『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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5話 ブラッド・ゲーム

 

晩餐会の翌朝。

特派のハンガーには昨夜の華やかさの残滓など微塵もなかった。

そこにあるのは重油の匂いと、駆動系の調整音が響く無機質な「戦場」の準備段階だ。

 

「はーい、ライ君! 顔色が昨日の飲み過ぎた貴族みたいだよ? しっかりしてよねえ」

 

ロイド・アスプルンドが、不気味なほど軽快な足取りで僕の周りを回る。

彼は手に持ったタブレットに表示された、僕の心拍数や脳波のデータを眺めていた。

 

「ロイドさん……。すみません、少し寝付けなくて」

 

「まあ、昨日はあんな『吸血鬼』に絡まれたんだから仕方ないけどね。

でも残念! 今日は寝不足を理由に休めるような、お遊びの訓練じゃないんだよ」

 

ロイドは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ整備中のランスロット・クラブを指差した。

 

「KMFを用いた共同演習。

相手はナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー卿直属の選抜隊『グラウサム・ヴァルキリエ』。……おまけに、演習場は特区外縁の第23スラム。実戦形式のスクランブル訓練だよ」

 

「第23スラム……。あそこは、まだ治安が安定していない場所ですよね?」

 

僕の問いに、セシルさんがコーヒーカップを片手に眉をひそめて近寄ってきた。

 

「そうなの。本来ならもっと設備の整った演習場があるはずなんだけど、ブラッドリー卿が『実戦に近い環境でなければ意味がない』って強引に押し通したみたいで……。スザク君は、もう一足先に現地へ向かったわ」

 

「スザクが……」

 

昨夜、ルキアーノに「去勢された飼い犬」と侮辱された時の、スザクの痛々しい表情が脳裏をよぎる。

 

「……ライくん。あなたのコンディションも、昨夜以降、異常な神経伝達物質の活性化が見られるわ。無理はしないで」

 

セシルさんの優しい声に、僕は無理に笑顔を作って頷いた。

だが、僕の心の中にはマリアンヌに植え付けられた「謎の少年」の記憶と、ルキアーノが指摘した「空っぽの自分」への恐怖が、どろりとした澱のように溜まっている。

 

「いいかい、ライ君。君のランスロット・クラブには、過去のデータを元に新しいOSのパッチを当てておいた。……君の力を演習で僕にたっぷり見せておくれよ」

 

ロイドの無邪気な好奇心が、今はひどく冷たく感じられた。

僕はヘルメットを抱え、愛機へと向かう。

特区を守るための盾。その盾が今日、最も残酷な形で試されようとしていた。

 

特区の境界線、高いフェンスを越えた先にある第23演習場。

そこは、かつて日本と呼ばれた国の打ち捨てられた残骸だった。崩れかけたビルが立ち並び、瓦礫が山をなしている。

 

「――来たか。遅かったな、特派の小僧」

 

通信モニターに映し出されたのはKMF『パーシヴァル』を駆るルキアーノの下卑た笑い顔だった。

 

「ブラッドリー卿。演習開始の時刻には、まだ5分あります」

 

「ヒッヒッヒ! 戦場に時計を持ち込む馬鹿がいるかよ。……おい、枢木。準備はいいか?」

 

離れた位置に待機するランスロットのコックピットで、スザクが硬い声で応じる。

 

「……いつでも、いけます」

 

「よし。じゃあ、演習の『特別ルール』を説明してやる。……おい、連れてこい!」

 

ルキアーノの命令と共に、数台の軍用トラックが広場に現れた。

荷台から引きずり出されたのは、泥に汚れ怯えた表情を浮かべる数十人の日本人たちだった。

 

「……っ! ブラッドリー卿、それは……!?」

 

「ルールは単純だ。このイレヴンどもを『逃亡犯』に見立てて放つ。私たちがそれを狩る。お前たちは、それを守ってみせろ。……ああ、もちろん実弾だぜ?」

 

狂気の宴の幕が今、切って落とされた。

 

「標的は解放された! 3分以内に全部狩り尽くせ!!」

 

ルキアーノの号令と共に、ヴァルキリエ隊の『ヴィンセント』たちが一斉にスラムへと牙を剥く。非武装の日本人たちに向けられたスラッシュハーケンが、冷酷に空を切り裂いた。

 

「……やめろぉぉ!!」

 

スザクのランスロットが、ものすごい加速でその間に割り込む。MVS(高周波振動刃)が一閃し、ハーケンを叩き落とした。

 

「ほう、守るか! だが、お前一人でこの広範囲をカバーできるかな、枢木!」

 

