トウキョウ租界を包む朝の光は、驚くほど穏やかだった。
行政特区日本。
ユーフェミア・リ・ブリタニア皇女が宣言し、仮面の男ゼロ率いる「黒の騎士団」がその治安維持を請け負うことで成立した、前例のない融和の地。
かつて戦火を交えたブリタニア軍と黒の騎士団は、今やこの特区を支える両輪となっていた。そして、記憶を失いこの地に流れ着いた僕――ライもまた、その歯車の一つとして自分の居場所を見つけていた。
アッシュフォード学園、寄宿舎。
鏡の前で、紺色のブリタニア軍制服の襟を正す。肩には特派の章。
記憶探しの助けになればというスザクの招きをきっかけに僕はロイドさんの誘いに応じ、特派のデヴァイサーという道を選んだ。
「ライ、おはよう。今日も朝から軍のお仕事?」
生徒会室の扉を開けると、声をかけてくれたのはカレン・シュタットフェルトだった。
彼女は僕が保護された時、生徒会の業務として「お世話係主任」を引き受けてくれた人で何も分からなかった僕と一緒に様々な場所に連れて行ってくれた。
「おはよう、カレン。うん、今日は新型機の同期テストがあるんだ。」
カレンはお嬢様としての淑やかな微笑みを浮かべつつ、僕の体調を気遣うようにカップを差し出す。
「あらあら、朝から二人でいい雰囲気じゃない? 妬けちゃうわね!」
弾むような声と共に、ミレイ会長が現れた。
「ミレイさん。……おはようございます。茶化さないでください」
「ふふ、ごめんなさい。でも、ライが特派で活躍してくれているおかげで、アッシュフォード家への支援も手厚くなっているの。本当に、あなたには感謝しているのよ」
ミレイは僕の制服の袖を少しだけ整えると、太陽のような笑顔を向けた。
「ライ。疲れたらいつでも、私に甘えていいのよ? ここはあなたの『家』なんだから」
ミレイさんの明るさは、僕に色をくれる「ひだまり」だった。
生徒会室の奥、ナナリーと談笑していたルルーシュが、僕に気づいて歩み寄ってきた。
彼もまた、僕の良き友人であり、チェスのライバルだ。
「ライ。特派では順調なようだな。……おかげで、ナナリーを安心して外へ連れ出してやれる
ルルーシュは、僕にだけわかるようにわずかに口角を上げた。
今の彼は、学園では「心優しい兄」として過ごし、特区では「ゼロ」としてユーフェミアを支えている。
「ユフィの傍らにスザクが立ち、特区の影を俺が払う。……そしてライ。
お前には、ナナリーの騎士を務めてほしい。適任だと思っている。」
それは、友としての信頼。
ルルーシュを交えてナナリーと折り紙をしている時間は僕にとって大切な優しい時間だった。
学園を後にした僕は、特派のハンガーで枢木スザクと合流した。
「ライ! 調整、手伝ってくれるかい? ユフィとゼロの会談が予定されているんだ。僕たちの『ランスロット』と『ランスロット・クラブ』が万全でないとね」
「もちろんさ、スザク。……特区の状態はどうだい?」
「最高だよ。ブリタニア人と日本人が、手を取り合って笑ってる。僕たちが信じた道は、間違っていなかったんだ」
「ライ、君がクラブで僕の背中を守ってくれるから、僕は安心してユフィの理想のために前進できる。いつも、ありがとう」
スザクと肩を並べ、僕は空を見上げた。
この黄金色に輝くモラトリアムが、いつまでも続くように。
小高い丘のベンチでC.C.が手にしたピザを一口かじり、平和な特区を見下ろして独りごちる。
「……美しいな。だが、美しすぎる景色は往々にして残酷な終焉を呼ぶものだ。
ルルーシュ、お前がいつまでその『おままごと』に耐えられるか、私は見物していよう」
特区内の迎賓館。その最上階にあるバルコニーは、ブリタニア軍の警備区域と、黒の騎士団の担当区域がちょうど接する「境界線」だった。
「……遅かったじゃないか、ゼロ」
白い騎士服を纏った枢木スザクが、夜風に吹かれながら振り返った。その視線の先、闇に溶け込むような黒いマントを翻し、仮面の男――ゼロが姿を現す。
