エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~   作:第616特別情報大隊

33 / 56
政治亡命

……………………

 

 ──政治亡命

 

 

 ルナリエンで圧政を布き始めたソフィエルとその私兵である国家保安隊。

 彼らの手はリリエルにも伸びてきたと彼女は語る。

 

「私の周りで逮捕者が相次いだ。エセリオンは例外だったが、私と親しくしていたエルフたちが拘束されていった。私にパンを売っていたパン屋の職人から私の直属の部下である司令官たちまで、様々なエルフが拘束された」

 

 その理由は明かされず、彼らが釈放されたときには廃人のようになっていてリリエルに事情を話そうともしなかったと彼女は言う。

 

「エセリオンはあるとき野外の射撃演習中に私にこう言った。『リリエル。あなたの家は国家保安隊によって盗聴されています』と。それから『部下の何人か釈放と引き換えにあなたを有罪にできる証拠を集めるように言われいる。彼らは密告者になったのです』と知らせた」

 

「確かだったのですか?」

 

「……あとで佐藤たちに頼んで気づかれないように家を調べてもらった。盗聴器は見つかったよ。それも複数の場所に」

 

「どうやって彼はその情報を手に入れたのでしょうか?」

 

「分からない。だが、エセリオンは頭の回る男だ。きっと国家保安隊の中に協力者を作るなどしたのだろう。そして、そこから情報を得て私に提供してくれたに違いない」

 

 リリエルは今もエセリオンのことを強く信頼している様子だった。

 

「私は国家保安隊の手が私の方に伸びてきたことに恐怖した。家は盗聴されていて安全に話すこともできない。エセリオンが射撃場で話しかけたのは、銃声で盗聴が困難になることを期待してのことだったが、何度も射撃場で密会していればそれこそ国家保安隊に疑われてしまう」

 

 せめて安全に話し合える場所が必要だったとリリエルは振り返る。

 

「そこで選んだのは佐藤たち傭兵の宿舎だ。そこならば国家保安隊も出入りできない。あそこは一種の治外法権地帯になっていたから」

 

「彼らはまだルナリエンにいたのですか?」

 

「ああ。まだ私たちや新兵を訓練してくれていた。ソフィエルによるRLAの粛清で失った将校を教育することも必要だったから。そして、情報軍とは違って彼らは国家保安隊には協力していなかった」

 

 彼らの宿舎は安全と言えたとリリエル。

 

「私はエセリオンとともに佐藤たちの下を訪れて彼らに相談した。私に国家保安隊の手が伸びているということを。『どうすればいいだろうか?』と私は彼らに尋ね、彼らは真剣に相談に乗ってくれた」

 

 これまで肩を並べて戦ってきた戦友であるリリエルのことを佐藤たちは見捨てはしなかった。

 彼らはある提案を彼女にしたそうだ。

 

「彼らは言った。『地球に一時退避しないか?』と」

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 その提案をした佐藤は当時のことをよく覚えていた。

 

「暗い時代の幕開けって感じだったな」

 

 彼はそう言う。

 

「国家保安隊を皆が恐れていた。あいつらはゲシュタポやシュタージみたいな連中だった。理由もなくエルフを拘束し、拷問し、投獄する……」

 

 忌まわしいものを語る口調で佐藤はそう言った。

 

「投獄されたエルフは賃金のいらない労働者──つまりは奴隷として扱われた。強制労働だ。ホワイト・ピーク製造の作業に動員され、死ぬまで働かされていた。あのエルフたちを助けてやりたいとは思っていたが……」

 

 そこで佐藤は小さくため息を吐く。

 

「『戦争の犬たち』っていう小説があっただろう? 傭兵が独裁者を倒して、民衆のための政府を作る話だ。あれに憧れなかったわけじゃないが、俺はあれの悪い面も知っている。その政府がいいか悪いかを決めるのは身勝手な傭兵の判断となり、下手にクーデターで政権を転覆させれば、次にまた誰かがクーデターを起こしかねず、それによって政府がずっと不安定になるっていうリスクだ」

 

