エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~   作:第616特別情報大隊

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本日3回目の更新です。


東京市場

……………………

 

 ──東京市場

 

 

 世界有数の大都市──東京。

 第三次世界大戦という苦難ののちの復興を経て、この都市は再びネオンの明かりを輝かせている。

 光り輝いてはいても決してこの都市は楽園などではない。

 この都市が楽園であるならばホワイト・ピークが入り込む隙はなかっただろう。

 ネオンの輝きの裏には現実から逃れたい人間が大勢いるのだ。

 スマートフォンに食らいつくように顔を寄せる若者。

 コンビニの前に座り込む中年の男女。

 繁華街で客を呼ぶ人間。

 

「ここからの問題は異世界から地球にホワイト・ピークを運ぶのをどうするか、だ」

 

 モリは話を続ける。

 

「異世界と違って地球ではこの手の薬物の取り締まりがある。ホワイト・ピークはまだ指定された薬物になっていなかったが、いずれそうなるのは確実だ。そうなったときに備えて俺たちは密輸のルートを確立させる必要があった」

 

 最初に考えたのは今使っている米軍の輸送機を使って密輸することだったとモリ。

 

「横田には麻薬探知犬がいる。そいつに引っかかるかどうかが問題だった。俺は部下のひとりにホワイト・ピークの小袋を隠し持たせて、米軍の輸送機で横田に向かわせた。ホワイト・ピークは東京にあるディザータの拠点のひとつに運べと命じて」

 

 ホワイト・ピークの入ったプラスチックの小さな袋はハバネロを使ったお菓子の中に隠され、定期的に運航している米軍の輸送機で試験的に運ばれたそうだ。

 

「最悪見つかってもこれだけの量なら個人で使う分だっていいわけできた。とにかくそのときは異世界から地球にブツが運べるのか確かめないといけないわけで、運んでいた人間が逮捕されることも一応覚悟していた」

 

「結果は?」

 

「麻薬探知犬には引っかからなかった。その点では大成功だ。俺たちは最大の脅威である麻薬探知犬から逃れられる」

 

 私の問いにモリはその成功を笑って語る。

 

「次の問題はどうやって大規模にドラッグを運ぶかだ。定期便に数グラムのホワイト・ピークをこそこそ運んだって金にならない。俺たちは東京から香港、アメリカ西海岸までドラッグを届けるつもりだった」

 

 それで初めて大儲けできるとモリ。

 彼は最初から東京の市場だけで満足するつもりはなく、さらに市場を開拓するつもりであったのだ。

 その貪欲さはある意味では尊敬すべきことかもしれない。

 

「まずは東京だ。どう輸送するかを俺たちはずっと考えていた。そこでワンが自前の輸送機で異世界に来ているのを見て『これだ!』って思ったね」

 

「ワンに協力を求めたのですか?」

 

「いいや。やつに頼んだことはあるが、すげなく断られた。『ホワイト・ピークには数ナノグラムだって触れたくない』ってな。冷たいやつさ。だが、俺たちのための買い物はやってくれた」

 

 やつが何を買ってきてくれたと思うとワンは尋ねる。

 私は分からずに首を横に振った。

 

「飛行機さ! それも軍用輸送機だ。俺たちはその飛行機を登録手続きをし、異世界から横田まで飛ばした。俺たちは横田でホワイト・ピークを降ろし、そいつを東京の仲間の拠点まで運ぶ。あとのことは仲間がやってくれる」

 

「横田の米軍は何も言わなかったのですか?」

 

「何も言わなかった。というか、気づいちゃいなかったのさ。俺たちは表向きは異世界側の米軍基地に食料や雑貨を運ぶってことで出入りを許されていた。その荷物に紛れて俺たちはホワイト・ピークをがんがん運んでいった」

 

