エルフの森はなぜ焼かれたのか? ~平和な森が炎に包まれた理由~   作:第616特別情報大隊

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撤退

……………………

 

 ──撤退

 

 

 魔族王暗殺から勃発していた魔族内戦は終わった。

 独立派は当初主張した領土をほぼ確保して北部連合を名乗り、王党派と共和派はそれぞれ別の国に分かれて魔族王国と魔族共和国を建国することになった。

 そして、この講和会議が開かれた魔族の都市にソフィエルもルナリエンの代表として訪れ、そこでこれまで魔族と交戦状態にあった勢力のひとつとして意見を述べた。

 そのときの議事録には彼女の発言はこのように記されている。

 

『私たちルナリエンは魔族からの完全な独立を求める。完全な独立である。北部連合も魔族王国も魔族共和国も我々の主権と領土を侵害することはこれから一切を認めない。それには猛烈な砲火を以てして応じる。ただし、諸事情を鑑みて旧ルナリエン王国への領土返還要求は下げることに同意する』

 

 彼女は今のルナリエンの安泰と引き換えに、かつての栄光を手放すことにしたのだ。

 

「ああ。戦争は終わった。ありがたいことにね」

 

 七尾はそう言う。

 

「戦争は当事者にとっては決して有益なものではない。戦争は儲かる、軍需産業は儲かるなんていうのは世迷い事だ。戦争が儲かって、軍需産業が儲かるならどうして第三次世界大戦から防衛産業の統廃合が加速したのか説明できるのか。儲かっているならどうしてもっと多くの企業が参入しない」

 

 七尾は問いかけではなく断定の口調でそう言った。

 私もジャーナリストとして第三次世界大戦ののちに多くの防衛産業が倒産し、吸収合併したことは知っている。

 戦争が儲かるというのは、真実を無視した穿った見方でのみ成立すると。

 

「情報軍にとっても戦争終結はいい知らせだった。我々の抱えている人材も有限だからな。特に異世界には特殊部隊などを多く展開させていて、第三次世界大戦のあとで不安定になっていた中央アジアにも人材が必要だったこともある」

 

 2030年代の中央アジアはまさに魔女の巨釜という具合であり、内戦が内戦を呼び、軍閥が支配する無法地帯となっていた。

 日本にもその影響は及んでおり、新宿で起きたテロに中央アジアのテロ組織が関与していたと言われている。

 

「異世界は、所詮は異世界だ。我々が最初から最後まで責任を持つべき場所ではない。内戦が終わったのならば撤兵する。それは間違ったことではないだろう」

 

 エルネスト・レポートを口実に軍事介入した我々がそう簡単に手を引いてよかったのだろうかと私は考えるが、エルネスト・レポートのことで負い目のある私は深く追求できなかった。

 介入の口実をなるそれを不用意に煽ったのはジャーナリストの責任だ。

 

「私たちは撤退に向けて動いた。基本的にネプティスに作った基地以外は閉鎖し、各地に展開していた人間も引き揚げさせる。こちらに情報を提供していた情報提供者に関しては希望するならばネプティスに亡命させ、報酬の金銭を与えることになった」

 

「ルナリエンは?」

 

「もちろん、そこからも引き上げることになっていた。そもそも魔族内戦の時点でルナリエンの価値はそこまで高いものではなくなっていた。せいぜい独立派に対する支援の役割があるぐらいで、資金源や第二戦線としての価値は喪失していた」

 

 私の問いに七尾は肩を竦める。

 

「ルナリエンにも異世界の人類諸国にも、もう武器を与える必要はない。ルナリエンと人類諸国を武装させると言う目的で始められたキメラ作戦はその役割を終えた。そういうことだ」

 

 キメラ作戦──。

 多くの人間とエルフの人生を狂わせた情報軍による秘密作戦は呆気なく終わった。

 

「武器の回収はどうしたのですか?」

 

「回収? 何故回収する必要があるんだ? 彼らは対価を払って武器を買ったんだ。それなのにそれを取り上げるのは客から商品を奪う行為だ」

 

「ですが、地球の武器で異世界が不安定化するリスクはあったのでしょう?」

 

「君は忘れたのかね。彼らは戦争という最も不安定な状態にあったんだ。それを脱しただけで状況は安定したと言える」

 

 私が七尾にこう質問したのには理由がある。

 異世界の政情不安が魔族内戦終結から高まったという、あるシンクタンクのデータが取材の中で手に入ったのだ。

 その政情不安の原因はまさに武器だ。

 地球製の高度な武器が法律や価値観がそれに追いついていない時代に導入されたことで、政情不安を招いていたとそのシンクタンクは分析している。

 魔族と戦うために引き渡された武器は、次は人間同士の殺し合いに使われた。

 ある国家はたった1日の戦闘で戦える常備軍の兵士を全て失ったことで諸侯が反乱を起こして内戦に突入していたし、民衆にも武器が流れたことで革命騒ぎが連続して政情不安に陥った国もある。

 地球製の武器は魔族への勝利を演出したが、それだけでは物語は終わらなかった。

 

 私がそのことを七尾に指摘すると彼はふっと鼻を鳴らして笑った。

 

「なるほど。銃が今世紀最大の悲劇を呼んでいると言いたのかね。だが、我々が異世界に流した銃の量はアメリカの市民が購入する武器より少ないものだったのだよ」

 

 七尾は言う。

 

