『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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20話 神の座、崩落の咆吼

 

 

倉庫の最深部。新型KMFのコクピットが、ライを招くように開いた。

この機体が自分を呼んでいるのではない。

機体に組み込まれた新しいサクラダイトと、自らの脳に刻まれた術式が、互いを求め、共振しているのだ。

 

「……あ……あああああ!」

 

 吸い寄せられるようにシートへ身を沈めた瞬間、ニューラル・リンクが強制的に確立された。

学園で感じていたノイズは、今や濁流となって彼の意識を侵喰していく。

瞳のギアスが紅く、禍々しく発火した。

 

「ライ! 降りろ! それに乗ってはダメだ!」

 

 スザクの叫びも、カレンが銃口を突きつけ牽制しても、今のライには遠い世界の羽音に過ぎない。

 

 機体が起動する。瞬く間に倉庫の屋根を紙細工のように引き裂いて、銀色の機体が夜空へと舞い上がった。

行き先は、特区ではない。

ライの意識を、そして、この機体を縛り付けていた呪縛の源流。

 

 ――ギアス嚮団、本拠地。

 

「……消えろ……。僕の中から、消えてなくなれ……!」

 

 ライの拒絶の意志は、そのまま機体の破壊力へと変換された。

教団の隠れ里に、突如として飛来した「銀の鳥」。

迎撃に出た嚮団の守備部隊を、ライの機体は触れることすらなく、空間ごと捻じ伏せるような高出力の波動で粉砕していく。

それは戦闘ではなく、一方的な消去だった。

教団の神殿が、研究施設が、ライの咆吼と共に崩れ落ちていく。

 

「な、なんだ……!? 『銀の鳥』が……ボクに逆らって、勝手に動いているというのか!?」

 

教団の奥深く、黄昏の間に佇んでいたV.V.が、モニターに映る凄惨な光景に目を見開いた。

ライを自身の「部品」として再起動させるはずだった計画。だが、今のライが放っているのは、制御不能な「自己崩壊」のエネルギーだ。

 

「あり得ない! 接続(リンク)は完璧だったはずだ! なぜボクの命令を受け付けない!?」

 

狼狽えるV.V.。その背後の暗闇から、静かだが、山をも動かすような重厚な足音が響いた。

 

「予定外とは……。らしくないですな。」

 

 V.V.が凍りついたように振り返る。そこにはブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが、すべてを見通したような冷徹な眼差しで立っていた。

 

「シャルル……。どうしてここに……」

 

「兄さんの『悪戯』には、いささか失望した。」

 

 シャルルの瞳が、王の威厳を纏って輝く。

ライの暴走は、もはやV.V.の手を離れた。そしてそれは、シャルルにとって「兄の不手際」を清算し自らの計画を遂行するための、これ以上ない幕引きの場であった。

 

 

 嚮団の本拠地を揺るがす地鳴りは、ライの破壊衝動に呼応するように激しさを増していた。

崩落する天井、砕け散る石柱。

銀色の機体が放つ青白い波動が、嚮団が数百年をかけて積み上げた秘匿の歴史を次々と灰に変えていく。

 

「……やめろ! やめるんだ、ライ!」

 

 V.V.の叫びは、もはや神の声としての威厳を失い、ただの悲鳴へと成り下がっていた。だが、その背後に立つシャルルは、眉一つ動かさず、壊れゆく世界を冷徹に眺めていた。

 

「兄さん……。貴方は永遠という時間に甘え、人という『個』の執念を侮った。その結果が、これだ。」

 

「シャルル、ボクを……見捨てるつもりなのか!?」

 

「見捨てる? 否。兄さんの過ちを『継承』して計画を成就させるのだ。」

 

 シャルルの瞳が怪しく輝く。次の瞬間、彼は躊躇なくV.V.の胸倉を掴み、その身体に刻まれた不老不死の印――コードを奪い取るべく、手を伸ばした。

 

 V.V.の身体から、眩い黄金色のエナジーが逆流するようにシャルルへと流れ込む。

永遠を生きる少年の目から光が消え、今まで止まっていた時を一度に引き受けるかのように、急速に生気を失っていく。

 

「あ……あぁ……シャル……ル……」

 

「安らかに眠るがいい、……嘘のない世界は、わしが完成させよう。」

 

 簒奪の儀式が完了したその時、神殿の奥深くで巨大な爆発が起きた。

ライの駆る新型KMFが、精神のオーバーロードによって暴走の極地に達し、機体から制御不能の雷光を撒き散らしていたのだ。

 

「――が、あああああッ!」

 

 コクピットの中で、ライの意識は激流に呑み込まれていた。

神経接続を通じて流れ込む、V.V.の絶望、シャルルの野望、そして嚮団に捧げられた無数の実験体たちの怨嗟。それらがライの脳内で爆発し、彼の知覚を真っ白に染め上げる。

(……壊れる。僕も、世界も……全部……!)

