「かゆいところはない?」
「んっ、そこだ。あぁ...気持ちいいな...」
結局サオリの押しに断りきれず、今は彼女と2人で浴室の中。
もちろん最初は断ったさ。先に入っておいでって。
でもさ、ほっぺを膨らませて上目遣いしてくるなんて思わないじゃん。
あのサオリがだよ?
アツコの入れ知恵なのかヒヨリの雑誌を読んだのかは謎だけど、なにかに影響されたのは間違いない。
.......後で2人に聞いてみるか。
それだけでも十分にやばいのだが、それ以上にやばいのが俺もサオリも生まれたときの姿のままである。そう、タオルも何も巻いていないのだ。
.......考えてみてほしい。
この方ずっと一人暮らしを続けていた人の家にそんな大きなタオルなんてないし、まして数が足りなくなってしまう。.....仕方のないことなんだ。
「よし、これで頭は終わったよ。どう?さっぱりした?」
「ああ、おかげでかなりスッキリできた。」
「ならよかった...」
そう言って俺は床の方に視線を落とす。
そこには毎日風呂に入っている人からは出ないであろう色をした液体が排水口の方へと流れていっている。
....俺も早く洗ってしまおう。
「じゃああとは身体を洗えば終わりだね。」
「...先生はやってくれないのか?」
「流石に身体はできないかな...うん」
「そうか....」
背中越しだから表情までは分からないがサオリが明らかにシュンとしてしまった。
でもごめん。サオリはスタイルが本当にいい。今までずっと頭の中で平常心と唱えながら同時に素数を数えていた自分には刺激が強すぎる。
マジで身体を洗い始めたら俺が色んな意味で死んでしまう。
ー
そのあとサオリには身体を自分で洗ってもらい、湯船に浸かってもらっている。
そして俺も身体の汚れを落とそうと頭や身体を洗っていたのだが...
「うわぁ、これはエグい...」
サオリと同様、俺の身体からも黒というか茶色というか濁った色の水が流れていく。
「これは姫たちも起こして入れたほうがいいかもしれないな...」
サオリも汚れた床を見てギョッとした顔をしている。
「なぁ先生」
「?」
「この汚れ...私はちゃんと洗えていただろうか?」
「うん...頭はちゃんと2回洗ったし、身体もまぁ大丈夫なんじゃない?すっごく泡だらけだったし」
そう、さっきサオリはどれだけボディソープを出せばいいのか分からず何プッシュもしていたのである。当然ながら彼女は大量の泡に包まれることとなり、その姿はちょっとおもしろかった。
ー
「しかし、風呂というのは温かいものだったんだな...私の知る風呂は最低限水を被る程度だったから...」
「......もうそんな寂しい思いはさせないさ」
「ありがとう、先生。本当に感謝してる」
そんな会話をしていると、突然ドアがガラガラと開く音がした。
その方向に目を向けた俺はとっさにその視線を逸らした。
「ふふっ、先生、見た?」
「見てない、見てないから!!」
....いつ目覚めたのか、ドアを開けたのはアツコたち3人。そして彼女たちも例にもれず、何も巻いていない。
「ふええ....リーダーと先生だけずるいです!私達も入れてください!!!」
「......」
半ば強制的に連れられてきたのか、ミサキはいつも以上に死んだ表情をしている。
