『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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17話 共犯者の咆哮

 

 

紫の雷鳴が遺跡の防壁を粉砕し、紅い業火が隠された回廊を焼き切ったその先。

神根島の最深部、巨大な思考エレベーターの「核」が鎮座する大空洞で、三つの勢力が一堂に会した。

 

「……黒の騎士団!? 貴様ら、なぜここに!」

 

 コーネリアのグロースターが、瓦礫を越えて現れた紅蓮弐式にランスを向ける。その後方には、大破寸前のジェレミア機と、警戒を強めるギルフォードの姿があった。

 

「それはこっちのセリフよ、ブリタニア! ……何をするつもりなのよ!」

 

 カレンもまた、輻射波動の右腕を唸らせ、一触即発の構えをとる。ブリタニア皇女と黒の騎士団のエース。

昔ならば戦うべき宿敵同士だ。だが、その緊張を頭上から降り注ぐ高笑いが切り裂いた。

 

「お二人さん、今はそんな場合じゃないよ。……この『匂い』、君らには分からないのかい?」

 

 ホバリングしながら舞い降りたのは、ノネット・エニアグラムの紫のブラッドフォード。

彼女の視線は眼下の敵ではなく、さらにその奥にある「核」へと固定されていた。

そこには、半透明の結晶体に埋没するようにして、無数の生体ケーブルに繋がれたライ?の姿があった。

彼の瞳は銀色の光を放ち、周囲の空間は過負荷(オーバーロード)による重力異常で歪んでいる。

 

「……っ、ライ!」

 

 カレンが叫ぶがライの意識は、すでにここにはない。

特区に住む何百万人の「幸福な夢」がデータとして彼の脳を濁流のように駆け抜け、肉体の限界を削り取っていた。

 

『――カレン、コーネリア。聞こえるか、ゼロだ』

 

 遺跡全体に響き渡る、変声機を通した低い声。

特区の特別室から、ルルーシュは「ゼロ」として通信回線を強制ジャックした。

 

『今すぐ、その中心核(コア)……ライを直接、最大出力で攻撃しろ。……彼を物理的に「破壊」するんだ』

 

「……なんですって!? 助けに来たのよ!? 死んじゃうじゃない!」

 

カレンの悲鳴のような抗議に対し、ゼロの声は氷のように冷たかった。

 

『今の彼は、全特区民の意識を受け止める「器」だ。そのままでは精神が焼き切れる。……あえて外部から致死量のエネルギーを叩き込み、システム側に「破損」を誤認させるしかない。……ライを殺したくなければ、今すぐ撃て!』

 

「…………ふん。相変わらず無茶苦茶を言うね、仮面の男」

 

ノネットがブラッドフォードのハドロン・ブラスターの銃口を、迷いなくライへと向けた。

 

「でも、私の『鼻』もそう言ってる。今すぐ壊さなきゃ、島ごと吹き飛ぶよ! 殿下、やるかい?」

 

「……っ、致し方あるまい……! 全機、ゼロの指示に従え! 目標、中央ユニット!」

 

助けるために、撃つ。

その矛盾した「王の命令」に、カレンは震える手で操縦桿を握りしめた。

 

「……やるしかないのね、ゼロ!」

 

 カレンは、悲鳴のような覚悟を吐き出し紅蓮弐式の操縦桿を限界まで押し込んだ。

右腕の輻射円盤が、血のような赤黒い光を増幅させ、空間そのものを熱波で歪めていく。

 

「ギルフォード、ジェレミア、射撃開始だ! エニアグラム卿、合わせてくれ」

 

「了解だよ、殿下!。最高の花火を打ち上げてあげる!」

 

 コーネリアの号令と同時に、紫のブラッドフォードがメイフライ・モードへ可変し、機首のハドロン・ブラスターが臨界点に達する。

それは、一人の少年を「殺す」ための、かつてないほど残酷で美しい斉射だった。

 

「――撃てっ!!」

 

 ゼロの非情な叫びが通信網を震わせた瞬間、三方向から放たれたエネルギーの奔流が、ライを閉じ込める中央制御ユニットへと収束した。

 

 ズガァァァァァァン!!

