違う小説が思った通りに進まずVSブリタニアの吸血鬼さんを書くのが遅れました。
特区日本の空は、グレート・ブリタニアの降臨によって引き起こされた大気の歪みにより不気味な琥珀色と紫の混ざり合った、この世の終わりを想起させる色彩に染まっていた。
陽光は厚い雲と要塞の巨体に遮られ、地上には巨大な影が這いずる。その影を切り裂くように、四条の光跡が物理限界を超えた機動で交錯していた。中心に座すのは、不吉な薄紫の装甲を纏った「パーシヴァル」。
ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリーは、愛機の全身から突き出したスラッシュハーケンを全方位へ自在に操り、迎撃に上がる特区防衛隊のヴィンセントを紙細工のように引き裂き続けていた。
「見てろよ、これこそが神に許された最高の『食事』だ! 嘘のない世界? 知るかよそんなもん! 私が欲しいのは、お前らの絶望と、命の断末魔だけだぁ!」
ルキアーノが狂気に満ちた咆哮を上げ、右腕に備わった4連クローのドリル「ルミナスコーン」を高速回転させる。
空間そのものを削り取るような不快な高周波が周囲の高層ビル群を震わせ、衝撃波が窓ガラスを次々と粉砕していく。獲物を飲み込もうとしたその刹那――。
空を横払いするように、黄金の盾が強引にその軌道へと割り込んだ。シンの駆る「ヴェルキンゲトリクス」である。
「……食らう側だと思い上がっているのか、吸血鬼。貴様の振るう刃には、己の生を肯定する意志すら宿っていない。ただの、空虚な餓えだ」
シンの冷徹な声と共に、ヴェルキンゲトリクスのSDAアックスがパーシヴァルのドリルと正面から激突した。
金属同士が火花を散らしながら削り合う音が響き渡り、周囲の空間にオレンジ色の火花が雨のように降り注ぐ。
シンは機体をケンタウロス形態へと瞬時に変形させ、四肢の駆動輪をフル回転させて、薄紫の吸血鬼を力任せに押し戻した。その直後、戦場の「死角」から、理法を無視した異形が跳ねた。
アキトの「アレクサンダ・リベルテ」だ。人型を捨てた四足歩行モードでビルの垂直壁を重力を無視して駆け上がり、パーシヴァルの頭上、丁度フロートユニットの死角へ躍り出る。
「……死ね、吸血鬼」
アキトの乾いた殺意がコクピットを満たし、両腕から展開された硬質なウルナエッジが、パーシヴァルの肩口へ向けて深々と振り下ろされた。
肉厚な装甲がバターのように切り裂かれ、内部の冷却液が噴水のように吹き出す。だが、ブラッドリーは機体を独楽のように回転させ、四肢のハーケンを全方位へ射出した。
「甘いんだよ、ユーロの亡霊共!
お前らの『意志』なんてなぁ、空腹を満たすスパイスにもなりはしないんだよ!」
パーシヴァルから放たれたミサイルが、回避の遅れたリベルテの脚部を掠め、バランスを崩させる。
ルキアーノは、その隙を逃さず損傷を無視した強引な加速でリベルテへ肉薄した。必殺のドリルが、アキトのコクピットを粉砕せんと唸りを上げる。だが、その必殺の一撃を後方からの閃光が阻んだ。
ジャン・ロウが駆る「グラックス」による、大型キャノン砲である。一筋のビームがドリルの基部を正確に撃ち抜き、その衝撃でパーシヴァルの姿勢が大きく揺らいだ。
「……二人の背中は、守ってみせる。貴様のような男に、私たちの『明日』は渡さない!」
ジャンの凛とした声が通信回線を走る。
彼女はグラックスを政庁のヘリポートに固定し、シンとアキトの動きを予測した援護射撃に徹していた。
「チッ、チョロチョロと……! 面白え、まとめてお前らの命を奪ってやる!」
ブラッドリーの瞳が、嗜虐的な色に染まる。かつて「死」の呪縛に囚われていた兄弟が、今は一人の女性の支援を受け、互いの生命を守るための盾と矛になり、ブリタニアの「吸血鬼」を地獄の淵へと追い詰め始めていた。
戦況は、もはや局地的な戦闘の域を超え、互いの生存本能を削り合う消耗戦へと突入していた。