結局、彼女たちの押しには負けて頭や背中を洗ってあげた。もちろんすっごい汚れが出てきたので俺はまた身体を洗う羽目になってしまった。
ー
「ごめんみんな。俺のジャージとかしかなくて。明日明後日にでもみんなで買いに行こう。」
「いや、着れるものがあるだけでもありがたい。感謝する。」
「うわぁぁん、胸がきつすぎます!!!」
「うるさいヒヨリ。今夜中。」
「すんすん...先生の匂いだ...」
とりあえず、俺もみんなも風呂に入れてさっぱりすることはできた。
でも悲しいかな、彼女たちの着る服がないのである。着てきた服は今は洗濯に回してるから本当になにもないのだ。
なので大変申し訳無いのだが、俺の高校や大学時代のジャージを着てもらっている。
「まぁ今日はもう遅いしみんな寝たら?5人で過ごすには狭いとは思うんだけど」
元はといえば一人暮らしの部屋だ。五人なんて狭すぎてたまらないだろう。
...どこかいい部屋探さないとな。
「ううん、今までずっとちゃんとした住処がなかった私たちにとって雨風もしのげて、人間らしい生活ができるってだけでも本当に嬉しいの。だから先生には本当に感謝してる。」
「えへ、えへへ....ここはいいですね、あったかくて過ごしやすくて...今までとは大違いです」
「.....ありがとう。」
「ほら、ミサキもこう言ってる」
「なっ!もう寝るから!!」
アツコに言われ恥ずかしくなったのかミサキは顔を赤くしてあっちに言ってしまった。
ミサキも笑えばかわいいのになぁ、と思ったが心のなかで留めておくことにした。
「そういえば先生、こっちの世界でも何か仕事はやってるの?」
「仕事?そりゃもちろん。シャーレとは違ってけっこうホワイトでさ。週の半分くらいリモートワークなんだ」
「りも....ぉと?」
「家で仕事しても大丈夫ってやつだね。」
「えっと...先生ってシャーレでどれくらい働いてたっけ?けっこう長くキヴォトスにいたと思うんだけど、その...クビとか切られてない?」
「...その説あるかも。」
よく考えたらそうじゃん。こっちで上司に勧められてまとめて有給を取った途端に、あのアロナ似のお姉さんに連れて行かれたのだ。
それで電車で何かを語られたあと、シャーレで1年と少し働いていたのである。
......普通にクビじゃん。
「結構やばいかも.....ん?」
そう言いながら今日の日付を確認する。
「どうしたの?画面見て固まっちゃって。」
「....こんなことある?」
「えっと...先生?」
「俺がシャーレに連れて行かれた日からまだ3日しか経ってない。」
「「「....え?」」」
これがいわゆるご都合主義というものなのだろうか。
「まさか先生、偶然日付がそうなってるだけで1年進んでたりしない?」
「....いや、年も同じだ。ほんとにこっちでは3日しか時間が過ぎてない。」
それでも確信が持てなかった俺はパソコンやテレビなどをつけて日付を確認した。
そしてついには時報も確認してみた。
でも
「やっぱり3日しか進んでない。」
そういえばキヴォトスに行く前にあの人が電車で何か言っていたような気がする。
”...そうそう、恐らくですがあなたがキヴォトスで過ごしたとしても、あなたの世界にはあまり大きな影響は起きないはずです。”
あの時は聞き流していたけど、それってこういうことだったのか...