「アメリカではそれによって年がら年中乱射騒ぎが起きているが、そっちでも全ての銃を回収して悲劇をなくそうと主張するかね? そちらに対して沈黙し、異世界に対してのみ声を上げるとすればそれは偽善だよ」

 

 私はそう言われて黙るしかなかった。

 ジャーナリストとして私が記事でアメリカの銃の蔓延を否定したことはない。

 私が異世界ばかり取り上げてとやかく言うのは偽善だ。

 

「それに、だ。アメリカには銃火器大国らしくいい格言がある。『銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ』とね。銃がなくても殺そうと思えば槍でも弓でも連中は殺し合ったさ」

 

 七尾はそう言って嘲笑するように笑った。

 

「しかし、君の気持ちも分からなくはない。君と同じ懸念を持った人間もいる。それが誰だか分かるかね?」

 

「誰ですか? 情報軍のアナリスト? 人権団体?」

 

 私の問いに七尾はゆっくりと首を横に振る。

 

「企業と投資家だよ」

 

 彼はそう言った。

 

「異世界には様々な企業が進出していた。主にレアメタル目当ての資源開発系の企業だがね。その企業の連中は治安の悪化を懸念していた。『これまでは弓で襲ってきた山賊が今やAR-15で武装している』と彼らは悲鳴を上げ始めた。我々の行った作戦のせいで治安が悪化し、そのせいで事業収益が落ち込んだとね」

 

 異世界に企業が進出していたことは以前にも記したとおりだ。

 彼らは経済的優位、技術的優位を盾に異世界を侵略するように進出していた。

 その彼らもキメラ作戦によって持ち込まれた武器によって被害を受けた側だ。

 

「まあ、フランシスコ・ピサロまがいなことをしていた連中が多少痛い目を見ても私は気にしなかったが、企業は異世界で活動する上で民間軍事会社(PMSC)によるセキュリティを必要とするようになった。その民間軍事会社(PMSC)がやったこと言えば、何か分かるかね?」

 

 私にそう問いかける七尾。

 答えが思いつかなかった私は素直に首を横に振った。

 

「現地雇用だよ。地球から元空挺部隊や特殊部隊の軍人をコントラクターとして雇うより現地人を雇った方が安くつく。こと民間軍事会社(PMSC)というのは人件費を削減したことで伸びた連中だ。彼らは現地の兵士を雇用し、訓練し、そして企業の施設や車列(コンボイ)を守らせた」

 

 そうやって現地人はどんどん現代兵器について学んでいたたと七尾は言う。

 そんな彼らは武器を扱えるようになり、それを使った戦闘をできるようになったが、民間軍事会社(PMSC)のコントラクターという雇用形態上、企業や国家に忠誠を誓っていたわけではない。

 それは企業の仕事が終われば山賊予備軍となるものであったと語る七尾。

 

「異世界は卵の殻に守られた無垢な存在だと思うならば、その考えは改めた方がいい。異世界も地球も一度繋がった以上はお互いに影響を与えあう存在だ。我々が持ち込まなくても企業が銃を持ち込んだだろうし、彼らはいつまでもそれに対応できないほど愚かではないよ」

 

 異世界をあまり過小評価しない方がいいと七尾はそう主張した。

 確かに私はこれまで異世界に持ち込まれ、そのせいで悲劇をもたらしたものを多く見て来た。

 だが、異世界の側も地球にホワイト・ピークなどの悪影響を及ぼすものをもたらしていることを忘れてはならないだろう。

 私たちは良くも悪くも隣人として相互に影響し合っているのだ。

 

「企業の連中も今はいろいろな優位で不平等なビジネスをしているが、いずれ異世界の連中がしたたかだと言うことを認めるだろう」

 

 七尾は予言するようにそう言った。

 

「ともあれ、我々情報軍は撤退した。もう異世界に留まる必要はなったからだ。あとのことは異世界そのものに任せて、我々は名誉ある凱旋を行う。それで物語は終わりだ。ハッピーエンド。めでたし、めでたし」

 

 ぱちぱちとゆっくりと七尾は拍手するように手を鳴らす。

 

「ですが、ルナリエンが混迷した状態にあるのは知っていましたよね?」

 

 物語は終わってなどいない。

 ルナリエンではまだ平和とは言えない状態が続いていたはずだ。

 

「ああ。リリエルの改革のことだろう。彼女がやろうとしていたことは立派だったが……。しかし、あのルナリエンを民主化するというのは一朝一夕でできることじゃなかっただろう。なのに彼女は急いでいた」

 

 リリエル自身は改革の速度を抑えいたはずだが、外から見るとそれは急ぎすぎているように見えていた。

 

「改革は周囲に軋轢を生み、不吉な軋みを鳴らしていた。ソフィエルたち保守派、ディザータのような既得権益者。そういうエルフや人間たちとの軋轢がぎしぎしと錆びついた歯車を強引に動かすようにな」

 

 七尾はそう言って当時のことを振り返る。

 

「錆びた歯車を強引に動かし続ければ歯車が全く動かなるか、あるいは歯車があるべき場所から飛び出す。彼女の場合は前者だった」

 

 リリエルの改革はある時点から動かなくなっていたと七尾は言う。

 

「それでも彼女は諦めなかったようだが、我々の撤退は彼女にとって手痛い一撃になったと思うよ。彼女が当てにした地球への窓口がひとつなくなったのだからね」

 

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