 東京の倉庫にホワイト・ピークが山のように積み上げられらとモリが思い返す。

 モリは倉庫があった場所を教えてくれた。

 その東京の港湾部にあった倉庫はすでに警察によって差し押さえられていたが、倉庫としての形はそのままだった。

 周りには似たような倉庫があり、建築資材などが置かれている。

 そんななんてことはない平凡な倉庫であった。

 ホワイト・ピークはこの倉庫の中に高く積み上げられ、そして東京という街に解き放たれたのだ。

 

「俺たちは慎重だった。運んだらすぐ売るのではなく、まずは寝かせた。ホワイト・ピークって代物が市場でいくらで売れるのかを見定める必要があったからな」

 

 モリが言うようにホワイト・ピークは未知のドラッグだ。

 麻薬探知犬にも探知できず、また工業合成も困難である代物にどんな値段がつくのだろうか?

 

「俺はとにかく高値で売りたかった。安売りはなしだ。安いドラッグはすでに大勢が手を出している。ヤクザや他の薬物犯罪組織が東京にはわらわら。俺たちディザータは東京では新顔だ。あまりことを荒立てたくはなかった」

 

 彼は下手に市場で競合し、他の犯罪組織との間で揉め事になることを恐れていたようで、単純に高値で売って大儲けしたかったという理由だけではないらしかった。

 

「俺たちは市場の様子を見ながら慎重にホワイト・ピークを流した。そして、静かに反応を待った」

 

 結果について語る前にモリは僅かに言葉を区切った。もったいぶった仕草だ。

 

「──大成功だった。ホワイト・ピークは1グラム18万で売れた。俺たちはその値段を聞いて歓喜したね。それを祝ってシャンパンも空けたっけ」

 

 そのときの様子を懐かしい思い出のようにモリは語る。

 そこに後悔の色は全く見られない。

 

「ヘロインの末端価格は東京では1グラム4万程度だ。それを見れば18万ってのはどれだけのデカい額なのか分かるだろう?」

 

 彼はそう言っていたが、私が調べた時点では日本国内でホワイト・ピークの価格は1グラム当たり9万円だったと指摘する。

 

「そりゃあ、今はそれぐらいに落ち着いているだろう。物珍しさはなくなって良くも悪くも定番メニューになったからな」

 

 ハンバーガーチェーンの2枚のパテが入ったバーガーと同じくらいメジャーかつありふれたものになったとモリは振り返る。

 

「しかし、当時はまさに大金を生む代物だった。それも馬鹿みたいに売れたしな。俺たちは錠剤に加工したそれをせっせと異世界から横田に、横田から東京に、東京から世界各地に運んだ」

 

 のちの私の調べではホワイト・ピークの売れ方は当局が把握し始めた限りでも、恐ろしい速度で広まっていた。

 麻薬取締局(DEA)の報告書では推測ながら『東京の市場にホワイト・ピークが流出してから1カ月程度で世界中にホワイト・ピークは流通した』とある。

 この短さはディザータの組織力を示すと同時にホワイト・ピークがいかに魅力的な商品であったかを示している。

 

「だが、東京でのトラブルが問題だった。ホワイト・ピークが儲かりすぎる上に俺たちディザータがそれを独占していたので、いろいろと恨みを買った。一度は俺の仲間が路上で銃撃されたこともあったっけ」

 

 撃たれた仲間は死にはしなかったが今も片方の腎臓がないらしいと彼は語る。

 

「俺たちは下手に対立したくなかったし、俺を妬んでいる連中だってホワイト・ピークに対抗できるドラッグなんて持ってなかった。そして、市場はホワイト・ピークを求め続けていた。そうなると自然と協力する方向に話は進む」

 

 下手に対立して共倒れするより手を結んで協力するのがベストだとモリは言った。

 

「ほら、なんだ、あれだよ、あれ。そう、囚人のジレンマだ。協力すればともに勝てるってゲームだった。俺たちは他の犯罪組織にもホワイト・ピークを売り、連中はさらにそれをジャンキーに転売する。警察の目を引くドンパチはなしで、金だけが俺たちの懐に入ってくる寸法よ」

 

