エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~   作:第616特別情報大隊

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本日7回目の更新です。


攻撃か、防衛か

……………………

 

 ──攻撃か、防衛か

 

 

「ああ。戦争は確かに終わろうとしていた」

 

 リリエルはそう語る。

 

「ルナリエン自治領も戦い始めてから4年が過ぎたときだろうか。そう、私がネプティスとの国交を結び、部分的にだが同盟に参加することができら朗報を持ち帰った翌年のことだ。魔族による攻撃の頻度が減少し始めた。いつもは減少したあとに激しい攻撃があるのだが、あのときはそうではなかった」

 

 魔族は大規模攻勢前に一度攻撃の手を緩めることがあったと彼女は言う。

 物資と兵員を集めるのに時間がかかるからでもあるし、あえて攻撃の手を緩めて相手を油断させるためでもあるとも。

 しかし、このときはそうではなかったそうだ。

 

「何カ月経っても魔族の攻撃は始まらず、小規模な遭遇戦が起きるだけ。そこで私たちは佐藤たちと偵察を行うことにした」

 

 リリエルの話によれば彼女たちはまずは無人航空機(UAV)が飛ばされ、魔族の砦などを上空から偵察したそうだ。

 

「砦には兵士はいた。だが、大規模な戦力が結集しているようには見えなかった。兵舎には明かりがなかったし、これまで展開されていた天幕はその数が4分の1にまで少なくなっていた」

 

 それから偵察隊が砦までの道路を監視し、補給物資の流れを調べたと彼女は続ける。

 道路のそばに壕を掘り、そこに身を潜めたエルフの偵察隊が数週間に及んで道路を通る魔族の馬車を監視したと。

 

「補給物資の流れも通常の量だった。つまり大規模攻勢が計画されているわけではないと私たちは結論した。そして次の疑問が浮かぶ。魔族たちはどうしていきなり攻撃することをやめたのか、と」

 

 これまでは何度も魔族はルナリエン自治領に攻撃を仕掛けてきた。

 大規模な攻撃は10回以上に及ぶし、そのたびにエルフたちが犠牲を強いられている。

 エルフたちは魔族の攻勢は退けてきたが、決して余裕というわけではない。

 そのことは魔族も理解しているはずだった。

 もし、あのとき魔族たちが大規模な攻撃を強めていれば彼らはルナリエン自治領に降伏を強いることはできたかもしれないとリリエルはルナリエン自治領の薄氷の上の戦況について語る。

 しかし、魔族は突然攻撃を弱めて、大規模攻勢を一切やめたとリリエル。

 

「不可解だった。魔族は確かに我々に撃退され続けていたが、それが永遠に続かないことぐらい分かっていたはずだ。我々は疲弊を続けているのに対して、魔族は次々に新しい兵士を送り込んできていたのだから」

 

 いくら現代兵器の恩恵があっても戦況は常に不利だったとリリエルは振り返る。

 未だエルフたちは目標である平地地方の奪還をなせていなかったし、犠牲者が出ればその絶望的なまでの人口の差からして魔族がひとり戦死するより、エルフがひとり戦死する方が打撃は大きい。

 そのような圧倒的な戦力差がありながら、魔族は沈黙を始めたのだ。

 

「さらに言えばあの時期はアルフヘイム株式会社が幅を利かせており、兵士は前線から引き抜かれ、武器の供給も滞り始めていた。あの時期に魔族連合軍が今までのような大規模攻勢に出ていたら……最悪の場合はルナリエン自治領の3分の1の領土を放棄することになっていただろう」

 

 その際にどれだけのエルフが犠牲になるかは想像もできなかったと彼女は言う。

 ルナリエン自治領にはまだ戦えない若すぎる子供のエルフもいた。

 そういう民間人を撤退の際に完全に保護できる保証はどこにもなかったともリリエルは思い起こしている。

 

「だが、魔族は結局のところ薄い包囲を布いたまま動くことはなかった。我々は判断を強いられた。これを警戒し続けるべきなのか、敵は弱ったとみて攻撃に出るべきなのか」

 