 そう佐藤は自分たちが下手にソフィエルを排除した際のリスクについて語った。

 確かに『戦争に犬たち』の舞台となったアフリカではクーデターや内戦が続き、政府が酷く安定しなかった時期が存在する。

 佐藤たちが善意からソフィエルの政府を打倒しても、ルナリエンが第二のアフリカになる恐れはあった。

 一度エルフたち同胞の間で血が流されれば、そのことはずっと歴史的な遺恨となっただろう。

 

「しかし、リリエルに危機が迫ったとなると俺たちは迷った。彼女はルナリエンのために戦って血を流した功労者だ。彼女がいなくなればルナリエンが不安定さを増すだろうと考えた。RLAは間違いなく暴走するはずだと」

 

 そもそもRLAの非政治化を行い、反乱を予防したのはリリエルであって、好き勝手に将校を拘束して拷問しただけのソフィエルと国家保安隊ではないと佐藤。

 

「俺たちには選択肢がふたつあった」

 

 佐藤は人差し指と中指を立てる。

 

「ひとつはソフィエルの政権を打倒してリリエルを最高指導者に据えること。そうすればルナリエンはしばらくの間は安泰だろう。だが、元国家保安隊やアルフヘイム株式会社の連中を粛正しなければ、やはり内戦になるか、クーデターが繰り返されるだけになる。何せその手のことを得意とする連中がソフィエルの側にはいたからな」

 

「誰です?」

 

「情報軍だよ。情報軍は国家保安隊を訓練したことからもソフィエル側だった」

 

 佐藤はそう忌々しげに語る。

 

「もうひとつの選択肢は彼女を一時的に安全な場所に逃がすことだった」

 

 佐藤は続ける。

 

「ほとぼりが冷めるまで彼女を亡命させておくということだ。実際のところ、俺たちにできたのはそれだけだっただろう」

 

 国家保安隊はやろうと思えば証拠なしでもリリエルを有罪にできたから、今度は自分たちがいくら証言しようと無駄だったと語る佐藤。

 

「彼女は俺たちからその提案を聞いたとき、酷く動揺していた。『私にルナリエンを捨てるように言っているのか?』と狼狽えていたよ。俺たちは『そうじゃない。今だけだ。今の不安定な時期が終わるのを待つんだ』と彼女を説得した。あのまま放っておいたらリリエルは国家保安隊に殺されていただろうから」

 

 佐藤はかつてのことを思い出すように窓の方を遠い目で見てそう言う。

 その窓の先にルナリエンがあるかのように。

 

「彼女は落ち着いたが『まだ考えさせてほしい』といった。俺たちはなるべく早く決断すすように促した。国家保安隊に拘束されてからでは遅いと」

 

 そのあとに事件は起きたと彼は言う。

 

「リリエルが任意で話を聞きたいと言われて国家保安隊に連れていかれたとエセリオンが駆け込んできて言った。俺たちは終わりだと思った。国家保安隊はリリエルを釈放することなく、彼女は殺されるだろうと。仲間の中にはリリエルを国家保安隊から救出に行こうというやつもいたほどだ」

 

 しかし、そのときはどうにかなったと佐藤は続けた。

 

「どういうわけか特に尋問の類はなくリリエルは釈放された。しかし、彼女は言っていた。『いずれはお前がクーデターを画策していることを明らかにすると尋問中に言われた』と。それで彼女にはもはや一刻の猶予もないことが分かった」

 

 俺たちはリリエルを逃がすために作戦を立て始めたと佐藤たちは語る。

 

「どこにリリエルを避難させるかだが、場所にはあまり選択肢がなかった。ネプティスではブリガンテを経由してソフィエルが影響を及ぼせるし、ネプティスの連中とソフィエルは懇意だし、さらに言えば情報軍の連中のブラックサイトだって存在する。あまり安全とは言い難かった」

 

 ネプティスは地理的には4000キロ以上の距離だったが、ソフィエルの影響力はすでにそこにも及んでいた。

 ネプティスは数少ない友好国となったルナリエンを重視し、その指導者であるソフィエルのことを重視していた。

 つまりはネプティスへの亡命は敵の友人にリリエルを預けるようなものだった。

 

「だからと言って、他の異世界の人類国家は魔族内戦を巡ってルナリエンと関係が冷え込んでいた。亡命を受け入れてくれそうな国はない」

 