 

ブラッドフォードの放つ紫のハドロン砲が外殻を焼き、グロースターとサザーランドのミサイルが爆圧で結晶を粉砕する。そして、最後の一撃――紅蓮弐式の輻射波動が、ユニットの深部へ「命の熱」を叩き込んだ。

 

「ああああああああああああああああ!!」

 

 爆光の中、ライの喉が引き裂かれんばかりに鳴動した。

攻撃を受けた衝撃が、ライの精神をシステムから強制的に引き剥がしていく。

ライの視界に、走馬灯のように光景が流れた。

 

 ルルーシュとチェスを指した放課後。

 カレンと一緒に弁当を食べた時みんなから冷やかされたこと。

 ユーフェミアを中心に笑いが満ちた特区の陽だまり。

 

それらの記憶が、システムという名の「冷たい神の論理」に致命的なノイズとして混入する。

 

「……エラー。個体識別『ライ』……損傷率、限界突破。……演算コアとして、不適格――」

 

 無機質な思考エレベーターの意志が、ライを「ゴミ」として排斥する判断を下した。

直後、遺跡全体が激しい拒絶反応を起こし、銀色の燐光が爆発的に拡散した。

ライを繋ぎ止めていた生体ケーブルが次々と弾け飛び、彼の身体は空中に放り出される。

 

「ライ!!」

 

 爆煙の中を、紅い影が突き進む。

カレンは紅蓮の右腕を伸ばし、落下するライの華奢な身体を、壊れ物を扱うような優しさで受け止めた。

 

「確保したわ……! でも、……息をしてない……!」

 

カレンのモニターに映るライの表情は、穏やかで、そして死人のように白かった。

 

「……ミッション、完了だ。全機、直ちに撤退しろ! 遺跡が崩壊する!」

 

 ゼロの声が届く。だが、その声は、もはや指導者のものではなく、今にも崩れ落ちそうな一人の少年の震えを含んでいた。

 

紫のブラッドフォードが、崩落する天井の岩塊をハドロン砲で粉砕しながら、殿として道を切り開く。

 

「……あーあ。高くつくよ、今回の貸しはね、ゼロ。」

 

ノネットは、誰にも聞こえない声で独りごち紫の翼を翻した。

 

 

「脱出するぞ! 崩落が早まっている!」

 

 コーネリアの叫びが響く中、神根島の遺跡は断末魔のような地鳴りを上げていた。

カレンは紅蓮弐式の腕の中に、ぐったりと横たわるライを抱え直す。その身体は、まるで陽炎のように時折輪郭を震わせていた。

この遺跡に「形成」されていたライの存在は、システムから切り離されたことでその維持能力を失いつつあった。

 

「……消えそうじゃない、いったいどうなってるのこれ……ライ、しっかりしなさいよ!」

 

 カレンの悲痛な叫びに、殿を務めるノネットがブラッドフォードのハドロン砲で迫りくる岩塊を粉砕しながら応じる。

 

「いいかい、紅月カレン! そいつは『意識の塊』だ! 本物の身体は、今ごろ特区で死にかけてる。……急がないと、魂の帰り道がなくなっちまうよ!」

 

 同時刻、行政特区日本――

政庁舎の隔離病棟では、心電図のフラットラインを告げる警告音が絶え間なく鳴り響いていた。

 

「ライ! ダメですよ、嫌です、目を開けてください!」

 

 ユーフェミアが、スザクと共に必死にライの手を握りしめるが彼の肉体は氷のように冷たくなっていた。

そこへ、ゼロ専用室から駆けつけたルルーシュが、仮面を脱ぎ捨てた姿で飛び込んでくる。

 

「どけ! 医療班、除細動器の出力を最大に上げろ! 精神波のバイパスを繋ぎ直すんだ!」

 

