじゃ身動きできないな...」
「えっとそれじゃあ、その向こうの世界の.....にほん?には行けないって感じ?」
「だね...歩いていける距離でもないし.....」
「ククッ、まさか私がただただその情報だけを伝えるためだけにここまで来たとお思いで?」
「ん?そうじゃないの?」
「......」
それ本気で言ってるのかと言ったオーラが黒服から溢れる。それじゃあ何か策があるとでも言うのか。
「じゃあ黒服には何か方法でもあるってこと?」
「ええ。」
「どうやって」
「私があなたがたを送り届けましょう。」
「...見返りは?」
「特には。今回は私の善意というか気まぐれというか....もちろん責任を持って送り届けますのでそこはご安心を。」
コイツは自分がやらんとしていることの意味を分かっているのだろうか。私がこんなことを言うのもアレだが、彼にとっては神秘の研究対象が減ることを意味する。
「...お前、ほんとに黒服?」
「クックック!!ええ、正真正銘本物ですよ?」
「確かに先生の思っていることは分かります。中でも特にこの4人の神秘は他の生徒と一線を画しています。確かに研究できなくなることは悲しいですが、まぁ代わりにこれからのキヴォトスの行く末と残された生徒たちを観察するとしますよ。」
「とまぁ雑談はほどほどにしておいて。もうみなさん準備の方はお済みで?」
「まぁ荷物とかも送ってあるし。これで大丈夫」
「私たちは特に持っていくものもない。特に問題はない」
「そうですね。あとは...あぁそうだ。武器の方も私が責任を持って預かりましょう。もちろん何か細工などはしませんので。」
「...先生、大丈夫かな。」
「...確かに信用しろっていうのは難しいかもしれない。でも黒服は約束事は必ず守る男だから、ここは預けてもいいと思う。」
「....なら、先生の言葉を信じる。」
「やはり先生の影響力は凄まじいものですね、クックック...」
ー
「まぁなにはともあれ、急ぎましょうか。あなたがたにとってここに長居するのはあまり良くないでしょうからね。」
「あぁ、そうしてもらえるとすごくありがたいかな。」
「最後に1つ。先生、向こうにあるあなたの家の中までは送り届けることは残念ながらできないのです。」
「というと?」
「その近くまで転移させるので、そこからはどうか自力で動いていただきたい。」
「...それくらいなら問題ないさ。日本まで送ってもらえるだけでもありがたいのに。」
本当に今回は黒服にたくさん助けてもらっていて頭が上がらない。
「.....それではみなさん、お気をつけて」
黒服のその言葉を最後に私たちの意識はそこで途切れた。