『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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21話 神の氾濫、虚無の天秤

 

 

 シャルル・ジ・ブリタニアによる「神殺し」の宣言は、物理的な国境を越え全人類の精神を直接揺さぶる震動となった。

 

 中華連邦、朱禁城。

豪奢な椅子に座り、私腹を肥やすことのみに執着してきた大宦官たちは、モニター越しに突きつけられた「嘘のない世界」という言葉に、かつてない戦慄を覚えた。

 

「わ、我らの蓄財が……これまでの謀略が、すべて暴かれるというのか!?」

 

「そんな世界、あってはならん! 遮断しろ! ブリタニアとの通信をすべて切り離せ!」

 

 彼らが恐れたのは軍隊の侵攻ではなく、自らの醜悪な真実が全人民に「共有」されることだった。

彼らは鎖国を命じたが、精神の境界を越えてくるシャルルの声までを止める術はなかった。

 

 一方、E.U.の各都市では、より根源的なパニックが広がっていた。

パリの街角では、人々が足を止め、虚空を見つめたまま立ち尽くしている。

 

「……聞こえる。知らないはずの、隣人の憎しみが。死んだはずの、家族の悲しみが……」

 

 シャルルがコードの力を解放した影響か、人々の間に「微かな共感の暴走」が起き始めていた。

他者の感情が濁流の如く個人の意識を侵蝕する。それは民主主義が前提とする「個の独立」を根底から腐らせる毒だった。

 

 ブリタニア帝国本国、ペンドラゴン。

ここでは、かつてない「粛清」が始まっていた。

皇帝に従うことを誓ったギアス嚮団の残党や、心酔する若手将校たちが、自らを「神罰代行者」と称し、皇帝の意志に懐疑的な貴族たちを次々と拘束していた。

 

「皇帝陛下は仰せられた。隠し事のない世界こそが救いであると。……貴卿の心にある『迷い』もまた、新世界には不要な嘘だ」

 

 その狂乱の只中で、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアは冷静にチェス盤を畳んでいた。

彼は父が手にした力が、もはや「政治」の道具ではないことを悟っていた。

 

「カノン、準備を。陛下は『昨日』を完成させようとしている。……私が愛するのは、解き明かされる前の『明日』だ。その可能性を奪う神なら、私は不要だと思うよ」

 

 シュナイゼルは、自身の精鋭艦隊と多くの技術者、そしてブリタニアの良心を象徴する一部の官僚を引き連れ、帝国を離反した。

 

 そして、世界の「点」となった特区日本。

ここでは最も深刻な現象が起きていた。

ライの意識がシャルルと共鳴を始めたことで、特区の街中では集団幻覚が多発。

空には、科学的には説明のつかないオーロラのような紅い紋様がたなびいている。

 

「……世界が、混ざり合おうとしている……」

 

 政庁の窓から空を見上げるユーフェミアは、その美しくも禍々しい光景に、得も言われぬ予感を抱いた。

人々の心から壁が失われ、一つの巨大な「意識の海」へと還る瞬間。それがシャルルの目指す平和の正体だとするなら。

 

「……それは、ライの心を……。

世界中の人たちの『自分』を殺すことと同じです」

 

 世界がパニックの極致にある中、シュナイゼルの「アヴァロン」を先頭とする亡命艦隊が、特区日本の領海へと迫っていた。

 

 国家、人種、階級。それらすべての「虚構」が崩れ去ろうとする中、皮肉にも人類の最後の希望は、嘘で塗り固められた「特区」という箱庭に託されることになった。

 

 

 世界がシャルルの「意識の氾濫」に震える中、特区日本の空に巨大な影が降り立った。

ブリタニア宰相シュナイゼルが率いる浮遊航空艦「アヴァロン」と、本国を離反した精鋭艦隊である。

 

 迎賓館のテラスで、ユーフェミアとコーネリアは、タラップを降りてくる兄を複雑な表情で迎えた。

シュナイゼルは軍装ではなく、あえて穏やかな平服を纏い、妹たちを慈しむような微笑を浮かべている。

 

「――お待たせしたね、ユーフェミア。そして、久しぶりだね、コーネリア」

 

「お兄様……。あの混乱の中、よくぞ」

 

 ユフィの言葉に、シュナイゼルは優雅に首を振る。

 

「あの声明だ。もはや本国という枠組みに意味はない。……今、この世界で最も価値があるのは、君たちが保護している――ライ君だ。

私は彼を、そして君たちを父上の暴挙から守るために来た」

 

「『守る』ですか……。ご自分に都合の良い言葉を選ばれる」

 

 コーネリアの冷徹な指摘にも、シュナイゼルは動じない。

彼は、特区の独立承認と軍事リソースの提供を即座に約束したが、その瞳の奥にはライという「鍵」を自らの盤面に収めようとする、底知れぬ計算が宿っていた。

 

 数刻後、迎賓館の最奥。

監視も盗聴も遮断された完全な密室で、シュナイゼルと、仮面の男ゼロ――ルルーシュが対峙していた。

 

「……単刀直入に聞こう。ライの脳を使って、何をするつもりだ」

 

 ゼロが低く、威圧的な声を放つ。

シュナイゼルはチェス駒を弄ぶかのように言葉を紡いだ。

 

「父上……皇帝陛下が手にした『コード』は、全人類の意識を一つの海に溶かすための鍵だ。だが、鍵があれば『錠』がある。

陛下が全人類の精神を覗き込もうとしている今、ライ君という『ハブ』を通じて、逆に人類の『生きたいという執念』を流し込めばどうなると思う?」

 

 シュナイゼルの瞳に、凍てつくような好奇心が宿る。

 

「陛下の神経系は、全人類の『エゴの奔流』に耐えきれず崩壊する。……名付けて、『カウンター・ラグナレク』。

ライ君を、神を殺すための『精神的爆弾』にするのさ」

 

「……貴様ッ! それをやれば、ライの精神もタダでは済まない! 魂そのものが霧散するぞ!」

 

 ゼロが激昂し、テーブルを叩きつけた。だが、シュナイゼルは微笑を崩さない。

 

「世界を救うために、一人の少年を捧げる。……君がこれまでやってきたことと、何が違うのかい?」

 

 シュナイゼルの放つ「虚無の正論」が、ルルーシュの喉元を焼き切るように突き刺さった。

 

 その時。隣室の病室から、不気味なほどの高周波の音が響き渡った。

駆けつけた二人が目にしたのは、ベッドの上で目を見開き、紅く、禍々しく瞳を輝かせるライの姿だった。

 

「……だめ……だ……」

 

 ライの口から漏れたのは、他人の声が重なり合ったような、重層的な響き。

ライの言葉とともに、特区日本全域の電子機器がショートし、空に巨大な「ギアスの紋章」が浮かび上がった。

 

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