『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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8話 サイレント・パージ

 

夜のトウキョウ租界、その一角にある黒の騎士団の秘匿司令室。

モニターの青白い光が、ゼロの仮面の奥で冷たく光る。画面には、ブリタニア軍エリア11守備隊の中堅将校、租界の有力貴族、総勢二十二名の汚職と内通の証拠が並んでいた。

 

「……特区日本という『平和』を、己の既得権益を脅かす外敵と見なすか。守旧派の思考とは、常に進歩を阻む鎖でしかないな」

 

ルルーシュは、ディートハルトが収集した通信傍受記録を、ある「二人の人物」へと送信する準備を進めていた。

 

「ゼロ、本当に彼らに送るのですか? ジェレミア・ゴットバルトと、ヴィレッタ・ヌゥ。今の彼らは軍内でも『オレンジ事件』の汚名により、閑職に追いやられているはずですが」

 

通信越しのカレンが、不審げに声を出す。

 

「だからこそだ、カレン。

不遇の中にいる者ほど、失った名誉と誇りを取り戻す機会を渇望している。彼らにとって、特区を攻撃しようとする身内の不届き者を告発し、処刑することは、自らの忠義を証明する唯一の道となる」

 

ルルーシュの指が、キーボードの上で踊る。

 

「軍内部の『忠義の士』が反逆者を排除したとなれば、それはただの軍紀粛正だ。……行け、忠犬たちよ。君たちの喉元に新たな主の餌を与えてやろう」

 

エンターキーが叩かれ、パケットが暗闇を駆け抜けた。

 

深夜、ベイサイドの廃倉庫。

そこでは守旧派の将校たちが、中華連邦製の旧式サクラダイトの積み込みを行っていた。

 

「……これさえあれば、パレードの最中に特区を地獄に変えられる。平和の代償を教えてやるのだ」

 

「その通り。名誉ブリタニア人などという卑しき者に、我らと同じ権利を与えるなど、皇帝陛下への反逆も同然……」

 

その時、倉庫の天井を突き破り、一機のサザーランドが強襲した。

 

「――その反逆という言葉、そのまま貴公らに返してやろうッ!」

 

機体から発せられたのは、執念に燃えるジェレミア・ゴットバルトの叫びだった。

 

「なんだ!? なぜここに!」

 

「貴公らの浅ましい私欲のために、我が主君の理想を汚させるものか! 私の名誉、私の忠義、その全てを賭けて……貴公らを粛正する!」

 

ジェレミアのサザーランドが、一閃の下に汚職将校の機体を両断する。

同時に、倉庫の出口を塞ぐように現れたのは、ヴィレッタ・ヌゥの機体だった。

 

「逃がさないわ。……あなたたちの首、私の再起のための踏み台にさせてもらう!」

 

倉庫外では、さらにゼロのリークを信じて駆けつけたスザクのランスロット、そして「治安維持」の名目で潜伏していたカレンの紅蓮弐式が合流する。

 

「スザク、先に動いているわ! 連携して、一人も逃がすな!」

 

「了解! ……この特区を、誰にも傷つけさせはしない!」

 

それは、ルルーシュというプレイヤーが仕掛けた、完璧な「掃除」だった。

朝焼けがベイサイドを照らす頃、エリア11を蝕んでいた「ブリタニア内部の膿」は、かつてゼロに敗れたはずの騎士たちの手によって、無慈悲に刈り取られていった。

 

ベイサイドの硝煙が朝霧に溶ける頃、租界の表通りは何事もなかったかのように動き出している。

ニュースは「不法武装集団に対する軍の断固たる処置」を報じ、その裏でジェレミアやヴィレッタが騎士としての地位を事実上回復したことは、一般市民には知る由もない。

 

「……あーあ、結局一睡もできなかったよ」

 

アッシュフォード学園の生徒会室。

リヴァルが大きなあくびをしながら、机に突っ伏した。

 

「リヴァル、また夜更かししてゲーム? ほどほどにしなさいよ」

 

シャーリーが呆れ顔で掃除用具を手に取るが、その視線は部屋の隅で所在なげに窓の外を見つめるライへと向けられた。

 

「ライ君、なんだか顔色が悪いみたいだけど。……昨日の演習、そんなに大変だったの?」

 

「……え? ああ、ううん。大丈夫だよ。少し、風が強かっただけさ」

 

僕は嘘をついた。

昨夜、僕の「翼」が引き起こしたあの極光。そして、何十機もの鋼鉄の塊が一瞬で塵に変わった感触が、まだ掌に残っている。

 

ルルーシュは、いつも通り平然とした顔でチェス盤の前に座っているが、彼もまた昨夜の「大掃除」の首謀者として勝利の味を噛み締めているのだろうか。

学園の日常生活。

笑い声、チョークの音、購買部の喧騒。

それら全てが、薄氷の上に成り立つ危うい奇跡のように感じられて僕は逃げるように静かな図書室へと向かった。

 

放課後の図書室は、埃の舞う午後の陽光に満たされていた。

一番奥、禁書に近い古びた歴史書の棚。

そこに陽だまりを避けるように佇む少女、アーニャ・アールストレイムがいた。

 

