「はーい、スザク君! ライ君! 注目、注目ぅ! 今日は君たちの機体が、文字通り『鳥』になる記念日だよ!」
特派のハンガーに足を踏み入れた途端、ロイドさんのハイテンションな叫び声が響き渡った。ロイドさんは、指揮棒を振り回しながらランスロット・クラブの背部に取り付けられた、まだ一部のフレームが剥き出しのバックパックを指し示している。
「……ロイドさん。それがセシルさんの言っていた『新型フロートユニット』ですか?」
僕が尋ねると、隣でフライトスーツのジッパーを上げていたスザクも少し不安そうに機体を見上げた。
「ロイドさん、ライの機体だけ先行して付けるのは危ないですよ。昨日の今日で、まだテストも不十分なのに……」
「おやおや、スザク君。君は相棒だけが空を飛ぶのが羨ましいのかな? 大丈夫、君のランスロット用も絶賛調整中だからねえ」
「そういう意味じゃありません。ライは昨日、立ちくらみだって……」
スザクが僕を気遣うように視線を送る。僕は昨日の「視覚の強制上書き」の衝撃を隠すように、無理に口角を上げた。
「大丈夫だよ、スザク。少し疲れていただけだ。……それより、これがあれば君の援護がもっとスムーズにできる」
「ライ君、その意気だよ! ……ただね」
ロイドさんが眼鏡のブリッジを押し上げ不敵な笑みを浮かべる。代わってセシルさんが、怪しい紫色のジャムを塗ったクラッカーをお盆に乗せて近づいてきた。
「ライくん今回のユニットは、あくまで『試作型』なの。
出力の安定性が低くて、エナジー消費がバカげているから全力で飛んだら数分でバッテリーが空になるわ。まさに『金食い虫の翼』ね」
「墜落したら、君を解体してパーツを売って修理代にするしかないかな? ヒッヒッヒ!」
「……。ロイドさん、笑えない冗談はやめてくださいよ」
僕は苦笑いしながら、ランスロット・クラブのシートに収まった。
ハッチが閉じる。密閉されたコクピットの中で、意識が微かに脈動した。
昨日触れた時に感じた、あの「懐かしさ」と「恐怖」。
この翼は、僕をどこへ連れて行こうとしているのだろうか。
「――緊急入電! 特区北端、ベイサイドエリアに多数のナイトメアが出現!
識別信号は……中華連邦の主力機『鋼髏(ガンルー)』です!」
オペレーターの報告が、ハンガーの空気を一変させた。
「中華連邦!? 奴ら、特区の成功を潰すためにテロリストに機体を供与したのか!」
スザクが即座にヘルメットを被る。
鋼髏——丸い胴体に短い脚、圧倒的な物量戦を前提とした中華連邦の主力機。それが、ユーフェミアの理想である特区を蹂躙するために押し寄せている。
「ライ君、実戦テストといこうじゃないか。ただし、エネルギー切れには気をつけてよ?」
「分かりました! ……ライ・アッシュフォード、ランスロット・クラブ。発進します!」
カタパルトから射出された僕は、背中のユニットを起動させた。
激しいGと共に、視界が跳ね上がる。
不安定な振動。だが、それ以上に……。
「(……なんだ、この感覚。空気が……空間の形が、手に取るようにわかる……!)」
僕は戸惑いながらも、スザクのランスロットと共に、硝煙あがるベイサイドへと翼を広げた。
ベイサイドの倉庫街は、数えきれないほどの鋼髏が放つ120mmキャノンの砲火に包まれていた。
「……っ、これじゃキリがない! ライ、一機ずつ落としていては押し切られるぞ!」
スザクのランスロットがMVSで眼前の鋼髏を切り裂くが、その背後からさらに三機が車輪を軋ませて突進してくる。
鋼髏は一機ごとの性能は低い。しかし、中華連邦独自の集団連携はスザクの超人的な機動力を確実に「面」で削り取っていた。
「わかっている、スザク! ――上は僕が抑える!」
僕は未だ出力が安定しないフロートユニットを強引に吹かし、上空へと跳ね上がった。
「(……来る!)」
空間を拡張された僕の意識に、死角から迫る砲弾の軌道が「光の線」となって視えた。機体を反転させ、ヴァリスのバーストモードを放つ。
「スザク、3時方向の三機を! 軌道は僕が作る!」
「了解!」
僕が空中からヴァリスを掃射し、敵陣に穴をあける。怯んだ鋼髏たちの隙を見逃さず、スザクがスラッシュハーケンを支点に超高速の旋回運動——「キック」を叩き込む。
「(……凄い。スザクの動きが、僕の思考と同期している……!)」
僕がフロートユニットで敵を翻弄して一箇所に追い込み、スザクが地上で一掃する。まさに「空の盾」と「地の子」の完璧な連携。
ロイドさんが、かつて言っていた「一機で戦場を変える力」が今、二機によって体現されていた。
だが、その完璧な舞踏を不吉な電子音が遮った。
「(……っ、もう!?)」
コクピットの計器が激しく点滅する。