ルキアーノ・ブラッドリーは、損傷したパーシヴァルの肩から火花と煙を噴き上げながらも、その機動力は微塵も衰えていなかった。むしろ、自らの機体が損壊することで、彼の狂気は、より研ぎ澄まされ攻撃性は増大していた。
「ヴァルキリエ隊! 盾になれ! 私の食事を邪魔させるなぁ!」
ブラッドリーの非道な命令により、周囲でワイヴァン隊や聖ミカエル騎士団と交戦中だった直属部隊のヴィンセント数機が、無理やりシンたちの射線に割り込まされる。
忠実な部下さえも使い捨てるその采配に、シンは底冷えするような怒りを覚えた。
「自らの親衛隊さえ使い捨てて何がナイトオブラウンズか。……アキト、左右から挟撃する。ジャンの射線を開けろ!」
「了解、兄さん。……あいつは、俺が壊す」
アキトの声には、もはや過去の迷いはない。
彼はアレクサンダ・リベルテの「ブレインレイド」を限定解除し、人間の神経系を遥かに超えた反射速度で戦場を縦横無尽に翔ける。空中で物理法則を嘲笑うかのような不規則な軌道を描き、ルキアーノの背後、そして足元を常に突き続ける。
対するシンは、ヴェルキンゲトリクスの重装甲を活かした重厚な正面突破を仕掛ける。シンの斧は、ルキアーノの繰り出す変則的なハーケン攻撃をすべて最小限の動きで受け流し、あるいは叩き落としていた。
「見えるぞ、吸血鬼。貴様の動きは、ただの『恐怖』の裏返しだ。他者から奪い続けなければ、自分が存在することを実感できない。
そんな脆い魂が、我ら兄弟の絆を突破できると思うな!」
シンの一喝と共に、ヴェルキンゲトリクスのSDAアックスがパーシヴァルの胸部装甲を直撃した。
衝撃波が周囲の空気を震わせ、ルキアーノのコクピット内に、これまで聞いたこともないような警告音が鳴り響く。しかし、ブラッドリーは溢れた血を拭いもせず笑っていた。
「恐怖だぁ? 最高の褒め言葉じゃねえか! だからこそ、奪い甲斐があるんだよ! その『生きたい』っていう執念がなぁ!」
パーシヴァルが手持ちのスラッシュハーケンを同時に起動した。
機体から放たれた無数のワイヤーが、空に蜘蛛の巣のように展開され、触れるものすべてを物理的に切断し、高電圧で焼却する死の檻を作り出す。
「アキト、下がれ!」
シンの警告よりも早く、アキトはリベルテのブースターを逆噴射させ、紙一重で電磁の網を回避した。だが、正面から肉薄していたシンのヴェルキンゲトリクスは、その逃げ場のない檻のなかに閉じ込められる。
「死ねぇ、ユーロの裏切り者! お前の命をバラバラに引き裂いてやるぜ!」
だが、シンの瞳に宿る光は消えなかった。
彼は、あえて機体の追加シールドをパージし、電磁の網を強引に装甲の一部で受け流しながら、一直線にパーシヴァルへと突っ込んだ。
「……ジャン、今だ!」
シンの合図に応えるように、遥か後方、政庁ビルの頂から「第三の刃」が閃いた。
ジャン・ロウのグラックスが、最大出力の大型キャノン砲を解き放つ。それはシンの機体の肩口を掠め、電磁の檻の結節点となっているパーシヴァルのハーケン基部を完璧に粉砕した。
「な、何だとぉ!? 味方を掠めて撃ったのか、あいつ!」
驚愕に目を見開くブラッドリー。
檻が霧散し、一瞬の空白が生まれたその時、シンのヴェルキンゲトリクスと、再加速したアキトのアレクサンダ・リベルテが、左右から吸血鬼の喉元へ向けて同時に刃を振り上げた。
黄金の光と白紫の閃光が、パーシヴァルを十字に切り裂く。
傲慢な狂気が支配していた空に、初めてルキアーノ・ブラッドリーの本物の、そして無様な「悲鳴」が響き渡った。
閃光が交差した瞬間、特区上空の時間は凍り付いたかのように思えた。
ヴェルキンゲトリクスのSDAアックスとアレクサンダ・リベルテのウルナエッジが、パーシヴァルの薄紫色の装甲を深々と十字に切り裂き、そこから噴き出した火花が空を彩る。