 リリエルは当時のルナリエン自治領の様子を語る。

 

「若いエルフたちは攻撃を叫んだ。今こそRLAの総力を挙げた大攻勢に出て、魔族を押し返すべきと主張した。そうすればルナリエン王国の再興すら夢ではないと彼らは言っていたよ」

 

 ルナリエン王国が再興すれば自分たちは豊かに、平和に暮らせると若者たちは思っていたと彼女は僅かに首を横に振って言った。

 

「恐らくは私たちがあまりにもルナリエン王国時代を美化して語ったせいだろう。ルナリエン王国の時代は若いエルフたちに間で天国のような存在になっていた。実際には問題も多くあったのだが……」

 

 自分もまたルナリエン王国を美化して語り続けたひとりとして責任を感じたと彼女は罪悪感をにじませる。

 

「一方で私やソフィエルのようなエルフは攻撃に慎重だった。これは魔族による罠ではないかという恐れが頭に付きまとっていた。魔族は我々を山林から釣り出し自分たちに有利な位置で決戦に挑むつもりなのではないかとね」

 

 山林での戦いは決して魔族にとって有利ではなかった。

 地の利があるエルフたちに対して魔族は常に不利な立場だったとリリエルは言う。

 

「佐藤たちは山林の戦いのでRLAと魔族のキルレシオは25対1だと言われていた」

 

 これはエルフたちが25人の魔族を殺害する間に魔族は1人のエルフを殺害するだけという意味だ。

 その数字から圧倒的な殺しの性能の差が分かる。

 

「しかし、平地ならば現代兵器がその火力を最大に発揮できたのでは?」

 

 私はそう疑問を呈する。

 

「ああ。平地ならば現代兵器が有効なのは確かだ。補給が万全であったならばな」

 

 そう、このときモリのディザータはトラブルを起こし、RLAへの武器弾薬の補給は滞り始めていたのだ。

 

「絶好の機会を逃したと言えば、それまでだ。私たちは結局のところ慎重論を取った。武器弾薬の補給が不安定になっていたし、魔族の罠だと言う不安を解決できなかった」

 

「佐藤たちコントラクターは何と言っていましたか?」

 

「『君の判断を尊重する』と。彼らも補給の不安定さを愚痴っていた。これまでは小銃弾はもちろん迫撃砲弾だって使い放題だったし、ヘリや無人航空機(UAV)に乗せる爆弾もたっぷりあった。だが、そのときは迫撃砲弾は尽きて、ヘリと無人航空機(UAV)は飛ばせるだけやっとという具合だった」

 

 だから佐藤たちも無理な攻勢に出て、補給切れに陥ることを危惧していたと語る。

 

「彼らは特に医薬品の補給が切れていることを危惧していた。食料は届くが医薬品は段々備蓄を切り崩していたから。消毒のためにアルコールやゴム手袋、ガーゼ。そういうこまごまとした消耗品から切れ始めた」

 

 佐藤たちコントラクターは正面装備の不足だけではなく、後方で必要とされる物資が途切れ始めたのも不味い兆候だと見ていたとリリエル。

 全体的に補給が滞り、それが常習的になれば、いくら現代兵器を持っていようと無意味である。

 弾のないAR-15アサルトライフルは金属製のこん棒にしかならなず、迫撃砲やヘリに至っては鉄のオブジェだ。

 

「私たちはアルフヘイム株式会社の社屋に向かった。ルナリエンの多くの建物が木製の簡素なそれなのに対して当時すでにそこは鉄筋コンクリートの地下1階地上2階の立派な建物だった」

 

 そのアルフヘイム株式会社にソフィエルは常にいた。

 彼女こそがアルフヘイム株式会社の主であったからにして。

 

「私たちはソフィエルに訴えた。『補給を改善してほしい。このままでは戦えない』と。しかし、彼女は首を横に振った。『これ以上エルフが血を流す必要はないと言ったはずだ。戦いは人類国家に任せればいい』と彼女はそう繰り返した」

 

 しかし、私は食い下がったとリリエル。

 

