『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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3話 硝煙の境界線、嵐の前夜

 

特区を囲む頑強なフェンスから、わずか数百メートル。そこは「行政特区日本」という輝かしい名が届かない絶望の吹き溜まりだった。

 

「動くなと言ったはずだ、この泥鼠が!」

 

ブリタニア正規軍の兵士が、食料配給の列に割り込んだという些細な理由で、一人の日本人を突き飛ばした。

特区が成立し、内側の待遇が改善される一方で、外側の「非特区地域」では、反抗の芽を摘むという名目のもと、以前にも増して苛烈な弾圧が行われていた。

 

「……何をする! 私たちはただ決められたルールに従っているだけだ!」

 

「黙れ! 貴様らのような出来損ないは、特区という甘い夢を追う資格すらない。

ここで恐怖を噛み締めながら、ブリタニアに這いつくばっていろ!」

 

兵士がアサルトライフルの銃尻を振り上げたその時、路地の闇から黒いワイヤーが伸び、その腕を絡め取った。

 

「――そこまでだ。非武装の民間人に対する暴力は、我々が許さない」

 

暗闇から現れたのは、黒の騎士団の戦闘服に身を包んだ一団。

その先頭に立つのは、冷徹な仮面を被った男――ゼロだった。

ゼロの合図と共に、影から飛び出した騎士団員たちが瞬く間に兵士たちを無力化していく。その中で、紅い頭髪をなびかせた少女――カレンが、一際鋭い動きで敵の包囲網を切り裂いていた。

 

「(……ライ。あなたは今、温かい場所で笑っているんでしょうね)」

 

カレンは一瞬だけ、学園の窓から見える平和な景色を思い出した。だが、目の前の現実はあまりに血生臭い。

 

その惨劇を境界線上の監視塔から「見守る」ことしかできない男がいた。

ナイトオブセブン、枢木スザクである。

彼は白き騎士服の袖を、強く握りしめていた。

 

「……枢木スザク。そんな顔をするな。アタシら軍人の仕事は、感情を殺すことだろ?」

 

背後から声をかけたのは、ノネット・エニアグラムだ。

彼女は軍用の双眼鏡を片手に、境界線の外で起きている小競り合いを冷静に観察していた。

 

「エニアグラム卿。……僕は、間違っているんでしょうか。

目の前で同胞が苦しんでいるのに、特区という『法』を守るために、動くことも許されない」

 

「間違っちゃいないさ。だが、正しくもない。

……いいかスザク、お前はユーフェミア様の盾だ。盾が自分勝手に動き回れば、守るべき主人が剥き出しになる。……ライも同じだ。あいつは今、お前の背中を預かっている。お前が揺らげば、あいつも一緒に倒れるんだぞ」

 

ノネットの言葉に、スザクはハッとして隣に立つライのことを想った。記憶のないライにとって、この特区での生活こそが唯一の「現実」なのだ。

 

「……わかっています。僕は、僕のやり方でこの平和を証明してみせる。……明日の晩餐会、他のラウンズたちが何を仕掛けてこようと、僕がユフィを、そしてライやみんなの日常を守り抜きます」

 

スザクの瞳に、悲痛なまでの決意が宿った。

 

同じ頃、特区政庁の私室。ユーフェミア・リ・ブリタニアは、窓の外に広がる特区の夜景を、祈るような心地で見つめていた。

 

「……ユフィ。まだ起きていたのか」

 

背後からかけられた声に振り返ると、そこには姉のコーネリアが立っていた。彼女の手には、本国からの詰問状が収められたファイルが握られている。

 

「お姉様。……はい。明日の晩餐会のことを考えていました」

 

「ラウンズたちが来ているが、その中には特区を認めていない者もいる。隙あらば、お前の理想を嘲笑いに来るだろう」

 

コーネリアは妹の側に寄り、その細い肩に手を置いた。

 

「お姉様。……わかっています。私が我儘を言ったせいで、お姉様まで本国で厳しい立場に立たされていることも。……でも、私はあの日、皆様に誓ったのです。誰もが笑い合える場所を、必ず作ると」

 

ユーフェミアの瞳には、かつてのおっとりとした皇女の影はない。

自分の理想が、外側の地獄という犠牲の上に立っている危うさを理解した上で、それでも前へ進もうとする覚悟があった。

 

「私とは旧知の間柄のノネットも来ている。案ずるな」

 

コーネリアは妹を安心させるように微笑んだが、その視線は特区の境界線のさらに向こう側を厳しく見据えていた。

 

アッシュフォード学園の寄宿舎。カレンは、黒の騎士団としての戦闘服を脱ぎ捨て、「シュタットフェルト家の令嬢」という仮面を被り直していた。

 

「あんな地獄がすぐ隣にあるなんて、特区にいる人達は知らないままでいい。……それが、私の守りたい平穏なんだから」

 

一方、生徒会室ではミレイがライにエスコートの相談をしていた。

 

「ライ。明日、私のエスコートをお願いね。……軍人としてじゃなく、私たちの『家族』として隣にいてほしいの」

 

ミレイの瞳には、かつての名門貴族としての矜持とライへの信頼が宿っていた。

僕はその想いに応えるように、力強く頷いた。

 

「はい、ミレイさん。晩餐会はきっと上手くいきますよ。」

 

僕は自室に戻り、用意された正装を見つめた。

ユーフェミアの祈り、スザクの献身、ルルーシュの計略。

すべての想いが、明日の晩餐会という一つの「戦場」に集まろうとしていた。

 

「(……僕が、みんなの『ひだまり』を壊させはしない)」

 

僕は鏡の中の自分に誓う。特区の空には不気味なほど美しい月が昇っていた。

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