『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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24話 その未来は「本物」か

 

 

 特区政庁の地下深く、厳重に防護された特別収容ハンガー。

地上で繰り広げられるルキアーノ・ブラッドリーとの死闘による振動が、分厚い隔壁を抜けて微かに伝わってくる。

 

「……エネルギー充填率、98パーセント。エナジーフィラー、全回路正常。これ以上の調整は、実戦の負荷下でなければ意味をなしませんね」

 

 セシル・クルーミーが、ホログラフィック・モニターに流れる膨大なデータを見つめ、静かに、だが確かな緊張を込めて告げた。

彼女の背後では、巨大な円形の加速器のような実験装置に繋がれた、一機の「白い機体」が沈黙を守っている。

 

 ランスロット・アルビオン。

それは、既存のランスロットとは違い、一から作り上げた傑作KMFだ。

 

「セシルくん。そんなに怖い顔しないで。これは、もはや『芸術』なんだから」

 

 ロイド・アスプルンドが、いつも通り笑みを浮かべ、調整用のバイザーを跳ね上げた。しかし、その眼鏡の奥の瞳には、かつてない狂熱が宿っている。

 

「ブレイズルミナスを直接推力に変換する『エナジーウイング』。これによって得られる機動力は、もはや既存の範囲内には収まらない。

……スザク君。君という限界まで研ぎ澄まされたデヴァイサーを得て、このアルビオンは、完成されるんだ」

 

 二人の科学者の視線の先で、耐Gスーツを纏った枢木スザクが、静かに機体を見上げていた。

 

「ロイドさん、セシルさん。……感謝します」

 

 スザクの声は、凪いだ海のように静かだった。かつての彼を支配していた「死に場所を求める焦燥」はない。あるのは、自らの内に刻まれた絆を力に変え、大切な人々を守り抜くという、鋼の覚悟だけだ。

 

「ナイトオブワン……ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿まで出てきた。それを乗り越えなければ、この戦いに勝ちはない。

ライも、そして特区の明日も、取り戻せないんだ」

 

「スザク君……」

 

 セシルが不安げに眉をひそめる。アルビオンの性能は、スザクに合わせて戦闘力を発揮できるように強化した自信作だが相手となるのはブリタニア帝国最強の騎士と呼ばれるナイトオブワンである。

 

「セシルさん。心配いりませんよ。このランスロット・アルビオンなら!」

 

 スザクがコクピットへと乗り込む。

ハッチが閉じる直前、彼は地上へと続く天井を見上げた。

 

「ライ。……また一緒に戦える日が来るまで僕がこの場所を守る!」

 

 システム起動。

 

 「Lancelot Albion: All Systems Green.」

 

 地獄と化した特区の空へ降り立つ、最も苛烈な「白」の目覚めだった。

 

 

 ルキアーノ・ブラッドリーというブリタニアの「吸血鬼」が灰となって消えた特区の空に、さらなる絶望の影が落ちる。

 

 空中要塞グレート・ブリタニアの巨大なハッチが開き、そこから一機の巨神が緩やかに降下してきた。

ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインの駆る「ギャラハッド」である。通常のKMFの二倍近い全高を持つその機体は、ただそこに存在するだけで戦場を支配する圧倒的な質量感と威圧感を放っていた。

 

「……ルキアーノが堕ちたか。あいつの最期に相応しい、無様な幕引きだ。だが、これ以上の醜態は私が許さぬ。

陛下がお求めの『鍵』……ライは、私自ら回収に向かう」

 

 ビスマルクの低い声が通信回線に響く。

彼はギャラハッドの背に背負った聖剣「エクスカリバー」を抜刀した。その剣先が向けられたのは、特区日本の象徴である政庁ビル。ライが眠る場所であった。

 

「邪魔だ、退け。ユーロの亡霊共」

 

 ギャラハッドが動く。巨体からは想像もつかない加速。

ビスマルクは、左眼に隠された「未来を視るギアス」をあえて発動させずとも、戦場の流れを完璧に掴んでいた。エクスカリバーの一振りが空間を圧し、行く手を阻もうとした特区防衛隊のヴィンセントを、その衝撃波だけで次々と粉砕していく。

 

「行かせるかッ! 貴様の好きにはさせない!」

 

 シンとアキトが左右から斬りかかる。ヴェルキンゲトリクスのSDAアックスと、アレクサンダ・リベルテのウルナエッジ。先ほどルキアーノを葬った連携だ。しかし、ビスマルクは最小限の機動でそれらを完璧に捌き切った。未来を視るまでもない。最強の騎士にとって、満身創痍の彼らの動きはあまりにも「読める」ものだった。