 ルルーシュの瞳は、焦燥に血走っていた。

神根島で、ライの意識を「バースト」させた衝撃。それが今、特区にある彼の「本体」へと、猛烈なフィードバックとなって押し寄せている。

それは、死に至る毒か、それとも停止した心臓を叩き起こす劇薬か。

 

「ライ!まだ一緒にやる事があるだろう……起きてくれ!」

 

この事態に困惑しつつも懸命に呼びかけるスザク。

 

「……お願い、ライ……。戻ってきて……!」

 

 ユーフェミアの涙がライの頬に落ちた、その瞬間。

モニターが、神根島からの「意識データ」の帰還をキャッチした。

 

「……来た! 思考エレベーターからの強制転送……っ、ライ、戻ってこい!!」

 

 ルルーシュが叫び、除細動器のスイッチを入れる。

ドクン、とライの身体が大きく跳ねた。

神根島の遺跡が完全に崩落し、紅蓮弐式が海面へ飛び出したその刹那。

特区の病室で、止まっていた心電図が、不規則ながらも確かな鼓動を刻み始めた。

 

「…………ぁ…………」

 

 ライの唇から、かすかな本当にかすかな吐息が漏れる。

その瞬間、ルルーシュは膝から崩れ落ち、ユーフェミアとスザクは、声を上げて泣いた。

 

 神根島の荒波の中で、カレンは腕の中から消えた「ライの残像」を見つめ、彼が元の身体へ戻ったことを確信し、小さく笑った。

 

 

 隔離病棟を包んでいた絶望的なアラート音は消え、今は加湿器の微かな動作音だけが響いている。

ベッドに横たわるライの顔には赤みが戻り、深く、安定した眠りについていた。

 

「……落ち着いたようだな」

 

 ルルーシュは壁に背を預け、乱れた息を整えながら告げた。その顔には、先ほどまでのなりふり構わぬ必死さはなく、いつもの冷静な、あるいはそう見せようとする仮面が戻りつつあった。

 

「ルルーシュ……。一体何があったんだ? ゼロとして、何を指示していたんだ?」

 

 スザクの問いには、非難よりも深い困惑が混じっていた。

今回の「救出のためにライを撃つ」というゼロの判断は、スザクの倫理観では到底理解し得ない「悪魔の博打」だった。

 

「……『神』という名のシステムから、彼を物理的に弾き出した。……それだけだ、スザク」

 

「もし、ライが死んでいたら……」

 

「死なせないために撃った。結果が全てだ」

 

 ルルーシュは視線を逸らす。その冷徹な言葉とは裏腹に、彼の指先がまだ微かに震えているのを、隣に立つユーフェミアだけは気づいていた。彼女はそっとルルーシュの腕に触れ、首を振る。

 

「……今は、ライが戻ってきてくれた。それを喜びましょう。……ありがとう、ルルーシュ。

貴方のやり方は怖かったけれど、貴方が一番、彼を信じていたのね」

 

 その頃、神根島の沖合――

海面に浮上した潜水艦の甲板で、カレンは紅蓮のコックピットから身を乗り出し、夜風に吹かれていた。

 

「……消えた瞬間のあいつの手……確かに暖かかった」

 

 彼女は、まだ知らない。自分に指示を出していた「ゼロ」が、アッシュフォード学園で共に過ごしているルルーシュであることを。そして、今まさに特区でライを囲んでいる面々が、敵味方を越えた「共犯者」として繋がっていることも。

 

 上空を、一機の紫色のナイトメアが旋回していく。

ノネット・エニアグラム。彼女は通信を開かぬまま、眼下の紅い機体と、遠くに見える特区の灯りを見つめていた。

 

「……面白いね。みんなライのために、皇帝陛下を裏切るような顔をしている。……さて、ゼロ。君は、次に何を演じるつもりだい?」

 

 夜が明ける。

特区日本という夢は、より複雑で、より強固な、嘘と真実の混じり合う場所へと変質しようとしていた。

 

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