 そこで俺たちは大胆な選択をしたと佐藤。

 

「地球に彼女を避難させることにしたんだ。横田基地を経由して日本のアークライトの基地に彼女を匿おうという計画だ。亡命をまっとうに申請しても日本政府は難民に厳しいから国交もないルナリエンのリリエルを政治亡命者として受け入れないだろうから、わざわざ外務省なんかに亡命申請はしないがね。それに外務省に話が伝われば情報軍にも伝わっちまうのは確実だった」

 

 そんないくつかの理由から真っ当な政治亡命ではなく、密入国の類になったと佐藤は言う。

 

「それでも彼女が死ぬよりはマシだ。ルナリエンが内戦になるとか、RLAがクーデターを起こすとかいうよりも、俺たちはまず戦友だから彼女のことを助けたかったんだ」

 

 正しいことをしていたという自信はないと彼は続ける。

 だが、曲げられない信念に反した行為はしていないと彼は誇るようにして語った。

 

「問題はどうやって彼女を地球に亡命させるかだ。俺たちはいろいろと計画を立てる中で、ある人間の協力が得られることを知った」

 

「それは誰です?」

 

「ワンだ。ワン・シア。やつはソフィエルがRLAを抑圧して、軍縮を行ったことで武器をあまり購入しなくなったことが不満だったらしい」

 

 やつのことは全面的には信用していなかったと佐藤は言う。

 

「あいつからは七尾と同じ情報軍の臭いがしていたからな。それにやつの狙いは武器が売れることだ。あわよくばリリエルが亡命し、RLAが分裂して、内戦状態になったルナリエンに武器が売れると考えていたかもしれない」

 

 それでも計画実行にはワンの協力が必要だったと忌まわしげに彼は言った。

 

 ワンの協力を得ながらどのようにしてリリエルを避難させたかについて語る佐藤。

 

「まず俺たちに必要だったのは敵地となったルナリエンからリリエルを退避させる移動手段だ。すなわち情報軍のパワード・リフト機やディザータの輸送機の類が必要になった。それを提供してくれたのがワンだ」

 

 ワンは自分が武器を密輸する飛行機のコンテナにリリエルを匿い、そして異世界側の米軍基地まで連れていくことを約束した。

 

「それ以外にリリエルをソフィエルや国家保安隊に悟られずに脱出させる手段はなかった。情報軍のパワード・リフト機ではすぐに情報はソフィエルたちに伝わる」

 

 それからまずはネプティスの米軍基地までリリエルを脱出させる計画がスタートしたと佐藤は語る。

 

「俺たちはリリエルを深夜に密かに家から連れ出した。この時点で国家保安隊が見張っていることは確かだったので、俺たちは裏口に止めてあった車のトランクに彼女を隠れさせて飛行場に向かった。飛行場ではワンが輸送機とコンテナとともに待っている」

 

 しかし、若干のトラブルはあったと彼は言う。

 

「検問が行われていた。車を調べられると俺たちがリリエルを飛行場に連れて行こうとしてるのがバレる。そこで仲間が動いた。そいつは検問を布いている国家保安隊の兵士に親しげに話しかけて、自分たちはホワイト・ピークを密輸していると言ったんだ。ディザータにバレるとうるさいから黙っていてくれないかと言って酒とタバコで買収した。ヒヤリとしたが上手く行ったよ」

 

 検問は無事突破され、飛行場にリリエルを乗せた車は駆け込んだ。

 

「表向きはリリエルはネプティス陸軍の視察に向かうと言うことになっていた。出発は翌朝とされていたから、飛行場に国家保安隊はいない。俺たちは輸送機の降ろされたランプまで車を寄せてそれからコンテナにリリエルを移した」

 

 それから自分がリリエルに同行したと佐藤は語る。

 

「ワンに全部を任せるのは危険だと判断したからだ。俺も輸送機に乗り込み、輸送機は真夜中の飛行場を飛び立って米軍基地に向かって飛んだ」

 

 リリエルはそのとき何を思ったのだろうか……。

 彼女には輸送機から小さくなっていく故郷を見ることもかなわなかったのだから。

 

……………………

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。