 頭がいいだろうというようにモリは澄ました笑み。

 確かに彼らは囚人のジレンマゲームで例えるならば比較的賢明な選択をした。

 それに無駄な対立より、手を結んでカルテルを構築し、市場価格を操作した方が儲かるというのはドラッグビジネス以外の分野にも言える話だ。

 もっとも一般のビジネスではそれは公正取引委員会などが禁止しているが。

 

「ホワイト・ピークはそれによってさらに値が吊り上がった。俺たちからブツを買う組織が転売してるんだから当然だ。価格の上昇は取引に関与した人間の分だけ上がる」

 

 それから忘れてならないのは運送コストだとモリ。

 

「ドラッグだろうとスマートフォンだろうと輸送にはコストがかかる。異世界から地球に運び込む時点で輸送機の燃料代はかかっているし、東京から世界に出荷するにも運送コストがかかる」

 

 彼は本当にビジネスマンのように麻薬取引を語る。

 だが、麻薬取引と一般のビジネスに共通点があるのはもはや私には否定できない。

 否定するのはただの現実逃避しかならないだろう。

 ホワイト・ピークにも需要があって、供給が行われる。

 この時点ですでに資本主義下で行われる取引の条件は満たしているのだ。

 

「ただ俺たちディザータは古いやり方には囚われなかった。ドラッグの取引っていうとこういうのを想像するだろう? 薄暗い公園に売人がいて、そこに周囲を警戒しながらこそこそと近づいて素早く現金を渡してブツを受け取る」

 

 彼の言う密売の様子はまさに私が頭に浮かべていたものそのものだった。

 だが、彼らはそういう古典的な手法だけには囚われなかったとモリは語る。

 

「今の若い連中は何でもネットでやりたがる。スマートフォンでぱぱっと買えなければどんな商品だって売れやしない。そこで俺たちはオンライン販売を始めた」

 

 スマートフォンにアプリを入れたらあとは注文するだけ。

 アプリから決済システム、実際の配送まで全てディザータのお手製というオンラインのホワイト・ピーク販売だ。

 

「レビューだって付けられるし、そんじょそこらの通販より丁寧なサービスさ」

 

 私は実際にそのアプリをインストールして見た。

 そこではホワイト・ピークが今も販売されており、日本国内のいくつかの地域を除き配送サービスがあると記されている。

 それからレビューだ。

 

『☆☆☆☆☆ ぶっ飛べました! 地球から冥王星までぶっ飛んだ気分! 文句なしに最高です! また買います!』

 

『☆☆☆☆★ お目目ぱっちり効果は若干薄いです。けど、気分は本当に良くなりました。またやります』

 

『☆☆☆☆☆ 締め切り前に三徹できて何とか締め切りに間に合いました。どうもありがとう!』

 

 そういう大手通販サイトにもあるようなそんなユーザーのレビュー欄がある。

 モリ曰く、こういうものがあればユーザーが実際にホワイト・ピークに手を出すハードルはかなり低くなるそうだ。

 

「ホワイト・ピークの出所は今のところ俺たち以外にはない。ホワイト・ピークのブランドはディザータのブランドだ。だからブランドとその神秘性には気を付けた。熟成数百年、本店秘蔵のレシピで美味しいドラッグをさあ召し上がれってわけさ」

 

 逆に言えばホワイト・ピークの問題はディザータの問題だとモリ。

 

「俺たちは慎重にやっていた。よその連中に転売することは許したが、混ぜ物をしたりするのは絶対に許さなかった。『俺たちが作った錠剤のまま、そのまま売れ。それがホワイト・ピークを扱う条件だ』と何度も繰り返した」

 

 警察が押収したホワイト・ピークの錠剤には『DS』という刻印が押されいたそうだ。

 それが純正のホワイト・ピークである証明であり、ブランドロゴになる。

 

「俺たちは本当に上手くやっていたぜ。大儲けしていたし、それでいて流れた血は僅かだけだ」

 

 そうモリは語る。

 だが、それほどまで上手く行っていたならば、なぜ彼は今刑務所に入っているのだろうか?

 それが次の謎であった。

 

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