エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~   作:第616特別情報大隊

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魔族の国から来たエルフ

……………………

 

 ──魔族の国から来たエルフ

 

 

 リリエルはどうしてホワイト・ピークという麻薬をエルフたちが栽培し始めたかを語った。

 彼女の瞳にもそれが原罪であったという罪悪感が見られた。

 

 だが、彼女からはまだ聞かなければならないことがある。

 どうしてエルフが生き残るためにやむなく魔族に流していたホワイト・ピークが地球の裏社会に蔓延しているのか。

 そして、このこととどうエルフの森が焼かれたことが関係してるのかについても。

 

「我々はそれから何十年も魔族連合軍との取引を続けた。ソフィエルも私もすっかり指導者が板につき、民衆は私たちを信頼してくれた。私たちも民衆を失望させまいと努力してきたつもりだ」

 

 だが、とリリエルは悲しげに続ける。

 

「私たちが貧しいのは事実であった。かつて王国があった時代に比べれば私たちの暮らしは原始的であり、エルフたちに人生は灰色だった。それはいくらホワイト・ピークを育てて、売り払っても変わることはないものだった」

 

 ホワイト・ピークの末端価格は1グラムあたり9万円程度。

 しかし、どんなドラッグビジネスでもそうだが原材料を供給している原材料サプライヤーへの支払いはそこまで大きなものではないことを私は今までの記者としての取材で知っている。

 コロンビアだろうとミャンマーだろうとアフガニスタンだろうと、そこから加工され、多くの国境を越えて、遠くに密輸することで麻薬には価値が付く。

 商品がありふれている場所より、商品が希少な地域の方が高値で売れるのは資本主義の需要と供給の関係そのものだ。

 

 エルフの子供たちは1年中ずっと同じ服を着ていて笑うことを忘れ、多くのエルフがただ生きるために生きていた。

 

「そこでソフィエルは私に新しい作物などを研究するために私を人類の国に送ることにした。人類の国と言っても地球ではないよ。そのときはまだ我々は地球との交流を持っていなかったから」

 

「では、どこに?」

 

 私が尋ねるとリリエルは立ち上がり、一枚の地図を見せた。

 

「ここだ。このネプティス帝国。当時としては世界中の知識が集まり、世界最高の教育が受けられる場所として知られていた。ただし、私がここに行くには大きな問題が存在していた」

 

 リリエルは僅かに肩を竦めて続ける。

 

「人類国家は残さず魔族連合軍と戦争中であり、密入国しなければ私はネプティスに入国することはできない。そういう問題だ」

 

「ああ。ルナリエン自治領は魔族連合軍の自治領だから……」

 

「そうだ。エルフは魔族と講和したことで一応は人類の敵という扱いになってしまっていた。建前では私は交戦中のネプティスに入国し、教育を受け、知識を授かることはできないというわけだ」

 

「だが、あなたはどうにかしたのでしょう?」

 

 私にはリリエルの表情を見て、そう確信していた。

 彼女はやり遂げ、何かしらの功績を残したのだと。

 

「ああ。私は密入国には成功した。だが、問題はそれからだった」

 

 リリエルはネプティスに向かうまでの道のりを語った。

 

「私のやることは密入国だった。それゆえに慎重にならなければならない。ルナリエン自治領内ならともかく魔族連合軍の土地で犯罪を犯せば、魔族たちに裁かれる。連中がやってきたことを思えばただ縛り首になるだけでも幸運だろう」

 

 彼女はそれだけの危険を冒して同胞たちのためにネプティスに向かうことを決意したのである。

 まさに愛国者というのは彼女のような存在を言うのだろう。

 

「それからネプティス側でも受け入れてもらう必要があった。ネプティス側で私が捕まってもやはり魔族のスパイではないかと疑われてしまうだろうから。だから、あえて私はスパイを演じることにした」

 

「スパイを演じる……?」

 

 不可解な言葉に私は首をひねった。

 

「そう、人類に魔族の情報を提供することと引き換えに私はネプティスに入国することになった」

 

 にやりと少し悪そうに笑ってリリエルはそう言った。

 

「取引の内容はこうだ。ネプティスの軍情報部に私はルナリエン自治領とその周辺の魔族の情報を提供する。その代わりにネプティスは私を入国させ、魔族には秘密に公的身分を与えるというもの。そういう取引だった」

 

「その取引は……」

 

「成立した。私たちが戦場となっている西部で密かに接触したネプティスの軍情報部の将校は私を密入国させることに同意してくれた」

 

 どうやらリリエルたちは驚くべき離れ業に成功したようだ。

 インターネットはおろか電話すらない時代に交戦国の将校に民間人が接触し、密入国の取引にまで成功するとは。

 彼女がこの件に関しては笑う理由も分かった。これはリリエルの人生の中で間違いなく自慢に思っていいことだ。

 

「それからいざ密入国ということになった。私は魔族に警戒されないようにあえてネプティスに近い戦場ではなく、東の港から海路でネプティスに向かった。その時に利用したのが……ブリガンテだ」

 

 ブリガンテ? 私は初めて聞く単語にその内容を聞き返した。

 

「ブリガンテはネプティスと魔族連合軍の領地を横断して活動した犯罪組織だ。禁止されている人身売買から地上げ、ギャンブルの元締めまでいろいろとやっている連中。誉められた存在ではないが、この件に関しては手を貸してくれた」

 

