エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~   作:第616特別情報大隊

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パラノイア

……………………

 

 ──パラノイア

 

 

 ソフィエルは変貌したと語るリリエル。

 

「クーデターが衝撃的だったのは私もだが、彼女は私よりショックを受けている様子だった。彼女は自分の築き上げたものが他人にこういう形で否定されるなど、全く思って見ていなかったのだ」

 

 彼女はこれまでルナリエンのエルフたちのために懸命に働ていた。

 少なくともソフィエル本人は自分の利益というよりルナリエンの利益を追及しているつもりだった。

 だが、若いエルフたちはソフィエルに不満を持ち、クーデターを起こして彼女を監禁した。

 その際にソフィエルは銃床で殴られ、痛めつけられている。

 自分が尽くしてきたはずのエルフにそう扱われるのはショックだったに違いないとリリエルは呟くように言った。

 

「しばらくの間、彼女は傷の治療のために執務から離れていたが、2週間ほどで復帰した。彼女は『すぐにやるべきことがある』といった」

 

 そのときの彼女は何かに取り憑かれたような表情だったとリリエル。

 目には何かに固執するような色が見え、顔色も以前より白くなり、何より長かった髪をばっさりと短くしていた、と。

 

「やるべきこととは?」

 

「……今回のクーデター事件の責任の所在を明確にすることだ」

 

 リリエルはそうゆっくりと告げた。

 

「ソフィエルは入植地での虐殺のあともRLAの兵士たちの武器管理が徹底していなかったとして司令官である私を怠慢だと非難した。私は反論した。『今の状況は戦時であり、武器弾薬を兵士たちから取り上げるわけにはいかない』と」

 

「それに対して彼女は?」

 

「『ルナリエンはもう前線ではない』と。『兵士たちがこれからも武器を持って好き勝手すならば、それは国家としての体をなしていない』とも言った。それから『今のRLAには暴力装置としての自覚がない』とも批判した」

 

 この批判はリリエル、ソフィエル、そしてアルフヘイム株式会社の幹部とRLAの司令官数名がいるアルフヘイム本社社屋の会議室という密室で行われたと彼女は語る。

 

「だが、私は言った。『では、どうするのだ? RLAを解散させて、無防備な状態に戻るのか? 今の情勢下で?』と。当時の状況はかつてほど荒れていたわけではないが、決して平和とも言えなかった」

 

 入植地の虐殺の件は漏れていなかったが、独立派はルナリエンを警戒し始めていた。

 それもそうだろう。

 彼らが約束した旧ルナリエン王国領の返還を彼らは突然拒否したのだ。

 ルナリエンから攻撃される理由はある。

 そうなると国境は緊張状態となり、いつ戦争が再発してもおかしくはない。

 

「彼女は何と反論を?」

 

「『それはRLAが今回のクーデターを画策できたこととは関係ない』と主張した。あくまで私が管理不行き届きだったの原因だと彼女は言っていたが、段々とその批判のトーンは変わっていった」

 

 ソフィエルはじっとリリエルの方を見つめてこういったと言う。

 

「『まさかリリエル、君がクーデターを起こさせたのではないか?』と。批判は私が主体となってクーデターを計画したという憶測に基づくものになっていった。私があえて兵器の管理を甘くしていたとか、私が若い将兵に旧ルナリエン王国領奪還を扇動したとか、そういう批判だ」

 

 リリエルは小さくため息を吐く。

 

「私は全面的に疑いを否定したが、あのときからソフィエルは私のことをかつてのような盟友として見てくれなくなった……」

 

 そう言って彼女は悔やむように目を伏せた。

 

「彼女からの批判は続き、まるで会議室は軍事法廷となっていた。それも私という罪人を裁く法廷だ」

 

 ソフィエルの批判は数日にも及び、リリエルは会議室に軟禁状態だったと思い返す。

 

「私を助けてくれたのはRLAの将兵たちだ。彼らは私がクーデターに関与しているなどありえないと証言してくれた。私がクーデターが起きたとき、どれだけソフィエルを心配していたかを語ってくれた」

 

「他には誰が?」

 

「佐藤たち傭兵たち。彼ら私がクーデター鎮圧に真剣であったことを証言してくれた。佐藤は言ったよ。『あんたを助けたのはここにいるリリエルだぞ? それなのに命の恩人に反逆者の汚名をかぶせるつもりなのか?』と声を荒げてソフィエルを批判した」

 

 RLAの将兵も佐藤たちも決してクーデターがリリエルの企てた自作自演のものではないと証言した。

 それでようやくソフィエルはリリエルを反逆の件で批判することをやめ、RLA司令官としてクーデターを未然に防げなかったことのみを批判したという。

 

「彼女は今回のクーデターは私の仕業ではないとようやく認めた。だが、次にクーデターが起きればそれには私が関与するのではないかと疑っていた。それも深く」

 

 RLAの将兵や佐藤たちコントラクターたちがリリエルを擁護したのとは対極にソフィエルの直属の部下であるアルフヘイム株式会社の幹部たちはリリエルのことを根掘り葉掘り調べたと言う。

 それはリリエルがクーデターを起こそうとすれば、どの人物を懐柔し、どのような権限があれば実行できるかというものだった。

 

「私は言われた。『今の君は簡単にクーデターを起こすことができる立場だ。それについてどう考えてるか?』と」

 

「その問いにどのような返答を?」

 

 私は尋ねる。

 

「……私はこのルナリエンに暮らすエルフたちのことを第一に考えている、と。そう言ったよ」

 