「戦後に我々が勝利者として人類とともに立つには我々も血と汗を流さなければならない、とね。『人類国家は50万人を犠牲にしたと私に言った。講和会議の場でその事実を突き付けられたらどうするのか?』。私はそう言ってソフィエルを説得しようとしたが、やはり彼女は首を横に振った」

 

 ソフィエルは次のように反論したそうだ。

 

「『このルナリエンでいくらエルフが血を流そうが人類国家は気にも留めない。実際、ルナリエン王国が滅んだとき人類国家は同情して支援してくれたか?』とそう言われた。私には……それに返す言葉はなかった」

 

 彼女の表情に深く影が差す。

 ルナリエン王国が崩壊したとき、人類国家はそれを見ていただけだった。

 ルナリエン王国の滅亡──それは人類国家にとって対岸の火事に過ぎず、自分たちとは関係のないことだったのだ。

 それが今になって人類国家が魔族と争い始めたから、ルナリエンのエルフたちも戦うべきというのは身勝手な理屈である。

 そのようなソフィエルがリリエルに突き返した言葉には私も納得できてしまった。

 

「彼女は補給は一応強化すると言った。これまでのように湯水のように弾薬が使えるわけではないが、最低限訓練に必要な分は確保すると。医薬品に関してもできる限り補給を改善すると言った。だが、我々の側から攻撃に出る計画は一切許可しないとも言ったよ」

 

 私にRLAの若いエルフたちを抑えさせる引き換えに補給を約束したのだと彼女は言う。

 

「RLAでは未だに魔族への大規模攻勢を若手が訴えていた。中には慎重論を取った私やソフィエルを敵視し始めるものもいた。だから、私にRLAが暴走しないように司令官として説得しろという話だ」

 

 私に嫌われ役を押し付けたのだとリリエルは振り返る。

 

「私は補給切れで部下や佐藤たちが死ぬような事態は避けたかったので、その提案に同意した。私はRLAの若手たちを説得して回った。私たちは今は耐え忍び、十分な補給が整えばいずれ反転攻勢に出るとそう約束した」

 

 説得には同じ若手将校であるエセリオンが協力してくれたとリリエル。

 

「同じ若いエルフであるエセリオンの言葉は私の言葉より若手の間に響いた。私はエセリオンに深く感謝したよ。彼はRLAが今ふたつに割れれば魔族の思う壺ですからと謙遜していたけどね」

 

 エセリオンは現実を理解していたと彼女は語る。

 ネプティスまでの外交交渉で同行する前にもう勉強したらしく、佐藤たちから地球の戦争の歴史も聞いていたそうだ。

 

「この戦いは北アメリカにおける戦いに似ているとエセリオンは言っていた。イギリスなどの大国が自分たちの都合で現地のネイティブ・アメリカンという少数民族を使いつぶした戦争に、と。確かに我々は大国のご機嫌を窺い、彼らの指示に従っていた」

 

 日米情報軍、ネプティス帝国、そして魔族連合軍。

 エルフたちは大国によって操られていたのではないかというリリエルの疑問を私はすぐには否定できなかった。

 

「ネイティブ・アメリカン。かつては北米を支配していた彼らは結局のところ、今では狭い居留区に閉じ込められていると聞く。そうなのだろうか?」

 

「ええ」

 

「私たちと似ているな……」

 

 彼女はそう言ってルナリエン自治領がある方向に視線を向けた。

 部屋の中からではその山林を見ることはかなわないが、彼女には壁の先、丘の先に映る光景を理解できるのだろう。

 郷愁の色が彼女の瞳には滲んでいた。

 

「さて、RLAの若手の説得が進む中でソフィエルは私に新しい提案を持ってきた。私があまりに戦後のことを問題にしたためだろうし、同時に提案は情報軍の方からも来ていたのだろう。ソフィエル自身はその提案に乗り気ではない顔で、私に内容を告げた」

 

「それは?」

 

 私の問いに帰ってきた答えは意外なものであった。

 

「人類国家に戦争に直接参加することだ。ただし……傭兵として」

 

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