致命的な一撃。通常であれば、KMFとしての機能は、ここで沈黙しパイロットは脱出を余儀なくされるはずだった。しかし、ルキアーノ・ブラッドリーという男の狂気は、機体の限界すらも否定した。
「……あ、は……。あはははははは! 痛てぇ……最高に痛てぇなぁ、ユーロの亡霊共ッ!」
コクピット内部で血反吐を吐きながら、ルキアーノは狂ったように笑い続けた。
彼の瞳は、もはや理性の光を完全に失い、ただ他者の生を道連れにしようとする純粋な悪意だけで燃え上がっている。
「奪われるのがこれほど不快で、これほど昂るもんだとは知らなかったぜ……! ならば、お返しだ。
お前らが必死に守ろうとしているその『明日』とやら、今ここで私が喰らい尽くしてやる!」
パーシヴァルの動力源であるサクラダイトが、制御限界を超えたオーバーロードを起こし、機体全体が不気味な赤黒い光を放ち始めた。
ルキアーノは残された片腕を強引に駆動させ、機体の胸部に隠されていた最終兵器――広域拡散型のハドロン砲のバイパスを全開にした。
「死ね! 全て私が奪ってやる! 特区もろとも、全員地獄の底で一つになれぇ!」
パーシヴァルが、制御を失った獣のように、無差別に政庁ビルとその周辺の避難施設へ向けて砲口を向けた。
エネルギーの充填が始まり、空間が激しく歪む。もし放たれれば、特区の防衛線どころか、そこに住む人間の命が一瞬で消滅する。
「……させるかッ!」
シンのヴェルキンゲトリクスが、機体を限界まで加速させた。
彼は自らの機体を盾にするようにパーシヴァルの射線上に割り込む。
「アキト、俺が動きを止める! その隙に、その狂った喉元を断て!」
「兄さん、危ない!」
アキトの声が叫びとなって響く。だが、シンは迷わなかった。かつて「死」を救済だと信じ、多くの命を奪ってきた自分にできる唯一の贖罪。それは、今ここにある「生」を守るために、自らの命を懸けることだと理解していたからだ。
ヴェルキンゲトリクスがパーシヴァルに組み付き、その四肢で吸血鬼の肉体を拘束する。
高熱のエネルギーがシンの装甲を焼き、警告音がコクピット内に鳴り響くが、シンはレバーを離さない。
「ジャン! 撃て! 俺ごと撃ち抜いてでも、吸血鬼を止めろ!」
政庁ビルの屋上でグラックスを構えるジャンの指が、一瞬だけ震えた。モニターに映るシンの姿。愛する人の命を、自分の手で散らすかもしれないという恐怖。しかし、彼女はシンの瞳に宿る、かつてないほど澄んだ意志を見た。
「……私は信じている。貴方は、ここで終わる男ではないと!」
ジャンの叫びと共に、グラックスの大型キャノンが放たれた。だが、それはシンを直撃するものではなかった。
パーシヴァルのフロートユニットの接合部、その一点を撃ち抜いたのだ。
姿勢を崩したパーシヴァルの射線が、わずかに空へと逸れる。その一瞬の隙を、アキトは見逃さなかった。
アレクサンダ・リベルテが、もはや視認不可能な速度の「点」と化した。重力を、慣性を、そして自分自身にかけられた死の呪いを置き去りにして、リベルテはパーシヴァルのコクピット・ハッチへと肉薄する。
「ブリタニアの吸血鬼。お前の死に、意味などない。……消えろ」
アキトの冷徹な宣告。リベルテの両腕に装備されたウルナエッジが、高周波の唸りを上げてパーシヴァルの胸部を縦に引き裂いた。
装甲が剥がれ、むき出しになったルキアーノのコクピット。そこへ、アキトは機体の全出力を乗せた一撃を叩き込んだ。
爆発。
吸血鬼の悪夢が、空に四散した。
ルキアーノ・ブラッドリーの断末魔は、爆圧にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。吸血鬼の落日は、皮肉にも彼が忌み嫌った「他者のための自己犠牲」と、それを支えた「絆」によって決定づけられたのだ。
炎上しながら落下するパーシヴァルの残骸を見送り、シンとアキト、そしてジャンは、静かに息を吐いた。だが、戦いは終わっていない。
天空には依然として、神を僭称する巨大な城が居座り続けている。