パレードの熱狂が、物理的な「沈黙」に飲み込まれた。
トウキョウ租界の上空、高度5000メートル。
突如として空間が陽炎のように歪み、そこから巨大な黄金の円盤――ジークフリートがその姿を現した。
「……っ、このプレッシャーは!」
スザクの悲鳴に近い声が、シンクロナイザーを通じて僕の脳内に突き刺さる。
レーダーには何の予兆もなかった。まるで、最初からそこに「在った」かのように、その怪物は物理法則を無視して出現したのだ。
「やあ。せっかくのパレード、少し色を添えに来たよ」
全通信回線を強制ジャックして響く、V.V.の幼くも冷酷な声。
直後、ジークフリートの機体下部から放たれたスラッシュハーケンが、意思を持つ蛇のようにうねりながら、地上のパレード会場へと急降下した。
「させない!」
僕は反射的にランスロット・クラブを急降下させ、そのハーケンの軌道を「視る」
シンクロナイザーが、ハーケンが切り裂く空気の断層を予測線として描き出す。
「スザク、3時方向の三本を叩け! 残りは僕がやる!」
「了解っ!」
スザクのランスロット・エアキャヴァルリーが、新型フロートユニットの出力を全開にする。
プラズマの翼が尾を引き、スザクは重力を無視した超高速機動で、落下するハーケンを空中で切り伏せていく。
僕はクラブのブレイズルミナスを「盾」ではなく「刃」として右腕に集中展開し、眼前に迫るハーケンを空間ごと断ち切った。
「あはは! さすがだね。でも、その新しい翼……どこまで持つかな?」
ジークフリートが独楽のように高速回転を始めた。
その巨体が嵐となり、僕たち二機を目がけて突っ込んでくる。
「スザク、回避するな! 突っ込むぞ!」
「えっ……ライ!?」
「僕が『道』を創る! 君は最高速度で僕の影を走れ!」
僕はジワリと締めつけられるような鈍い痛みを無視し、シンクロナイザーの出力を引き上げた。
視界が濁り、世界が数秒先の未来を映し出すグリッド線で埋め尽くされる。
回転するジークフリートの周囲に展開された強力な電磁障壁。その僅かな「周期の隙間」を見つけ出す。
「今だ!」
僕はクラブの推進力を全開にし、回転体へと肉薄した。
機体の左側に展開したブレイズルミナスをジークフリートの装甲に接触させ、火花を散らしながらその回転力を「利用」して、機体を加速させる。
「シンクロ率85%……行ける!」
僕のクラブがジークフリートの装甲を削りながら、弾丸となってその背後へと突き抜ける。
その直後、僕が切り拓いたスリップストリームを、スザクのエアキャヴァルリーが駆け抜けた。
「……捕らえた! ヴァリス、フルパワー!」
スザクが放った極大のエネルギー弾が、ジークフリートの底部ユニットを直撃した。
装甲が激しく火花を散らし、ジークフリートの巨体が初めて大きくよろめく。
「……やったか!?」
スザクが声を弾ませた瞬間、ジークフリートから放たれたのは、反撃の砲火ではなく、僕の精神を直接引き裂くような「ギアスの共鳴」だった。
ジークフリートは、あえて地上数千メートルから急降下を仕掛けてきた。
その巨大な質量が空気を切り裂く轟音が、パレードの歓声を絶叫へと変える。
「……っ、あ、あああああッ!!」
僕の視界が真っ赤に染まる。
こめかみを熱い鉄串で貫かれたような、凄まじい頭痛が脳を襲った。
シンクロナイザーが、ジークフリートが撒き散らす「未知の共鳴波」を過剰に拾い上げ、僕の神経系を直接逆なでしてくる。
「ライ! 落ち着け、地上の誘導は僕がやる! 君は……!」
「ダメだ、スザク……地上には、みんなが……!」
僕は痛みに震える手で操縦桿を握り締めた。
ジークフリートは独楽のように回転しながら地上に向けてスラッシュハーケンを射出する。その狙いは、ユーフェミアが乗る儀礼用馬車、そしてそれを取り囲む民衆だ。
「おや、守るものが多くて大変そうだね。でも、その『痛み』こそが君の選んだ平和の味だろう?」
V.V.の声が、通信機を介さず頭痛の脈動に合わせて脳内に響く。
「スザク、地上へは一本も通さない! 僕が『壁』を作る!」
僕はクラブのブレイズルミナスを機体前方ではなく、機体下部の広範囲に展開した。それはフロートユニットの出力を防御に回す、墜落の危険を伴う賭けだ。
「ライ、高度が下がりすぎている! 持ち直せ!」
スザクのエアキャヴァルリーが、僕の盾から漏れたハーケンを空中で切り伏せていく。
