戦いから数週間。世界を覆っていた混迷の霧は、驚くべき速さで「実務」という名の光に払われようとしていた。
かつてのブリタニア帝都ペンドラゴン。
皇帝陛下シャルルの消息不明が伝えられた直後、この巨大な帝国の心臓部は、一時的な麻痺に陥った。しかし、その混乱を最小限に食い止めたのは第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアの冷徹なまでの手際と、ある一人の人物の「人徳」であった。
「……本当にいいのかい?シュナイゼル。私のような者に、これほど大きな責任を。いろいろと頼ることになるよ」
玉座の間。そこに座るのではなく、傍らの椅子に腰掛けた第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアは、困惑したように弟を見上げた。
シャルルが求めた覇道とも、ルルーシュが抱いた復讐とも無縁だったこの男は、ブリタニア皇族の中でも珍しい気質の持ち主であった。
血で血を洗う権力闘争に疲弊した貴族や民が求めていたのは、誰の話にも耳を傾けるオデュッセウスの穏やかな優しさだった。
「兄上。民は今、戦いよりも安らぎを、奪い合いよりも分かち合いを求めています。貴方のその人柄こそが、新生ブリタニアに最も必要な礎なのです。」
シュナイゼルは、カノン・マルディーニが差し出したタブレットの端末に目を通しながら答えた。
シュナイゼルが提案した新しい国体――それは、皇帝を国民の象徴とし、実務の多くを議会と内閣へ委譲する「立憲君主制」への移行であった。
かつての統治を否定し、法と対話によって国を縛る。それはシャルル・ジ・ブリタニアが忌み嫌った「嘘」の積み重ねによる統治かもしれない。しかし、その「嘘」こそが、多様な人間が共存するために編み出された人類の知恵であることを、シュナイゼルはアーカーシャの剣の崩壊を見て悟っていた。
経済においては、特区日本成立後に勢いを取り戻していたアッシュフォード家を中心に経済界の立て直しを進めている。
復活したアッシュフォード家は、今や独立した日本と本国を繋ぐ最大のパイプ役となっており、ミレイの祖父であるアッシュフォード卿は、シュナイゼルの要請に応じ軍事技術を民生へと転換するための巨大プロジェクトを始動させていた。
「新しいサクラダイトの配分、および各エリアの主権譲渡に関するタイムテーブルはこれでいいかな。カノン、各国との調整はどうなっている?」
「順調です。ユーロブリタニアとは、ファルネーゼ卿や、シャイニング卿が中心となり、EUとの『共存』を条件に軍備の縮小に同意する方向でまとまりそうです。
中華連邦も天子様の御名の下、独立した日本との恒久的な不可侵条約を締結する構えです。」
世界は、かつての「敵と味方」という二元論を捨て、多極的な「同盟」へと姿を変えつつあった。
シュナイゼルは、窓の外に広がる帝都の空を見つめている。そこには、かつてシャルル皇帝が放っていたような威圧的な影はない。
「私は新しい道を作ろう。それが、明日を生きる私の責務だ。」
天才と称された男の呟きは、誰に届くこともなく、穏やかな風に溶けていった。
帝都ペンドラゴンの変革と呼応するように、極東の地でも歴史的な転換点が訪れていた。
かつて「エリア11」と呼ばれた場所は、もはや帝国の属領ではない。
独立を果たした「日本」には、かつて見たような支配の空気はなく、新しい国の形を模索する活気に満ちていた。
特区日本改め、新生日本の暫定政庁。その会談室では、二人の女性が向かい合っていた。
一人は、特区日本代表として国民からの絶大な支持を得たユーフェミア・リ・ブリタニア。そしてもう一人は、キョウトを代表した皇神楽耶である。
「ユーフェミア様、ブリタニアとの交渉、お疲れ様でした。
シュナイゼル様は、新しい政治体制への移行を示されたようですね。これでようやく、私たちは『隣人』として対等に握手ができます」
神楽耶が、凛とした微笑みを向ける。ユーフェミアは深く頷いた。
「ええ。神楽耶様、これからは血筋や過去の因縁ではなく、法と対話が私たちの武器になります。……本当の戦いは、ここから始まるのですね」
ユーフェミアが理想を掲げ、神楽耶がキョウトを代表して複雑な国内政治を調整する。
この「理想と実務」の組み合わせこそが、独立間もない日本を支える支柱となっていた。しかし、国家を維持するためには政治だけでは足りない。それを受け止める「器」としての武力が必要であった。
新生日本の軍事体制は、歴史上類を見ない「両輪」によって構成されていた。
「……各機、定時哨戒報告を。民間船の航路に支障はないか」
旗艦斑鳩の指令室で、仮面を被った「ゼロ」ことルルーシュが指示を飛ばす。
彼が率いる「黒の騎士団」は、かつてのテロ組織から、平和を監視し、日本の主権を守る公的な治安維持組織へと再編された。そして、その「ゼロ」の横で、冷徹な目でモニターを見つめる将軍がいた。コーネリア・リ・ブリタニアである。
「ゼロ、南方のサクラダイト輸送ルートに不審な船影ありだ。こちらの第4騎士団が向かうが、そちらの『暁』もバックアップに回せ」
「了解した。効率的な配置だ」
ユーフェミアの補佐と日本の安定のため、この地に残ったコーネリア率いる旧ブリタニア軍の精鋭部隊。そして、ゼロ率いる黒の騎士団。かつては互いの血を流して戦った宿敵同士が、今は「日本を守る」という唯一無二の目的のために、その牙を外敵へと向けている。
この歪で、けれど強固な両輪が機能している限り、どのような軍事的脅威もこの国を侵すことはできないだろう。
夕刻、政庁のテラスから街を見下ろすと、そこには、かつての「イレヴン」も「ブリタニア人」もいなかった。
最終決戦を共に戦い抜き、神の理を否定した者たちが結んだ「実利と信頼の同盟」。
かつてシャルル・ジ・ブリタニアが否定した平和は今、確かに人々の肌を撫でる温かな風となって、この島国を包み込んでいる。
「見ていてください。私たちは、誰もが笑い合える明日を、自分たちの手で作っていきます」
ユーフェミアの誓いが、夕映えの海に溶けていく。
それは神に捧げる祈りではなく、明日を生きる一人の人間としての、確固たる決意であった。