「ふん。組織の再編には時間がかかる。……貴公のように、皇女様の隣で笑っているだけで済む立場とは違うのだよ、ナイトオブセブン」
ゼロの皮肉めいた声に、スザクは苦笑いを浮かべた。
かつてトウキョウ租界で死闘を繰り広げた二人だとは、今の彼らを見ていると誰も信じないだろう。
「……ライ、入ってきても大丈夫だよ。ここは僕たちが確保している」
スザクの呼びかけに応じ、僕は柱の影から姿を現した。
「……驚いたな。二人がこんなふうに密会しているなんて」
「密会ではない。特区の治安維持に関する、非公式の合同調整だ」
ゼロはそう言うと、手元の端末からホログラムを投影した。そこには特区周辺の最新の勢力図が表示されている。
「ライ、そしてスザク。気づいているはずだ。本国の強硬派……特にナイトオブラウンズの一部が、特区外縁で『テロの種』を蒔いていることを」
「ああ。ブラッドリー卿のやり方は目に余る。……でも僕たちが軍令を無視して動けば、それこそ本国に特区解体の口実を与えてしまう」
スザクが悔しげに拳を握る。
その隣で、ゼロ――ルルーシュは、仮面の奥で冷徹に計算を巡らせていた。
「だからこそ、役割分担が必要なのだ。
スザクは特区の『光』の象徴として、ユーフェミアの側にいろ。
ブリタニアの法を遵守し、平和を説く聖者であればいい。……そして、その法が届かぬ闇に潜むゴミ共は、我が黒の騎士団が掃除をする」
「……ゼロ。君はまた、泥を被るつもりなのか」
「誤解するな。これは効率の問題だ。……それに、私にはもう一人の『目』がいる」
ゼロの視線が、僕へと向けられた。
「ライ。お前は特派のデヴァイサーであり、今はアッシュフォード家の人間だ。
軍と政治、その両方に関わっているお前にしかできないことがある。……エニアグラム卿やルキアーノが何を企んでいるか、内部から情報を吸い上げてほしい」
「……僕に、スパイをしろと言うのかい? 」
僕は思わず、彼の本名を呼びそうになった。
ゼロは一瞬だけ沈黙し、それから仮面を外した。現れたのは、僕が学園で毎日見ている、あの穏やかな友人の顔だった。
「……スパイではない。これは、俺たちがナナリーや学園のみんなが笑っていられる世界を守るための、『護身』だ」
ルルーシュの瞳は、学園で見せる時よりもずっと深く、暗い光を宿していた。
「ルルーシュ……」
「だが、世界はこの行政特区日本を放ってはおかないだろう。ならば、俺が盾になろう。
ゼロとして闇を飲み込む。……スザク、お前もそれでいいな?」
スザクは少しだけ寂しげに、けれど力強く頷いた。
「……納得はしていないよ、ルルーシュ。
君のやり方は、いつだって危うすぎる。……でも、今の特区には君の力が必要だ。君が『黒』でいてくれるから、僕は『白』を貫ける」
白の騎士と、黒の騎士。
かつては反発し合った二つの正義が僕という「境界」を介して一つの目的へと結びついていた。
「(……僕が、この二人を繋ぐ楔になる)」
僕は自分の胸に手を当てた。記憶はない。けれど、この二人と共に歩む未来だけは、確かな手触りを持ってそこにあった。
「さて、密談は終わりだ。……戻るぞ。あまり遅くなると、会長にまたお節介を焼かれるからな」
ルルーシュは再び仮面を被り、何事もなかったかのように闇へと消えていった。
「……ライ、行こうか」
スザクが僕の肩を叩く。
「ルルーシュは、ああ言っているけど僕も助けるよ。僕たちは、友達なんだから」
「……ああ。ありがとう、スザク」
僕たちは迎賓館を後にし、平和な灯りが灯る街を歩き出した。
その歩みは、いつか訪れる嵐を予感させながらも、今はまだ穏やかな夜風に包まれていた。
スザクの地位について。
特区成立ルートであってもスザクは「ユーフェミアの騎士」としての功績、そしてシュナイゼルの強力な推薦により、本国から「ナイトオブセブン」として正式に任命されているものとします。ただし、特区という「融和の象徴」であるため「政治的なお飾り」として、より一層厳しい視線にさらされている状態。