「でも、それなら好都合だ。もしこれが正しいのなら俺はまだ有給で休みだし、会社もクビにはなっていない。だからこっちでは普通に収入もあるから普通に生活できるな....!」
「ということは...?」
「アツコが言うような心配は杞憂ってわけ」
ー
「まぁその問題は一旦解いておくとして....」
「先生、明日は何かするのか?」
「明日はね....うん、真っ先にやらないといけないことがあるね」
4人がまず真っ先にしなければならないこと、それは日本での戸籍である。
少しだけ聞いたことがあるがキヴォトス人はどうも他とは手続きの仕方が違うらしい。
とにかく時間がある今のうちにやってしまうべきだろう。
「それは?」
「戸籍関連かな。」
「というと?」
「こっちの世界でみんなの情報を登録しに行くって感じだね。これがないとこっちで生活するのはかなり大変だからさ。」
ー
「では、こちらの書類にもご記入を」
「はい....これ結構大変ですね....」
ちらりと机においてあるカレンダーを確認する。やはり時は3日しか経っていない。
信じられないが、もうコレは現実として受け入れるしかないみたいだ。
「そうですね、キヴォトスからいらっしゃった場合は特に書いていただくものが多いんです。」
少し時間が飛んで、ここは俺が住む街の市役所だ。一応東京ではあるが都心のような喧騒はない、所謂ベッドタウンで本当に住心地がいい場所だ。
キヴォトスからの転入は他の場合と違ってだいぶ勝手が違うらしく、直接出向いて書類を作らないといけないらしい。
「なるほど....でもキヴォトスからもいらっしゃるのですね」
「ええ、本当に稀ですがいらっしゃいます。ですが一度に4人のケースは初めてですね...」
こちらはご本人様がお願いしますと言いながら、次から次へと新しい書類が目の前に出されていく。
俺もそうだがアツコたちもかなり大変そうだ。
「では保護者様のマイナンバーカードをお願いいたします。あと、ありましたら在学証明書などがありましたらご提示いただけますと...」
「ちょっと待ってくださいね......」
在学証明書か......もちろんアリウスが向こうで認可されていたとは思えない。でもあの一件のあと、彼女たちはシャーレの生徒として書類上は籍があったはずだ。
ちょうどカンナたちに連れて行かれる直前に作業があって、彼女たち含めて証明書とまでいくかは分からないがそれ関連の書類を打ち出したものを持ってきてはいる。
多分リンたちに見つかっていたら確実に取り上げられていただろうものだ。使えるかは分からないが一応出してみるか.....
「えっと....これでも大丈夫でしょうか?」
そういって俺のマイナンバーと一緒に机に出す。
「ちょっと確認しますね....もしかして保護者様はキヴォトスでは教育関連のお仕事を...?」
「え、あ、はい。シャーレという機関で仕事をしていました。退職したので証明は難しいのですが....」
「なるほど、そういうことだったのですね....あぁいえ、その証明までは大丈夫です。この書類で全部できますので。」
シャーレ、私も聞いたことがありますよ、と言いながら受付の人はハンコなどをバンバン押して処理していく。
「はい、これで確認が取れました。中学校相当の学校を卒業で....高校在学途中だったと....申し訳ないのですが、コピーをとっても?」
「大丈夫ですよ」
どうやらこの書類にはアツコたちのデータと一緒に教師だった俺の名前、連邦生徒会の名前が入っている上にホログラム処理が施されているために書類の信頼性、行政の求める基準はクリアしているらしい。
確かに昔リンがかなりの効力を持つ書類なので扱いは慎重にって言っていたな....そういうことだったんだ。
ー
「はい、これで無事に全て終了です。お疲れ様でした!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。」
「キヴォトスの方はちょっと作業が特殊になってしまいますからね....あ、そうだ。一応4人様のマイナンバーカードについてこちらで先程の書類で申請手続き含め済ませていただきました。恐らく1ヶ月ほどかかると思いますので通知が行きましたら、直接取りに来てくださいね。」
ー
「先生、お疲れ様。」
「いやいや、アツコたちも疲れたんじゃない?」
しかし今日は朝から本当に忙しかった。彼女たちの服がないので大急ぎで服を乾かし、証明写真を撮って、それを持って役所に行き今に至る。
むしろ疲れない方がおかしいだろう。
「ううむ...腕が痛いな。いつもは動かさない筋肉を今日はよく動かした...」
「朝一番で役所に行ったはずなのにもうお昼か。そうだなぁ.....どっかでご飯食べに行こうか。」
「ごはん!!やったぁ!!先生、さあ行きましょう!早く!!」
「ヒヨリは本当に食いしん坊だなぁ....」
そう言って俺たちは飲食街の方へと脚を進める。
彼女たちにとってこっちの生活は慣れないことも多いと思うが、新しい生活で幸せになってほしいし、色んな経験をしてほしい。
そのためなら俺は色々とみんなを支えていこう、改めてその決意が固まった日だった。
.....ちなみにこのあと俺は職場やらなんやらと然るべき所にこのことを報告し、まだまだそれ関連の書類に忙殺されていくのだった......