トウキョウ租界の喧騒が嘘のように静まり返った、太平洋の孤島――神根島。
海鳥の声すら途絶えたその岩場に、音もなく数隻の潜水艇が浮上した。
「全機、上陸。
これより本島をコーネリア・リ・ブリタニアの名において完全封鎖する。……ジェレミア、先行しろ」
「はっ! 殿下への忠節、今こそ果たしてご覧にいれます!」
コーネリアの命を受け、ジェレミア・ゴットバルト率いる純血派の精鋭部隊が、最新の磁気遮蔽処理を施されたサザーランドで闇に紛れて進軍を開始する。だが、島の中心部へ差し掛かった瞬間、空間そのものが震えるような不気味な脈動が彼らを襲った。
「……排除。神域への侵入者、排除コード実行」
無機質な声と共に、遺跡の影から白装束に身を包んだ集団――ギアス嚮団の部隊が姿を現す。彼らは人間離れした動きで岩壁を駆け、サザーランドの隙を突いて高周波振動刃を突き立てる。
「くっ、何だこの動きは!? 」
「落ち着け、ジェレミア! 陣形を乱すな!」
ギルフォードが叫ぶが、痛覚を持たぬ「人形」たちの波に、精鋭部隊の戦線がじりじりと押し下げられる。その時だった。
夜空を切り裂く轟音と共に、一筋の紫色の閃光が舞い降りた。
「――やれやれ。理詰めで勝てない相手には、もっと『野生』をぶつけなきゃ。」
軽快な通信と共に戦場に降臨したのは、最新鋭試作可変機『ブラッドフォード(ノネット・カスタム)』
その装甲は、彼女のマントと同じ、深く高貴なロイヤルパープルに染め上げられていた。
ブラッドフォードは着地と同時に、人型から飛行形態へと一瞬で変形し、敵の頭上を低空で駆け抜けた。
「遅いよ。君たちの動き、風が吹く前に読み取れる」
ノネットの操縦は、もはや「操作」ではなく「直感」の具現化だった。紫色の翼は残像だけを残して旋回し、機首に装備されたハドロン・ブラスターの連射が、嚮団の部隊を次々と光の奔流で焼き払っていく。
物理的な機動力と、ハドロン砲の圧倒的な破壊力。
ノネットの「野生の勘」は、ブラッドフォードという異質の翼を得て、戦場を蹂躙する雷と化していた。
「これが……ナイトオブラウンズの力か!」
ジェレミアが驚愕に目を見開く。
自分たちが苦戦していた敵がノネットの前では、ただの案山子のように塵に帰していく。
「さあ、殿下。道は私が作る。……その代わり、奥に眠っている『おぞましい匂い』の正体、きっちり暴いておくれよ?」
ノネットの「九」の閃光が、禁忌の地の闇を力強く切り裂いた。
ノネットのブラッドフォードが放つハドロン砲の閃光が、遺跡の防衛線を文字通り「消滅」させたその直後。島の反対側、切り立った断崖に一つの影が取り付いた。
「――作戦開始。零番隊、突入!」
紅月カレンの鋭い号令と共に、深紅の装甲を纏った紅蓮弐式が、高振動爪で岩壁を粉砕しながら這い上がる。その後方には、黒の騎士団の精鋭で構成された「零番隊」が続く。
「カレン、右だ。そこに『門』がある」
通信越しに的確な指示を送るC.C.の瞳は、暗闇の中で黄金の光を放っていた。
彼女には見える。物理的な岩壁の奥で、幾千もの「意識の糸」がのたうち回り、一箇所へと収束していく様が。
「わかってるわよ!……ったく、ライは、こんな気味の悪い場所に閉じ込められてたってわけ?」
カレンは輻射波動機構を展開し、遺跡の隠し扉を力任せに融解させた。
内部へ踏み込んだ瞬間、彼女たちを襲ったのは、先ほどの嚮団とは異なる「圧力」だった。
「……っ、何これ。空気が重い。……誰かに、頭の中を覗かれてるみたいで……!」
「……それが『Cの世界』の残り香だ、カレン。特区にいる連中の『幸福』が、ここでは『重圧』に変わる。ライは今、その中心で溺れているんだ」
C.C.の言葉に、カレンは歯を食いしばった。