ルキアーノのパーシヴァルが、背中のドリルを唸らせてスザクに肉薄する。だが、その背後を突く影があった。

 

「一人じゃない! スザク、左は任せた!」

 

僕のランスロット・クラブが瓦礫の山を飛び越えてルキアーノの側面に滑り込む。ヴァリスの精密射撃が、パーシヴァルの姿勢を強引に崩した。

 

「チッ、小癪な真似を……!」

 

「スザク、僕が囮になる。君はその隙に、逃げ遅れた人たちをあのアパートの影へ!」

 

「ライ、でも……!」

 

「信じてくれ! 僕は……ここで逃げたりなんかしない!」

 

僕はギアスに至る疼きを、奥歯を噛み締めて抑え込んだ。

 

(だめだ……使うな。ルルーシュが、あの時どれほどの地獄を見たか。僕は忘れていない……!)

 

ルキアーノの猛攻は苛烈を極めた。パーシヴァルの変則的な機動と、無慈悲に放たれるミサイルが、僕とスザクを引き離そうとする。

だが、僕たちはアッシュフォード学園で、そしてこれまでの戦場で、幾度となく「同じ景色」を見てきた。

 

「スザク、3秒後、10時方向へスピン!」

 

「了解! ライ、合わせるよ!」

 

ランスロットとランスロット・クラブ。白き二機の騎士は、まるでお互いの思考が溶け合っているかのように、完璧な連携を見せる。

 

スザクが敵の攻撃をブレイズ・ルミナスで受け流し、生じた一瞬の隙に僕がスラッシュハーケンを叩き込む。

ルキアーノは、自分の「純粋な暴力」が若造二人の「連携」という絆に押し返されていることに、苛立ちを募らせていた。

 

「なぜだ! もっと向かって来いよ、ライ! 」

 

ルキアーノが通信越しに吠えた。彼は、ライの中にある「何か」を引き出そうと躍起になっている。

 

「お前の中には、もっとどす黒い、すべてを支配する力があるはずだ! それを出せ! 偽善者の皮を脱ぎ捨てて、俺と同じ化け物になれよ!」

 

「……違う。僕は、化け物になんてならない!」

 

僕は叫び、ブースターを全開にしてコクピットのトリガーを握りしめた。

 

「僕は、スザクの隣で……みんなの待つ場所へ帰るんだ。力で支配する世界なんて、僕は認めない!」

 

「ライ……。そうだ、僕たちは、力に頼らずに勝たなきゃいけないんだ!」

 

スザクのランスロットが、空中で華麗な回転を加えながら、パーシヴァルの正面を捉えた。

 

「二人で行くぞ、ライ!」

 

「ああ、スザク!」

 

二条の閃光が、スラムの硝煙を切り裂き、ルキアーノの狂気へと真っ向から突き進む。

 

「いい動きだ、二人とも! だがよぉ、お前らの、その『綺麗な戦い方』……いつまで持つかな!」

 

ルキアーノのパーシヴァルが、右腕のドリルを高速回転させながらランスロット・クラブの盾を火花が散るほどに削り取る。

 

(……この男、僕の中に何かを見ようとしている……)

 

ルキアーノは、僕が「何か」を隠しているとは感じているが、それがルルーシュと同じ「王の力」だとは夢にも思っていないだろう。

彼はただ僕を「自分と同じ人殺しの才能を持つ化け物」の側に引きずり込みたいだけなのだ。

 

「ライ! 離れろ!」

 

スザクの声と共に、ランスロットが上空から急降下し、ルキアーノの追撃を遮断する。

 

「……スザク! すまない!」

 

「謝る必要はない! コンビネーションなら、僕たちの方が上だ!」

 

スザクはルキアーノの狂気に晒されながらも、ライという「隣に立つ者」がいることで昨夜の迷いを振り払っていた。かつては孤独に戦い、泥を啜ってきたスザクにとって背中を預けられるライの存在は、何よりも強い盾となっていた。

 

「おらおら! 逃げてばかりじゃ『イレヴン救出作戦』は失敗だぜ!」

 

ルキアーノが広範囲にミサイルをばら撒く。その幾つかが、逃げ惑う日本人たちの足元に着弾しようとしていた。

 

「(……させるか!)」

 

僕はギアスに頼る代わりに、ランスロット・クラブの全リミッターを解除した。

視界が加速し、情報の奔流が脳を焼く。

 

「ライ、危ない!」

 

「大丈夫……見える、見えるんだ!」

 

