エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~   作:第616特別情報大隊

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天使の分け前

……………………

 

 ──天使の分け前

 

 

 帳簿を改竄する。

 それがどういう意味なのかをワンは語り始めた。

 

「これまでは馬鹿正直に情報軍に『これだけのホワイト・ピークを売って、これだけの武器を仕入れます』と報告していた。で、情報軍の連中はその取引の中から一定の割合を中抜きをしていたわけだ」

 

 では、どうすれば情報軍の中抜きを減らせるか? と問いかけるようにワンは続けて語っていく。

 

「俺はルナリエン自治領に向かった。情報軍のパワード・リフト機でな」

 

 すでに現地は神秘的なエルフの森ではなくなっていたとワンは言う。

 

「立派な滑走路が作られ、ディザータの有するホワイト・ピーク工場があり、森の中には射撃訓練場だ。排ガスの臭いと有機薬品の悪臭、それから硝煙の臭いが森の中には満ちていた」

 

 神秘さなんて全く感じなかったとワン。

 だが、リリエルから話を聞いていた私は知っている。

 エルフの森はキメラ作戦によって神秘さを失ったのではない。

 ルナリエン王国が崩壊してからずっと苦境に会った彼らには神秘性なんてものを維持する余裕などなかったのだ。

 

「そこでソフィエルという女エルフと会った。モリの紹介だ。他のエルフは確かに美形だったがどこか田舎者臭かったのに、そのソフィエルってエルフだけからは利発そうな雰囲気を感じたな」

 

 ソフィエル。ここでも彼女の名前が出る。

 リリエルの盟友でありながらディザータとアルフヘイム株式会社を設立し、エルフの社会を変えつつあった人物。

 

「俺とモリの提案はこうだ。『情報軍には実際に取引する額より少額の取引を申請し、残りは直接人類国家などと取引しよう』ってな」

 

 ワンはそう言い、メモ帳に描いた図にルナリエン自治領、ディザータ、ワン、そして人類国家を直線で結ぶ新しい線を描いた。

 それは新しい線であり、ワンは決して情報軍も混じっている古い線を消していない。

 

「モリは言っていた。『ソフィエル。俺たちが効率化を進めたおかげでホワイト・ピークはかつての4倍の量が収穫できている。なのに増えた取り分は3倍だ。残りはどうなったと思う?』と。やつは芝居がかった口調で言った。『情報軍の連中が天使の分け前よろしく持って行っちまったのさ!』」

 

 そう言ってワンはくすくすと笑う。彼にとっては笑える思い出らしい。

 

「ソフィエルもそのことを知っていたらしい。彼女はパソコンで俺たちに帳簿を見せて、モリが言っていることが正確であることを示して頷いた。情報軍は一定の割合を中抜きしていると。取引額が大きくなれば、それだけ天使の分け前は増えると」

 

「では、あなた方はあえて取引額を少額に見せることにした?」

 

「イエス。売却するホワイト・ピークの量と現金化された額をまずはごまかした。実際より僅かに多いホワイト・ピークがルナリエン自治領から運び出される。ディザータはそれを現金化して俺から武器を買う。そして武器はルナリエン自治領にホワイト・ピークの対価として支払われ、ルナリエン自治領から人類国家に売られる。情報軍は一切間に入らない」

 

 金の流れをワンはそう説明した。

 ルナリエン自治領はホワイト・ピークを売り、ディザータ経由でワンからは武器を買い、それをさらに人類国家に転売して金貨を受け取る。

 ディザータはホワイト・ピークを現金にして、ワンから武器を買い、ルナリエン自治領に売る。

 ワンは武器をディザータに売り、人類国家はルナリエン自治領から武器を買う。

 

「これは一種のマネーロンダリングでは?」

 

 私はそう指摘する。

 この複雑そうな取引はあとになって捜査の目を撹乱するような、そのような仕組みがあるのではないかと思った。

 

「マネーロンダリングが目的ならもっと真面目にやる。これは俺がドラッグに直接触れないようにするための、手袋みたいなものだ」

 

 恐ろしいのは税務署だけじゃないとワンは語る。

 

麻薬取締局(DEA)だ。麻薬取締局(DEA)はドラッグに関与した人間を死ぬまで追う。特にそいつが直接ドラッグに触れていれば確実に仕留めようとする」

 

「あなたはディザータと取引をしたが、ドラッグには直接触れていないと?」

 

「そう。武器を売ってホワイト・ピークを受け取れば麻薬取引だ。そいつは麻薬取締局(DEA)に追われる。だが、麻薬王が稼いだ金でコンビニのコーラを買っても麻薬取締局(DEA)はコンビニを追い回したりしない」

 

 事実、俺はディザータの連中がどうやってホワイト・ピークを現金化したかを知らないとワンは馬鹿にするように笑って言った。

 そう、彼の説明ではホワイト・ピークがどのように現金化されたかの説明がないし、取引はホワイト・ピークで回る円と武器で回る円がディザータ幹部のモリという接点で繋がるだけでしかなかった。

 

「そうやって俺たちは情報軍に知られないように副業を始めた。しかし、情報軍の連中のパワード・リフト機は必要だったからパイロットを買収して、余分に荷物を積ませることを受け入れさせた。あの手の航空機は事前に搭載する荷物の量から燃料を計算しているからな」

 

 ホワイト・ピークの積みすぎで海にぼちゃんと墜落しては笑えないとワン。

 

「俺たちの目論見は大成功だった。情報軍の取り分はがくっと減り、俺たちの取り分は増えた。全員が大満足だ。俺も、モリも、ソフィエルも。俺たちは瓶ビールでこの新し取引に乾杯したよ」

 

 そう言ってワンはサムズアップして見せる。

 