白き騎士が地上のすぐ上で舞い、黄金の蛇を切り裂く。その火花が民衆の頭上に降り注ぐ。
ディートハルトのカメラは、その「惨劇」を逃さず捉えていた。
「素晴らしい……! 平和の象徴が、自らを盾にして地獄を食い止めている!」
中継車の中でディートハルトが狂喜する中、僕の頭痛はついに「限界」を超えた。
頭痛とともに、脳裏に不確かな記憶がフラッシュバックする。
ジークフリートが放つ特殊な波動が、僕の脳内にある「忘却の檻」を物理的に揺さぶっている。
「ライ、どうしたんだ! 応答しろ!」
スザクの声が遠のく。
僕は激痛に悶えながら、モニターに映る民衆の姿を見た。
彼らは空を見上げて怯えている。
僕が守りたかった日常。
「……あ、あああああッ!!」
僕は叫びとともに、シンクロナイザーを逆流させた。
脳を焼く頭痛を、そのまま機体のエナジーへと変換する。
「拒絶」だ。
僕のクラブから放たれた目に見えない衝撃波が、ジークフリートの電磁障壁と激突し、周囲の空間を激しく歪ませた。
「……はぁ、はぁ……ッ! あああぁぁぁぁッ!!」
こめかみを杭で叩かれているような激痛。
シンクロナイザーを通じてジークフリートと「繋がって」しまった僕の脳には、機体のダメージデータだけでなく、V.V.の底知れない、言葉にならないものが流れ込んでくる。
地上のパレード会場は、パニックに包まれていた。だが、ユーフェミアは馬車の上に立ち、逃げ惑う民衆を必死に鼓舞し続けている。
(……みんなを守る。そのために、僕は……!)
「ライ! もういい、離れろ! 脳波が完全にオーバーヒートしている!」
スザクの叫び。けれど、僕は操縦桿を離さない。
ジークフリートの電磁障壁は無敵に近い。力任せの攻撃では、エアキャヴァルリーのヴァリスでも貫けない。
「スザク……聞け。僕が今から、あいつの障壁の『周波数』を無理やり書き換える……!」
「そんなこと、今の君じゃ――」
「やるんだ! ……僕が合図したら、迷わず最大出力で撃てッ!」
僕は叫びと、ともにシンクロナイザーを逆流させた。
脳を焼く頭痛そのものをエネルギーへと変換し、クラブの機体全身からブレイズルミナスの粒子を「霧」のように放出する。
それは空間そのものを僕の神経系に直結させる、狂気の術式だった。
「……あはは! 面白いね、命を燃やしてまでボクを拒絶するなんて!」
ジークフリートが再び高速回転を始め、僕を叩き潰そうと突進してくる。
だが、その瞬間。
僕が放出した粒子がジークフリートの電磁障壁に絡みつき、黄金の光が激しく明滅した。
「……捕らえたッ!!」
激痛が絶頂に達し、視界が白く飛ぶ。
だが、僕の「指先」は電磁障壁の一部が剥がれ、生身の装甲が露出した一点を、明確に捉えていた。
「今だ……スザクゥゥゥッ!!」
「行けぇぇぇぇッ!!」
僕の咆哮に合わせ、上空からスザクのランスロット・エアキャヴァルリーが急降下する。
フロートユニットの全出力をブーストに回し、大気を切り裂く白い閃光。
スザクはヴァリスを捨て、両手のMVSを一本の槍のように束ねて突き出した。
「これ以上、みんなの願いを汚させはしない!」
スザクの叫びとともに、白い騎士の刃が、僕がこじ開けたジークフリートの「隙間」へ深々と突き刺さった。
ドォォォォォォォォンッ!!
内部から爆ぜ、火花が雨のように特区の空へ降り注ぐ。
障壁を失ったジークフリートは制御を失い、断末魔のような金属音を立てながら、租界外縁の海岸線へと墜落していった。
「……はぁ、……はぁ……」
静寂が戻ったコックピットで、僕は荒い息を吐きながら、辛うじて意識を繋ぎ止めていた。
鼻から温かいものが流れるのを感じる。
頭痛は引いていない。だが、あの不吉な共鳴は消え、空には再び特区の青が戻っていた。
「ライ! ライ、返事をしてくれ!」
スザクの機体が、僕のクラブの傍らに寄り添う。
その時、地上から割れんばかりの歓声が響いてきた。
自分たちを守り抜いた二機の「白き騎士」へ向けられた、純粋な感謝と熱狂の渦。
ディートハルトのカメラは、夕陽に照らされ並び立つ二機のランスロットを、歴史上最も美しい構図で全世界に配信していた。
「……見たか。これが『新しい神話』の誕生だ」
中継車の中で呟く彼の言葉通り、この日、特区日本の平和は「確定」した。
僕たちが流した血と、僕が引き受けた激痛。その代償として偽りの平和は、より強固な「本物」へと姿を変えようとしていた。