 

 機体の各部からサクラダイトのエナジーが噴出し、銀色の装甲が熱量に耐えかねて剥離し始める。

ライの意識が遠のき、重力に従って機体が崩落する神殿の瓦礫の中へと墜落していく。

 

 硝煙と塵土が舞い上がる静寂の中。

最後にライの耳に届いたのは、誰を呼ぶものか分からない、遠い遠い場所からの微かな呼び声だった。

 

 

 地響きが止み、後に残ったのは崩落した神殿の残骸から立ち昇る白煙と、異様なほどの静寂だった。

 

 シャルルが去り、主を失った嚮団の本拠地は、もはやただの冷たい石の墓場と化している。その静寂を切り裂くように、数条のサーチライトが瓦礫の山を照らし出した。

 

「ライ! 返事をしてくれ、ライ!」

 

 必死の叫び声を上げたのは、マントを翻し瓦礫の斜面を駆け上がるゼロだった。その後ろには、険しい表情で周囲を警戒するスザクと、肩で息をしながらも必死にゼロに続くカレンの姿がある。

 

「……あそこだ! コンテナの影に、銀色の装甲が……!」

 

 カレンの指差す先に、半ば瓦礫に埋もれた新型KMFが無残な姿を晒していた。

優雅だった銀色の翼は折れ、装甲の隙間からは未だに青白い放電が火花となって散っている。

 

 三人は言葉もなく、大破した機体に駆け寄った。

ゼロが震える手で非常用のハッチをこじ開けると、そこには無数のコードに絡まり、ぐったりと項垂れるライの姿があった。

 

「ライ……! しっかりしろ!」

 

 スザクがライをコクピットから慎重に抱き起こす。

ライの頬には火傷のような紋様が浮かび、その瞳は力なく虚空を彷徨っていた。

 

「……う、あ……」

 

微かな吐息と共に、ライの視線がゆっくりと、仮面の下の瞳に焦点を結ぶ。

 

「……ゼロ……? ……スザク……なのか……?」

 

「ああ、私だ。もう大丈夫だ、ライ。すぐに医者を……」

 

 ゼロの声は、指揮官としての冷徹さを保とうとしながらも、微かに震えていた。

スザクの言葉を遮るように、ライが血の気の失せた手で、スザクの腕を強く掴んだ。その指先は氷のように冷たい。

 

「……壊したよ。……僕を……呼んでいた、悪い夢を……全部……」

 

「ライ、あなた……」

 

 カレンが言葉を詰まらせる。

ライの足元に、コクピットから転がり落ちた「ある物」があった。それは、ミレイから渡された文化祭の企画書。

ボロボロに焼け焦げ、判読不能になった、その紙切れは彼が守りたかった「日常」の成れの果てのようだった。

 

ゼロは、ライを抱きしめるスザクの隣で、ただ拳を固く握りしめていた。

 

 

 大破した機体から救出されたライの意識は、薄氷の上を歩くように危うく、断片的だった。スザクの腕の中で、彼は震える唇を動かし、傍らに立つゼロの耳元へ微かに届くほどの声で囁いた。

 

「……ゼロ……もし、僕が……僕でなくなったら……その時は……」

 

 ゼロの仮面の奥で、ルルーシュの瞳が大きく揺れた。それが学園での約束の続きなのか、それとも「兵器」に戻る自分への引導を求めたものなのか。答える間もなく、ライの指先から力が抜け、その意識は深い闇へと沈んでいった。

 

「……行くぞ。ここは、もうすぐ完全に崩落する」

 

 ゼロの声は、感情を押し殺した鋼の響きを取り戻していた。スザクはライを抱きかかえたままランスロットのコクピットへ飛び乗り、カレンもまた、複雑な表情を浮かべながら紅蓮弐式へと戻る。

 

 崩れゆく嚮団の本拠地を背に、夜の帳へと飛び立った。

特区への帰路、輸送機の機内に重苦しい沈黙が流れる中、突如としてすべての通信端末とモニターが強制的に起動した。

 

『――全世界に告ぐ。私は、ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアである』

 

 モニターに映し出されたのは、不老不死の証である「コード」を瞳に宿し、神の如き威厳を纏った皇帝の姿だった。

 

『人類は、嘘という仮面を被り、偽りの歴史を紡いできた。だが、その時代は終わった。

今から神を殺し、真実のみが支配する世界を再定義する』

 

その神話的な宣言は、物理的な距離を超え、全世界に激震を走らせた。

 

 帝都ペンドラゴン。

政庁の執務室でモニターを見つめる宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアは、グラスを置くことも忘れ、父である皇帝陛下の変貌を凝視していた。その常に余裕を湛えた端正な顔に、かつてないほど濃い影が落ちる。

 

「……真実のみが支配する世界、ですか。それはひどく無機質で、退屈な世界のようだ」

 

 シュナイゼルは傍らのカノンを振り返ることなく、独り言のように続けた。

 

「皇帝陛下はついに、盤面そのものを焼き払うつもりらしい。……これは政治でも戦争でもない。ただの終焉だ。……さて、ゼロ。君ならこの事態に、どう抗うのかな?」

 

 その瞳には、父への畏怖以上に、盤面を乱された一人の天才としての冷徹な計算が宿っていた。

 

 一方、中華連邦、E.U.、そして混乱の渦中にある特区日本の街頭。

 

 人々は足を止め、空を覆う巨大な映像を見上げていた。恐怖、混乱、そして信仰に似た戦慄。

世界という巨大なシステムが、一人の男の意志によって「再起動」されようとする音を、誰もが聞いた。

 

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