 ブリガンテという存在を私はこのときまだそこまで重く受け取っていなかった。

 ただリリエルの密入国を手助けした存在とだけ受け取っていた。

 それに彼女もその密入国の対価に彼らが何を受け取ったかを語らなかった。

 

「それから私はネプティスに向かった。揺れる初めての船旅で吐き続けながら、この地獄が1日も早く終わってくれますようにと祈ったよ」

 

 それから数日の船旅の末にリリアンはネプティスにたどり着いた。

 

「私が降り立った港は地方のものだったが、それでもルナリエン自治領より遥かに栄えていた。溢れる食べ物、活発に飛び交う声、赤ん坊の泣き声、陽気に歌う人々、そして笑顔。どれもルナリエン自治領からは失われたものだった」

 

 そう語る彼女はそのときの明るさを懐かしく思い出すと同時にそのとき同胞たちが辛い目にあっていたことを悔やむ表情があった。

 

「だが、私が驚いたのはネプティスの首都グラン・マドレアスに到着したときだ。そのときの私は打ちのめされた」

 

 グラン・マドレアス。ネプティス帝国の首都たるその場所の繁栄は、かつてのルナリエン王国全盛期を知るリリエルから見ても、それはルナリエンとは比べ物にならないくらい発展したものであった。

 

「大通りを行きかう様々な人種。市場に並ぶ東西の品。あの狂乱とも呼べるような都市の活気。私は気圧され、そして夢を抱いた」

 

「夢を?」

 

「そう、いつか私たちの暮らすルナリエンも同じくらい発展させたいという夢だ」

 

 彼女はその夢という単語をどこか後悔するように語った。

 それが自分には過ぎた夢だったとでも言うかのように。

 

「まあ、ともあれ私はルナリエンからネプティスに到着した。早速というように軍情報部の将校がやってきた。名前はピーター・ステュアートと名乗っていた。恐らくは偽名だったろうがね」

 

 ステュアートはリリエルを軍施設に招き、そこで彼女から魔族についての報告を受けたそうだ。

 リリエルは話した。

 自分たちルナリエンの貧しさを、魔族の残酷さをステュアートに語った。

 

「彼はいささか落胆した様子だった。『そんなことはもう知っている』と私が何を話しても感想はそればかりだった。彼が私を無価値ではないかと思い始めていることは明白だった。私もこのままでは何も得られないままルナリエンに戻されてしまうと思って、知っていることは全て話した」

 

 そう、リリエルは文字通り全てを話した。ホワイト・ピークの取引についても。

 

「そこで初めてスチュアートは私の話に興味を持った。彼は何度も頷きながら質問し、一言一句取り逃すまいとメモを取り、それから副官にお茶を持ってこさせた。客人をもてなすように私を扱い始めたのはそれからだ」

 

「ホワイト・ピークが彼の興味を引いたのですか?」

 

「ああ。そのときはまだどういうことか分からなかった。だが、あとで知ったところによると魔族連合軍はホワイト・ピークを鎮痛剤や興奮剤として戦場で使用していたそうだ。スチュアートはそう言っていた。魔族たちはホワイト・ピークを戦う前に摂取し、そして戦場に向かえば矢を何本受けても戦い続けることができた、と」

 

 魔族にとってホワイト・ピークは痛みも恐怖も掻き消すらしいとリリエル。

 

「彼は言っていた。胸と頭に銃弾を受けた魔族がそれでも突撃してきて4、5人の人類側の兵士をひねり殺してから絶命した、と」

 

 恐ろしい戦闘ドラッグとしてホワイト・ピークは使われていたのだ。

 それゆえにその恐るべきドラッグの製造元が特定できたことにスチュアートは興奮したのだろう。

 

「彼はそれからこういった。『魔族とのホワイト・ピークの取引をやめてほしい。あれは人類の戦況を不利にしている』と」

 

「それは応じられないのでは?」

 

「ああ。私は憤慨して見せたよ。『私たちはホワイト・ピークがなければ飢えて死ぬ。あなた方が食料を援助してくれるのか?』とね」

 

 もちろんのことリリエルは本気で魔族にホワイト・ピークを供給し続けたかったわけではない。

 ただ彼女たちの立場をはっきりと人類側に伝えなけれなばならなかった。

 人類の都合で彼女たちからホワイト・ピークを奪うならば、その代わりになる作物を提供せよ、と。

 

「正直、ホワイト・ピークは我々にとってはただの食べられない植物でしかなかった。私たちは自分たちが食べられる作物が育てられることを望んでいた。惨めに魔族にホワイト・ピークを貢いで、食べ物を恵まれる関係から脱したかったのだ」

 

 そうリリエルは語った。

 

「ステュアートは言った『分かった。その件には可能な限り要望に応じる』と。それから私は大学に案内され、そこで植物学者や農業学者たちと話したよ」

 

 リリエルは必死に同胞たちを救える植物がないかを探った。

 ネプティスに渡る前にメモしたルナリエンの土地の特徴を細かく学者たちに伝え、自分たちにこの土地で育てらえるものがないかと尋ねた。

 

「学者たちの返事はどうでしたか?」

 

「……望み薄ということだった。ある学者は私のメモを最後まで読み、それからゆっくりと首を横に振った。それが彼らの答えだ」

 

 リリエルはとても悔しそうにそう語った。

 彼女のネプティスへの遠征は無駄な結果に終わろうしていたのだ。

 

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