「問題は起きなかったのですか?」

 

「ああ。起きなかった。だから、モリはもっと大胆な方法に出ることにしたんだ。情報軍を介さない取引量を増やすために自分たちでホワイト・ピークをルナリエン自治領から運び出し、武器も運ぼうって考えだ」

 

「可能なのですか?」

 

 情報軍のパワード・リフト機なしにルナリエン自治領からホワイト・ピークを運び出すなど見当もつかず、私はモリがどのような手段を使ったのかワンが告げるのを待った。

 

「モリってのは欲深い男だが、やつには不思議な魅力があった。やつと話しているとやつがいい人間で利益を与えてくれるように思えるんだ。その魅力を生かしてやつは現地の犯罪組織と結託していた。ブリガンテって連中だ」

 

 ブリガンテ。リリエルの密航に手を貸した犯罪組織の名だ。

 

「手段はこうだ。まず、すでにあるルナリエン自治領の滑走路をもうちょっと拡張してパワード・リフト機以外の輸送機も使えるようにする。次にブリガンテの手を借りて魔族連合軍の領内に飛行場を確保する」

 

「何ですって? 魔族連合軍の領内に飛行場?」

 

 私は信じられない単語を聞いた。

 これまで争ってきた魔族連合軍が敵であるルナリエン自治領に利するワンたちの飛行場ができるのを容認するはずがないだろうと。

 

「おいおい。日本情報軍の軍人ですら買収されるんだぜ? それより職業意識の低い魔族たちが買収されないわけもない。それにブリガンテの連中は飛行場を上手く隠していたし、俺たちも夜間飛行を心がけた」

 

 それによって飛行場が魔族に攻撃されるようなことはなかったとワン。

 

「ブリガンテはさらにネプティスに飛行場を準備し、俺たちはそこでホワイト・ピークと武器を積み替えた。ホワイト・ピークはディザータへ、武器はルナリエン自治領へ。そんな具合だよ」

 

 なんてことはないというようにワンは語ったのだった。

 私は理解した。

 こうして情報軍が制御していないホワイト・ピーク取引が生まれたのだと。

 

「ガンガン取引が進んだ。ルナリエン自治領は富で満ち、武器で満ち、俺たちの財布はどんどん温かくなった」

 

 それに伴ってルナリエン自治領は発展していったとワンは語る。

 

「まずエルフたちは重機を買ってそれで道を整備した。その道をこれまでの馬車に代わって車が走る。その車を調達したのも俺だ。軍はホワイト・ピークと兵士を輸送するのにトラックを買い、エルフの金持ちたちは地球の高級SUVをどんどん買ってくれた」

 

 ルナリエン自治領の山に作られた狭い道を日本製やアメリカ製の高級SUVが駆け回ったとワン。

 それはかなり不思議な光景だったのに違いない。

 

「それからエルフたちはお洒落を始めた。イタリア製のブランド物の服を買い、スイス製の腕時計を身に着けて、金銀宝石の指輪やネックレス。そっちはディザータの連中が調達していたらしい」

 

 ワンが語る内容を聞いて、エルフたちの間で格差が生まれていたというリリエルの言葉を思い出す。

 全部のエルフがホワイト・ピークがもたらす利益に預かったのだろうか、と。

 

「俺とモリも儲かりまくっているのに毎日のように酒で祝った。高級なシャンパンを開けて、女の子を侍らせてと。もちろん異世界のしけた歓楽街の店じゃなくて、歌舞伎町でどんちゃん騒ぎだ」

 

 当然ながらワンとモリはホワイト・ピークのもたらす富の恩恵を受けていた。

 その点について私は心配などしなかったが。

 

「情報軍はそこまで大胆な動きに気づかなかったのですか?」

 

 しかし、問題は取引から除外された情報軍がどう反応したかだ。

 彼らは取引から省かれたことをあまり快くは思わないと思われたが……。

 

「情報軍の連中? 連中は気づいていたさ。流石に俺たちがガンガン飛行場を拡張して、勝手に飛行機を飛ばしているのに気づかないはずがない。だが、連中の機嫌は損ねてないし、連中は何も言わなかった。俺たちはルナリエン自治領と人類国家を武装させるって目標は確実に達していたんだからな」

 

 情報軍の目的はホワイト・ピークで儲けることではない。

 彼らにとってはあくまでホワイト・ピークは手段であって目的ではないのだ。

 彼らの目的は魔族に地球のヘイトを誘導しながら、彼らに異世界が乗っ取られないようにするということだけなのだから。

 

「それに情報軍の中抜きは俺たちを堂々と批判できるものじゃない。やつらは俺たちの財布からこっそり金を抜いていたよなものなんだから。金を盗めなくなったからって文句を言うのは盗人猛々しいってもんだろ」

 

 ワンはそう言って自己肯定した。

 ただ私には疑問がある。

 本当に情報軍が介在しない取引が増えて、戦争は続けられたのかという疑問だ。

 

「戦争に影響はなかったのですか?」

 

「影響。ね。特になかったぞ。エルフは武装して、民間軍事会社(PMSC)のインストラクターから訓練を受け、魔族を殺しまくって。そうソフィエルは言っていたからな」

 

「実際にその戦いの場面を目にしましたか?」

 

「冗談言うなよ。俺は商人だぜ? 商人が戦うか?」

 

 私の問いに彼は鼻を鳴らして嘲った。

 

「だが、そうだな。エルフがどんな戦いをしていたか聞きたければ民間軍事会社(PMSC)の連中に聞くといい。連中はエルフたちと行動していたはずだ」

 

「その民間軍事会社(PMSC)の名前は分かりますか?」

 

「ああ。確か──」

 

 ポンとワンは手を叩く。

 

「アークライト・インターナショナルだ」

 

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