 リリエルもまたクーデターがこれからまた起きる可能性を否定しなかった。

 それは最高指導者であるソフィエルが病的なパラノイアに陥りつつあったことも理由なのだろう。

 

 段々と変質していくソフィエル。

 

「彼女はこの責任者追及の会議の場を締めくくる言葉を言った。『このルナリエンで二度とクーデターは起こってはならない。私はまた私が養った兵士に銃床で殴られるような目には遭いたくない』と」

 

 そのときの彼女の視線はリリエルとRLA司令官たちの目に向けられていた。

 

「もう彼女は以前のような盟友ではなかった。彼女私とRLAに常に疑いの視線を向けるようになっていた」

 

 ソフィエルはこれまで問題があればリリエルにも相談していた。

 それが一切なくなったとリリエルは言う。

 

「ルナリエン自治領の外交政策や経済政策を決める会議にも私とRLAは呼ばれなくなった。ソフィエルは意図的に私とRLAを政府から除外しようとしていたんだ」

 

 会議に参加できず、公の場でもリリエルは常に端に追いやられた。

 RLAそのものにも厳しい締め付けが始まり、予算は削減され、武器弾薬の数も絞られたと語るリリエル。

 

「私は会議に呼ばれなくなったとか、公の場で大きく扱われなくなったということではなく、ソフィエルが今も私を疑っているということがショックだった」

 

 ソフィエルは明らかにリリエルがクーデターを起こすことを警戒していた。

 リリエルもアルフヘイム株式会社のエルフに見張られていたと記憶している。

 アルフヘイム株式会社のエルフたちはリリエルの暮らす家を見張れる位置に常に立っており、彼女が誰と会っているのかなどをエセリオンや他のRLAのエルフに聞きこんでいたと彼女は語る。

 

「彼女は私がRLAを完全に統率できたかのように語るが、実際にはそうではなかった。RLA内では未だに後から難民としてやってきあ人間の入植者を皆殺しにすることや、独立派と交戦して領土を奪還することを望む者がいて私はそれを抑えるのに手一杯だった」

 

 右傾化したRLAという軍隊。

 彼らは過激な愛国心から排他主義を招いた。

 そんな彼らは政治的な主張を有し、あるフレーズを唱えていたという。

 

「『我々が血を流しただけの対価を!』と。ああ。そうだよ。私が血を流して勝利の権利を手に入れようと主張していたことを若いエルフたちは覚えていたんだ」

 

 ある意味では自業自得だと彼女は自嘲する。

 自分が招いたことでRLAが政治的に危険な存在になってしまったことへの責任を彼女は今も感じているようだった。

 

「RLAが政治的な行動を取れば取るほどソフィエルの不審は高まった。彼女は何度もRLAを非政治化するように求めていた。『軍隊が政治的であることは望ましくない。それは次の反乱に繋がる』と」

 

 軍隊は道具だとソフィエルは言っていたとリリエル。

 道具が勝手な思想を持ち動き始めることは決してあってはならないことだとソフィエルは繰り返していたとも。

 

「私はRLAから政治性を取り払うために努力はした。だが、若いエルフたちがかつて私の口にした理想──ルナリエン王国が有していた平地を取り戻すことで豊かな暮らしが送れるのだということを口にするたびに心が痛いんだ。私たちは彼らを炊きつけたのに、何ひとつ実現できなかったのだから……」

 

 リリエルは深い後悔の滲む声を表情でそう語った。

 

「クーデターが起きたのが私のせいだというソフィエルの主張はある意味では正しかったのかもしれない。私が若いエルフたちを常日頃からできもしなかった目標を掲げて政治化したせいで、クーデターが起きたともいえるんだ」

 

 そう言ってリリエルは力なく笑って見せた。

 

「RLAはそれからどうなったのですか?」

 

「RLAは存続したよ。君もあったんだろう、今もRLAに所属しているエセリオンに。RLAは非政治化を条件に存続され、私も司令官を続けた」

 

 RLAという軍隊はルナリエンに必要だったと語るリリエル。

 

「それにいくらソフィエルがRLAを批判しても、ほとんどのエルフがRLAに参加している状況では彼女ひとりでルナリエンを敵に回すようなものであった。アルフヘイム株式会社で働いてるエルフだってRLAに籍を置いていたりするのだから」

 

 最初に軍隊があり、それからアルフヘイム株式会社ができた。

 それがこれまで語られた歴史であり、それゆえにアルフヘイム株式会社内にもソフィエルが批判するRLAのエルフがいたのだ。

 

「ソフィエルはRLAから兵士を除隊させようとした。RLAの規模を縮小して、彼女への影響力を弱めようと言うわけだ」

 

「それをあなたは認めたのですか?」

 

「当時の私にはもはや政治的な権力はほとんどなかった。ソフィエルが『軍縮が必要だ』と言ってRLAの首切りを始めても、抵抗できるような力はすでにない」

 

 3万人近くいたRLAをエルフたちは2万人にまで削減されたとリリエル。

 

「突然RLAから除籍させられたエルフたちは路頭に迷った。私に助けてほしいと請願するエルフもいたよ。私は可能な限り再就職先としてアルフヘイム株式会社に斡旋した。しかし……」

 

「……何かあったのですね?」

 

 私が尋ねるとリリエルは重い口を開く。

 

「RLAとは別の軍隊をソフィエルは組織しようとしていたんだ。それも外敵と戦うだけではない軍隊を……」

 

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