僕はあえてパーシヴァルの懐に飛び込み、その強大な出力を利用して、爆発の軌道を強引に逸らした。

爆風が機体を叩くが、スザクが放ったMVSが、隙だらけになったパーシヴァルの腕を根元から斬り飛ばす。

 

「――チッ、ここまでか」

 

ルキアーノは片腕を失った機体を後退させ、不愉快そうに舌を鳴らした。

 

「……演習終了だ。シラけたぜ。

どいつもこいつも、意地でも化け物の面を見せねえとはな」

 

通信の向こうで、ルキアーノはつまらなそうに鼻を鳴らす。

彼はライの「力」を引き出すことには失敗したが、その瞳には獲物を逃した猟犬のような執着が、より深く刻まれていた。

 

演習は特派の「防衛成功」という形で幕を閉じた。

だが、瓦礫の山となった第23スラムに勝利の歓喜はない。

救い出された日本人たちは、救世主であるはずの白いナイトメアに対し、感謝ではなく言葉にできない恐怖の視線を向けていた。

 

「……ライ。僕たちは、彼らを守れたんだろうか」

 

スザクが通信越しに、ぽつりと呟いた。

 

「……わからない。でも、スザク。僕たちは、少なくとも『あっち側』には行かなかった。……それだけは、確かだよね」

 

僕は遠くに見える特区の美しい街並みを見つめた。

ルキアーノは去った。しかし、彼が残した「お前は空っぽだ」という言葉と、マリアンヌが囁いた「彼」への裏切りという毒は、僕の心に深く根を張っていた。

硝煙の向こうに、不吉な赤い夕陽が沈んでいった。

 

演習場の高台に陣取った指揮車両。

そこではジノとアーニャが、モニター越しに展開される「白き二機のワルツ」を眺めていた。

 

「へぇ……あそこまでルキアーノと渡り合うとはね。ライの機体、OSの追従性が異常だ。まるであらかじめ敵の動きを知っているみたいじゃないか」

 

ジノは感心したように口笛を吹く。彼にとって、この演習はエンターテインメントだった。しかし、隣に立つアーニャの反応は違った。

 

「……違う。ライは、未来を見ているんじゃない。……過去と、同期している」

 

「過去? アーニャ、また意味深なことを……」

 

アーニャはジノの言葉を無視し、激しく動くライの機体をマリアンヌの視線で追っていた。

 

(……惜しいわね。あの子、意地でも『力』を使わなかった。

ルキアーノの稚拙な挑発では、あの少年の封印は解けないということかしら)

 

一方、別の通信回線ではノネットが愉快そうに笑い声を上げていた。

 

「あはは! 見たかい、あの連携! 狂犬ルキアーノが、子供二人に手玉に取られているよ。

シュナイゼル殿下、これなら『特派』の予算を倍にしても文句は出ませんね?」

 

「そうだね、ノネット。だが、私が注目しているのは戦果ではない。……ライ君の『抑制心』だよ」

 

本国からの通信で、シュナイゼルの穏やかな声が響く。

 

「彼は、勝つことよりも『踏み越えないこと』に全力を注いでいた。……一体、彼は何をそんなに恐れているんだろうね。自分の内側に、どれほどの怪物を飼っている自覚があるのか……非常に興味深いよ」

 

シュナイゼルの言葉は、賞賛というよりも新種の生物を観察する解剖医のそれであった。

 

同じ頃、特区の喧騒から離れた廃ビルの一室。ルルーシュは、潜入させた人員からの報告を無線で聞きながら、暗闇の中で独りごちていた。

 

「……ギアスを使わなかっただと? あの状況でか、ライ」

 

ルルーシュの指先が、チェス盤の「ポーン」を弾く。

彼は、ルキアーノが民間人を的にした時点でライが激昂し、その能力を行使する可能性を50%以上と踏んでいた。そして、その混乱に乗じて特区外の治安権限をも奪取する――それが彼の描いたシナリオの一つだった。

 

「(……俺の惨劇(あやまち)を、お前はそこまで重く受け止めているというのか。あるいは、お前の中に眠る『契約者』の意志が、それほどまでに強固なのか……)」

 

ルルーシュの瞳に、複雑な色が混じる。

友としての安堵。そして、戦略家としての計算違いへの苛立ち。

 

「いいだろう、ライ。

今はお前の判断を尊重してやる。だが、お前が力を振るわなければ救えない命が目の前に現れた時……。どうするんだ?」

 

ルルーシュは盤上に残ったスザクとライの駒を、冷徹な目で見つめながら通信を切り、深い闇の中へと姿を消した。

 

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