特区日本の空は、かつてないほどの濃密な「死」の気配に塗り潰されていた。
天を衝くほどに巨大な空中要塞グレート・ブリタニア。その底部には、帝国の傲慢さを象徴するかのような無数のハドロン砲門が並び、どす黒い紅の輝きを帯びて、今まさに特区を焼き払わんとしている。その絶望的な巨影に対し、敢然と立ち塞がる一隻の船があった。
シュナイゼル・エル・ブリタニアが指揮を執る、浮遊航空戦艦アヴァロンである。
かつてブリタニアの絶対的な支配を誇示したその「白き船体」は、特区市民の頭上で「盾」としての役割を全うしようとしていた。
「ハドロン砲、収束率98%……! 撃ってきます!」
アヴァロンの艦橋に、カノン・マルディーニの緊迫した声が響く。
シュナイゼルは、揺れ動く艦内で手摺りを掴むことさえせず、泰然自若として要塞を見上げていた。その瞳には恐怖ではなく、冷徹なまでの計算と、微かな期待が宿っている。
「ハドロン砲、発射まで三、二、一。――ブレイズルミナス、最大出力! 艦のエネルギーをすべて前面装甲へ回すんだ。」
シュナイゼルの号令と同時に、アヴァロンの艦首から巨大な光の幾何学模様が展開された。
その直後、要塞から放たれた極太のハドロン砲がその障壁を叩く。
大気が悲鳴を上げ、凄まじい衝撃波が空間を歪めた。アヴァロンの艦橋は激しい振動に晒され、コンソールからは火花が散り、警告音が鳴り止まない。
ブレイズルミナスの光の壁が、紅い奔流に削られ、剥離していく。
「シュナイゼル殿下! 出力が……これ以上は艦が持ちません!」
「……耐えるんだ。ゼロ、君の戦術に我々の命を賭けたんだ。……期待には応えるよ」
シュナイゼルは優雅に微笑んだまま、通信機を手に取った。
「全基、ハドロン砲反撃開始! 敵の防衛システムをこちらへ引き付ける。囮としての役割を果たすんだ。」
アヴァロンの両舷から、目も眩むような反撃の光が放たれた。それは要塞の重厚な装甲を貫くには至らなかったが、要塞の自動迎撃システムを過剰に反応させるには十分だった。
要塞から放たれる無数の対空レーザーと迎撃ミサイルが、アヴァロンという唯一の標的に向かって集中する。
「……今だ! 各機、突入開始ッ!!」
ゼロの鋭い号令が、全軍の通信回線に火をつけた。
アヴァロンが作り出した光の網、その死線が集中するわずかな隙間を縫うように、四条の閃光が高速で突き抜けた。
先頭を走るのは、ランスロット・コンクエスター。
スザクは、アルビオンのような流麗な機動が封じられたことを、むしろ自らの執念で補っていた。
コンクエスターの背に装備されたハドロン・ブラスターが、行く手を遮る要塞の防衛衛星を次々と粉砕していく。
「行くぞ! ……必ず突破してみせる」
スザクの瞳の中で、ルルーシュが刻んだ「生きろ」というギアスが真紅に燃え上がる。それは、生存への渇望であり同時に、目的に達するための「絶対に死ねない呪縛」でもあった。
そのスザクの右翼を固めるのは、紅月カレンの紅蓮可翔式。
「スザク!あんたに先を越されたら、アタシのメンツが丸潰れだよ! ……これでも喰らいなッ!」
カレンの叫びと共に、紅蓮の右腕から輻射波動が放射される。それは要塞の第二外郭装甲に設置された自動砲台群を一瞬で、溶け落ちた飴細工のように破壊し尽くした。
左翼からは、黎星刻の神虎が突進する。
「……我が命、天子様と人類の夜明けのために捧げる!天愕覇王荷電粒子重砲、最大出力ッ!」
病に冒された肺が悲鳴を上げようとも、星刻の操縦桿に迷いはない。
神虎の胸部から放たれた極大の電磁砲が、要塞の迎撃部隊を一列に薙ぎ払い、攻略路をこじ開けた。
そして後方、ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムのブラッドフォードカスタムが神速の刺突で露を払う。
「この面子に私が混ざるなんてね! でも、退屈しなくていい。背中は任せておきな!」
四機のエースは、アヴァロンが引き受けた砲火の嵐の「裏側」を駆け抜ける。
要塞の影に隠れた死角。そこから四つの機体は、侵入していく。
「……見えたぞ。要塞のメインハッチだ!」
スザクの叫びと共に、コンクエスターのMVSが抜刀される。
アヴァロンが盾となり、ゼロが道を示し、カレン、星刻、ノネットが翼となった。
アヴァロンの艦橋では、シュナイゼルが静かに目をつむった。
「……さあ、ゼロ。君が作ったこの『奇跡』、最後まで見せてもらおうか。」
四条の閃光は、要塞の冷たい鉄の門を突き破り、深淵なる内部へとその身を投じた。それは、古い時代の終焉と、新しい神話の始まりを告げる最初の一撃だった。
轟音と共に要塞のメインハッチを強行突破した四機を待ち受けていたのは、歓迎の光ではなく、底の見えない暗徹とした「鉄の胃袋」だった。
外部の空とは隔絶された、冷たい静寂。