「……ライ。ここ。記録」

 

アーニャは携帯電話を僕に向け、無機質なシャッター音を鳴らした。彼女の膝の上には、皮装の、今にも崩れそうなほど古い文献が開かれている。

 

「アーニャ……。こんなところで何を調べてるんだ?」

 

「……分からない。でも、ここに来なきゃいけない気がした。……これを、あなたに見せなきゃいけないって……誰かが、言ってる気がする。」

 

アーニャは空ろな瞳で僕を見つめ、細い指先でページに描かれた奇妙な紋章をなぞった。彼女自身、自分の口から漏れる言葉に戸惑っているように、微かに眉をひそめる。

 

「伝承……遥か昔、世界が今とは違う理で動いていた時代。

西の果てに、地上の太陽と呼ばれた巨大な大陸があった。……人々は神の火を操り、空をも駆けた。……けれど、王が『不老不死の地』を傲慢にも侵した時、大陸は一夜にして海へと沈んだ。」

 

その言葉を聞いた瞬間、僕の左目が脳を焼くような激痛を放った。

視界が歪む。

ページに描かれた「沈みゆく都市」の挿絵が、波打つように動き出し、僕の記憶の深淵に触れる。

 

「……聞いたことがある。でも、それはただの伝説で……」

 

「伝説、じゃない。……その文明が滅びる直前、一人の子供だけが『時の牢獄』に封印された。……文明の全てを記録し、いつかまた神の火が世界を焼き尽くす時、それを止めるための『楔』として。

……ライ。あなたの体質、エナジーの異常な同調、……私、これ、知ってる。」

 

アーニャが、一歩、僕との距離を詰める。

彼女は、ただ脳裏に浮かぶ「既視感」に突き動かされるまま、無意識に僕の正体へと肉薄していく。

 

「記録、じゃなくて……確認。

あなたは、いったい誰なの? ……私、どうしてこんなこと言ってるのか、自分でも……変。」

 

アーニャは自分の頭を押さえ、ふらりとよろめいた。

だが、その時。

図書室の窓の外、校庭の隅に場違いなほど真っ白な服を着た少年が立っているのが見えた。

金色の髪をなびかせ、子供のような無邪気な笑みを浮かべていた――

 

「(あの子は……。あの子も、僕を知っているのか?)」

 

アーニャの無意識の告発と、窓の外の不気味な視線。

僕の日常は、濁流に音もなく飲み込まれようとしていた。

 

図書室の窓から差し込む夕陽が、アーニャの虚ろな瞳を赤く染めている。

 

「……あの子。こっちを見てる。記録……じゃなくて、警告。」

 

アーニャが呟くと同時に、図書室の空気が凍りついた。

いつの間にか、窓際の席に一人の少年が座っていた。金髪を長く伸ばし、純白の服を纏った幼子。

 

「はじめまして、過去の忘れ形見さん。……いや、『調律者』と呼ぶべきかな?」

 

V.V.は子供らしい無邪気な笑みを浮かべていたが、その瞳には感情の欠片もなかった。

 

「君は……誰だ?」

 

「僕はV.V.。君と同じ、終わらない時間を歩く者だよ。……まさか、あの大崩壊を生き延びた『楔』が、こんな現代の箱庭で目覚めるなんて、誰が想像しただろうね」

 

V.V.が僕の方へと一歩踏み出した瞬間、図書室の扉が勢いよく開いた。

 

「そこまでだ、V.V.。その子に触れるな。」

 

現れたのはC.C.だった。彼女の表情には、いつもの超然とした余裕はなく、隠しきれない嫌悪と警戒が滲んでいる。

 

「おや、C.C.。君がそんなに必死になるなんて。この『遺物』が、そんなに大切かい?」

 

「あの子は、お前たちの『嘘のない世界』の道具じゃない。……2人とも私の後ろへ。」

 

C.C.が僕たちの前に立ち塞がる。

アーニャは混乱したように自分の頭を押さえていたが、V.V.の姿を見た瞬間、彼女の奥底にある「別の意識」が震えた。しかし、アーニャ自身の口から出たのは、拒絶に似た震えだった。

 

「……あの、子……。見てると、頭が、痛い……」

 

アーニャは自分でも理由のわからない不快感に顔を歪めた。V.V.は彼女を一瞥し、くすりと笑う。

 

「いいよ、今日は挨拶に来ただけだから。……ライ、君には期待しているんだ。記憶の中に眠る『神への回路』……。それが僕たちの計画に役立つなら、君に苦痛の無い素敵な居場所をあげよう。」

 

V.V.は残酷なほど透き通った声で続けた。

 

「でも、もし君が僕たちの邪魔をする『不確定要素』でしかないなら……また、眠っていてよ」

 

V.V.の姿が、夕陽の中に溶けるように消えていく。後に残されたのは異常な緊張感と、僕の左目に残る、焼けるような熱さだけだった。

 

「……C.C.、あの子は一体……」

 

「忘れるんだ、ライ。……今は、まだ。

お前がそれを知れば、この温かな日常は崩れ去る。」

 

C.C.は僕の左目を隠すように手を当てた。

その彼女の手は、ひどく冷たかった。

 

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