 

「……脆い。貴公らの絆とやらは、この程度のものか」

 

 ビスマルクがギャラハッドの出力を上げ、エクスカリバーを横一線に薙ぐ。シンは盾を構えるが、防げない。重力そのものを叩きつけられるようなその一撃に、二機は成すすべなく弾き飛ばされ、政庁への直走路が完全に開かれた。

 

 ギャラハッドの巨躯が、政庁ビルへとその歩みを進める。ライを奪取すべく、最強の矛が特区の心臓部に届こうとしたその刹那――。

 

 ギアスの影響で怪しげに染まった空を、純白の閃光が「音」を置き去りにして突き抜けた。

 

「……そこまでだ、ヴァルトシュタイン卿ッ!」

 

 眩いばかりの光の翼――エナジーウイングを広げた一機の白き騎士が、ギャラハッドの進路を遮るように降臨した。ランスロット・アルビオンである。

 

 ランスロット・アルビオンは右腕に装備されたMVSを抜き放ち真正面から、あの巨大なエクスカリバーを受け止めたのだ。

 

「……ほう。ようやく現れたか、枢木」

 

 ビスマルクの口元に、初めて微かな笑みが浮かぶ。

ギャラハッドの巨躯と、アルビオンの洗練されたフォルム。対峙する二機から放たれるプレッシャーによって、周囲の機体が近寄ることさえできない空白地帯が生まれる。

 

「二人共。ここは僕が引き受ける。防衛線の再構築を頼む!」

 

「分かった。後は任せるぞ!」

 

 シンが、初めてスザクを「友軍」として認め、戦域を離脱する。

後に残されたのは、帝国最強の座を巡る新旧の守護者。

 

「枢木。貴公は皇帝陛下を裏切り何を、誰を守ろうというのだ。その少年の力は、陛下が新世界を築くために必要なものだ」

 

「僕は、誰も裏切っていない!

ユーフェミア総督やライ、みんなと交わした『明日を守る』という約束を果たすだけだ!

ライは世界の道具なんかじゃない!」

 

 スザクの叫びと共に、アルビオンのエナジーウイングが輝きを増す。

アルビオンが消えたかのように物理的な残像すら残さない超絶機動。一瞬でギャラハッドの死角へ回り込み、MVSを突き出す。だが、ビスマルクの左眼の封印が解かれた。

 

「……視えているぞ、枢木!」

 

 ギャラハッドは振り返ることなく、背後のアルビオンの刺突をエクスカリバーの柄で正確に弾いた。未来予知。数秒先の出来事を確定事項として知覚するその力の前では、どれほどの速度も無意味となるはずだった。しかし、スザクの瞳には絶望の色はない。

彼の内側でルルーシュから、かけられた「生きろ」という呪いが、生存のための本能を極限までブーストさせる。

 

「視えているのなら、それを超えるまでだ!」

 

 アルビオンが再び加速する。今度は一点への突撃ではない。エナジーウイングから放たれる緑の光弾を撒き散らしながら、全方位からの波状攻撃を仕掛ける。政庁へ一歩も近づけさせないという執念。

 

 予知するビスマルク。それを「生存」という執念で上書きしようとするスザク。

 最強対最強の対決。

神話の領域へと踏み込んだ二機の騎士が、特区の空を火花で埋め尽くしていく。

 

 特区上空。怪しげな混沌の空を、二機によるKMFの火花が絶え間なく埋め尽くしていた。

 

ランスロット・アルビオンとギャラハッド。

二機のKMFは、もはや通常のパイロットが視認できる領域を遥かに超越していた。

 

「……信じられん。私のギアスが、機動を『追いきれない』だと!?」

 

 ビスマルクの左眼に映る未来。そこには、数秒後にアルビオンが放つはずの刺突が明確に示されている。しかし現実のアルビオンは、その予知をあざ笑うかのように、物理的な加速だけで予知された座標を「書き換えて」いた。

ブレイズルミナスを直接推力に変えるエナジーウイング。それは、慣性という物理の枷を無視し、零距離からの超加速と急停止を繰り返す。

 

「視えているのなら、その先へ行くだけだ! ヴァルトシュタイン卿ッ!」

 

 スザクの咆哮と共に、アルビオンが空中に多重残像を描く。

一機が十機に。十機が百機に。エナジーウイングから放たれる緑の光弾「ヴァリス・フルバースト」が、全方位からギャラハッドを包囲する。

 

「おのれ……! 小賢しい真似を!」

 

 ビスマルクは巨大な聖剣エクスカリバーを独楽のように回転させ、ブレイズルミナスの障壁を展開して光弾を弾き飛ばす。しかし、その防御の瞬間に生じるわずかな死角を、スザクは逃さない。

 

 アルビオンが、光の速さでギャラハッドの懐に飛び込んだ。MVSが、エクスカリバーの柄と激突し、大気を震わせる衝撃波を撒き散らす。

 

「枢木! 貴公、これほどの力を得てなお、なぜ皇帝陛下のやることが分からぬ!