その静寂は一瞬にして、無数の電子音と駆動音によって引き裂かれる。
「……来たか。新世界を何故理解できぬ。」
通信回線に、感情を削ぎ落とした冷徹な声が混じる。要塞内部の広大なドックから、影が這い出してきた。
皇帝直属親衛隊。ブリタニア軍の中でも選りすぐりの精鋭たちが駆るのは、ヴィンセント。さらには、かつてのグロースターを無人化した自律型KMF部隊が、天井や壁面から蜘蛛のように溢れ出してくる。
「数が多い……! だが、ここで止まるわけにはいかないんだ!」
スザクのランスロット・コンクエスターが、通路を埋め尽くす敵機に向けてハドロン・ブラスターを掃射した。
狭い閉鎖空間での高出力攻撃は、回避不能の熱線となって敵軍を飲み込む。だが、要塞そのものが巨大な防衛機構であるこの場所では、数機を墜としても、即座に予備のハドロン砲塔が壁からせり出し、四機を十字砲火で包囲する。
「スザク、無茶をしすぎだ! 援護する」
カレンの紅蓮可翔式が、飛翔滑走翼から輻射波動を広域照射し、迫りくるミサイルの雨を空中で爆発させる。
紅蓮の右腕が放つ熱量は、要塞の分厚い隔壁さえも赤熱させ、敵機のセンサーを狂わせた。
「……各機、無駄な交戦は避けろ! 目的は最深部のラグナレク接続点だ!」
星刻の神虎が、天愕覇王荷電粒子重砲で正面の強固な防壁を粉砕し、強引に道を切り拓く。
ノネットのブラッドフォードカスタムが、その神速の刺突で側面から迫る自律型KMFの頭部を正確に貫いていく。しかし、要塞の深部へ進むにつれ、物理的な攻撃とは異なる「違和感」が四機を襲い始めた。
「……何だ、この圧迫感は……!? 機体の出力が、安定しない!」
スザクが歯噛みする。コンクエスターのモニターに、原因不明のノイズが走り始めた。
グレートブリタニア全体が不気味な脈動を始め、内壁に刻まれた奇怪な紋様が真紅に発光する。それは、シャルル・ジ・ブリタニアが「思考エレベーター」を介して要塞そのものを巨大なギアス増幅器へと変貌させた証だった。
「神を殺し……『嘘のない世界』に!沈め、迷い子たちよ」
グレートブリタニア中枢から、シャルルの重厚な宣告が全域に響き渡る。
その瞬間、四機の機体に、物理法則を無視した「絶望的な重圧」がのしかかった。
「重力障壁……!? くっ、動きが鈍る」
重力定数を書き換えられた空間で、KMFの駆動系が悲鳴を上げる。
紅蓮の可翔翼が火花を散らし、神虎の電磁モーターが過負荷で停止する。
四機の中で最も前線に突出していたコンクエスターが、その重圧を真正面から受け、膝をついた。そこへ、グレートブリタニアの防衛システムが、非情な「処刑」の追撃を仕掛ける。
要塞の天井部から巨大なエネルギー・クローが射出され、自由を奪われたコンクエスターの胴体を鷲掴みにした。
「ぐああああっ!!」
凄まじい金属の軋み音がコクピットを揺らす。クローから放たれる高電圧の放電が、機体の電子機器を次々と焼き切っていく。
スザクの視界が赤く染まった。モニターには「SYSTEM FAILURE」の赤い文字が狂ったように点滅する。
「この!ランスロットを離しなさいよ!」
カレンが助けに向かおうとするが、彼女の機体もまた、局所的に増幅された重力場によって床へと押し付けられ、動くことができない。
星刻も、ノネットも、自機を維持するのが精一杯だった。
スザクは、薄れゆく意識の中でモニターの向こう側に広がる絶望を見つめていた。
コンクエスターを捉えたエネルギー・クローの奥。巨大なハドロン主砲が、至近距離からスザクの心臓部を貫くべく、死の沈黙を湛えて収束を始めていた。
(……ここまで、なのか。)
脳裏に自身の過去、ユフィや仲間達の顔が去来する。
ギアスが命ずる「生きろ」という命令が、震える指を操縦桿に食い込ませるが、機体は重い。
ギアスにより赤く染まった瞳がスザクを新たな行動へと導こうとした、その時だった。
グレートブリタニアの外部、特区政庁の地下深くから響く「共鳴」の音が、スザクの耳に届いた。それは重厚な鋼鉄の壁、重力という名の呪縛を、全て切り裂いて飛来する「希望」の音だった。
ドックの隔壁が、外側から凄まじい衝撃で破砕される。
爆煙を突き抜け、純白のエナジーを翼のように撒き散らしながら飛来した「銀色の影」。
その影は、ランスロットコンクエスターを狙っていたハドロン砲の砲身を、大型ランスの一撃で跡形もなく粉砕し、重力障壁そのものを「中和」という名の輝きで消し飛ばした。
「……待たせたね、スザク。僕も、一緒に戦う!」
通信機から聞こえてきたのは、待ち望んでいた力強い友の声であった。
銀髪の少年が、失われた過去を脱ぎ捨てて一人の騎士として降臨した。
崩壊するドックの光の中で傷ついたコンクエスターの隣に、銀色のランスロットが優雅に舞い降りる。