カレンにとってのライは、意図せず戦ったことはあるが、出会った頃のような静かで無色ではなく、温かな色を纏った不器用な仲間だ。
その彼が、皮肉にも自分が作った平和の重みに潰されようとしている。
「ふざけないでよ……! あいつをそんな便利屋の機械みたいに扱うなら、私が全員ぶっ飛ばしてやるわ!」
紅蓮弐式の右腕が、迎撃に現れた嚮団の自動防衛機構を掴み、輻射波動の一撃で内側から破裂させる。
ノネットが「野生」で道を切り開くなら、カレンは「怒り」で深淵を穿つ。
「急げ、カレン。コーネリアたちが『核』に触れる前に。
……ライの心が完全に摩耗してしまう前に。」
C.C.の視線の先、遺跡の最深部からは、ライの精神が発する「無声の悲鳴」が、銀色の燐光となって溢れ出していた。
行政特区日本、その中枢たる政庁舎。
華やかにライトアップされた外壁の裏側、幾重もの電子ロックと物理隔壁に守られた「ゼロ専用室」において、ルルーシュ・ランペルージは青白いモニターの光に照らされていた。
「……ハッキングが、弾かれるだと……!? 嚮団のメインサーバー、思考エレベーターの論理障壁がこれほど強固だとは……!」
キーボードを叩く指が、微かに震える。
画面には、神根島から送られてくる膨大な精神エネルギーの奔流が可視化されていた。
特区で眠りにつく何百万人の「幸福な夢」が、一本の太い光の潮流となり、島に眠るライの脳へと叩きつけられている。
「ライ……。お前は、この人類の無意識を受け止める『器』にされているのか。……そんなことが、人間に耐えられるはずがない!」
モニターの端で、ライのバイタルサインが危険域を示す赤色に点滅する。心拍数は異常値を刻み、脳波は、もはや生物のそれとは思えない幾何学的なパターンを描き始めていた。
(……救わねばならない。だが、どうやって?)
ルルーシュの冷徹な頭脳が、瞬時にいくつものシミュレーションを弾き出す。
システムを完全に強制停止(シャットダウン)させれば、ライは助かる。しかし、それは「特区日本」を支える精神的な支柱を破壊することを意味する。
明日、特区の人々は「理由のない虚脱感」に襲われてしまうだろう。
(……特区を捨ててライを取るか、ライを捨てて特区を維持するか……。ふざけるな! どちらも俺が、ナナリーのために、そして周りにいるみんなのために積み上げてきたものだ!)
仮面を脱ぎ捨てたルルーシュの顔は、苦渋に歪んでいた。
「ゼロ」という全能の偶像を演じながら、その実、親友を救うための「たった一つの正解」すら見つけられない己の無力さ。
その時、内線電話からユフィの悲痛な声が響いた。
『ルルーシュ……。ライの容体が……。
彼、笑っているんです。泣きながら、苦しそうに、でも幸せそうに笑っているの。……ねえ、これが私たちの望んだ平和なの!?』
「…………ユフィ」
ユフィの言葉が、ルルーシュの合理的な思考を真っ向から粉砕する。
「幸せそうに笑う犠牲者」。それは、シャルルやV.V.が目指す「嘘のない世界」の完成形だ。だが、それは人間が自らの足で歩むことを放棄した、死の世界に等しい。
「……違う。そんなものは、平和でも何でもない」
ルルーシュの瞳に、再び鋭い光が宿る。
彼は「特区の維持」という計算を捨てた。
代わりに、少女の願いと、親友の命を、力ずくで搦め取る「悪魔の博打」へと舵を切る。
「……C.C.聞こえるか。……零番隊を、システムの『核』ではなく『中継点』へ回せ。……ライの意識を、一度だけ物理的に『バースト』させる。……死の淵まで彼を追い込み、システム側に『不良品』だと誤認させるんだ!」
それは、ライの命を文字通り秤にかける、最も危険で、最もルルーシュらしい反逆の策だった。