あの少年……ライの力は、新しい世界への絶対的な道しるべとなるものだ!」

 

「違う! ライはそんなこと望んでなんかいない!

世界の犠牲になるために目覚めたんじゃないんだ!」

 

 スザクの脳裏に、政庁の屋上でライと語り合った日々が去来する。

友と一緒に、特区の平和のために必死になっていた姿。

共に戦い、傷つき、それでも「明日」を信じて笑い合ったあの日。

 

(……ライ、聞こえるか。君に恥じない僕であるために……僕は、この壁を越える!)

 

 スザクの瞳の中で、ルルーシュが刻んだ「生きろ」というギアスが真紅の輝きを放つ。それは死への恐怖からくる逃避ではない。

どんな絶望的な未来が確定していようとも、それを力ずくでこじ開けて「生き抜く」ための、絶対的な生への執念。

 

 アルビオンの出力が、理論上の限界値を突破した。

機体全体が白熱し、エナジーウイングが巨大な光の刃となって天を衝く。

 

「……何ッ!?」

 

 ビスマルクのギアスが、初めて「真っ白な未来」を映し出した。

予知できない。スザクの動きが、生存本能という名のカオスによって、因果律そのものを塗り替えていく。

 

「これが……僕が選んだ、答えだぁぁぁッ!!」

 

 アルビオンが、最大出力のスーパーヴァリスをパージした。武器を捨て、両腕のMVSを一本に連結。黄金の巨神ギャラハッドに対し、スザクは正真正銘、一振りの刃となって突撃した。

 

 ビスマルクは反射的にエクスカリバーを正面に構え、全出力を剣先に集中させる。

 

「……ならば、我が正義と共に散れ! 枢木スザク!」

 

 黄金の聖剣と、白き騎士の閃光が、特区の中央で正面衝突した。

世界が音を失い、純白の光が空を飲み込んでいく。

 

 激突の渦中。

 

 エクスカリバーの重厚な刃が、アルビオンのMVSを少しずつ削っていく。質量の差、出力の差。ギャラハッドという壁は高く、強固だった。だが、その時。スザクは「生きろ」というギアスの命ずるまま、機体のブースターを逆噴射させた。衝突の圧力を利用した、自爆に近い超高速のスピン。

 

 アルビオンは自らの左腕を犠牲にしながら、エクスカリバーの刺突をわずかに逸らし、その刀身を滑るようにしてギャラハッドの胸部へと肉薄した。

 

「……未来を、変えただと!?」

 

 ビスマルクの驚愕の声。予知された未来では、アルビオンはエクスカリバーによって両断されるはずだった。しかし、スザクは自らの機体を壊しながら、確定した死を「回避」したのだ。

 

 ゼロ距離。

 

 アルビオンの右腕に握られたMVSが、ギャラハッドのコクピット・ハッチ、そしてビスマルクの左眼の直上を、深々と貫いた。

爆裂が走り、ギャラハッドの巨躯が大きくのけ反る。

聖剣エクスカリバーが、主の手から零れ落ち、地上へと真っ逆さまに堕ちていく。

 

「……見事だ、枢木。……貴公は、確定した運命さえも……」

 

 ビスマルクの声は機体の爆発音に、かき消された。

ギャラハッドの動力源が臨界に達し、特区の空に巨大な光の輪が広がった。ナイトオブワン、帝国最強の騎士の終焉。

 

 爆風の中を、片腕を失い、ボロボロになったランスロット・アルビオンが突き抜けてくる。

その向かう先は、ただ一つ。

 

 ライが眠る、政庁ビルの最深部。

スザクは、荒い息を吐きながらモニター越しに静まり返った特区の街を見下ろした。

 

「……終わったよ、ライ。……僕たちの場所は、守り抜いた。」

 

 上空の雲がビスマルクの消滅と共に、わずかに晴れ間を見せ始めた。そこから差し込む一筋の陽光が、傷ついた白き騎士を、優しく照らしていた。

 

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