【ENERGY LEVEL: 18% / FLOAT UNIT OVERHEAT】
「ライ、どうした!? 動きが止まっているぞ!」
「フロートユニットが……エナジー消費が早すぎる……!」
機体が激しく振動し、背中のユニットから黒い煙が上がった。
高度が落ちる。その隙を逃さず、十機以上の鋼髏が獲物を仕留めるべく一斉にキャノン砲の砲身を僕へと向けた。
無数の砲弾が僕を捉えようとしたその瞬間、戦場を真紅の熱風が切り裂いた。
「――あんたたち、何ボサッとしてんのよ!」
爆炎を突き破って現れたのは、右腕に巨大な鉤爪を持つ『紅蓮弐式』。
放たれた攻撃が、僕を狙っていた鋼髏を一瞬でオレンジ色の火球に変えた。
「紅蓮!? 黒の騎士団か!」
彼女の後方からは、藤堂鏡志朗が率いる「四聖剣」の月下たちが見事な雁行の陣で展開し、鋼髏の側面を突き崩していく。
「千葉、朝比奈! 敵の補給ラインを断て! 卜部、仙波は中央の二機を援護しろ!」
「(四聖剣……。ルルーシュが彼らを動かしたのか……?)」
混乱する戦場。
特区日本という不安定な天秤の上で、僕たちの運命は激しく混ざり合い始めた。
「エナジー残量……4%!? ……くっ、ここまでか!」
ランスロット・クラブの警告音が鳴り止まない。空中姿勢を維持できず、重力に引かれて機体が高度を落とし始める。下には獲物を逃すまいと砲身を並べる鋼髏の群れ。
「ライ! 捕まれ!」
スザクがスラッシュハーケンを射出しようとしたその時、ライの左目が熱く脈動し、コクピットの計器類が未知のコードで塗り潰された。
「……誰も、死なせないと言ったんだ。……動けぇッ!!」
不意に、フロートユニットの排気ノイズが消えた。代わりに放たれたのは、純白に近い極光。
それは物理法則を無視した加速で、包囲する鋼髏の頭上を飛び越え中心部の指揮官機を一撃のもとに粉砕した。
「……な、何なの、あの光……!?」
カレンが驚愕に目を見開く。その一撃を合図にするかのように鋼髏の隊列は崩れ、中華連邦の部隊は潮が引くように撤退を始めた。
しかし、輝きは一瞬だった。
光を失ったランスロット・クラブは、そのまま力なく海岸線の砂浜へと墜落した。
戦闘が終わったベイサイドエリアには、合同で事後処理にあたる政庁の親衛隊と、黒の騎士団の姿があった。
かつては血を流し合った者たちが、今はユーフェミアの掲げる「平和」という一点において、危うい均衡を保っている。
防音と対電子戦加工が施された重厚な執務室には、ユーフェミアとマントを翻したゼロが対峙していた。
スザクは騎士として、ゼロの傍らに立つカレンと共にその場に控えている。
「……感謝します、ゼロ。黒の騎士団の迅速な対応がなければ、もっと被害が出ていたでしょう」
「礼には及ばない、ユーフェミア総督。
我々は請け負った仕事を遂行したまでだ。
特区の治安維持は黒の騎士団の義務であり、同時に権利でもある。中華連邦の犬どもに、我が庭を荒らされる理屈はない」
変声機を通したゼロの声は冷徹だが、その仮面の奥でルルーシュは思考を加速させていた。
(……中華連邦の介入。そして、ブリタニア本国の沈黙。この特区は、もはや単なる実験場ではない。
世界という巨大なシステムの『異物』を排除しようとする、拒絶反応が始まっている……)
「ゼロ……。ライの容態については、スザクから聞きましたか?」
ユーフェミアの問いに、ゼロは静かに頷いた。
「ああ。意識は戻ったと聞いている。……だが、彼が見せたあの挙動、そして機体のデータ異常。ロイド・アスプルンドですら説明がつかない現象が起きたそうだな」
スザクが、一歩前に出て言葉を継いだ。
「はい。僕の目には、彼がエナジーを消費するのではなく、空間そのものから力を引き出しているように見えました。……ゼロ。君は、ライの『正体』について何か知っているのか?」
ゼロは沈黙した。
ライ。どの記録、資料すら存在しない「空白の時代」から眠り続けていた少年。
あの日、ミレイ会長による鶴の一声で生徒会が主導し彼をアッシュフォード学園という籠の中に匿ったが、その正体はC.C.ですら測りかねている。
「……ライは、この世界にとっての『ミッシングリンク』だ。
まだ詳しくは分からないがあのような力を振るうことは、リスクになり得る。
」
ゼロはマントを翻し、窓の外に広がる特区の灯りを見つめた。
「ライのことをしっかり見ておけ。
ブリタニア本国の奴等がライの『力』に気づけば、この特区は平和の象徴ではなく、混沌を呼び出すための祭壇に変わるだろう」
ゼロの警告が、夜の執務室に重く響く。
手を取り合ったはずの彼らの平穏は、さらなる巨大な嵐へと巻き込まれようとしていた。